2ー27 領主の城にて
「驚きましたぞ、勇者様がこの街にお越しになるとは」
スラリとしていて、姿勢の良い男が僕らを出迎える。
おそらくこの男がここの領主なんだろう。
身体は引き締まっており、服の上からでも筋肉質な体なのがわかる。
どうしても異世界の貴族ってでっぷり太って横柄な態度だったり、変に遜った態度だったりするイメージが強かったのでこれには驚きだ。
戦いも強そうで一見すると領主ではなく騎士の方がしっくりくる。
目には知的な光が灯っており、柔らかな物腰とは裏腹に、鋭い視線が僕らを射抜く。
服装も過度に華美ではなく、領主としての威厳を保てる最低限の装飾をつけており、近寄りやすい雰囲気がある。
姿勢も変に横柄だったり遜っていたりせず、僕らの目をしっかりと捉えていて、意思の強さが伺える。
第一印象としては、領主が賢いと言うのは間違いないようだ。
「ええ、王国が滅んでから勇者はバラバラに活動していますからね。僕らでさえ他の勇者の動向は知りませんか」
声がぶれないようにわざと語気を強めて返事を返す。
返事を聞いた彼は満足そうにひとつ頷いて、僕らにソファーを勧め、自分も僕らの対面に座る。
僕は純恋が僕の右、遥香が純恋の反対の横に座ると、両手の指を組み合わせて、少し前屈みになる。
そこで男が再び口を開く。
「では、改めまして……ヴァイスターク王国第三都市フレーデン領主、フェルテ・トレス・イシュタリア。以後お見知り置きを」
一度立ち上がって丁寧に礼をすると椅子に座り直す。
そして僕らに挨拶を促すようにこちらの目を見てじっと見つめる。
「初めまして、元エルリア王国勇者、梶原優人です」
「同じく、元エルリア王国勇者、綾井純恋です」
「同じく、綾井遥香です」
同じように礼を返すと満足そうに小さく笑みを浮かべると、僕と同じように指を組んで視線を更に強くする。
「それで、ここに来られた理由ですが……」
「ロルニタ帝国のことでお話ししたいことが。直接王都に行くことも考えましたが、一度大きな街の領主様に相談するのも悪くないかと思いまして。それに、ここの領主様は賢い領主と聞きましたので、何か助言があればそれもしていただきたいと思いました」
「……なるほど……ロルニタ帝国というと、やはり先日のエルリア王国侵攻についてですか?」
「はい。予想ですが、勇者がいるエルリア王国を落としたロルニタ帝国を攻めるには戦力不足なので勝手な勇者召喚を行っていても糾弾できていないのではないですか?」
「……半分正解ですな。戦力不足は正解です。ですが……勝手な勇者召喚については証拠がない。いや、まだ見つかっていない。ですから、勇者召喚をしていることがはっきりわかるまで我々は何もできない」
「何もしないおつもりですか?」
「しないのではない。できないと言っているのだ」
「では……」
僕は早速用意していた策を話す。
「僕ら勇者と一般の兵を別の軍として考えればどうでしょうか。禁止されているのは勇者の他国侵略のために使うこと。ですが、今、その責任を負うべきエルリア王国はありません。ですから、これからどこかの国が勇者を取り込むのではなく、僕ら勇者は勇者のみで勝手に報復戦争を帝国に仕掛け、兵士はただの侵略戦争として参加させてはどうですか?それならば約束を守ったまま行動できます」
一息に話すとフェルテはしばらく考え込むように顎に指を当てて唸り、
「…………………なるほど」
そう返した。
……今が押す時だ。今フェルテは揺れている
「他国にとっても勇者の保有国を滅ぼせる帝国は脅威のはずです。今なら他国の納得と協力も得られるかと思いますよ」
ここで他国の納得と協力という餌をばら撒く。
戦争を行う上で他国からの納得が有るのと無いのとでは結果が大きく変わる。
納得さえしてもらえれば、途中から戦争を他国に邪魔されたり、敵に他国からの援軍がきたりしないので兵士の士気が大きく上がる。
いつ横や後ろから敵が来るかわからない状況での戦闘は足枷となり、精神に大きな負担を与える。
たかが気持ちではあるがそれだけで結果は大きく変わる。
ぶっちゃけると戦争に正しい理由なんて必要ない。
なぜなら戦争の本質を突き詰めるとただの人間の欲望のぶつけ合いになるのだから。
戦争を始める大義名分は途中からの他国の介入を防ぎ、戦闘を有利に進めるためのみに有る。
故に、勝利に必要なものが揃っている今の策はフェルテにとって悩ましい二択で有るはずだ。
しかし、彼も賢い。
僕のシナリオ通りにはなるはずがない。
「では、エルリア王国の勇者が善良な者という根拠を教えていただきたい」
「………」
痛いところをついてくる。
そうなのだ。
この世界にとって、大きな戦力を抱えるロルニタ帝国は危険ではあるが、排除の方法はある。
しかし、勇者と行動し、もし僕らに裏切られた場合、困るのは彼らだ。
この世界にとって、脅威はロルニタ帝国勇者だけではない。
エルリア王国勇者も同じように脅威なのだ。
しかし。
「いや、少し事情が変わった」
フェルテは突然そんなことを言い出した。
「まずは国王へこの旨を伝え、判断してもらうことにする。国王からの返事があるまでこの街に留まられよ」
そう返した。
何があったのかはわからない。
だが、一国の命運を左右する判断をたかが街の領主がしていいはずがない。
今回はこの件を国に伝えてくれるだけで十分だ。
この件をどうするか決めるのはここの国王。
であれば、僕らにできることは戦力の増強のみ。
あの日、城に攻め入った奴らの中には手練れがいた。
他にも僕らが知らないだけでまだまだ強い奴がいるかもしれない。
例の洗脳疑惑?の件もあるので強いに越したことはない。
これから来るかもしれない戦いに向けて、窓から青い空を見上げながら考えを巡らせた。
次回、フェルテ視点の裏話です。
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