2ー10 モンスター部屋
「領域構築・虚々籠霄」
視界が白一色に染まり、次の瞬間真っ青な青空が領域を染め上げていった。
景色が端まで行くと結界の壁に亀裂が走るようにして紋様が一瞬浮かび上がる。
亀甲の紋様が結界の縁に描かれていたのが見えた。
とは言っても霞んで見えるほど遠くなのでよっぽどのことがない限り縁まで行くことはないだろう。
地面は波一つなく、どこまでも、永遠に続く海の風景でどこまでも穏やか。
文字に表すなら『平穏』だろうか。それしか浮かばない。
上空には雲が浮かんでおり、まるで本物のようにゆっくりと移動していた。
ずっと見ていたい。
本気でそう思った。
本来ならずっと見ていたい風景。
だが、この気持ちを邪魔する者が数百名。
「よくも邪魔してくれたな」
……僕が連れ込んだんだけど。
だがそんなことは知ったこっちゃない。
重要なのは邪魔されたことのみ。
「さあ、」
原獣種最上位を数百も相手するのに嫌気がさして来た自分を叱咤するように1つ、宣言する。
「楽しもうか」
「付与・宙の箱庭、それから最高統治者」
術式を発動させるとすぐに駆け出す。
僕の背後には発射を今か今かと待つ銀の弾丸。
「行け」
魔物達は致命的な失敗をした。
それは宙の箱庭と最高統治者を発動させたこと。
これが発動したら最後、彼らが勝つ未来など存在しないのである。
彼らのすべきだったことは1つ。
宙の箱庭と最高統治者が発動する前に僕を倒すこと。
ここからの戦闘ーー否、戦闘にもなっていない。虐殺の方が正しいだろうか。
それは一方的だった。
発射された弾丸は宙の箱庭によってフルオートで転移され、宙穿つ弾丸のように魔力のレールで運ばれているわけではないにも関わらず、必中必殺の死を呼ぶ魔弾に昇華し、過たず脳天を貫通して一撃で魔物は死に至る。
逆に魔物の攻撃は全て空を切り、運良く当たりそうになったものでも当たる直前に空中にいきなり現れた白銀の盾によって阻まれ、次の瞬間には弾丸によって地に伏せることになる。
まさに虐殺。
誰の攻撃も優人には届かない。
誰も優人の攻撃を防げない。
彼らに許された選択肢はニつに一つ。
閉ざされた世界で逃げるか、または死ぬか。
誰も優人を止めることはできなかった。
***
「そう言えば、この中って血が飛ばないんだな」
地味だが結構便利な機能である。
血は精神の負担を大きくする。
それと同時に正常な判断を遅らせたりと、いいことがない。
それに体に血が飛んだら少なからず動揺するだろうし。
動揺は致命的だ。
これの可能性がない分僕の安全性も向上しただろう。
モンスター部屋を出て、元いた2色ボタンのクソ扉の前に戻ってくる。
忌々しい青ボタンを意味もなく睨みつけ、小学生の喧嘩のように扉に拳を突きつけると轟音が響いて天井からパラパラと土塊が降ってくる。
……小学生の喧嘩のように?
「まあいい」
わざとらしく横柄に頷く。それからくだらない1人演技をしながらさっきの戦いーー断じて虐殺なんかじゃないーーの反省点と発見した部分を頭の中で整理する。
「まず……あれか。ちょっと油断してたかな。実際、怪我なんてしてないんだけど。一体でも強いやつが紛れ込んでたらやばかったかもな…結局、原獣種しか出てこなかったけど」
原獣種の最上位と真獣種の最下位との差は1レベル。
されど、その1レベルはただの1レベルではない。
種族が進化するということは身体がレベルを消費することを代償に再構築されるということ。
つまり、地力に圧倒的な差が出てしまうのだ。
この差はたかが1レベルと言えるものではない。
原獣種と真獣種には大きな力の隔たりがあるのだ。
原獣種と真獣種では戦闘の難易度が全く違う。
原獣種の最上位を片手間に倒せる僕でも真獣種を片手間で倒すのは難しい。
おそらくできる。
だが、片手間でやるならばこちらも相応の怪我を覚悟する必要がある。
社会でもそうだ。
原獣種中位相当のヘリオドール級冒険者が原獣種上位に挑むのは『気をつけろ』で終わるが原獣種上位相当のエメラルド級冒険者が真獣種下位に挑むのは許されない。
ほぼ間違いなく死ぬからだ。
少し話が逸れたが言いたいことは、『真獣種がいたら怪我してたかも』と言うことだ。
「あとは……MPの無駄が多いね。もっと最少限の力で最高のパフォーマンスしないとな」
だがこればかりはやり方がわからない。
感覚でやってみようと思って空間を入れ替えてみるが、あまり感覚がつかめず、出来ているのか出来ていないのかも全くわからない。
「学校とかあるんだったらいつか行ってみたいな」
学園編も異世界物語のテンプレだし。
異世界人との交流もしてみたいしね。
そんなことを考えながら立ち上がる。
「んじゃあ、反省を生かしてボス戦行くかぁ〜」
一度伸びをして大きく深呼吸をすると、そのまま進んで赤のボタンを押す。
同時にゆっくりと扉が開いていき、中で何かが蠢いているのが見えた。
数分後、中から獣の断末魔が聞こえた。