3ー86 罰と貸し
バタンと音がして、扉から5人ほど護衛らしき人が入ってくる。
「この者を追い出せ!」
僅かに震えていたレクルクスが味方のその人数を見て虚勢の大声を上げる。
「【空間固定】」
……動いたのは1人か。
【星】に進化後の【空間固定】による固定条件は『自分より50レベル以上の格下であること』。
つまり、この空間には1人だけほぼ同格かそれ以上がいる。
ん〜殺そうと思ったんだけどなあ……
同格がいるなら引いてあげようか。
と思ったのだが、優人は気づいてしまう。
……あれ?普通幻獣種ってスキル無いのか。
即座に鑑定をしてしまったことで、同格かもしれない相手が異天児では無いことに気付いてしまった。
たとえ同格でも楽に勝ててしまう。
そのことにこの最悪のタイミングで気づいてしまった。
……遠慮はいらないな。先に手を出したのは向こうだ。
ーー刹那。
魔力の暴風が再び吹き荒れる。
その場にいた誰もが瞬時に優人の決断を理解した。
そして恐怖を抱いた。
奴ーー梶原優人は相手が王族でも躊躇なく殺しにかかる狂った奴だと理解した。
しかし、そうですかと引き下がれるはずもない。
「貴っ……様!王族に刃向かうか!!」
「なに、そんな王族初めから居なかったことにすればいい。言葉に気をつけろ」
つまり、口外した者全員を殺すと、この場にいる全員を暗に脅す。
そしてようやくレクルクスは命の危機を理解する。
優人は脅しでは止められない。
どんな権力でも彼の怒りを受け止めることはできない。
『1人の王族が強引に結婚を迫り、周りはそれを認めた』
たったそれだけの理由で王族全員を殺してしまおうと考えられる狂気。
その判断に思考の余地はなく、あっさりと殺害を選べる狂気。
望みのためならどこまでも冷たくなれる人間の本気の怒りを、全員が目の当たりにした。
優人の手に魔力が集まる。
いよいよ危機。
正真正銘命のかかった冗談の通じない危機が迫る。
だが、さすがのアルメフィアもここで制止を挟む。
「優人、下がってください。もうこちらで対処できます」
「大丈夫です。僕がうまく処理します」
「この件はお兄様に任せます。今こちらに向かわれているようですから待ちましょう。嫌というのなら、貴方の主としての権限で命令します」
一瞬、優人の纏う空気が穏やかになる。
ほんの一瞬、迷った。
「……」
流石に無視するわけにもいかない、か。
まあ、ちょうどいと言えばちょうどいい。
今ちょうど、怒りの着地点を決めかねていたところだ。
「分かりました。護衛として待ちます」
決断は、自分でも驚くほど早かった。
***
……危なかったですわっ!
王女アルメフィアは心の中ではガクガクブルブルだった。
なぜかって?
理由はもちろん、優人が王子を殺さないか気が気ではなかったから。
原因は王子というよりむしろ優人であった。
……まあ、元を辿ればお茶会で他人の護衛に求婚するなどという非常識なことをしでかしたレクルクス様が悪いのですけど。
優人とお兄様を呼んだのに間違いはありませんが、実際にはお兄様の方に先に伝えたんですよっ!だって優人は純恋のためなら王子でも殺しそうですし……というか殺しかけましたし。
お兄様が先にお越しになれば、少なくとも武力衝突は避けられると思って先に連絡したのに、優人が早すぎなんですっ!連絡して5秒も経ってませんよ!
しかも、制止する前にスキル使っちゃいますし。
もう……わたくしもお兄様のように部屋でゴロゴロしたかったです。
***
「さあ、何があったか話すのだ!全てを詳らかにし、話し合いを行おう!」
数分後、やってきたのはアルトムートみたいなノリの男だった。
親がアルトムートなら子もアルトムートか。
オルテノートがチビアルトムートで、アルメフィアの異天児という肩書きがアルトムートのスキルの影響とするならば、王妃アウレシアの血はどこに行ったのやら。
アルトムートが強すぎたんだな。
どんまい王妃。
「ヴァイスターク王国の護衛が先にスキルを使い、我らを害しました。そのためまず優人とかいう護衛を罰するべきでしょう」
懲りもせずレクルクスが真っ先に言葉を発した。
喉元過ぎれば何とやら、余程脳が足りてないようだ。
あながちヴィユノークの言葉も間違いないのかもしれない。
「ふむ。皆様間違いありませんか?」
言いたいことは掃いて捨てるほどあるのだが、アルメフィアから事前に何も喋るなと厳命を受けたので、僕からは何も言わない。
まあ、口論に関しては生粋の貴族の方が得意そうだしな。
だからメフィアが代わりに何か言うのかと思っていたのだが、
「スキルを受けたのは確かですけど、非常識な求婚をしたのはレクルクス様でしょう?スキルの使用に関しても、元凶は貴方と考えておりますが?」
口を開いたのはメフィアではなくレディプティオ帝国の王女。
アルメフィアが言っていたように、レクルクス側につく利が少なくなれば、沈黙を破ってこちらにつくらしい。
この帝国は比較的仲がいいので、あからさまに、敵にはならない。
せいぜい沈黙だそうだ。
口論で言い負かして勇者を分散できるならルーンゼイトにつくのもありだが、武力支配によってそれが困難になったのであれば即座に適切な意見を言って立場を固める。
流石というべきか、波に乗るのが上手い。
そして、波を伝えるのも上手い。
「付け足すならば、それに同調された方々はどうなのでしょうか。非常識を許せば秩序の乱れにつながります。秩序を守れない方は早い段階で相応の罰を受けていただくべきかと存じますが」
何が言いたいのかというと、『お前ら、さっさとこっち側につけば罰が軽くなるぞ』という脅迫まがいの説得である。
レディプティオとヴァイスターク。
二代大国が敵に回れば小国は滅ぶ。
その結論まで行きつくと、彼らの判断は早かった。
「私も秩序は正すべきと存じます。ご忠告、感謝いたします」
「わたくしもそう思っていましたの。危うく道を違えるところでしたわ」
それはもう酷かった。
10秒足らずで全員寝返り僕らを擁護し始めた。
そして、この男も負けていない。
『優人、それっぽい演技で合わせろ』
そんな念話が届いたかと思うと、
「私としては本国に連絡し、王を通して罰することを考えたのですが、ここにいる純恋とその伴侶である優人が許すと言いました。ですので、借りという形で済ませようと思うのですが、いかがでしょうか」
罰するのではなく貸し一つで和解を促す。
罰しても利はないが、貸しをつければ何かと便利ということだ。
こうやって後の利益までちゃっかり手に入れるところはさすがは息子アルトムートだと思う。
「どうされますか?」
王子レクルクスに時間的猶予は与えられない。
皆ここで結論を言わせるつもりだ。
味方はおらず、逃げ道はない。
その中で1人追い込まれたレクルクスは、
「……了承、しました……っ」
歯軋りさせながら条件を呑んだ。
星、ちょーだい!!