3ー80 呪いの扉、紛いの仮命
<勇者・村上直哉視点>
初めての休日、俺たちは学園が管理する迷宮にきていた。
メンバーは俺と健吾だけ。
浅い層でレベルアップしようと思っている。
俺たちは今真獣種。
学園に来る前のディアーナで真獣種になったばかりのヒヨッコだ。
梶原はもう幻獣種らしいが、どうやったらあんな速度でレベルアップできるのか理解できない。
スキルの補正でもあるのだろうか。
***
5階層。
今、ボス部屋まで道を切り開き、巨大な扉を視界に収めたところだ。
「健吾〜次お前が戦う番な」
「いいぜ。すぐ倒すからそこで待ってろ」
ま、移動だけのスキルを持つ健吾でもこのレベル帯の敵は1人で余裕だろ。
さっきのボスは原獣種中位だったからな、ここもせいぜい原獣種上位だろ。
その時。
ゴガアァアアアアアアアアアアン!!
ボス部屋の扉が消し飛んだ。
「うわぁああああああああっ!!!」
驚いて尻餅をつく。
土埃が地下空間を埋め尽くし、なにもみえなくなる。
しかし、恐怖で尻餅をついてもスキルを忘れなかったのは日々の鍛錬の成果か。
「【完全変身】モード梶原優人」
自分が知る、究極の戦闘人間に変身する。
戦わないと。
健吾に加勢しないと。
そう思った時。
不気味な声が響いた。
「【くろばね みそぎ 呪いの王よ だくしょくいしょく いをほふれ】」
「……ぇ?」
「【赫赫たる荒野に降り立つ御遣いの病みし瞳 闇見たる 矢観しけるを何となす】」
頭に疑問符が次々と浮かぶ中、脳裏をよぎったのはたまたま聞いた梶原の話だった。
夜中、廊下を歩いていた時に聞こえてきた梶原優人と綾井純恋の会話。
『僕、詠唱できるようになったぜ。どうだよ純恋。褒めてください』
その時はリア充死ねよとしか思わなかったが、この刹那、直哉の勘は真実を突き止める。
これが詠唱……っ!!
ふざけんな。
「【眼瘴たる 贋牆たる 奉られし異形の観音】」
知らねえよ。
聞いてねえよ。
こんな敵がいるなんて聞いてねえ!!
「【其の願いに言葉は非ず 星灼纏いし離界の万民】」
終わらない詠唱。
響き続ける死の足音。
「【神砕きたる業こそ何たるや 斯くて来たらん 起厄の海へ】」
まだ死にたくない。
こいつを殺さねえと!
殺られる前にっ!!!
「【コズミック・レイ】っ!!」
必死の足掻き。
その末に必死放った破壊光線。
ーーしかし。
「【呪いの王よ 今こそこの地に】」
詠唱は完結する。
そして放った光線は灰色の板が完璧に受け止めた。
「…………ぁ」
終わった。
もうおしまいだ。
目が違う。
それなりを求めていた自分と、奴とでは。
生ぬるさなどどこにもない。
目的を果たすためならばなんだってする。
危険?
死?
そんなものがどうした。
そう言って強くなった男の、深く、どす黒い憎悪。
強者の心の淵を知った。
「……コピーか」
男は唐突にそう言った。
「貴様はなぜ戦わない。俺が見逃すとでも思ったか?勘違いも甚だしい」
「もう……無理だ。降参する!だから頼むっ!見逃してくれ!」
なんともみっともない。
でもこれしかないんだ。
俺は勝てない!
まだ死にたくないんだ!
「……他にないのか?」
「金なら出す!俺にできることならなんでも……」
「そうか。死ね」
「…………っ!!」
声なき悲鳴。
既に、村上直哉の命は尽きていた。
<中山善視点>
「やけにあっさりしていましたね。善」
土埃の中からカノアが出てくる。
「つまらん。さっきの雑魚の方がまだマシだった」
後ろで気絶している榊健吾を指差してそう言う。
最後の質問。
あれは仲間が気にならないのかを問う質問だった。
いやに自分のことしか言わないものだから、気になって聞いた。
そうしたらなんと、本当に奴は自分のことしか考えていなかった。
「カノア。こいつらは好きにしろ」
そう言いつつ、近くから石を集めてきて適当に重ねる。
一応、墓のつもりだ。
死んだクズの墓ではない。
今から死ぬ、仲間思いの勇者のためだ。
適当に石を重ねる。
江戸の墓といえばこんな感じだろう。
『お前をここで戦闘不能にする!直哉には手を出させない!』
あの男はそう言った。
『なぜお前が他人のために命を散らす?』
そう聞くと、
『友達だからに決まってんだろ!』
そう答えた。
可哀想にな。
貴様の友達とやらは自分を守るのに精一杯だったぞ。
あれを友達と呼んだ貴様の見る目も程度が知れる。
「死体は二つとも利用させていただきました。こちらのクズに大した価値はありませんが、こちらには価値がありました。スキル的にも、それっぽい物語が作れます」
「なら、いい」
「あなたはこのまま力を取り戻してください。今はまだ足りません」
「知っている」
***
「なあ、おい、健吾!直哉はどうしたんだ!?」
迷宮の外で蒼弥が問いかける。
「アイツはっ……魔獣に殺された……」
「そんなやばい奴がいたのか!?」
「ああ、直哉が俺に逃げろって言って……」
榊健吾は涙を流した。
その姿は誰が見ても友の姿に悲しむ姿で、彼と会話を交わしている蒼弥も一切の違和感を抱かなかった。
「……分かった。みんなに共有しとくぞ」
「頼む。俺は……ちょっと部屋に戻る」
榊健吾は都合が良かった。
正確には、榊健吾のスキルが便利だった。
どこへでも移動できるスキルは逃走に最適。
聞いた者に、どうやって逃げたのかを問いかけるものはいなかった。
この日、2人の勇者が死んだ。
残った勇者はあと16人。
1、2、3、4……詠唱が6つ。
あるぇえ〜?なーんでだろっ!