3ー79 彼我の関係
星ください!!
破壊不能、そして術式解除。
理不尽な二つの権能を搭載して天魔反戈の対処法。
その最適解は物体による固定。
そして現状僕が持つ力でそれを可能にするのはイルテンクロム。
ーーだが。
僕にイルテンクロムを使ってもらえると思うなよ。
不利を承知で術式で倒してやる。
そしてーー
鮮血が舞う。
「ぐゥッ!」
掌を槍が貫通していた。
だが、耐えられる。
新たに得た【痛覚耐性】が痛みを軽減された。
これなら問題ない。
痛みのレベルは大体、自転車で猛スピードで走って、コンクリのところでこけた時くらい。
痛いが、何とかなる。
その時。
「ーー続けるんですか?」
僅かに震えた純恋の声が聞こえた。
「ーーえ?」
「槍が深々と刺さっているのに……続けるんですか?」
……ああ、そう言うことか。
理解した。
怖いんだな。
僕が死ぬのが。
いや、僕を間違って殺してしまうのが。
それも、自分が自らの手で、自らの意思で殺してしまうのが怖いんだな。
好きな人を傷つけるのが辛いんだな。
なんて優しい……と、言いたいところだが。
「優人くんは自分を粗末にしすぎです!」
ーー甘すぎる。
「僕は……俺は、君の彼氏であり、今は敵だ。そうしっかり心得よ」
でないとこの戦いに意味はない。
覚悟を決めたように勝負を挑んでおいて、怖いだなんて認めない。
それが俺なりの優しさだ。
「もし本当に俺が君を殺しにきたら君は俺に殺されるのか?大切な人を傷つけたくないとゴネて、みすみす殺されて。もし俺が遥香を、他のクラスメイトを殺したらどうする?」
「優人くんはそんなことしないでしょう?」
「その保証がどこにある?……今だけ、君は俺を敵だと思え。殺すつもりでかかってこい」
ぐだぐだ言わずに本気で来い。
僕を心配するならその前に、僕を本気にさせてみろ。
「……それから純恋、流石に俺を舐めすぎだ」
背後から業火が迫ってきていた。
半分は嘘だっただろ?
初めの一撃は気を逸らすため。
次の【インフェルノ】メインの攻撃。
それで勝つつもりだったようだが、目の動きが激しいな。
俺が天魔反戈を避けなかったことに動揺したにしても、あそこまで目は動かない。
視線で目的を悟られないために、視線を一点に固定しないように気を配りすぎだ。
逆に動きが忙しなさすぎて看破が楽だった。
何も刺さっていない左手を背後に向ける。
そしてスタッドを召喚しその先を業火に定める。
魔力の指向性放出。
術式が一切絡まない、純粋な魔力の砲撃。
黒と白の火花が散った。
天魔反戈が解除するのはあらゆる術式。
魔力自体が使えなくなるわけではない。
魔力のレーザーを放ちつつ、右手を柄の部分まで押し込む。
そしてーー
「【日蝕】」
治癒する。
やっぱりな。
効果があるのは穂先だけ。
柄が持つ効果は破壊不能のみ。
以前、純恋は紗夜と戦った時に、天魔反戈を持ちながら水を操った。
柄にも術式解除が適用されるなら、純恋は水を操れない。
予想は完璧。
「【モノリス】」
魔力の放出を止め、モノリスに攻撃を受けさせる。
どうせ壊れるだろうが、補助スキルに成り下がったスキルなら猶予がある。
右手で魔力を流す。
熾星終晶刀と違って天魔反戈に使用者登録はない。奪ってしまえば僕でも使える。そして多くの場合、その使用条件は『最も多くの魔力を注いでいること』。
魔力を叩き込む。
掌に貫通している状態では純恋は僕の手を引き剥がせない。
その時、水が溢れた。
「【月蝕】」
舐めすぎだ。
日蝕を使ったのは右手。
左手にかかる、日と月の相性悪さによる出力低減の影響は少ない。
およそ6割の出力で放たれた技は、水を黒く染め上げて、ボロボロと跡形もなく壊し始める。
「水って壊せるんですか!?」
「当たり前だろ!」
両手を支えに低い位置から飛び蹴りを放つ。
狙う位置は足。
それをジャンプで避けた純恋に追い討ちをかける。
そのまま低い姿勢を維持して蹴り上げ。
くるりと回って、純恋の着地のタイミングで、術式を解いた左の拳を突き出した。
「【宙穿つ弾丸】」
同時に不可視で不可避の弾丸を発射。
拳がぶつかると同時に、純恋の右肩を撃ち抜いた。
「うぅっ!」
痛みで手が緩んだその瞬間を、僕は逃さなかった。
「あっ」
「別に僕がこの槍を支配する必要はないんだ」
槍を奪う計画を立てた時、魔力を注ぎつつ、それを囮に強い一撃を当てて強引に奪う計画も立てていた。
そして、万が一、槍を奪えなかった時の計画もあった。
「【スターズ】」
ダメ押しの一撃。
通常はハンドボール程度の大きさの【スターズ】に過度の魔力を注いで強制的に大きくする。
その大きさは直径8メートル。
威力も十数倍に上がった凶器を構えて問いかける。
「戦闘は続ける?それとも終わる?」
黙って純恋は両手を上げた。
それを見て純恋に背を向ける。
よく戦った。
彼女の敗因は手数の少なさと嘘下手なところ。
もっと早く水を使っていれば、【インフェルノ】と天魔反戈で両手を塞ぎ、さらにスキルも封じていた時に水を使えば結果は違ったかもしれないな。
それでも結果は悪くない。
だって成長があったから。
背後の虚空に指を向けて一言。
「【空間固定】」
背後に水の槍が浮かんでいた。
「確かに、『降参』とは言ってなかったな」
ただ、背中を見せた途端に動いたのは軽率だったな。
距離が空いたとしても、もっと時間をかけて狙えば良かった。
実のところ、最後の一撃は気付いてなかった。
条件反射のようにスキルを放ったが、もっとこっそりやれば一撃入っていただろう。
「純恋、倒れたふりとかいらないから」
「……降参です。もう動けないので部屋までお姫様抱っこしてください」
嘘だと知っているが、まあいいだろう。
「僕お姫様抱っこしたことないんだけど……」
「優人くんならそれっぽくできます」
「何その信頼……やるけどさあ……」
いい感じです、と純恋が微笑んだ。
その後は部屋でのんびりとした。
殴る前に月蝕を解いたのは、解かなかったら殴った途端に純恋の服が崩壊するからです。