3ー74 謎と、星と、災いと
久しぶりの敵陣営視点です
<カノア視点>
「戻ったぞ」
「言った通りに動いてくれたようですね。助かりました」
こちら側の事後処理を終えた部下が帰ってきた。
場所はディアーナ近郊の廃墟。
苔が生え、あちこちにヒビが入っている貧相なこの城も古くは大陸で栄えた王都であった。
新たに設置した真新しい玉座に座り、部下の報告を受けていた。
「やることはやった。あとはジェラルドにどうにかさせろ」
「ええ、そうします」
「予定日頃には壊れるぞ。いくら鍵があってもな、壊れるときにゃ壊れるぜ」
「つまり、どう言うことですか?」
「いずれ、な」
「もういいです」
埒が開かないと判断し、早々に話を打ち切る。
「偽物ジェラルドよりも強くて応用も効く能力なのにどうして性格がこうなんですかねえ」
天は二物を与えずということでしょうか。
わたくしは二物以上持っている気がしますが、何か欠点があるということでしょうか。
わたくしに目立った欠点は……ふふっ、なんでしたっけ。
「ジェラルドもどき、なにしてる」
「任務に戻りましたよ」
前衛そこそこ。
後衛そこそこ。
補助そこそこ。
万能と言えば聞こえはいいが、要はただの器用貧乏だ。
無限に近い手札。
それを管理しきれない程度の凡才。
スキルの恩恵で知能はあるが、それだけだ。
手札は誰よりも多い。
しかしどれも単調。
応用が効かない。
対処法さえ押さえれば弄べる程度の力。
そしてそれを改善するような意欲はない。
手札は多いに越したことはないから残しているが、正直いなくても問題ない。
……本当に使えなくなったら盗みましょうか。
「4回?」
「ええ、あと4回です」
ですが……
「2度に分けたらおそらくバレるので、一気に4回しなければなりません」
そして彼にそれを為せるだけの力があるとは思えません。
情報を集めてくださっただけでも良しとしますか。
部下の扱いについてしばし思考を巡らせる。
自分で手を下してもいいのだが。
「熾星終晶刀の件でも大いに失敗してくれました。彼が梶原優人を殺せなかったらそのまま死んでいただきましょう」
偽物ジェラルドの扱いを割とあっさり決める。
感慨はなかった。
……それにしても詠唱を行使できるようになるとは。
予定では2つのスキル詠唱を両方潰して終わりのはずだった。
しかし、【進化】は最上位スキル。
そもそもスキルがスキルに干渉するのが難しいのに、下位スキルで上位スキルを止められるわけがない。
例に漏れず【拒絶】程度では止められなかった。
おかげで殺しきれずに逃す結果となった。
別に初めは殺す予定などなかった。
いつでも殺せると思っていたからだ。
しかし、梶原優人の詠唱獲得はあまりにも早かった。
召喚からまだ数ヶ月。
もう2つも獲得するとは。
しかも【進化】はまだ第一詠唱のみ。
最低でも三段階まであると考えておくべきだろう。
肉体の再構築という設定も厄介ですね。
それだけ傷をつけて追い込んでも何かの拍子で進化条件に触れた途端、彼は全回復する。
状態異常はもちろん、契約や命令でさえリセットさせてしまう。
長期戦は不利。
一撃必殺の何かを持っていなければどうにもならない。
また適当なスキルを集めておきますか。
そう考えてから、思い直す。
……いえ、こういう時こそジェラルドモドキかもしれませんね。
単調だけど、一定以上の力はある。
主要なメンツのリスクなしで勝率のある賭けができるのなら、賭けてみるのもアリだ。
ジェラルドもどきには犠牲になってもらおう。
「………」
ふと、一つの疑問が湧き上がった。
……あの時ーー詠唱を終了させた時ーー何が起こったのでしょう?
普通に考えれば強制終了によって何らかの反動があったと考えるべき。
なのだが。
何かおかしい。
例えスキル発動中に切断されてもああはならない。
そもそも彼は回復能力を持っている。
例え内部に損傷ができても……
損傷ができたのに治せなかった?
ならばなぜ?
治せないということは魔力切れでしょうか。
詠唱によって得られた力は知りませんから、何か魔力を馬鹿喰いする技があってもおかしくはない。
もしくは……脳に欠損ができた?
魔法もスキルもその発動の根幹にあるのは脳だ。
そこに何らかの損傷ができたのなら、回復スキルが打てなかったのも納得だ。
いきなり倒れたのが見えたので即座に魔物をそこに殺到させたが、様子見するのもアリだったかもしれない。
……【拒絶】はどこに働くのでしょうか?やはり脳でしょうか。
わたくしは戦場周辺での詠唱術式を使用不能にしたので、土地そのものにスキルが反映されたとばかりに思っていましたが……範囲内の全員の脳に作用したのでしょうか。
いくつかの疑問。
そして反省点。
「今回は収穫が多かったですね。これからも頼みます。元勇者、天下井愛斗」
「ああ、俺を信じろ。全部うまくいく」
幾星霜の記憶を辿って少女は呟く。
自らに言い聞かせるように。
その心に曇りはない。
その心に澱みはない。
ただただ一つの願いのために。
たった一つの望みのために。
彼女は今日という日を必死に生きる。
愛を失い、笑顔を失い。
その心を照らすは1人の少年。
かつて亡くした最愛の人。
「わたくしは彼の幸せの一欠片になりたいのです」
純粋で。
眩しくて。
それでいて儚い夢物語。
でもそれを夢で終わらせないのがわたくしの力。
わたくしはこの夢を現実にしたい。
彼女の旅が終わるのは、その物語に『彼』が登壇した時だろう。