2ー2 初ボス戦
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ギイイィィィ、と軋むような嫌な音がして扉が開く。
部屋の脇に備え付けられている台座に火が灯り、部屋を炎の光が照らす。
そして、部屋の中央に佇む魔物の姿も明らかになる。
部屋に入っておよそ10秒、もうすでに僕の顔には焦りを含んだ苦笑が浮かんでいた。
『格上だったらいいな』
『この戦いで色々決めるか……』
前言撤回。
格下が良かった。
あんなフラグ言わなきゃ良かった。
僕の眼前には全身を艶のある白銀の毛で覆われた大狼が神社の狛犬よろしくと鎮座していた。
白銀の体毛は周囲の篝火の光を反射して紅く染まっていて、キラキラと光を放っている。
写真に収めたいくらい神秘的な光景だが残念ながら、今はそんなこと言ってられない。
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イモータル・キング・ウルフ
LV184
真獣種
HP:58360
MP:517
攻撃:6095
防御:45321
体力:15383
速度:6509
知力:381
精神:28
幸運:36
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さっきの狼の親玉か……
格下とか言ったのが悪かったのかな?
精神力クソ雑魚だからキレてんのかもな。
なんだよ、2桁って(笑)
このレベルで2桁はないだろ。
因みに、幸運値の36は低いわけではない。良くも悪くも平均だ。
いや、平均やや下だろうか。
……いや、もっと下かも。
だが、特別低いわけではない。
人が見たら『こいつ、運ないな』と思われるくらいである。
ネタになるほどではない。
ここで豆知識。
一般的に、勇者は強い。
なぜならスキルをはじめから持っているから。
この世界の一般人や魔物もスキルを入手することはある。
ただし、それは天獣種や神獣種などの種族の頂点に立つものや、ごく一部の神に愛された者だけだ。
スキルの強力さ故に、多くの戦闘で勇者が勝利する。
ただし
それはあくまで同格や、それ以下との戦闘や、若干の格上との戦闘の話だ。ここまでステータス差が開いているとスキルの有利が殆ど無くなる。
「切り札まで使わないと勝てないかもな……」
ーー切り札を使わないと勝てないだろう。
ここまで雑魚ばっかだから油断してたぜ。こんなことになるならあの、なんとかクロムとやらを使えるようにしとけば良かったぜ。
「今更言ってもしょうがないんだろうけどな……」
未だ、戦闘は始まっていない狼は初めの位置から一歩も動いておらず、舐め腐った態度で、こちらに上から目線に視線を送っている。
「少し作戦を立てとくか……」
待ってくれているのなら有効に使わせてもらおう。
軽く目線で動きを確認し、脳内でそれをトレースする。
最低限の確認だ。
今は何もしてこないが、このままずっと何もしてこないとは限らない。
敵の動きにはいつも注意を逸らさず、その上で簡単に動きだけを確認する。
「奥の手は最後に、油断している時に……失敗したらジリ貧で負けだな」
つまりは死だ。
一度大きく息を吸う。
そして、腹に力を込め強く地面を蹴って駆け出した。
真っ直ぐに狼の喉元目掛けて地を蹴り、飛び上がる。
ここにきてやっと狼は手を振り上げ、とんでもない速さでこちらに振るう。
「空間転移」
つぶやきと共に、僕の体が消え失せ、迫っていた手が空を切る。
軽く目を見開いたウルフは左右に首を振って標的を探すがその瞳が僕を捉えることはない。
「ハアアアアアァァァァァァ」
頭上から勢いよく短剣を振りかぶり、脳天に短剣を突き刺す。
ーーが、致命傷にはならない。
イモータル・キング・ウルフの不死性。
それは、一撃で致命傷を負うことがないということ。
本来、生物には弱点がある。
人間ならば首や心臓、脳などがそれだ。
だが、イモータル・ウルフにはそれがない。
どこを刺されても、切られても、受けるダメージが変わらない。
故に、必ず長期戦になる。
白髪頭を踏み台に一度跳躍すると、もう一度深く刺してから転移する。
直後、先ほどまで僕がいたところを大きな爪が通過する。
そのまま同じことを3回ほど繰り返すと、低い精神力がもう限界に達したようで体が白銀の魔力を帯びる。
続いて、右手に特に濃い魔力が集まり、白の靄が立ちのぼる。
正しく、一撃必殺。
迸る魔力を見て、僕は唇を釣り上げた。
拳が放たれ、膨大な魔力が眼前に迫る。
そして……
「【宙の箱庭】」
つぶやきと共にパンッと手を叩く
次の瞬間、イモータル・ウルフの顔面に拳が突き刺さり、勢いに負けて迷宮の壁に激突し、壁に大きな穴を開ける。
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宙の箱庭
空間をつなげたまま別の空間と入れ替える。
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つまり何なんだというと、空間をつなげたまま別の空間と入れ替えるのだ。
……説明になってないって?しょうがないな。読者のみんなのためにもう少し教えてやるよ。
もう少し言うと、僕の目の前の空間とイモータル・ウルフの目の前の空間を入れ替えたということだ。
【空間転移】で入れ替えた空間がそのまま元の空間と繋がっているような状態だ。
拳ーーというよりも前足が入れ替えられた空間に入ると、ウルフの前の空間に移動して自分の顔面を本気で殴ったということ。
それも大量の魔力のこもった一撃必殺の拳で。
奴に弱点のような場所はない。
でも、強い攻撃をすれば、大ダメージは入る。
要は体力がバカみたいに高いスライムのようなものだ。
どこを攻撃してもダメージは同じだが、大ダメージという概念はある。
だからこのダメージは大きいはずだ。
それに、同じ手を喰らわないために、これ以降の大規模攻撃はしにくくなるはずだ。
これが一つ目の外しちゃいけないポイント。
失敗したら負けの山場だった。
それから最後の仕上げ。
ここからは短期決戦だ。
だんだんと魔力が減っていて、これ以上の長期戦はできない。
だから。
「【空間転移】」
瞬間、僕の視界は真っ暗になった。
転移した先はイモータル・ウルフの体内。
「【固形大気・剣】」
瞬間、僕の周りの空間が歪み、透明な二振りの剣が召喚される。
「行け」
号令で剣が体内を縦横無尽に駆け巡る。
この技は強力無比。
だが、欠点も確かに存在する。
とにかく精神力が必要なのだ。
剣を飛ばすと言うと簡単な気もするが、あの剣は動きを僕が脳内でプログラムしないと動かない。
故に2本しか動かせない。
成長すれば増やせるのかもしれないが、3本作った時に頭を刺されたかのような強烈な頭痛が襲ってきた。
……頭刺されたことなんてないから頭刺されるのがどのくらい痛いのか知らないんだけども。
ちなみに鑑定によると、無茶を通すと脳が破裂するらしい。
説明には
『頭がボコボコ膨らんだかと思うと、風船のように薄くなって、パンッてなって破裂して肉片が部屋中に飛び散って……』
みたいにとにかくグロテスクに書いていた。
読んでいるだけで吐き気がした。
閑話休題
ウルフは体を揺らすことでどうにか僕を体外に排出しようとするが、有害な消化液から僕を守る大気の幕が体を覆っているので意味を成さない。
「アオオオォォォォン」
外から悲痛な声が聞こえる。
だが、切り裂くのはやめない。
その時光が見えた。
物理的に。
足元の肉床がぱっかりと二つに割れ、すぐさま体外に排出される。
そのまま落ちて体を打ちつけ、集中が切れて剣が消滅。
僕は危険を察知してすぐさま後ろの空間と位置を入れ替えて距離を置く。
視線を上げると、そこには爪を自分の血で真っ赤に染め上げたイモータル・キング・ウルフが血走った目で怪我の元凶を睨みつけていた。
おそらく自分の爪で腹を切り裂いたのだろう。
最初にきた衝撃から排出まで嫌に時間がかかったことから考えると、自分の防御力の高さが仇となって腹を割いて僕を排出するのに手間取ったようだ。
冷静にそう判断する。
だが、
「………マズいな」
そんな呑気な解説ができるほどの余裕が今の僕にあるわけがない。
魔力残量はあと僅か。
精神力も限界で剣の召喚はもうできない。
それからついでに体内に入って色々切ったため、全身に血を被っており、吐き気がしている。
「いつ気絶するのかわかったもんじゃあないな」
あと一撃。
無茶をして、あと一撃放てる。
複雑なのはダメだ。
多分だけど放つ前に気絶する。
『単純で高火力』
それが条件。
今のままじゃダメだ。何か、新しい何かを……
イモータル・ウルフが一歩前に出る。
続いて二歩目。
そして三歩、四歩。
だんだん距離が縮んでいく。
宙の箱庭…もダメだ。集中できないし都合よく強い攻撃をしてくれるとは限らない。
新しい何かを……
【宙】は空間を操る。
でも、空間ごと押しつぶすことは出来ない。
ん……?……なら……
すぐさま行動を起こす。
できるかどうかは分からない。
なにしろ初めて使う技なんだから。
今思いついて、今即興でやる出鱈目な技。
僕の目の前の空間が歪み、まるで握りつぶされた紙のように小さく、小さく縮小ーー否、圧縮されてゆく。
変化に焦ったウルフが距離を一気に詰め、爪を振り上げる。
「空間転移」
次の瞬間歪んで圧縮された空間がウルフの体内に転移。
そして僕の管理を外れて圧縮が解かれ……
あたりに肉片が飛び散った。
勝てない理がある。
でも、それでも戦うんだ。
だって『勝ちたい』から。
はっきり言える。
その気持ちだけなら僕は誰にも負けないさ。