3ー39 不可能な可能
朝が肌寒い……
朝起きて、しばしぼーっとする。
そして、
「ああ……夜か」
ついそう言っても仕方がないくらい森は暗かった。
今の季節ーー季節というものがこの世界にあるのかは分からないが、それはともかく、とにかく夜が長い。
ステータスボードの時刻欄には二の鐘と刻まれていた。
冬じゃないんだから6時にはそろそろ明るくなってもいいんじゃないかと思うのだが数メートル先が見えないほどの真っ暗闇だった。
ん〜〜これは見落としてた。
そういえば、いっつも今の時間はまだ暗かった気がするな。
これじゃあ転移がうまくできない。
『肉眼ではっきりと視認できる場所』と『行ったことがある場所で、はっきりと記憶に残っている場所』が転移場所の条件である【空間転移】で今の暗闇を進むことはできない。
下手に転移して違う場所に転移でもしたら、それこそ本末転倒だ。
何のための転移か分からない。
出来ないものは仕方ない。
今更何を言っても無駄だ。
どうしようもないので転移は早々に諦めて今まで通りイルテンクロムで道なき道を突き進む。
銀腕が草木を押し除けてくれるおかげで僕は常に最短距離を移動できる。
イルテンクロム様様だ。
月光さえも頼りにならない獣道ーーならぬ魔物道。
そこを蜘蛛足が駆け抜ける。
時たま何かの悲鳴が聞こえては何事もなかったかのような静寂が戻る。
血飛沫すら届かないため、暗闇の中で何が起こっているのかは不明だが、魔物達との戦闘が繰り広げられていることは容易に想像できた。
『危険』という気持ちが湧き上がらないということは、敵に遅れはとっていないのだろう。
さすがEXランクの魔術具だ。
始まりの迷宮にマジ感謝。
僕の目はもはや役に立たない。
今全てを動かすのはイルテンクロムの意思ーー即ち僕の思考。
だから気づかなかった。
その存在に。
「がぁッ!!ーーーーっ何だこれは!!?」
突然頭に衝撃が走った。
衝撃なんて優しいもんじゃない。
脳全体を金属バットで殴打されたような、幻獣種の肉体をもってしても痛い、そんな一瞬のインパクト。
何もないーーはずだった。
目の前には変わらず木々が生い茂っていて、変わらず平和そのものな風景が繰り広げられている。
なんだかんだ2時間近く森を駆け抜けて、そろそろ目が役に立ち始めた頃。
その目は確かにその先の道を捉えている。
それなのに、前に進めない。
クソっ、速度出してたのが裏目に出た。
頭痛と眩暈でうまく動かない脳の機能を総動員してなんとかそろそろと移動する。
そして、何かに触れたら今度は蜘蛛足を解除して地に足をつけると、今度は両腕に分厚い鎧を取りつける。
そして、その腕に纏ってある金属から更に触手を生み出して前に突き出す。
するとその触手は見えない壁にぶつかったかのようにその場でグネグネし始めた。
……やっぱり。なにかある。
『何か』というか、もう確定だろう。
「見えない結界があるな……それもかなり強力なやつか」
聞いてない。
こんな結界があるなんて。
ーーというか、こんな高度な結界張れるものなのか?
今の僕が一切探知できないとなると、これを張ったのは多分天獣種か神獣種だろうね。
僕以上の化け物だぞ。
少なくとも、勇者じゃないな。
だって、天獣種以上になった勇者なんて、どれだけ文献を遡っても片手に収まる程度しかいないからね。
そして、そいつらはもう死んでいるし、そいつらのスキルに結界系統はなかったと思うし。
幻獣種に至る勇者は掃いて捨てるほどいるけど、同じ獣種じゃ能力にそこまでの大きな差はつかないんだよね。
だから、目で一切探知できないってことはあんまりないし、魔力が回復した今は【空間探知】を起動してるから、同レベルだったら万が一にもこんなことは起こらない。
結界系統の幻獣種と隠蔽系統の幻獣種が手を組めばできないことはないだろうけど、そもそも同じ時代に勇者が2人以上いるってことが普通ないし、そもそもスキルの掛け合わせって難しすぎて非現実的なんだよね。
だからこれは、1人のスキルによって出来上がったもののはず。
それなのに、それをできる勇者がいない。
だったら魔法?
そんな馬鹿な、ってね。
レベルと共にそもそもの出力が上がるスキルと違って、魔法はいくらレベルが上がっても、魔法そのものの出力は上がらない。
消費する魔力量を増やすことで強引に出力を上げているだけで、そのものは強くならない。
発動だけならもしかしたらできるかも。
スキルで見つけられないくらい高度な魔法の術式がこの世に存在するかどうか置いておいて、魔力量的には無謀とはいえないと思う。
『不可能』ではなく、無謀に限りなく近い『可能』だろう。
だけど、誰がこれを維持する?
魔法とは、発動ができたーーーで終わりではない。
全ての魔力を使って絶対不可壊の結界を張ったとして、それが1秒後に崩れるというんだったらそれは何の役にも立たない。
魔力を無駄に消費するだけだ。
今回も同じだ。
『結界は作れる。でも維持できない』では失笑もの。
それをした彼は生涯『馬鹿な奴』という素晴らしい称号と共に生きることになる。
ってことは、
「異天児……か」
それしかない。
ーー否、自力でスキルを得たこの世界の人間もあるか。
彼らならあり得る。
あり得るのだが………
これ以上は判断材料が足りない。
というか、強力な結界というヒントだけでここまで絞り込めた僕を褒めて欲しい。
「ステータス」
時刻は2と半の鐘。
つまり7時ごろ。
昼までに着くことを考えるならば、今すぐに発つべきだ。
だけど。
だけど、ね。
優人の食指は既にレベルアップから別のものに移り変わっていた。
その相手は言わずもがな、この結界。
一切合切全てが不明。
何も分からない。
何も探れない。
全ては見えないベールの中に。
そんなものに興味が湧かないわけがない。
そして、これを無視する道理はない。
「面白いな。調べてみよう」
アイツに久しぶりに会いたいし。
フフッ。
ちょうどいい相談相手がいるんだ。
ってことで次話はあの人?と再会です。(いつでも会えますが)
え?さっさとレベルアップしろって?嫌だなあ。大事な話だから書いてるんですよ。