3ー35 貫く異天、穿つ星
誤解がないように書いときますが、普通は側仕えは戦いません。主人や自分の生死がかかった時くらいです。当たり前のように剣を持って魔物討伐とかに行くロキエラはおかしいんです。本来の業務はアルトムートの日常のお世話だけです。
現段階で僕が使える最大の技、【十二善霊宮】。
そしてその効果である惑星時間の操作。
まごうことなく【星】の最強の一角を担う技だが、その強力さゆえに優人はその力を制御しきれずにいた。
正確に言うならば、ある一定倍率を超えた時から操作の難易度が跳ね上がるのだ。
その倍率が±0.5。
速度の増減倍率1.5と0.5倍を超えると操作がグダグダになるのだ。
これを超えるとただの魔力浪費能力に成り下がる。
出来ないならば出来るまで練習すればいい、という話なのだが、そもそも【十二善霊宮】自体の魔力消費が大きい。
魔力回復の効率的な手段がない以上、地道で時間のかかりすぎる訓練をする他なかった。
しかも優人は常に緊急時のための最低限の魔力を残しているため、さらに訓練が遅れた。
その結果が今である。
「0.5倍」
既に無茶を重ねているため、自滅を防ぐためにも0.5倍を超える無茶はできない。
だからこれで勝つ。
惑星時間の操作ということは、この星の時間の操作ということ。
つまり、僕以外の時間の進みを操作するということ。
みんなの時間が0.5倍速で進むということは、言い換えると僕が1.5倍速で動けるということ。
「来い!熾星終晶刀!」
鈍く輝く刀身を晒してダッと駆け出す。
威力を考えるならば【十字衝】を使うべきだが、アレの大技との併用は上手くない。
きっとすぐに魔力が枯渇する。
「ハァアアアア!!」
いきなり首を狙う。
これで首筋にまで獲物を持っていくことができれば勝ちが確定する。
が、そんなに上手くいくはずがなく。
ギィイイイイン
鈍い音と共に首と刃の間に滑り込んだレイピアが簡単に攻撃を受け止めた。
「加速能力ですか?面白い。……ですが……まだ遅い」
分かっていたことだが、ロキエラはまだ全速ではなかった。
僕ら2人が普通の速度で剣を交えるので、まるでロキエラだけスキル対象外になっているのではないかと思えてくる。
しかし、会話は遅い。
彼が遅くなっているのは間違いないのだ。
……意味がないわけじゃない。もし技を発動していなかったら速度で潰されていた。
これで速度は対等。
ここからは超接近での読み合い。
一旦距離をとって息を整えると、刀を握り直して接近する。
そのまま袈裟斬りを繰り出し、その後手を返して横薙ぎを繰り出す。
ロキエラは完璧に動きを合わせると、全て受け流して突きを繰り出した。
僕に防御の余裕はない。
だから全てイルテンクロムに任せる。
期待通り、背中の辺りから銀の触手が飛び出して鋭い刺突を受け流した。
ロキエラの攻撃は全てを貫通する。
そのため、盾を出しても衝突した瞬間に風穴が開くのだ。
防ぐ手段は受け流すことしかない。
が、操作権を完全譲渡しているイルテンクロムに天獣種の攻撃が受け切れる筈がなく、
「クソッ!!」
全身に細かい赤い筋が残っていく。
防ぎきれていないことに気付いたイルテンクロムは腕を増やして対処にかかる。
さらに、始まりの迷宮で一度使った戦闘スーツを全身に張り巡らせ、かすり傷による消耗を極限まで減らす。
このスーツは重さをイルテンクロム本体が負担し、本体の重さは一定となるので僕は重さを感じない。
更に、僕の動きに合わせて自由に変形するため、無駄な構造がない。
「ハッ!」
刀を振りつつ、できた隙に左で軟拳を放つ。
ロキエラも同じように左手を使って拳を受け止める。
「!……」
イルテンクロムが回り込んでロキエラの拘束に掛かる。
拘束具が彼の体に触れる前にもう一度拳を放ち、鋼の腕から距離を取ろうとする彼の片手を塞ぐ。
そして接触する寸前、拳に纏った金属部分を変形させてナイフを作り出す。
それを受け止めた彼の掌に傷が……つかなかった。
「惜しいですね。……その魔術具、魔力が殆ど篭ってないでしょう?それが失敗の原因ですよ」
そう呟きつつ、僕を蹴り飛ばすと離れた位置から突きを文字通り、飛ばす。
発動条件に対象との接触がある【破壊】と異なり【穿】は遠距離からも攻撃できる。
正確には中距離なのだが、そんな情報を優人が知る由もなく、殆ど不可視の攻撃が飛来する。
8割を落とし、1割を運と勘で避け、残りの1割を全身で受ける。
完全な不可視ではないので、よく目を凝らして何とか重要な器官は避けたが、それでも全身に少なくないダメージが入る。
すぐに腕を増やすことで受け損ねを減らしにかかるが、ロキエラは速度を上げ続ける。
……速度を上げ続ける?は?何で?
……いや……は?
気づいた時は遅かった。
「まさかっ!?」
「ええ、よく気が付きました。天獣種の全速を幻獣種が真っ向から受け止められると思われていたのなら心外ですよ」
「待っ……」
レイピアが一閃。
僕の体を貫いた。
ありがたいことに急所は外してくれたらしい。
すでに【十二善霊宮】は終了していて、わずかに感じていた頭痛は治まっていた。
「貴方の敗因を教えましょう。金属を操る魔術具ですが、魔力が篭ってなさすぎです。その代わり魔力効率は良いようですが、私にアレの攻撃は通りませんよ」
「あはは……そう、ですか」
「癒しましょう。こちらに」
立ち上がるように促してロキエラの手が伸びる。
僕はその手を握って、
「諦めるとは言ってねぇよ」
離さなかった。
「ッ……!」
「【小宇宙】ッ!!」
漆黒の世界が僕らを包む。
腕をしっかりと掴まれたロキエラがその結界から逃れる術はない。
「オマエの敗因は僕を舐めすぎたことだ!」
「ふむ……良いでしょう。この世界、粉々に壊して見せましょうか。さあ、準備を。そのくらいは待ちますよ」
「その舐めた面、消してやるよ!【レーヴェ】【ヴァッサーマン】【クレープス】【シュタインボック】ッ!!」
「……素晴らしいですね。ぜひ勝ってほしいものです」
「やってやるよ!【超新星】!!!」
さあ、第二ラウンドの始まりだ。
ロキエラ、結構簡単に攻撃を捌いているので【十二善霊宮】がザコい感じが否めないですが、【十二善霊宮】は結構やばいです。雑魚さが浮き彫りになっているのはロキエラが強すぎるのと、優人自身が使用に慣れてないからです。
そもそも、幻獣種と天獣種の戦いなんて1秒かからずに終わります。
それを数分間既に耐えてる時点でだいぶヤバいです。
***
優人は駆ける。
勝利を目指して。
その目に一切の迷いはなく、只々目の前の敵を打ち倒すために刃を振るう。
されど天獣種の壁は低くない。
全てを努力に費やして、努力全てを己の研鑽に費やした日々。
それしかなかった。
それしかできなかった。
だから彼は一点を極めた。
只々全てを貫くために。