3ー30 旅の始まりは熱いキスで
【空間転移】と【固形大気】を発動し、ゼトロノーム上空に作った足場に着地する。
僕のスキルで生み出されたそこは、僕らだけの特等席の展望台だった。
「わぁ〜綺麗ですね〜」
隣から聞こえる歓喜の声に満足感を覚えながらもそれが表情に出ないように必死に顔を固める。
気をつけてないと、ニヨッと不気味な笑顔を作ってしまいそうだ。
展望台から見えた夜景は美しかった。
光量だけを見れば流石に長崎や函館のそれに劣るが、芸術として見ると、長崎や函館と遜色ないように見えた。
平民街に果てしなく広がる、窓から漏れるオレンジの光。
後ろに見えるのは豪華絢爛な城郭。
日本では見ることのない巨大な宮殿が眩しい光に照らされて、その堂々たる全貌を人々に曝け出していた。
『美』の雰囲気もあり、『武』の雰囲気もある。
『美』の象徴たる華やかな宮殿部分とは打って変わって、静かに佇む巨大な城壁。
中でも貴族街を囲む壁は地味ながらも、煌々と松明や魔術具の光が灯っていて、その荒々しい『武』を強調していた。
「本当に綺麗だ……日本のどこよりも綺麗なんじゃないか?」
「私もそう思います。光だけではこちらの方が少ないんですけどね……大きくて豪華な建物が多いからでしょうか?こちらの方が美しいです」
それに、ここには視界を遮るものが何も無い。
何者にも、何物にも邪魔されないこの場所は正に特等席だった。
そして、ここは2人きりで話すのに最適な場所でもあった。
数少ない魔術具を介さず、人目を避けることもなく、自然体で話せる場所。
そこで半透明な板の上で手摺りにもたれ掛かりながら話した。
「私から話があります。……デートの真っ最中ですけど、お城じゃ聞けませんから」
そう言って口を開きかけて、何を思ったのか、動きが止まった。
「その前に言うことがありました。今日のデート、楽しかったです。大切な思い出をありがとうございます。一生の思い出です!」
「カメラがあったらもっとよかったんだけどな」
「大丈夫です。全部覚えますから。記録に残せなくても記憶に完璧に保存します。だって優人くんとの思い出ですから!」
「そこまで楽しかった?」
珍しくはしゃぐ純恋の姿に、思わず苦笑が漏れる。
「はい!魔術具のお店も面白いものばかりでしたし、武器のお店もお守りのお店も楽しかったです!あとそれから、ここからの眺めも最高です!」
「ならよかった。昨日は今日が心配で寝れなかったから」
「本当にありがとうございます。次は私が優人くんを楽しませるので覚悟しておいてくださいね」
「ああ、楽しみにしてる」
一度会話が途切れ、静寂が天空の舞台を支配する。
一陣の風が吹いて純恋の長いエメラルドグリーンの髪を乱す。
更にしばらくたった後、意を決したように勢いよく純恋が顔を上げ、話し始めた。
「私、夢ができたんです。多分、とてつもなく大きな夢です」
それから一泊置いて、話を続ける。
「優人くんを一生支えます。以前優人くんが言っていた、理不尽を無くすという目標、一緒に叶えましょう!私が優人くんを支えます。だからきっと出来ますよ!」
それを聞いて嬉しくなる。
あんな小さな事まで、小さな夢まで覚えてくれてたことに涙が出そうになる。
蓮人が死んだ
理不尽と不条理の波に呑まれて。
死んでいいような人じゃなかった。
殺されていいような人じゃなかった。
全てを照らし、闇を祓う。
社会の膿を取り除く。
それができる人だった。
僕を含め濁り切っていた社会を照らす導き手になれる人だった。
それなのに神は彼を見捨てた。
死んだ人間は戻ってこない。
失ったそれは大きすぎるものだった。
だからこそ
「僕は人を救いたい。もう会うことさえ叶わない大切な人に誇れるように。やり遂げたよって胸を張れるように。僕を救った蓮斗にその生き様を恥じることが無いように」
そして。
それから。
「最後に笑って、『ありがとう』って言えるように」
最後まで僕の視線を遮ることなく受け止めた少女は少し笑って、
「私が一緒に達成させます。そして古宮くんに伝えます。『私がこれからも支えますよ』って。それから、『あなたの親友は私に任せてください』って」
そう、はっきりと告げた。
「ありがとう。純恋」
「あれ?惚れましたか?顔赤くないですか?」
「惚れてるのは元からだし。それから、赤くはない」
「なんでそういうこと言うんですか!私が恥ずかしくなるじゃないですか!」
「事実だし。それとも純恋は僕が好きじゃない?」
「好きですよ!好きですけど!……」
も~、と呻く純恋が手摺りにもたれかかる。
それから少し夜景を眺めた後で再び僕のほうに向きなおった。
「そんなことよりいいですか?私をもっと頼ってください。私も守られるだけではないですよ。強くなります。支えられてばっかりの優人くんがもう死んだ古宮くんにもう頼らないようにしなければならないですからね。古宮くんも安らかに眠れませんよ」
「頼ってるつもりないんだけどなあ……」
「しっかり頼ってますよ。そんなお子様の優人くんにプレゼントです。欲しそうにしていたので買ってみました」
腰につけていたマジックバックから取り出されたのは一つの宝玉。
既視感のあるソレが僕の目の前に差し出された。
「これって……」
「はい。鑑定の補助スキルの宝玉です。物欲しそうにしていたのでプレゼントにしてみました」
「良いのか?これめちゃくちゃ高かったろ」
「高かったですけど、初デートの記念すべきプレゼントですから、これくらい平気です。私は優人くんが喜んでくれたらそれで満足です」
まさかこんなサプライズが待っているとは。
全く期待してなかったと言えば嘘になるが、こんなものをくれるとは思わなかった。
「ありがとう。じゃあ僕からもこれを」
そう言って小さな箱を取り出す。
「もしかして結婚指輪……」
「じゃないんだけどね。でも、純恋を守れるようにこれにした」
結婚指輪も考えたには考えたのだが、渡したら間違いなく彼女は一日中それを身につける。
更に言えば、間違いなく左薬指につけるだろう。
だからブローチにした。
公表はできればこの国での立場がある程度固まってからにしたい。
その方が色んな意味で安心だ。
受け取った箱から視線をあげてこちらを見た純恋に頷いてみせると、彼女はその場で箱を開けた。
中にあったのは一つのブローチ。
中央に水色の宝石が嵌め込まれ、金の鎖で装飾されたそれが掌の上でその存在を主張していた。
宝石の名前は確か……トルマリン?だった気がする。
金額は秘密。
大切なのは金額じゃないと思うから。
「ブローチ型のお守りだ。学園行ったらずっと一緒には居られないだろうし、不安だから。魔力を込めたら起動して、身につけてると自動で魔力を供給してずっと作動する感じのやつだ。効果は純恋に危険を及ぼすものから守ってくれる。それから、壊れそうになったら僕に知らせが来る」
「優人くんが助けに来てくれるってことですか?」
「うん、そう」
見事な星空を見上げながら純恋が、なんだかお姫様みたいですね、と言う。
「ありがとうございます。一生大事にします」
「大事にしすぎてどこかに仕舞ったりするなよ?お守りなんだから」
そう言った後、隣で苦笑が聞こえた。
「大丈夫です。優人くんがくれたお守りなんですから、しっかり使いますよ」
小さく隣で衣服が擦れる音がして、スルリと僕らの腕が絡まる。
横を見ると僅かに紅に染まった小さな顔があった。
「こういうことも当たり前に出来る日が来ると良いですね」
「努力するよ」
恋人として当たり前のことが出来る日が来るといい。
まだ2人とも初心で緊張ばかりの僕らだが、いつかはそんな風になりたい。
だからもう一歩、踏み出す。
今まで恥ずかしくて言えなかったけど。
拒絶されたくないと思って閉じこもっていたけど。
そんなわけあるはずがない。
今はそう思うから、踏み出せる。
「なあ、純恋」
「何ですか?」
こちらがどれだけ心臓をうるさく鳴らしているのか知る由もない少女は、ぽわぽわとした柔らかい微笑みを浮かべてこちらを見上げる。
そして告げた。
「キス、してもいいかな」
遥か上空の舞台にて、抱擁と共に、2人は口付けを交わした。
恋愛の描写下手くそだったらすみません。これでも恋愛小説読んで努力したんです。彼女できたことないので頑張って他の書籍漁って書いたんです!