3ー24 迷宮都市ディアーナ
アルトムートは勇者を名前呼びしますが、この世界では初対面でも名前呼びが普通です。『フェルテ』も『アルトムート』も名前ですし。
「待っていたぞ、優人」
「……なんでいるんだ」
夕食が終わって自室に戻ると俺のソファーに我が物顔でアルトムートがどっかりと座り込んでいた。
いや、そりゃさあ……この城自体がアルトムートの物なんだからこの部屋のソファー当然アルトムートの物だけどさあ……。
部屋の主が留守の時に何勝手に上がり込んでんだよ。
出てけよ。
「すまぬな勇者梶原。義兄上のことは止めたのだが止まらなかったのだ。許してやってくれ」
「ああ、許す」
アルトムートが言うな。
なんで迷惑かけてるお前が偉そうなんだよ。
っていうかフェルテってアルトムートの義弟だったのか。
どうりで距離が近いわけだ。
どっちなんだろな。
王妃様(名前忘れた)の弟なのか、アルトムートの妹がフェルテの奥さんなのか。
……あ、やっぱ聞くのやめよ。どうせしょうもないこと言われるだけだわ。
「それよりも純恋からは9の鐘の頃に来られると聞きましたが?」
何度見ても壁掛け時計が示す時間は8と半の鐘である。
つまり、言われた時間まであと1時間ある……はずなのだ。
体感時間でも、どう考えても9の鐘はきていない。
意味がわからんな。
「悪いとは思ったのだがな、義兄上が待ちきれずに執務室を抜け出してしまってこうやって早めに来ることになったのだ。悪いな」
いやそんな笑顔で謝られましても。
っていうか早すぎなんだよ!
なんだよ1時間以上前行動って!?
舐めてんじゃねえぞ!
これから純恋の所行こうと思ってたのによォ!!
「フハハハハ!私と話せることがそんなに嬉しいのか?いいだろうもっと喜べ!」
お前は1人何を言ってるんだ?
「それで?アルトムート様は何をなさりに来られたんですか?」
「アルトムートでよい。ついさっき言ったであろう?」
いや、言ってたけどさぁ……だからって国王を呼び捨てにする度胸はないんだわ。
フェルテは呼び捨てにできるんだけどね。
「それで用事というのはだな、入学試験までに更にレベルを上げるように伝えに来た」
文官寄越せばいいだろ、お前は来んな、とは言わなかった。
喉元まで出たきていたが、どうにか飲み込んだ。
「先にスキルのことについて言っておくのだがな、勇者以外にもスキル持ちは結構いるぞ」
「はい?」
どういうことだ?
エルリア王国で一般人がスキルを得る方法も聞いたが、そんな何人もいるものなのか?
「異天児という者たちがいるのだ。普通の者と何が違うのかというと、彼ら彼女らは生まれながらにスキルを持っておる。その者たちが学園にそれなりの数いるため、其方にさらに強くなっていてほしい」
まあ強くなるのはいいさ。
僕もそのつもりだったし。
でも、学園に行くためにこれ以上が必要か?
「話が見えてこないのですが」
勇者はいつもいるわけではない。
今まで勇者なしでやっていけたのなら今年も僕らが特別何かをしなくても問題ないはず。
それなのに幻獣種からさらに上を目指させる意味がよくわからない。
「其方が考えているより異天児は数が多い。大体2000人に1人くらいは生まれるのだ」
地球で言ったら400万人くらいか。
結構多いな。
「今学園に在籍中の者で異天児は18人だ。今年入学試験を受ける生徒は4人。異天児は希少なため、学園も余程のことがない限り、例えそれが平民でも合格を言い渡すから、全員受かると考えておけ。それから、学園は5年制だから、1学年に大体4、5人いると考えてくれて差し支えない。これで分かっただろう?」
「すみません分かりません」
僅かに目を見開いたアルトムートが一つ咳払いをして話を続けようとする。
察しが悪い勇者で悪かったな。
「まあつまり、勇者という特別な存在としてこの世界に来た者が元々この世界にいる人間より弱くては面目が立たないというわけだ。其方らが異天児の者どもに負けることがあれば、それは勇者全体、そしてこのヴァイスターク王国全体の恥となる。だから其方らには絶対負けてはならない」
そういうことか。
ようやく読めてきたぜ。
読めたも何も、答えなのだが。
「分かりました。では具体的には何を?」
「其方は冒険者資格を持っていると聞いた。だから学園に入学予定の勇者達を率いて迷宮攻略に乗り出してほしい。まあ、実技の訓練の一環だと思って取り組んでくれ」
「分かりました。それで、迷宮の場所は?」
「後でフェルテが説明する」
ひらひらと手を軽く振って後回しだと告げるアルトムートの言葉に義弟が口を挟む。
「いや、今させてもらおう。後でするのは面倒だ。迷宮についてだが、東門を出て街道を東下すると迷宮都市ディアーナがある。そこでレベルアップをしろ。国内最大の迷宮があるから訓練にはもってこいだろう。幻獣種や天獣種もちらほら見えるから、幻獣種の其方とて暇にはならぬ」
迷宮都市ディアーナか。
悪くないな。
幻獣種以上がいるなら僕にも利があるし、今回だけで幻獣種エリアまで行けなくても一回行けば次は転移でその階からスタートできる。
これからのことを考えてみても利は大きい。
「分かりました。では明後日行けばいいですか?」
明日はデートなんだよなぁ……絶対明日って言われたら取り敢えず勇者の肩書きフル活用してゴネてみるか。
そこまで考えて、大人2人の前で目を潤ませてお願いをする自分の姿が脳裏に映り、その絵面に悪寒を覚えた。
シュールだなあ……やめとこ。
「明後日でもかまわぬ。其方ら勇者の都合に合わせてくれ」
そう言いつつアルトムートはおもむろに立ち上がり、僕の背後に回り込むと、その手を頭に乗せた。
何をするつもりなのかとその手を引き剥がそうかとも思ったが、国王の手を引き剥がすのは身分的にダメな気がして、警戒心を強めるに動作を留める。
しかし、2秒も立たないうちに手は離れ、何もなかったかのように元の席にアルトムートは戻る。
「最後に一つ言っておく。責める気はないし、むしろ責められるのは私な気もするのだが、言っておく。冒険者ギルドから連絡があってな、其方と純恋、遥香の3人の冒険者資格が剥奪されたらしい」
「……はい?」
なんか悪いことしたっけ?
あれ?なんかあったっけ?
……ああ、あったわ。そういえば全然冒険者の仕事してねえや。
「気付いたようだな。其方らが帝国に行っている間に期限がきて、冒険者の仕事をしていないということで剥奪された。こればかりは我々の責任だ。だからといって補償をするつもりはないが、謝罪はしておく。申し訳ない」
うん、これは国が悪いわ。
僕は悪くねえ。
「他の勇者らも資格の取得は必要だろうから大した手間にはならぬとは思うが、もう一度資格を取ってくれ」
「分かりました。じゃあそれも明後日くらいには取りますよ」
意地でも明日は完全フリーな日にしてやる!
僕は明日デートを満喫するんだ!
必要事項を伝え終わった2人が席を立って部屋を出る。
扉が閉まりきる直前、アルトムートが部屋に半身をつっこんでこちらをニヤニヤしながら見てきた。
「婚約式を挙げるならフェルテか私に相談しろ。手伝ってやる」
「おい!なんで知ってんだよ!」
頭を撫でられた時に記憶を読まれたことに優人が気付くことは終ぞなかった。
この世界、異天児は多いんですが、人口の9割が平民なので、世の中に知られている異天児はそんなに多くないです。まあ、学園に行かなくても異天児は冒険者でも普通にやっていけるので公開しない人も結構います。学園に行けばいずれ貴族になれるってだけで、爵位なしで稼げる異天児にとっては要りもしない魔法を覚えるだけの退屈な場ですから。異天児の出生率は【足跡解釈】で調べたことなので、普通に人は出生率なんて知りません。