3ー22 食事のマナー
僕が食堂に着いて数分後、全員が揃って席に着くと隅っこで固まっていた人の1人が進み出てくる。
「お初にお目にかかります。ミュトス・アルトムート様の筆頭側仕え、ロキエラでございます」
側仕えというのは正解だったらしい。
それからアルトムート直下の側仕えということは監視の可能性は完全に消えた。
なぜなら、王の側仕え、しかも筆頭側仕えが監視役を負うということは王が直接命じたという事だ。
つまりこの行動はアルトムートの命令。
仮にこれが監視の目だとすると、王が監視を望み、率先して勇者を疑っているということになる。
アルトムートは『勇者はヴァイスターク王国が所有しているわけではなく、自発的にこの国にいる』という結構な暴論を各国に通してるから、勇者の信頼を大きく損ねる監視は利点がない。
勇者の価値は一国で抱えるのが難しいほどに大きいんだから、多少強引にでも恩を売っておいた方が余程建設的だろうと思う。
それで……これが監視でないのなら何なんだ?
隣に座った純恋に聞いても知らないと言う。
ってことはどうせ誰も知らされてないんだろうな。
奏辺りなら知ってるかもしれないが、どうせ今から説明してくれるんだろうし、聞く意味がない。
「ミュトス・アルトムート様とフレーデン領主、フェルテ様から伝言です」
老執事の声に部屋に緊張が走る。
背中が自然と伸び、冷や汗が垂れる。
次に口を開いた彼がニコリと笑って言ったのは、
「どうぞ、いつものようにお食事をお楽しみください」
頭に盛大な疑問符が浮かぶような言葉だった。
結局のところ、老執事ロキエラが言うにはアルトムートとフェルテは勇者の食事マナーの出来具合を見るために彼ら側仕えを派遣したらしい。
正確には、ロキエラはただの伝達係なので審査をするのは残りの3人らしいが。
***
ぶっちゃけると別に今食事作法ができてなくても良いらしい。
無論、できていた方がどちらにとってもありがたいが、どうせ出来てなかったとしても特訓内容に加えるから良いらしい。
勇者だからと言っていきなり礼儀作法の技能が身につくわけでもないので、むしろ出来てなくて当然といった感じで構えているようだ。
まあ、その通りだろう。
ナイフ、フォーク、スプーンを数セットずつ並べられるようなマジの高級レストランに行ったことがある高校生が一体何人いると言うのか。
この世界の食事マナーは地球と全く同じと言うわけではないが、使う食器は洋食のソレと殆ど同じだ。
だから前の世界である程度そういうマナーに精通していればここでも最低限の項目は達成となるのだが、それでも最低限。
貴族としての尊厳と品格は最低限守られるが、ギリ嘲笑の対象になるレベルだ。
入試まであと数ヶ月。
誰も彼も必死に頑張らなければならないようだ。
「出来栄えは我々が勝手に決めますので、何も気にせず皆様はお食事を楽しんでいただけたら、と。雑談はご自由にどうぞ。今回はいくら礼儀作法がなってなくてもとやかく言いません」
そこまで言ってから、まだ言うことはあったか、と僅かに視線を上に上げて顎に指を添える。
そして、
「練習されるのは学園に行かれる方のみです。他の皆様はごゆるりとお過ごしください。恐らく学園に行かれない方は冒険者になられると思われますが、冒険者に礼儀作法の技能は求められませんので」
学園に行かない奴は迷宮にでも行って、強くなることに専念しろと言われる。
使わない力磨いてもしょうがないからな。
それに、強さはあって困ることはない。
いらないものを育てる時間があるのなら、それより先に直接的に強さにつながるレベルを上げろということだろう。
勇者のレベルは僕以外全員真獣種。
伸び代は有り余っている。
そういう僕も伸び代は有り余ってるんだけどね。
幻獣種で胡坐をかいているが、以前ステータスを見たときは確か20レベ代だった。
残念ながら獣種全体で見ると、半分以下だ。
上には天獣種と神獣種とかいうマジモンの怪物たちがいる。
まあ、その参考にしてるレベルもテスカをテイムした時だからあてにならないんだけど。
あれだけスキル持ちと戦ったのだ。
せめて100レベには到達していてほしい。
真獣種なら余裕で種族レベル上がってただろうにな……
やはり幻獣種になってからというもの、レベルの上昇速度が著しく低下している。
理由は考えるまでもないが。
やがて運ばれてきた高級レストランっぽい料理の数々に目を見張りながら、頭ではずっとレベルについて考えていた。
普通はこんな速度でレベルアップしません。進化のスキルのおかげです。本人は気づいていませんが。それから、ミュトス・アルトムートについては後々話します。とりあえず爵位的なものと考えといてください。