3ー20 不出来な恋慕
ほしみやあきらは、ねっちゅうしょうに、負けました。皆さんも、気をつけてください。
受験のための特別カンニング講習は明日から始めるようで、今日は部屋でゆっくりするなり王都見学するなり好きにするように言われた。
少し投げやりな感じだったのは、彼自身が仕事でそれどころではないからだろう。
いつも保護者名代としてついて回っていた彼も今回は貴族として、王の義弟として、アルトムートと一緒に責務を果たすらしい。
そして僕。
今日の予定はそう!純恋とデート!
やっぱり付き合ったんだからこういうのもしてみたくて誘ったら、ノータイムで行きたいと言われた。
まあ、せっかく王都にいるんだし、楽しませてあげたし。
だからどうすればいいのか蒼弥に尋ねたのだけど、僕が知っている以上の情報は無かった。
奴がリア充じゃなくて安心した。
異世界デートなんて誰でも初めてだろうから例えリア充に聞いても参考にならなかっただろうけど。
……まあ、行き当たりばったりのデートも悪くはないだろ。ノープランでも純恋となら楽しめるさ。
これがデートに失敗する人間の思考回路である。
梶原優人の幸運は、そんな失敗確実なプランでもなんとかなるレベルのお互いへの想いがあったことだろう。
しかし、幸運は所詮幸運。
そして、その幸運は純恋に対してのみ発動される。
優人は小見山紗夜の部屋を訪れた。
目的はデートについて聞きたかったから。
何か良いことがあったのか、ノックした直後ニッコニコの紗夜が飛び出してきて、扉で頭を打ちそうになった。
部屋の中は簡素だが、端に置かれた机の上には数冊の本があった。
この世界の本だ。
恐らく、城の人に言って城の図書室から借りたんだろう。
こういう時でも本を読もうとするあたり、さすが本好きと賞賛を与えたくなる。
「今日はどうしたの?何かあったっけ?」
思い当たることがないというふうに小さく首を傾げる紗夜。
まあ、僕の事情なんだから知らなくて当然だ。
「純恋と付き合うことになったんだ」
バクバクと大きくリズムを刻む心臓をなんとか鎮めながらそう言う。
別に傲るつもりはさらさら無いが、それでも気になっていた。
『もしかしたら紗夜は僕のことが好きなんじゃないか』って。
傲慢な考えなのは分かってる。
もし違ったのなら勘違いも甚だしい。
大恥だ。
でもそれでも、そのもしかしたらが怖かった。
「そう……」
「……そっか」
やっぱり紗夜は……
嫌な予感は感じていた。
僕を部屋に呼んだ時点でもしかしたら、って。
もしかしたら、この訪問には紗夜に気持ちの区切りをつけてもらう、みたいな目的もあったのかもしれない。
自分はそんなこと考えてなかったし、思ってもなかった。
でも心のどこかにそんな確信があって。
彼女に傷を負わせるのも織り込み済みで会う覚悟もあったのかもしれない。
僕の行動が『悪』なのか、と問われたら答えは『ノー』だ。
でも、それでも、仲間が傷つくと分かった上でやった僕の行動は限りなく黒に近くって、仲間を傷つけ、苦しめた。
「……うん、おめでと。よかったね」
その自覚があるからこそ、紗夜の祝福が釘のように心に深く突き刺さった。
そうじゃないだろって思うんだ。
それは言うべきじゃないって思うんだ。
「違うだろ。なんで祝うんだよ。お前は……紗夜は祝っちゃいけないだろ……」
なあ、そうだろ?
なんで一番悲しんだお前が祝うんだよ。
泣きながら祝われたって嬉しくねえよ。
「ごめんっ。紗夜ちょっと調子が悪いみたいだからっ!」
そう言って彼女は背中を押して僕を部屋から追い出そうとする。
引き止めるべきだ。
そう思った。
それなのに、足は
僕はその手を握って引き寄せた。
「なにするのっ!?」
「こんなお前放っておけるわけないだろ!」
当事者として。
元凶として。
僕はこの恋慕を見届けて彼女を進める責任がある。
この不出来な恋慕を終わらせて、前に進めるための歯車が要る。
その歯車が僕だ。
まだ終わらせない。
終わらせられない。
この恋を不出来なガラクタじゃ終わらせない。
最後まで作り上げて。
眩いスポットライトで必ず送る。
握った手を引き、そのまま抱きしめる。
彼女様に見つかったら説教しか待ってないと分かった上で、強く抱きしめる。
腕の中で小さな嗚咽が聞こえ、やがてくぐもった鳴声に変わる。
紗夜が僕の身体に腕を回して涙を流す。
小さな体躯はいつまでも震えていた。
「………寝たか」
僕の腕の中には可愛らしい寝息を立てる紗夜がいた。
未だにその両腕は僕の体をガッチリとホールドしており、本当に寝ているのか、と何度もその顔を確認してしまった。
「……ごめん」
その言葉は愛する人に対する謝罪か、無意識に傷つけた少女への罪悪感か。
自分にもそれがどちらか分からなかった。
ただ、ごめんって言いたかった。
「申し訳ないことをした」
いずれ避けられなくなる問題だったとはいえ、今言う必要があったのかとさっきからずっと、何度も脳裏に浮かんでは消えていた。
「よっ、と」
起こさないように気をつけながら眠っている少女を横抱きにしてそろそろと歩き出す。
向かう先はベッド。
そこにそっと矮躯を横たえる。
もう大丈夫だろう。
あれだけ泣いて言いたいことも吐き出したんだ。
紗夜はもう大丈夫。
ここから倒れるほど彼女はヤワじゃない。
「導きの女神コルエリイェンの祝福が紗夜にありますように」
これは願いだ。
紗夜の幸せを願う祈り。
僕に導きの女神の加護は無いし、祝福の与え方も知らないが、祈るだけなら僕にも出来る。
効果が有るか無いかでいえば、恐らく無い。
それでもこの祈りが神のもとに届くことを祈らずにはいられなかった。
学園編本番までもうすぐ!!ここから優人達のレベルアップが始まります。さらに組織との交戦も!!お楽しみに!!!!