3ー15 第三古代魔術具
予定通り、会議です。3話続きます。
<ヴァイスターク国王・アルトムート視点>
「フェルテ様とメイドルファス様がお越しになられました」
私の執務室の扉が軽くノックされ、側仕えの控えめな声が聞こえてきた。
堅苦しく窮屈なパーティーが終わり、私は自室に戻ってきていた。
本当はもっと前に帰りたかったのだが、王である私がいなくなってしまうと誰もパーティーを終えられなくなる。
私が始めた式と宴である以上、私が締めねばならないのだ。
くそっ、こうなるならばフェルテかメイドルファスに頼めばよかった。
……いや、そういうわけにもいかないか。
私を差し置いて公爵や侯爵が宴を王城で催すなど、彼等ニ家に潰れてくれというのと同意だ。
他の貴族らが黙っていない。
どうすれば楽だったんだ……?
彼の考えは終始その一点に限る。
周囲に上手く仕事を分散、自分以外でもできる仕事は可能な限り割り振って自分の仕事を最低限まで減らす。
彼はサボりの天才だった。
尤もそれは周囲の力量を完全に把握できており、部下にできる最大限を見極めれる『目』があるということの裏返しだ。
実際、彼には確かにその才があった。
故に彼の国は大きく発展した。
王が絶対的な権力を握って独断専行を推し進めるわけでもなく。
逆に部下のみで国を運営し、王が一切手を出さないわけでもない。
王が最適量の仕事を部下に与え、その上で彼自身も動くことで王自身が国を、家臣を引っ張った。
結果、王に仕える家臣団は手を抜くわけにはいかず、本気で業務をこなした。
尤も、勝手に手を抜く家臣が王の側近という最重要職に就いているわけがないが。
だがこの方針……というか王の裁量がここまで遺憾無く発揮されたのは等しく王の側に優秀な者が集まったことによるものだ。
義弟・フェルテ然り、宰相・メイドルファス然り、多くの優秀な者が集まったことがこの国……というか、アルトムートの幸運である。
いや、賢き王には常に賢き家臣が集まるものだ。
サボり癖があるとはいえ、アルトムート自身は優秀な王なのだから、そこに優秀な者が集まるのは最早、自明の理なのかもしれない。
「入れ」
チラリと扉に目を向けながら入室を促すと、すぐさま扉が開いて2人が入ってくる。
「何があったのだ。どうせ勇者の件なのだろうが」
「ああ、その通りだから席に着け。それから側仕えは全員外へ出ろ」
勇者に関する情報はどれもこれも極秘情報だ。
いくら信頼している側近たちでも気軽に話せる事柄ではない。
それに、これから話すのはロルニタ帝国がやらかした失態と罪に関する話だ。
間違っても一貴族が聞いていい話ではない。
全員の着席を確認してから机上にあった防音の魔術具を起動する。
すぐさま部屋全体を紫の半透明な膜が包み込んで半円球型の結界を構築し、簡易的な秘密の会議場が出来上がる。
「……して、ここまでして話す内容とは何でしょうか?メイドルファス様もお聞きになられていないようですが」
「今は侯爵ではなく王の義弟として話せ、フェルテ」
「……では其方も公爵ではなく王弟として話せ。様付けはどうにも落ち着かん」
本当に面倒な役に就いたものだ。
メイドルファスに譲ればよかった。
王座は基本的に王の子で最も優秀な者が就く。
今代の場合は私とメイドルファス、それからミリティア姉上が該当した。
王の子全員である。
つまり、我々の能力に大差はなかった。
そして、能力が僅差だった場合、立場や生まれによって王が決まる。
その結果、弟であったメイドルファスは玉座から遠のき、女性であったミリティア姉上は他国の王族へ嫁ぐことになった。
まあ、私もメイドルファスもミリティア姉上も王座にさほど執着はなかったので、大した摩擦もなくすんなり決まった。
メイドルファスは裏からの補佐に適していたし、ミリティア姉上は学園にて今の結婚相手の王族と恋をしていた。
相手の国がここ、ヴァイスタークよりも大国であるため政略結婚という形にはなっているが、殆ど恋愛結婚のようなものである。
本当に羨ましい。
というか、よくできたものだ。
王族同士の恋愛結婚は政治の関係でなかなか成立しないのに。
まあ、大国同士の結婚だったから摩擦も少なかったんだろう。
奇跡に変わりはないが。
「思考に耽らずに要件を言え。今何の鐘だと思っているのだ」
「其方……もうちょっと口調を……」
「いいからさっさと言え」
ちなみに今は9と半の鐘(21時ごろ)である。
貴族の会議の時間としては論外と言えるほどに遅い。
「まったく……私は王だぞ。「王はこのような時間に会議はせぬ」……まあいいだろう。問題はロルニタ帝国で使われた魔法だ」
あれは各国で極秘調査しなければならないほどの魔法だ。
いや、危険すぎるが故、我らだけで調査した方が良いのか?
「禁忌の魔法の類たぐいか?」
「いや、新魔法だ。新しく発見した魔法が危険性を帯びている。それもかなりの危険度だ」
「もったいぶらずにさっさと言え」
「はぁ……仮称は代償魔法。何かを生贄として捧げることで、同等の別種の力を得る魔法だ」
ふむ……できるだけ真面目な顔を作ったつもりだったが、あまり真剣味が伝わってないように見えるな。
普段の態度のせいか。
つまり、悪いのはアルトムートである。
「……それの何が大変なのだ?似たような魔法はあるだろう?」
もう習ったことを忘れたのか、と責めるような視線が弟から寄せられる。
舐めてるだろ、私を。
この世界最高に賢い私があの程度の魔法を忘れるはずがないだろう。
愚問だぞ?
まあ、物分かりが悪い弟らのために私が分かりやすく伝えてやろう。
「問題は代償の天秤に命さえ乗せられることだ」
これで分かるだろう。
「ロルニタ帝国は周辺の街から徴収した民や牢につながれていた犯罪者どもを生贄に捧げて勇者を呼んだ」
「「……は?」」
暫くの沈黙の後、2人の呆けた声が聞こえた。
小さな声だったが部屋が妙に静かだったためか、異様に大きく聞こえた。
予想通りの反応だな。
私もこの報告書を読んだ時は同じことを思った。
「何人だ?」
「ん?」
「何人生贄にしたんだ!?」
「592名、だ」
多すぎる。
小さな街なら街の運営ができないほどの数だ。
いくらなんでもおかしい。
賢い2人にならこの異常性以外の面にも気付いてくれるはずだ。
「洗脳が使われてたとあるが……まさか古代魔術具アーティファクトか!?」
「おそらくな。第三古代魔術具のファレインタルムだろう。あのくらいでないと国中の人間の操作などできぬ」
「見つかったのか?」
「勇者梶原優人が壊したとあるが……おそらく騙されているな」
「チッ」
世界に僅か六つしか存在しない最上位の古代魔術具アーティファクト。
その第3番の遺物であるファレインタルム。
いくらスキルがあるからといって、壊せる代物ではない。
大昔に一体何人のスキル持ちの賢者が苦心して封印したと思ってるんだ。
それが召喚されて間もない勇者に壊せるはずがない。
「どうやって勇者を欺いたのか気になるところだが……考えたところでわかる気がせんな」
スキルの種類など殆ど無限だ。
何をされたのかなど、考えるだけ無駄というもの。
満場一致で次の議題へと頭を切り替えた。