3ー13 記憶 スズランのような
スズランの花言葉:再び幸せが訪れる、純粋、純潔、謙遜
蓮斗のイメージの花です。
邪魔者を追い出したその日、誰もいない我が家に帰宅してからベッドに倒れ込んだ。
「ははッ………あはは………」
乾いた声が漏れる。
何を悲しんでるんだ。
アイツは邪魔者。
だから排除した。
それだけだ。
悲しいことなんて何もない。
はずなのに。
「なんで……」
なんで涙が……
告白とかいうふざけたきっかけで始まった潰し合いは、旧友の転校という最良とも言える形で終焉を迎えた。
ついでにいじめの主導者もそれぞれ重い罰を下され、表向きは反省したという体をとっている。
事実かどうかに興味はないが、石田紗耶香本人は病気で休んでいて一切を知らなかったとか言っている。
まあ、最初の2日以降は告白云々関係なくただのいじめになっていたのであり得なくはない。
故に興味はない。
終わった。
終わったんだ。
終わったんだよ。
何も悲しいことはない。
もう終わったんだ、何もかも。
なのに………なんで……。
感情なんて半分近く死んでいる。
本を落とされて踏まれた時だって真っ先に浮かんだのは悲しみでも怒りでもなく、弁償の話についてだった。
元凶を知った時も、奴をどうこうしようとは思わなかったし、むしろ出来の悪い頭で四苦八苦する様子が哀れに見えた。
幼い頃から与えられた教育という名の暴力と暴言にさらされた心は既に摩耗し生活に最適化された。
痛みに耐えて涙を堪える生活に感情なんて要らなかった。
泣けば殴られる。
怒れば蹴られる。
そんな生活に喜びも楽しさもある訳がなかった。
それでも……もしかすると……辛かったのかりしたのかな。
毎朝何かが紛失している生活にウンザリしていて、給食のたびに誰かが頭上で牛乳をこぼす生活に無表情で耐えたけど。
何か失ってたりするのかな?
何かこう……無くしちゃならない何かをさ。
だからこんなに涙が出るのかな?
「ハハッ……」
そっか。
そうか。
希望だったんだ。
これでようやく合点がいった。
あんな汚れた真っ黒な学校でも希望だったんだよ。
あれだけ忌避しても、可能性を与える場に期待してたんだ。
もしかしたら、って。
もしかしたら、このクソみたいな生活が変わるかも、って。
信じてたんだ。
ああ、だから……
曲がりなりにも希望だった場であんなことがあったことに失望したんだ。
やっぱりここは希望なんかじゃ無くて。
ここもまた、僕に怒りと哀しみを与えた。
だから泣いてるのか。
本当に、最後の最後まで歪んだ己の感情に辟易する。
それでも、
よく分かったよ。
アイツ裏切った。
そして学校にもう
別に怒ってはないよ。
どうせ君たちを問い詰めても知らなかっただの騙されてただの言って見苦しい責任逃れをするんだろ?
自分のことは棚に上げていつも人のことばかり。
のらりくらりと逃げ回るんだろ?
怒っても無駄ってことだよ。
だからさ。
僕はもう信じないよ。
君たちがどう思おうが構わない。
でも僕はそうするから。
強固な仮面を用意する。
もう二度と哀しまないように。
もう二度と騙されないように。
もう二度と失望することがないように。
もう何も失わないように。
分厚い仮面を用意した。
そうやって偽りの影で身を包んでからはや一年が経つ。
高校受験は既に終わり、ずっと前から考えていた進学校に無事合格した。
成績にだけは敏感だった親は喜び、金と暴力以外何もしなかったくせにこれぞ我が子と自慢げにする。
もうそれに反論するのにも飽きた。
入学式の日。
浅はかにもさらなる希望を求めたのか、それとも只々雑務をこなした程度の感覚なのか、なんの感慨もなく門を通り抜ける。
既に勉強も遊びも業務と化し、いちいち感情が伴うモノでは無くなっていた。
感情は半分どころか大半が抜け落ち、目は死んだ魚と大差なかった。
最早中学で僕に近寄る奴はおらず、勝手に僕を避ける雰囲気が出来上がっていた。
自然にできたにしては出来過ぎだったからどうせ誰かの煽動の成果だろうが、もうどうでもよかった。
もう希望も運命も奇跡も信じるに値せず、彼が信じるのは己だけ。
ひたすら周囲を跳ね除ける彼は生きることさえ半分業務だった。
高校でも多分適当に生きて、時間を湯水のように潰していってただのロボットとして生きるのだろう。
別に構いやしなかった。
自身の人生がどうとか、もう一片たりとも興味はなかった。
はずなのに。
「なあ、お前。名前なんて言うんだ?」
五月蝿いな。
「お〜い。聞こえてる?」
邪魔だよ、君。
馴れ馴れしく話しかけるな。
「うるさい。黙ってくれ」
取り付く島もないというふうにすぐさま拒絶する。
なのに。
「なんだお前。ひっでー顔だな」
なんでなんだ。
なんで僕を拒絶しない。
「おもしれー顔のやつだな~」
なんで僕みたいなやつに真夏の太陽みたいなそんな顔向けるんだよ。
僕を拒絶しろ。
僕を忌避しろ。
僕はもう、誰も仲間だなんて思わない。
誰も友達だなんて思わない。
ウンザリなんだ。
友達という立場も、価値も、意味も。
何もかもが。
例え僕の行動がただの『逃げ』だと言われても、僕はこの姿勢を変えるつもりはない。
なのに、なんで。
なんでお前はここに居ようとする。
「なんなんだ、お前は。何なんだよ!お前は!」
笑いかけるな。
忌憚ない態度で横に居座るな。
周りにいた雑草がこちらを見ている。
なのになんでお前は雑草じゃないんだ。
なんで1人だけ………
「なんなんだ、って……そりゃ友達になりたいんだよ。だってホラ、陽気なやつと陰気なやつが一緒にいたら案外楽しくなるんじゃね?よく分からんけどさ、まあそうなんじゃねぇの?」
友達になりたいとか言いつつ人のことを平気で陰気だとか言うコイツ。
本当に嫌いだ。
好きになるはずないのに、それでも体は拒絶をしなかった。
そうなのか?
僕はこういうヤツが欲しかったのか?
僕の気持ちはその程度?
あの時の怒りはこんな奴にかき消される程度だったのか?
いや、そんなはずない。
僕の怒りと失望はもっとこう……
いや、違う。
何を言ってるんだ。
そうじゃないだろ。
僕はそんなんじゃない。
僕は正義の味方でもないし、この世に異を唱える叛逆者でもない。
ただの日本の1高校生だ。
破滅を望むわけでも隆盛を望むわけでもない。
僕はただ、信頼できるヒトが欲しかったんだ。
『何があっても裏切らないし、裏切られない』
単純だけど、硬くて純粋な約束。
そうだよ。
君はみんなが僕を避ける中でたった1人、僕を見て笑ったんだよ。
『ひっでー顔』って。
なんの僻みも歪みも無く、純粋な眼差しで僕を見て笑ってくれたんだよ。
「梶原優人」
「ん?なんて?」
「僕の名前。梶原優人だ」
「そっかそっか!じゃあこれからよろしく、優人」
ありがとう、名前も知らない君。
君のおかげで救われた。
「お前は……」
「俺は古宮蓮斗!世界一明るい男だよ!」
こうして昔話は幕を閉じる。
大きすぎる絶望とそれを覆い隠すような眩しくて小さな希望を残して。
運命なんてないと思っていた。
現実は全てが成り行きで、結果は自分の行動に起因する。
ただそれだけ。
そう信じていた。
でも。
もしこの世界に運命なんてモノがあるんだとして、それが僕に降りかかったのならば。
それは蓮斗との出会いを言うのかもしれない。
全てはあの日に始まった。
あの日の一言が僕を現実に引き戻し、僕の世界に色をつけた。
だから、ありがとう。
心の底から蓮斗に感謝を。
ありがとう。