3ー11 記憶 凶兆
幼い頃から、人間関係に疎かった。
他人は他人でしかなく、それ以上でもそれ以下でもない。
ただの他人。
例えそれが隣家の住人であっても、『おはよう』と言われれば『おはよう』と返すだけの赤の他人だった。
友人などいない。
いるはずがない。
クラスメイトにも死に損ないみたいな目をぶら下げて、ただの他人として接していた。
こんな人間が生まれてくる原因など分かりきっている。
事なかれ主義の父親と、放任主義の母親。
共に『好きにすれば?』を口癖にし、家庭内で僕の存在は空気だった。
他者との関係が希薄な人間が2人も身近にいれば、そりゃあこんな異常者も生まれてくるさ。
無気力。
無関心。
無感情。
おおよそ中学生とは思えないほどの負の思いを背負い、少年は生きていた。
瞎い、黯い世界を生きていた。
そんな彼の人生の転換期は中学2年生の時、唐突に訪れる。
良くも悪くも、そこが彼の転換点だった。
中学2年生のある日、突然告白を受けた。
何てことない。
ただの青春の一コマだ。
そう感じる時点で、もうどうしようもないくらいに僕の心は冷めていたんだろう。
今となって思えば、告白を『何てことない』で処理できた時点で既に、異質だった。
人間関係の希薄さゆえに、どこか世界を客観的に捉えていたんだと思う。
自分は一つの『世界』の登場人物で、誰かに動かされる駒でしかない。
そう考えていた。
この世界の主人公は輝かしい今と未来を確約された誰かで、少なくとも僕ではなかった。
***
告白を受けたのだが、実のところあまり興味はなかった。
確かに驚きはした。
取り柄はなんだと聞かれて何も思い浮かばない能面野郎の一体どこに魅力を覚えたのか。
なぜよりにもよって僕なのか。
聞きたいことは確かにあった。
でも、それらは口に出すほどの興味でもなかった。
だって付き合うつもりなんてないんだから。
もうこれっきり関わることのない相手への興味など、カケラほどしかなかった。
後で調べてみたところ、校内ではそれなりに有名な美少女だったらしい。
告白を受けた時、そこまで綺麗と思わなかったのは僕の見間違えだったのか、それとも僕の心の汚れ故か。
まあ、美少女がどうとか、そんな情報が僕の耳に届いてない時点で高が知れている。
あくまで、校内のレベルで上位だっただけというわけだ。
「あの、私ゆうくんのことが好きなの!だから……付き合って欲しい……の!」
ありきたりな常套文句を高々と宣言された僕は困惑した。
誰だ?ゆうくんって。
もしかしなくても僕のことか?
あれ?あだ名呼びなんて誰に許可したっけ?
残念ながら、嬉しいどころか困惑と疑惑が浮かんだ。
思えばあの時点で既に拒絶の凶兆はあったのかもしれない。
本能は危険を察知して、知られていたのかもしれない。
でも僕は判断を誤った。
「君の願いは叶えられない」
残念ながらこちらは相手の名前すら知らなかった。
知らない相手の意味不な告白を断るのは当たり前のことだった。
「そう……ごめんね。時間取らせちゃって」
やはり興味などカケラも湧かなかったが、その生徒が今にも泣きそうな顔をしていたのは今でも覚えている。
***
「おい優人、お前紗耶香さんの告白断ったんだってな」
どこから情報が漏れたのか、次の日には告白が学年中の話題となっていた。
そして、生まれて初めてできた友人である堀川泰河にそのことを聞かれた。
「悪かったか?」
「悪かねえけど、もうちょっとなんかあってもいいんじゃねえの?」
「興味ないな」
どうでもいい。
あの後あの女子生徒は注目の的になって大変だったようだが、僕には関係ない。
ただの他人だし。
たかがクラスメイトだし。
しかも記憶にないくらいの。
「いやでもさあ、相手も頑張って言いに来てくれたんだぜ?もうちょっと応えてあげるとか……」
「うるさい」
「お前っておっもんねえな」
面白くないなら僕につるむなと言いたいところだが、声には出さなかった。
「可愛いだろ、石田紗耶香。学年だとトップで人気だぞ?」
「国だと平均ちょっと程度だろうな」
「でも断らなくてもいいだろ」
「僕はあいつが苦手だ」
正確にはお前も含めて自分以外の全員が苦手だ。
ーーそれにしても今日は泰河が鬱陶しい。
「で、ソイツは今どうしてる」
「お?興味持ったのか。石田さんはご傷心だぞ、お前のせいでな」
「…………」
ご傷心は別にどうでもいいのだが、
ーーなんだコイツ、こんな奴だったか?
むしろ僕は他のことに興味があった。