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星使いの勇者  作者: 星宮 燦
第二章 幻帝戴天
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2ー90 白翼、舞い降りて

「これか……」


 廊下の奥、おそらく帝族の部屋。

 そのど真ん中で無防備にソレは姿を晒していた。


 洗脳の古代魔術具(アーティファクト)ファレインタルム。

 無条件に一国の人間を洗脳し、操ることができる凶悪無比な魔術具。


 そして、今回の一連の事件の原因とも言える諸悪の根源。


 一切守る気はないというように、不自然すぎるほどに堂々と姿を晒すソレに、


「綺麗だなあ」


 優人は不思議な感情を抱いていた。


 巨大な聖杯の形をしたその魔術具は紫色の魔石でできており、ゴテゴテと豪奢な装飾が器を華やかに飾っていた。


 器の中には純白の液体が注がれており、風によって小さな波紋を描いていた。



『壊したくない』



 唐突にそう思った。


 これは間違いなく世界的に価値がある魔術具。

 ここまで美しい芸術品はもう見つからないかもしれない。

 これは持ち帰れば僕の芸術のコレクションになる。


 なんとかして持ち帰りたい。

 壊したくない。



 そんなことを思って、


 ……何考えてるんだ僕は!?こんな危険物持ち帰るなんて論外だ!


 何とか正気に戻った。


 ……これは浄化が切れかかってるのか?それとも魔術具が近すぎるからか?



 蛇のように、邪な気持ちが自分の心に土足で踏み入る。

 やめてくれ。

 出ていってくれ。


 僕は壊さないといけない。


「優人くんっ!」


 紗夜の焦った声が聞こえる。

 自分でも僅かに洗脳の影響を受けていることがわかった。


「結界を頼む!」


「【絶対領域(ヴァルネガイア)】!!」


 即座に白い膜が出来上がり、不気味な汚染が止まる。

 脳が貫かれるような酷い頭痛は消えないが、これなら動ける。


「……予定外だが、ここで壊すぞ」



 頭が痛い。

 割れそうだ。


 眩暈がして脳がクラクラする。

 もういっそ心を預けてしまいたい。


 でもやらないと……


 目が離せない。

 うまく体が動かない。




 ……何だこれは?これはどういう……


「優人くんっ!!」


「【コズミッ……」


 その時になってやっと気付いた。


()()()()()()


 それが


()()()()』に変わっていることに。



 バチイィ



 不意に背中に強い衝撃が走り、体が浮く。


 そのまま何者かに蹴られたかのように前方に飛ばされる。


 ボールのように何度もバウンドしながら転がり続け、10メートル近く滑ったところでようやく止まる。



「っっーー!誰だ!?」


 おかしい。


 何をされた。




 先ほどまで自分がいた場所に人影はない。

 それどころか気配すらない。


 ついさっき誰かに蹴られたはずなのに、初めから誰もいなかったかのようになんの気配もない。



「優人くん!」


 こちらに向かって紗夜が駆けてくる。

 そのまま膝をついて肩で息をしている僕を守るように、結界に防御力上昇と自動回復が付与される。


「【モノリス】」


 不意打ちの攻撃対策に自分と紗夜に【モノリス】を展開する。


 チッ、と誰かの舌打ちが聞こえた気がした。



 洗脳のせいで怠けている脳を叩き起こして総動員する。

 そして


「【コズミック・レイ】っ!」


 一筋の光が照射され、杯に向かって伸びる。


 敵を倒す必要はない。


 僕らの目的は魔術具の破壊だ。

 これを壊しさえすれば洗脳がかからない状況で6対1に持ち込める。


 しかし、次の瞬間、何かが杯の前に展開された。


 放たれた破壊光線はその板にぶつかり、轟音をあげる。

 そしてあっけなく霧散した。


 同時に未知の板もガラスのような音を立てて崩れ、その場から消えた。



 まずい……早く壊さないと……


 魔力的な余裕はまだある。

 だが、精神的にはカツカツだ。

 このまま邪な心に支配されて誰かを傷つけたりはしたくない。


「紗夜……ごめん。ちょっとの間……自分の身を守って」


「もちろん。頑張って、優人くん」


 その言葉が耳朶を打つと同時に駆け出す。

【モノリス】がある今僕に物理攻撃は効かない。


 一撃でこれを壊せるなら別だが普通はできない。



 だから、


 前へ。


 結界内のあちこちにさっきの板と同じものが無数に展開される。


 そしてそれが一つずつ壊れる。


「なんなんだっ!クソッ!!」


 分からない。

 なんの力?

 なんのスキル?

 誰なんだ。

 どこにいる。


 分からない。

 何も。


 力の片鱗すら掴めない。


 頭が痛む。

 自分の脳を黒い靄が侵しているのがわかる。


 脳が支配される前に……急がないと……


 奏と純恋に紗夜の浄化を特に強くするように伝えてるから紗夜はまだ大丈夫。


 それより自分が……


「っつ!」


 展開されていた板がいきなり全部壊れた。


 ……紗夜か?いや、紗夜はやってない。なら何で……


 なんだ。

 何がくる。


 カシャアアン!


「は?」


 なんで?

 なんで【モノリス】が壊されてるんだ?


 なんで?





 負ける





 それは久しぶりに感じた恐怖。

 勝利を続け、強者に勝ち、絶対的な自信を持った者の感じた恐怖。



『未知への恐怖』



 何か……手を……打たないと……何か……



 次の瞬間、腹に強い衝撃を覚えて飛ばされる。


 地面をバウンドしてようやく殴られたことを自覚する。


「【スターバースト】っ!!」


 周囲一帯に星が落ち、地面を抉る。


 透明になっているのならこれで殺せる。


 少なくとも回避や防御をしないといけない。

 それで敵の位置を把握できるかもしれない。


 ドオオオオオオオオオオオオオオオオオン


 砂煙が巻き起こり、周辺に影を作る。



 しかし、いくら目を凝らしても敵の姿は捉えられなかった。


 これはしたくなかった。

 使いたくなかった。

 これを使えば間違いなく気絶する。

 いや、それどころか死ぬかもしれない。

 もしかしたらそのまま死ぬかもしれない。



 ……使えば僕は死ぬかもしれない。でも確実に魔術具は壊せる。でも制御できずに紗夜も巻き込んでしまったら……



 一瞬の迷い。



 その思考の空白を縫うように展開される一枚の板。


 まずいっ……来る!




 ***




「……敵わないなあ」


「大丈夫です。私が来ました」


 斯くして天使は舞い降りた。


黒沐死♪

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