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百人斬り

 興奮した様子で雷電丸を取り囲む百名からなる男子生徒達を前に、雷電丸は事態をよく呑み込めず、ただ頬を指で掻いている。


 訳が分からないのは私も同じ。何故、こんな大騒ぎになっているのだろうか?


 そもそも私の婿になりに来たって、どういうことですか⁉


 すると、そこに人垣をかき分けながら沼野先輩が現れる。その表情は険しく、相当苛立っている様に見えた。


「高天! お前、ちょっとこっち来い!」


 沼野先輩は怒ったようにそう言いながら、私の腕を掴んだ。


 とくん、と私の胸が高鳴った。憧れの沼野先輩が私の腕を掴んで引っ張っている。たったそれだけで頬に熱が帯びるのを感じた。よく考えたら昨日はお互いに組み合ったはずなのに、何故か今は沼野先輩にちょっと触れられただけでも興奮を抑えることが出来なかった。


 私はそのまま沼野先輩に腕を引かれながら部室まで連れて行かれた。


 部室内には他の相撲部の男子生徒はおろか、女子マネージャー達の姿も見えなかった。


 もしかして、沼野先輩と密室で二人きりの状況なの⁉ と思うだけで私の鼓動は激しさを増した。


 二人っきりの状況だけでも興奮ものなのに、沼野先輩は私を壁際まで追い詰めるようににじり寄って来ると、どん! と右手を私のすぐ横の壁に押し付けた。


 これが噂の壁ドンというやつですか⁉ もしかしたら、私、唇を奪われちゃうかも、と私の興奮はクライマックスに達しようとしていた。


「錦、なにをそんなに興奮しておるんじゃ?」と雷電丸は動じた様子もなく首を傾げた。


 雷電丸の声で私は現実に引き戻された。


 そうでした。ここにはもう一人いたんでした。そして、沼野先輩は私ではなく、雷電丸に用事があるのだろうとすぐに気が付いた。

 

「苛ついているだけだ! お前、この状況をどうするつもりだ!?」


「何がじゃ?」


 沼野先輩は自分の頭を乱雑に掻くと、苦虫を噛み潰したような表情でこちらを睨みつけて来た。


「お前の噂が広まって、入部希望者が殺到しているんだよ!」


『私の噂?? それ、どういうこと?』


「噂って、何のことじゃ?」


「横綱になった奴とお前が結婚するって話が、入部すれば誰とでもやらせてやるっていう話に入れ替わっちまってるんだよ⁉」


 その瞬間、私は全身から血の気が失せて行くのを感じた。そして、朝、私達が注目を浴びていた理由が分かってしまった。


 性欲塗れに興奮した男子の視線と、敵意剥き出しの女子からの視線。なるほど、全ての謎は解けてしまった。

 

『それじゃまるで、私ってば、ただの陰キャビッチみたいじゃないのよおおおおおお!!』


 私の絶叫が空しく精神世界に木霊する。恥ずかしさのあまり、もんどりを打ちながら全力で悶えた。


 先生達の態度が腫物扱いだったのも、この噂が原因だったの⁉ と私の悶えは更に激しさを増した。


「ほうほう。いつの世も助平はいるもんじゃ。それで部屋に活気が出るなら良いのではないかの?」


「お前に負けたことを恥じて、オレ以外の部員が全員辞めちまってもか? あんな女目当てだけの軟弱が百人集まっても使い物になるものかよ!」


 部員が全員辞めてしまった、ですって⁉ どうしよう、このままじゃ相撲部が廃部になってしまうかもしれない。


「このままじゃ『煤払い』に支障をきたしてしまう。木場先生にどう申し開きすればいいんだよ……」


 沼野先輩は呻くように呟きながら深く嘆息した。


 煤払いって何のことかしら? と、私は何か引っかかるものを感じたが、それ以上、深く追求しようとは思わなかった。


 雷電丸は何か思いついたかのように顔を輝かせた。


「心配するな、錦。ワシに名案がある」


「名案? なんだよ、それ?」


「まあ、とにかく儂に任せておけ」と雷電丸はガハハハハ! と笑いながら部室を後にした。


 部室から出るなり、入部希望の男子達は雷電丸に群がる様に前に出て来た。

 雷電丸は不敵な笑みを浮かべながらそれを制止する。

 

「話は聞いたぞ。お前らがどうしようもない助平だということをな!!」


 雷電丸が怒声を張り上げると、たちまち男子達は後退った。


「何か怒っているぞ?」「タダでやれるって聞いたから来てやったのに」と、男子達は不満げな表情を浮かべた。


 雷電丸のことだから、何かとんでもないことを口にするかもと思っていたのだが、どうやらそれは杞憂に終わったらしい。


 私はホッと安堵の息を洩らした。


『どうやら何とかなりそうね』


 すると、雷電丸は嬉しそうな笑い声を上げた。


「助平、大いに結構! そんなにやりたければ一発と言わず、何十発でもやらせてやるぞ!」


 その瞬間、私の脳天に電撃が走り、その衝撃は全身を駆け巡った。


『お前、何言ってんすかああぁぁぁぁ!!?』


 精神世界で私の絶叫が木霊する。


 雷電丸は私の絶叫を無視しながら話を続けた。


「ただし! それには条件がある」そう言って、自分の周囲に足で小さな円を描く。


 私はその光景に見覚えがあった。昨日、怖い先輩達を叩きのめした時と同じ行動だと気付く。


 そこで私は気付いてしまった。私の予想が正しければ雷電丸はきっと相撲で勝負しようとか言い出すだろう。


「一発したくば、ワシをこの円より一歩でも外に押し出すのが条件じゃ。さぁ、まずは誰が相手をしてくれるんじゃ?」うっふん、とウインクをして悩殺ポーズをとった。


 やっぱりか⁉ と私は思わず発狂しそうになった。


『雷電丸、あんた、何勝手なことしくさってくれてんのよ⁉ もし負けたらどうするのよ⁉』 


「安心せよ、双葉。ワシを負かすことが出来る者、それ即ち未来の大横綱じゃ。故に負けても問題なしじゃ」そう言って、雷電丸はニカッと笑って見せた。


『かーーーーーーーーーーっ!!!』と私は声にもならない声で絶叫する。


 あまりの怒りに、私は全身の血液が沸騰しかけた。バンバン! と目の前にあるモニター画面のようなものを叩いて抗議の叫びを上げた。


「そ、それじゃ、オレが一番だ!!」と、恍惚な笑みを浮かべた男子が襲いかかるかのように円の中に飛び込んで来る。


 その瞬間、バシン! という乾いた衝撃音が響いた。


 雷電丸に襲いかかった男子は宙を舞い、そのまま近くの木に落下する。仰向けになる感じで木の枝に引っかかり、ぐったりとしたまま身動き一つしていなかった。


 たちまち、周囲は静寂に包まれた。


「さ、次はどいつじゃ? 遠慮なくかかって来るがよいぞ?」


 静まり返った部室前に、雷電丸がボキボキと指を鳴らす音だけが響き渡った。


 ━━数分後。


 部室前は男子達の骸で埋め尽くされていた。


「おーい、どうした? 何度でも挑戦しても良いんじゃぞ?」


 しかし、雷電丸の呼びかけに応える者はいない。地面に転がっている男子達は全員意識を失っているようだった。


 先程、雷電丸は男子達を掴んでは投げ、掴んでは投げを繰り返し、百人近い人間を宙に舞わせた。何人かは逃げたようだが、ほぼ全員を投げ飛ばすのに五分とかからなかったと思う。


「あー、つまらん。何処かに骨のある漢はおらんもんかのう」雷電丸は退屈そうに深く嘆息する。


 私は安堵のあまり精神世界でがっくりとうなだれるばかりで、雷電丸に怒りの抗議をする気力すら湧かなかった。


「高天……お前、本物の化け物か?」


 いつの間にか部室から出て来ていた沼野先輩が唖然とした表情で呟く。


「高天、お前、本当に何者なんだ?」


「何度問われても答えは同じじゃ。ワシはただの相撲好きな女子……女将ちゃんじゃよ」


 向日葵の様な笑顔を浮かべる雷電丸に対し、沼野先輩の表情は夜の様に暗く沈んでいた。

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