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白い悪魔 其の一

 白衣を身に纏った妖艶な女性━━保健師の木場アザミ先生は口元に穏やかな笑みを浮かべながら雷電丸に声をかけて来る。


「お主、何者じゃ?」雷電丸はそう言うと、鋭い眼光を木場先生に放った。


『この人は保健師の木場アザミ先生よ⁉ 雷電丸、この人は大丈夫だから、その剥き出しの殺気を止めなさい!』


 私は雷電丸を必死に諫めると、ようやく彼は殺気を放つのを止め、いつものやんちゃ坊主的な笑顔を浮かべた。


「おや? 高天君とは初対面ではなかったはずだが……なんだ、珍しく冗談でも言ったのかね?」


「うむ、冗談じゃ。そうか、先生でしたか。おはようございます! 今朝も清々しい朝で実に良き稽古日よりですな!」雷電丸はガハハハハ! と豪快に笑う。


「ふむ、稽古か。残念だが、今日も朝稽古は出来んよ。今朝はそれを君に伝えにここで待っていたんだ」


 木場先生が何故それを私達に伝えに来たんだろうか? それってもしかして、木場先生も相撲部での一件を知っているのかしら?

 

 すると、木場先生は隣にいた静川さんに気付くと、彼女をマジマジと眺めながら不思議そうに眉をしかめた。


「おや? 報告には聞いていたが、これはまた奇妙な組み合わせだね? いじめっ子といじめられっ子が一緒にいるだなんて。高天君、もしかして今も彼女にいじめを受けている最中かな?」


 私は顔を凍てつかせる。何故、木場先生がそのことを知っているの⁉


 静川さんを見ると、彼女の表情が強張っていた。笑顔が消え、顔が青ざめていた。


「何のことじゃの? のぞみは儂の親友じゃ。今日も朝食を共にしてから、一緒に仲良く登校してきただけですぞ? そうじゃよな、のぞみ?」


 雷電丸はそう言うと、静川さんの手を握ってウインクする。

 

「うん、そうです。あたし達、確かに昔は色々ありましたけど、今は親友なんで。木場先生が心配することはなんにもないです」静川さんは少し緊張した面持ちで笑顔を浮かべながら言う。


「ふむ、嘘ではなさそうだ。これは失敬。保健師の耳には色々な噂が入って来るのでね。まあ、たまにはフェイク情報も入って来るわけだよ。すまなかった、謝罪しよう」そう言って木場先生は静川さんに頭を下げた。


「い、いえ、分かってくれればそれでいいんで。もう大丈夫です」静川さんは慌てた様に言う。


「しかし、大変だな、高天君も。今や学校では君達の噂で持ち切りだよ」


 何のこと……とは思えなくなってしまった自分が怖い。


 心当たりが多すぎてもう全然驚かなくなってしまったわ。


「相撲部のことも含めて、また後でな。私は色々と準備があるので先に失敬する」


 木場先生はそれだけを告げると、またね、とだけ呟いて学校に去ってしまった。


 その場に取り残された私達は、木場先生の後ろ姿を見送りながら同時に首を傾げた。


 雷電丸はそっと囁くように私に訊ねて来る。


「双葉よ、あの女は何者じゃ?」


『さっきも言ったけれども保健師、まあ、学校にいるお医者さんみたいなものね。名前は木場アザミ先生よ。学校一の美女としても有名で、とっても優しくて生徒の皆は誰でも一度は相談に訪れるくらい面倒見のよい先生よ?』


 木場アザミ先生。長身痩躯のナイスバディ。教師というよりはモデルか女優としか思えない美貌の持ち主。光沢の放った長く美しい髪を後ろで束ね、眼鏡越しに映るルベライトの紅い瞳からは、誰もが虜になってしまいそうになるほどの魔性の輝きを放っていた。


 それなのに気さくで気取らず、何でも相談に乗ってくれる優しい性格なので、学校では大人気の先生でもあった。


 私も何度か具合が悪くなった時に保健室で木場先生にはお世話になったことがある。


 それでも、まさか私みたいな陰キャを木場先生が覚えていてくれただなんて。感激までとはいわないが、嬉しい気持ちが胸に込み上げて来た。


「いや、そういうことではない。あの女、もしかすると……」


 雷電丸は神妙な面持ちで何かを考え込むと、深く嘆息する。


「考え過ぎじゃな。しかし、相撲部のこととか、朝稽古が出来なくなったとか……何のことじゃろな?」


『それは私も思ったわ。とりあえず学校に行きましょう』


 私がそう言うと、雷電丸は素直に頷いて学校に向かった。


 そして、私達は校門をくぐった直後に事件に巻き込まれることになった。


 いや、事件は既に起こっていたのだ。


 学校の入り口前に、複数人の教師達の姿が見えた。


 何事かと思っていたら、彼等は私達を見つけると、一斉に駆け寄ってきた。


「高天双葉だな⁉」


 駆け寄ってきた教師達は、酷く慌てた様子で私達を取り囲む。


「お前、一体何をやらかしたんだ⁉」


 ジャージ姿の体育教師が引きつった形相で睨みつけて来る。


「先生方、何をそんなに慌てておいでで?」と雷電丸は物怖じした様子もなく、平然と訊ねた。


「武田市議が抗議にいらっしゃっているんだぞ⁉」


「武田、しぎ? 誰じゃ、そいつは?」


「武田……あ! 双葉っち。武田市議って、あたしの元仲間だった娘のパパさんだよ!」


 私と雷電丸はしばしの逡巡の後、すぐに思い出して、あ! と声を洩らす。


 昨日、雷電丸に右手を潰されたのが武田さんだった。となると、武田市議とやらはあの武田さんのお父さんということ?


「大事な御息女を傷つけられたと、大変なお怒りだ。お前、何てことをしでかしてくれたんだ⁉」


 傷つけられた? いや、でも、あれは……!? まあ、確かに間違いではないけれども。


「ともかく直ちに校長室に来い! 静川のぞみ、お前もだ!」


「あ、あたし、何かやったっけ?」静川さんは困惑の表情を浮かべる。


「ふむ、面倒じゃ。皆まとめて薙ぎ払ってやろうかの?」雷電丸は不機嫌そうな表情を浮かべると、コキコキと首と指を鳴らし始めた。


『雷電丸! ここは先生方の指示に従って。大丈夫よ、だって私達は悪くないんだから。話せばきっと分かってもらえるわ』


 私が必死にそうなだめると、雷電丸は嘆息する。


「了解した。ほれ、何処へなりとも連れて行くがいい」


『分かってくれたのね、雷電丸。ありがとう』


 その時、雷電丸は静かに呟いた。


「双葉はおめでたい奴じゃのう」


 それはどういう意味? と思ったが、私は深く追求しようとは思わなかった。


 だが、私はこの後、すぐに理解する。


 この世界が理不尽塗れであったことに。

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