05
倒れたジョセフを眺め、エレオノールは嘆息した。
この国の安寧を支えているのは我らだ、と豪語し踏ん反り返っていた男が、なんと無様な姿だろう。我々こそが国を守っていると主張するのなら、魔と対する今この瞬間こそ、彼は立っていなければならなかった。聖女が国へ謀反を起こした今こそ、自慢の魔法を振り翳していなければならなかった。
情けない。
期待外れも甚だしい。
がっかりだ。
聖女たちから失笑が飛ぶ。
意地の1つでも見せてほしかったものだ。
ぐったりしている体を慌てて抱え起こす大司教たちにジョセフを押し付け、聖女たちは次の行動へ移ることにした。
「ハンナ、モニカ。魔族のみなさんをじゃんじゃん招いて。ミィとレイは二人の魔力管理と補給をお願いね。レーナ、ミーナ。4人の警護は任せましたよ。みんな魔力回復薬は惜しまず飲みなさい。レベッカ、リタ、フィオ。魔術師協会の制圧は任せましたよ」
瞬き1回分、大司教たちへ視線を向ける。屈強な魔族の戦士たちを同行させるとはいえ、背後から刺されたのでは笑えない。
「この復讐劇では、反逆も抵抗も逃亡も認めません。邪魔なら殺していいわ」
ひっ、と大司教たちが息を呑む。牽制は、正しく機能したらしい。
「残りのみんなはわたくしと行きましょう。王城を落とします」
にっこりと笑む。待ちに待った時間だ。
「さあ、存分に楽しみましょう」
エレオノールの掛け声に「おー!」と元気な返事が揃う。
「楽しみですね、エレオノールさん!」
頬を紅潮させたエミリが腕に抱き着いてきた。
自己満足の復讐劇。この国に招かれさえしなければ、エミリはこんなことで胸を高鳴らせることなどなかった。世界を奪われ、人生を強制され、未来を束縛された乙女。この国が彼女を歪めてしまった。そのことを思うと、どうしようもなく胸が痛む。けれどエミリは、エレオノールたちとの出会いばかりは幸運であったと笑う。
腹が立っても肩を落としても、元の世界では復讐なんてできなかった。我慢して、泣き寝入りして、何事もなかったような顔をして明日を迎える。それでおしまい。
ただ壊して終わりなら賛同しなかった。けれど助けるべきは助けるという姿勢であったから、エミリは諸手を上げて賛成した。
被害者である聖女たちが謝ってくれた。泣いてくれた。それが嬉しかったから、怒っていい、と言ってくれたから。
『私はみんなと一緒に、みんなの分まで怒るって決めたんです』
そこまで言ってもらったから、エレオノールは直進すると決めたのだ。
「そうね。あなたも楽しんで」
「もちろんです!」
花も綻ぶような笑みを浮かべる2人の間に割り込んで、にゅっと腕が差し込まれた。見上げた先にあったのは、不満そうに眉をしかめた牡鹿の魔族の顔であった。
「悪いけれど、私のものなのでね」
拗ねた声音に、途端にエレオノールの頬が薔薇色に染まる。
「まあ、旦那様ったら! 嫉妬なんてなさらなくても、わたくしはあなたのものですわ」
そうはっきり言わないでくれ。声には出せず、しかし顔には出た。それすらしっかり気づいて、エレオノールはまた嬉しそうに表情を崩す。
差し込んだ腕に手が添えられ、ぎゅっと抱き着かれた。それだけで気分が浮上する自分は単純で未熟だと、牡鹿の魔族は目を伏せた。
そこへ今度は、エミリの声が高らかに割り込む。
「エレオノールさんはみんなのお姉さんなんですから、相思相愛だからって独占禁止ですよ!」
そうだそうだ、と声をあげる聖女たちの背後では、魔族の同胞たちがニヤニヤと冷やかしの笑みを浮かべている。
「~~~~っ、うるさいうるさい! 行こう! エレオノール、早く行こう!」
「はい、旦那様。さあ、みんな行きましょう」
ちっとも気にしていない様子で、エレオノールは穏やかにメンバーを引率する。
魔として発生して幾星霜。自我が芽生え、魔族として己を確立して数年。意思ある生物としての彼は、まだまだ赤子も同然であった。




