04
破壊と蹂躙。
それらは、魔である彼らの本能が求めることである。魔族として独立しても、根源に根づく衝動であることには変わらない。エレオノールはそれらを許すと約束した。
聖王国の防衛その要、国の最終防衛ラインたる聖女が、魔族に対して国家の破壊と蹂躙を許可した。
『わたくしたちは国に飼い殺されている、聖女と呼ばれる生き物です』『鼠だって死線に立てば猫を噛みますのよ』『自由を奪って死ぬまで閉じ込めようというのだもの、ペットに噛み殺される覚悟くらいあるでしょう』
幾度目かの訪問。
魔族を訪ねては言葉を重ね、国へ戻っては聖女たちと議論を重ね、そうしてまた訪ねては言葉を重ねる。
1人でもやめようと言い出せば、やめるつもりだった。
優しい彼女たちの誰か1人でも、荒っぽい手段は避けようと言えば。歴代の聖女たちの誰か1人でも、それでもここは故郷だからと嘆けば。
そんなことはなかった。
こんな国はもう、要らない。
彼女たちの意見は一致していた。
何も無計画に破壊の限りを尽くして、土地を蹂躙させようというのではない。助けるべくは助け、逃がすべきは逃がす。守るべき命はきちんと守る。
これは聖女たちの復讐で、これは彼女たちの自己満足だ。正義のためでも、大義のためでもない。ひどいことをされたから、ひどいことをやり返す。ただそれだけだ。そのために国民全員を巻き込もうなどと、そんな野蛮なことを考えているわけではない。
会話のできる相手だから、対話の成り立つ相手だから。心を通わせ、言葉を通じて、慎重に話を詰めていった。国は崩壊するだろう。民は混乱するだろう。それでも、聖女の苦しみに比べれば、大したことない。
彼女たちはもう、許さないと決めていた。
「さて、と」
エレオノールは微笑んだ。
伝令に走らせていた聖女たちが、頬を薔薇色に染めながら戻ってきた。避難は滞りなく。これでいつでも、すぐにでも。
エミリがエレオノールの袖を引く。早く、早く。
待ち焦がれた瞬間に、聖女たちは浮足立つ。もう待てない。誰の顔にも同じことが書いてあった。
「では旦那様、そろそろ始めましょうか」
わたくしたちを、どうか、助けて。
「君のためなら、喜んで」
歓声があがる。聖女たちが、魔族が、手に手をとり合って、喜びを分かち合う。
破壊と蹂躙の時間だ。
華やぐ聖女たち、猛る魔族。そのそばで、あげる悲鳴も尽きかけたジョセフが身じろいだ。身をねじり、頭を振り、その拍子に噛まされた猿轡が緩んだ。
「化け物が!」
シン、と場が静まり返る。
「貴様ら、自分たちが何をしているのか理解しているのか!」
国を裏切り、魔を招いた。否。あれらは魔ですらない。それよりも恐ろしい、得体の知れない怪物だ。許されない。許されることではない。
声の限り叫ぶ。彼女たちは、神に裁かれる。このままで済むはずがない。恐怖よりも何よりも、先立つ怒りに任せ、彼は叫んだ。
「悪魔に魂を売った化け物どもが! これは神への反逆だぞ!」
「それが、なんだというの?」
「っ、――は?」
ゆっくりと瞬き、エレオノールは頬に手を添えた。わずかに首を傾げる様子は、本心から理解できないと訴えかける。
お前は一体、何を言っているんだ。
そう言わんばかりの、態度であった。
「反逆されねば気づかぬ愚鈍にいまさら、わたくしたちが怖気づくとでも思っているの?」
ハッとして周囲を見回す。
ずらりと揃った聖女はみな、エレオノールと同じ顔をしていた。
わからない。彼女たちはみな、ジョセフの言葉を理解できていない。
「裁くというのなら勝手にどうぞ。わたくしたちは止まらない」
「な、なぜ……」
「怒っているから」
端的な返事を、ジョセフは理解できない。
「わたくしたちはもうずっと、ずっと怒っているのよ」
微笑む姿は正しく、国を守る聖女の姿。
「気がつかなかったのね、おまぬけさん」
「そんなことで、……国を、国がどうなっても――」
「構わないわ」
だって、と。笑む姿は反して、国を亡ぼす悪魔の姿。
「こんな国、わたくしたちは要らないもの」
要らないものは処分する。普通のことでしょう?
当たり前のように、彼女は言う。腐った芋を捨てるような、折れたペンを捨てるような。そんな当たり前の顔をして、彼女は国を亡ぼすと言う。
救いのない状況で、それでも捨てきれず視線を泳がせると、エミリと目が合った。
魔術師協会が招いた少女。異なる世界から招かれ、この国の大聖女となった乙女。神聖な魔力を内に秘めた、清らかな聖女。
エミリはジョセフの視線に気づくとにっこり笑んだ。そこには一切の穢れがない。無垢な笑みを浮かべたまま口を開いた彼女は言う。
「世界を奪われた私の復讐が国1つって、私って実はすごく優しいのかもしれませんね!」
目の前が暗くなる。ぐるん、と世界が引っくり返って、ジョセフは気を失った。くずおれた体を支えてくれる誰かは、この場のどこにもいなかった。