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聖女の顔は何度まで  作者: かたつむり3号
第五章 乙女たち
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07


 聖暦1912年3月

 リリアージュ聖王国に隣接する森より瘴気の異常発生を感知。魔の異常増殖により結界は脅かされ、防衛ラインは壊滅。奮闘虚しく魔は国内に侵入。土地を蹂躙し、破壊の限りを尽くしつつ侵攻。

 王国は王都にてこれを制圧。歴代の聖女たちを集結させ、新たに結界を展開。魔を一掃した。

 魔の侵略による犠牲者の中には、第三王子の名もあった。

 リリアージュ聖王国では現在、傷ついた国民の慰安のため、聖女たちが国内をめぐっている。



「――っていう、話になっているみたいですね」


 ガタガタと揺れる馬車の中、隣に座るエミリが笑う。


「あら、嘘は言っていなくてよ」


 その口に皮をむいた果実の実を放り込んで、エレオノールも笑う。彼女は最近、笑顔以外の顔をしているところを見ない。


「ほとんど嘘だと思いまぁす」

「第三王子は死んでいないだろう」


 くすくす笑うアイと、首を傾げる牡鹿の魔族――エドワードの口にも、同じように果実の実を放り込む。


「国内を巡っているのだって、私たちの慰安が目的ですし」


 食べ終わったエミリがまた笑う。

 傷ついた心を慰め、復讐劇で労した体を休めるための旅行だ。


「あら、わたくしたちだってこの国の民だもの。嘘は言っていなくてよ」

「ほとんど詐欺の手口ですね」


 にやにやと口角を歪めるエミリの視線を受け流し、エレオノールは自分の口にも果実を含む。酸っぱい。けれど美味しい。


「さあさあ、そろそろアイの故郷に着きますよ」


 馬車の外からカエデの快活な声が届いた。

 王妃として、そしてかつての大聖女として、彼女は先頭に立って民の心を慰めている。……という設定だ。

 若い頃は教会で、引退してからは王宮で、窮屈な世界に閉じ込められてきた彼女は現在、些細な縛りすら拒絶して生きている。馬車での移動でさえ、箱の中は嫌だと御者の席を陣取ってしまった。いつの間に練習したのか、しっかり御者の役割を全うしているのだから笑ってしまう。


「アイ、あなたが最後になってしまったわ。遅くなってごめんなさいね」


 慰安というのはもちろんのこと、国中を巡る目的は頑張ってきた聖女たちを家族や恋人の元へ帰すことだ。愛する家族から引き離された少女たち。想い合う恋人と引き裂かれた乙女たち。彼女たちを聖女から、人間の乙女へと戻すための旅行でもある。


「私は家族のことが大好きです。でも、同じくらいエレオノールさんのことも大好きなんですよ。最後になったおかげで、みんなより長くエレオノールさんと一緒にいられました」

「わたくしもあなたのことが大好きよ」


 遠慮したのだろう。エミリは珍しく割って入らず、エドワードも黙っていた。

 窓の外へ視線を向けたアイの表情が溶ける。しかしすぐ、寂しそうに眉を下げ、エミリを見た。


「エミリはエレオノールさんと一緒に教会へ戻るのよね? 私の家、小さいけどあなたが泊まる部屋くらいあるわよ?」


 異世界の乙女は帰る場所を持たない。招くことはできても、帰すことはできないというのが現状だ。魔術師協会が保管している記録を片っ端から読み漁っているが、いまだ、帰還に関する記述は発見できていない。これからの課題である。


「ありがとうございます、アイさん。でも戻ります」

「わたくしたちはもうどこへでも行けるのだから、またすぐ会えるわ」

「そうですね」


 聖女の復讐はあくまでも、国内での話だ。国外へはあくまでも、魔族の侵攻とそれを防いだ聖女という美談にとどめておく必要がある。

 魔族という未知の存在。彼らと共存の道を選んだ聖女とその家族。

 諸外国がまとめて悪だと断じれば、一気に戦争へと転がり落ちることとなる。せっかく訪れた平穏を邪魔されては堪らない。その為の筋書きだ。

 魔は変わらず結界の外で湧き続けている。彼らに言葉は通じない。国を覆う結界を残しているのは、魔への対抗と同時に、他国へのアピールでもある。聖女はいまだ健在で、国は変わらず安泰である、と。


「魔族の住居区画の整備もありますし、しばらくは忙しいですね」


 これまで通りという演出のために生かしてある反聖女勢力の権力者たちを監視し、圧力をかけるために、魔族は王都に住居を構えることになっている。


「住居といえば、旦那様の家はなかなか完成しませんね。わたくし、お呼ばれするのを心待ちにしておりますのに」

「もう少し待ってほしい。お楽しみの用意がある」

「まあ! 楽しみにしていますね」


 少女のように笑うエレオノールの隣で、エミリがムッとした。2人はこれから夫婦として、たくさんの時間を共に過ごすのだろう。妬けてしかたない。


「私も、……恋、見つけようかな」

「素敵なことね」


 ポロッとこぼれた言葉をエレオノールは聞き逃してくれなかった。アイも力強く頷いた。


「いいじゃない、恋! これからはやりたいこと全部、なんでもやってみましょうね!」


 やってやる、と気合十分なアイに背を押され、エミリも「やりましょう!」と気合を入れる。

 やってやる。やりたいこと全部。

 やってやる。これからは、なんだってできるのだから。


 抗い、励み、ようやく手に入れた自由の使い道を考える。乙女たちの顔は雨上がりの青空のように澄んでいた。

 

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