04
「それではそろそろ、本題に入りましょうか」
エレオノールが背筋を伸ばす。エドワードとエミリも倣った。
「陛下が待ちくたびれて、失神してしまいそうだわ」
全員の視線が、玉座で震える男に集中する。
「こんばんは、陛下」
代表して、エレオノールが挨拶する。返事はなかった。しかしそれらしいことをしようという意思はあったのか、王はパクパクと口を開閉する。音は出てこなかった。
「今宵はリリアージュ聖王国が新たな門出を迎える日です。それは理解していますか?」
返事はない。
「ふむ……申し訳ありません、メープル大聖女様。陛下はわたくしとはおしゃべりしたくないようです。嫌われてしまったかしら」
メープルの名が出た途端、王の様子は一変した。
真っ青に血の気の引いた顔が紫になり、最終的に赤黒く変色する。呼吸は乱れ、はっはっ、と激しく吐き出すがうまく吸えないらしい。額には大粒の脂汗が浮かんでいる。
「ま、待ってくれ……!」
かすれた声で、王は呻く。かひゅ、と喉が鳴った。陸に打ち上げられた魚のようだ。
エレオノールは首を傾げ、カエデのほうを振り返る。
「メープル大聖女様、一体どうお説教なさったの?」
随分と脅しが効いている。効き過ぎていると言ってもいい。
「どう、と言われても……」
カエデも首を傾げ、腕を組む。
「結界で手足を拘束して、鞭で打ちながら反省を促し、この国は今日で滅亡すると言い聞かせただけよ?」
だけ、という言葉にエドワードが身を震わせた。
身動きできない状態で鞭に打たれるというのは、きちんと恐ろしい拷問であろう。
「反省したふりで、ずっと謝罪を垂れ流していたのが不快で強く打ったかもしれないけど、それだけよ?」
「王様なんて生き物はみんな、軟弱なのかもしれませんね」
エミリが真似して首を傾げる。
「殴る蹴るでわかりやすい傷を与えてもらえる幸福を知らないなんて、困った王様ですね」
エミリは傾げた首を訳知り顔で振る。
傷は同情を招きやすい。見える傷であればなおのこと。それを振り翳し、見えない傷で同情を集めようと暴れる聖女を退ける。それくらいの根性を見せるべきだろう。
聖女たちはぷりぷり怒った。
「まあ、いいでしょう。王家の腑抜けは今に始まったことではありませんし」
息子が魔族に名を奪われた。聞こえていたはずであるのに、王は何も言わなかった。薄情な親もいたものだ。カエデは深々と嘆息した。
「陛下、1つ安心させてあげましょう。あなたはこれからもこの国の王でいられますよ」
聖女の会話に割り込めず、必死で息を吸ったり吐いたりしていた王は仰天した。
「リリアージュ聖王国は魔族の侵攻により、破壊と蹂躙を与えられます。けれど聖女の力がそれを退けるのです」
「……?」
「そういう筋書きになる、ということですよ」
ぽかん、と口を開ける王へ微笑む。
「あなたはそのままその椅子の上で、偉そうに踏ん反り返っているといいわ。何を話し、どんな顔をするかは、こちらで指示を出しますから」
ひぃっ、と怯えて仰け反った拍子に、王は玉座から滑り落ちた。尻もちをつき、体が前倒しになると、結界へ強かに額を打ちつけた。
カエデもまた、異世界より招かれた聖女である。その結界は強固で、内から破ることは、外から破ろうとすること同様に困難を極めた。
「国としての外向けの姿はこれまで通り。内では魔族と共存共栄を果たす。どうです? 優しい征服でしょう?」
3人の聖女は揃って甘く微笑んだ。
「わたくしたちは聖女ですもの」
「反逆もまた、慈悲深くなくてはいけません」
「とびきり優しくしてさしあげますよ、陛下」
ここにきて、聖女であることをことさらに主張する彼女らはしかし、どこからどう見ても悪魔のようである。味方でよかった。
エドワードは耳ざといエレオノールに気づかれないよう、小さくそっと、嘆息した。




