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聖女の顔は何度まで  作者: かたつむり3号
第四章 頂の椅子
14/25

01


 王子を捨て置き、城内を進軍する。

 先行したメンバーがしっかりと恐怖を植えつけたおかげで、目的の場所まではほとんど立ち止まることなく歩みを進めることができた。

 謁見の間。玉座の間とも呼ばれる部屋の、重厚な扉の前で立ち止まる。


「こんなにあっさり攻略できていいんでしょうか」


 ぽつり、とこぼされたエミリの言葉に、エレオノールは苦笑する。

 権力で肥え太り、大した力も持ち合わせない大司教たちに、魔術師協会の会長があっさりと捕縛された。

 この国の防衛は聖女でなく、異世界の乙女をこちらへ招くことのできる魔術師協会こそが握っている。聖女など、所詮は異世界の乙女のおまけでしかない。

 そう公言していた彼らの、なんと脆いことか。

 秘蔵の技術を盗まれ、退けるべき魔を前に恐怖で意識を保てない。長があれでは、下の質は知れている。協会の陥落は時間の問題だろう。


 上空で旋回している使い魔が降りてこないのがその証拠だ。

 魔族から借りた影の使い魔たちには、些細な異常も見逃さず報告するようお願いしてある。何かあればすぐに知らせに降りてくる。そんな使い魔たちが揃って夜空に翼を遊ばせ、嘴を闇に溶かしている現状、エレオノールたちの勝利は確定したも同然だ。


「それだけ、この国が聖女に甘えていたということだろう」


 おめでたい連中だ。牡鹿の彼――エドワードの名を奪った彼が笑う。


「しかし、まあ……そのおかげで私はエレオノールと出会えたのだから、感謝の一言くらい述べるべきかな?」

「必要ありません」

「必要ないです」


 肩をすくめて茶化すエドワードに、エレオノールとエミリの鋭い声が突き刺さった。


「……ただの軽口だよ」


 聞き流してくれ。

 エドワードは背筋を伝う冷や汗の感触に肩を震わせた。

 二人の目は笑っていない。声の鋭利さは実際に肌を刺すようであったし、一切の温度が感じられなかった。エレオノールに関しては、ちょっとでは済まない殺気すら漏れている。


「軽口で済む発言ではありません。反省してください、旦那様」

「嘘でもそういうこと言うの、やめてください」


 後悔させますよ。

 その一言だけでエドワードは竦みあがって後悔した。


「すまなかった……」


 殺されるかと思った。

 魔族。魔の進化系。

 瘴気の吹き溜まりが意思を得て、姿を得て、個を確立して。そう聞けばなんだかたいそうな存在に聞こえるけれど、実際のところ、エドワードは自分たちのことをそれほど高く評価していない。できない。

 魔の本能の赴くまま結界に触れ、それでも存在を削り切られず生き残った。聖女の放つ神聖な魔力にあてられて、幸運にも変質することになった。ちょっとした幸運の結果、たまたま魔族として存在を確立できただけ。

 運がよかった。


 ただほんのちょっと運がよかっただけの存在は所詮、聖女には勝てない。


 魔にとって聖女とは圧倒的で、絶対的な強者である。進化したからといって、聖女を上回る力を得たというわけではない。聖女による結界の維持が安定し、絶えず神聖な魔力供給が行われている現代において、魔の隆盛はありえない。

 こてんぱんにされる自信がある。それはもう、あっさりと。1人、2人を、国を埋め尽くす数で圧し潰すのならまだしも、今の教会に聖女は20人もいる。対して魔の数はそれほど多くない。なにより、今ここにいるのはエレオノールだ。そしてエミリだ。

 大聖女の地位は伊達じゃない。

 勝ち目を探る暇もないだろう。敵として対峙した時点で死が確定している。逃げ出すことすら不可能だ。エレオノールはエドワードに惚れているが、それとこれとは全く別の話である。彼女は敵に対して容赦をするような女ではない。愛し合った仲だからと情を傾けてくれるような女ではないのだ。強いて言えば、痛みを感じる暇もなく一瞬で消し飛ばしてくれるだろうことが最大の慈悲であるかもしれない。

 エミリもそうだ。異世界から招かれた乙女。彼女は強大な力を目一杯に加減して、それでもエドワードの本気の抵抗を薙ぎ払う。容赦してくれて、情を傾けてくれて、手加減してくれてなお、エドワードを容易く押し潰す。


 後悔させる。


 2人にとっては「ちょっと痛めつける」程度の発言だろうが、エドワードはきっと、そのちょっとで死ぬのだ。消滅する。浄化され消えるのではなく、滅されて消える。

 それほどの力量差が、彼女たちとの間には横たわっている。


 エレオノールが「旦那様」と愛らしく頬を染めてくれている現状は奇跡といっていい。妻だ夫だと立場に名をつけても、力関係は決している。覆ることは永劫、ない。

 エミリが「エレオノールさんの旦那さん」と一目置いてくれている現状は奇跡といっていい。エレオノールを尊敬しているから、彼女の判断を尊重してくれている。それっぽっちのことでしかない。


「すまなかった。本能に従うことを許されて、ちょっと……いや、かなり浮かれてしまっているみたいだ。反省したよ」


 すまない、と繰り返す。

 頭を下げると、そのまま肩までがっくり落ちた。死への恐怖は重くて苦しい。

 エレオノールの殺気が霧散する。こぼした溜め息で怒りを散らしたのだろう。張り詰めていた空気が緩む。


「……魔族のみな様には、色々と我慢を強いていますものね」


 ごめんなさい、とエレオノールが頭を下げる。


「そ! それは私たちが納得して受け入れたことだ。頭を上げておくれ。君たちとの共生はむしろ、私たちが望んだことなのだから、それに関して謝罪は必要ないよ」


 魔族は本能に従うことよりも、生存する道を選んだ。

 人間を下等だと思う気持ちは変わらない。魔であった頃より、人間はその辺に生えている草と似たようなものである。しかし聖女は違う。聖女だけは違う。人間と聖女は同じ枠の中にいない。まるで違う生き物だ。

 自分たちを人間だと称する聖女たちを、魔族は理解することができない。故に国を亡ぼす際に生かす人間と切り捨てる人間を選別するという彼女たちの意見も理解できない。

 残さず踏み潰そうという魔族の意見と、それはできないという聖女の意見は当然のように平行線をたどり、結果として魔族側が折れた。

 魔族は聖女の尻に敷かれることで、平和を得ることにしたのだ。彼女たちの復讐の道すがら本能を満たし、その果てに自由を得る。破壊と蹂躙という本能に多少の制限がかかっても、命があるのなら問題ない。生きていなければそもそも、本能を満たすこともできないのだから。


 エドワードがエレオノールに惚れ込んで、彼女がその気持ちを受け入れてくれて。両者の間に芽生えた愛情を皮切りに、魔族と聖女の関係に多少の変化はあったものの、根本は変わらない。長い物には巻かれるが吉だ。


「エレオノール、すまなかった」

「いいえ、こちらこそ……」

「エミリも、すまなかった」

「エレオノールさんが許すなら、私も許してあげます。次はないですよ」

「肝に銘じるよ……」


 随分と時間をかけてしまった。

 扉を開ける。いよいよ、国の頂点との対面だ

 

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