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聖女の顔は何度まで  作者: かたつむり3号
第三章 蠢く闇
10/25

01


 静かな夜だった。

 夜空で輝く星々は鮮やかで、満ちた月は堂々としている。草木さえ居眠りしているような静寂。今宵はあまりに、静か過ぎた。


 蟻の子1匹でも動こうものなら音を拾えてしまいそうな静けさは、警備の兵から緊張感を奪っていた。彼らは退屈すら感じている。不真面目なわけでなく、与えられた職務に忠実な彼らであるが、月明りで視界の晴れた夜に、不届き者が湧くとは思えなかった。


 それが愚かな慢心であると、気づいたときにはもう遅い。

 手遅れだった。は? と疑問の声をあげたときにはすべてが終わっていた。

 夜の闇が蠢いて、意識するより先に視界が暗くなる。ハッと身構えた頃には、意識を奪われている。

 次々に昏倒していく兵士たちを尻目に、進軍するのは魔の軍勢。率いているのは先代の大聖女。同行するのは今代の大聖女と以下数名。


 対敵した兵士たちは初め、それが魔であると理解できなかった。

 魔とは蠢く闇。魔力を帯び、瘴気を吐き出しながら破壊と蹂躙の限りを尽くす、醜悪な異物である。リリアージュ聖王国において、魔とはそういうものであった。しかし今、彼らの目の前に立ちはだかるそれらはなんだ。

 人に近い姿を持ち、しかし人ではありえない姿をしている。ある者は牡鹿に似た角を持ち、ある者は狼の頭を持ち、ある者は体に茨を纏っている。見たこともない何かが群れを成している。人間ではない。けれどそれが何であるのか、説明する言葉を彼らは持たない。

 未知への恐怖。得体の知れない何かが、襲い来る。原始的な恐怖は侵食が早い。

 悲鳴があがった。1つあがれば、あとは際限ない。恐怖は伝播し、悲鳴が反響し、静寂はあっという間に崩壊した。


「自ら居場所を知らせてくれるとは、この国の兵は親切だな」


 牡鹿の魔族は仲間と共に駆け出した。


「……あれ、本気で言ってます?」


 その背を見送って、エミリは首を傾げた。


「旦那様は純真なの」


 うっとりと、エレオノールは惚気た。


「エレオノールさん、あの人のどこを好きになったんですか?」

「会話できるところ」

「……ちょろ過ぎません?」


 長く、会話の成立しない連中を相手に奮闘してきたせいだろうか。同じ人間で成り立たない会話が、異なる魔族では成り立った。それは恋に落ちるほどの衝撃だったのだろうか。エミリは愕然とした。同時に、そんな条件であるのなら自分でもいいではないか、と不満が浮かぶ。

 やっぱり男でないと駄目なのかしら。

 ぶつぶつと漏らすエミリへ、エレオノールは微笑んだ。


「魔の本能を遮る大敵である聖女を前にして、攻撃ではなく対話を試みようとする平和的なところ。わたくしの話をきちんと聞いてくれるところ。互いの意見をすり合わせて、双方が納得できる結論が出るまで辛抱強く考えてくれるところ。語気が柔らかいところ。優しいところ。負けず嫌いなところ。わたくしを大事にしてくれるところ。種族も出自も性質もまるで異なる魔と人を隔てずに、迷いなくわたくしを愛していると言ってくれるところ」


 列挙された内容に、エミリは頬を膨らませる。

 いっぱいあった。

 口出しできない。積み重ねた時間の中で、確かに深めた仲だった。


「私だって、エレオノールさんのことが大好きですよ」


 異なる世界を生きた。エレオノールと過ごした時間は彼とそう違わない。その中で対話を重ね、共に涙を流し、一緒に笑い合ってきた。

 大聖女の立場を追われ、婚約者を奪われて。エミリがすべてを横取りした。欲しくて望んだものではないけれど、結果だけを見ればそういうことだ。エレオノールはどちらも要らないものだと言うけれど、そこに嘘はないと知っているけれど、気持ちは晴れない。

 侍女としてエミリに仕えることを強いられ、行動のほとんどを制限される。教会に縛られて、聖女として引退することも許されない。国はエレオノールを使い潰す気でいる。そうなった原因は、エミリだ。 

 それでも、あなたのせいじゃない、とエミリを抱きしめてくれる。

 優しくて、作ってくれる料理はどれも美味しくて、エミリを甘やかすのが上手で、いつだって大事にしてくれて、常にエミリを守ってくれる。返せるものは少ないけれど、返せる限りを尽くしたい。

 エレオノールを好きに思う気持ちなら、エミリだって負けないくらい抱えている。


「わたくしも、あなたのことが大好きよ」


 それでも大好きなエレオノールが屈託なく笑ってくれるから、これでいいや、とエミリは満足することにした。

 

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