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テンプレのテンプレはテンプラ?


ジジ君と泣く泣くお別れして教皇様を探そうとしたら、案内役だという男性二人に恭しく挨拶された。えっ、なにごと。


「大聖女様、お会いできて光栄です。この度案内役の栄誉に選ばれました、(わたくし)…」


ぉ、おおう。めっちゃ謙るね。背中むずむずするなりぃ…。見てこのチキンスキン。というか、なんで私が聖女って知ってるの怖い。ずっとここで待っていたのかい?


その二人に案内されたのは一番大きいホール。


5m以上ありそうな両開きの扉は、植物の彫刻が施された白に金の箔押し。その扉の左右に、白騎士の置物。あ、置物じゃ無くて人だっ!1㎜も動かないじゃないか。パフォーマーか…?


案内の二人が重々しい音と共に左右の扉を開けると、金縁の真っ赤な絨毯に、白い壁。うわ、彫刻細かっ。ドーム型の天井はガラス張りで、それを跨ぐ様にシャンデリアが輝いている。正面には巨大なアルたんの女神像。両サイドには上品なステンドグラス。うむ、サグラダファミリアみがありますね。キリッ。


いや、正直規模に圧倒されすぎて、逆に感想がわかない…。ごめん…。思わず入り口で固まって動けずにいると、


「ようこそ、大聖女様。お越し頂き、嬉しく思います。」


ざっと立ち並ぶ白衣の人達に、一斉に頭を下げられた。え、人多くないかね?左右3列5色で各色先頭が7人くらい?に、210人くらいいる…っ!


皆同じ神官服着てるのに、真ん中のラインカラーが違うのは、派閥か地域分けかな。老若男女だけど男性多めだし、圧巻なんですが、単純に恐怖でしかないYO!でも負けたくないから顔には出さない。頑張れ私の表情筋。今こそ愛想笑いで鍛えた筋肉の使いどころやぞ。


ただし、顔は取り繕えるけど中身は残念なんですよ。エマージェンシー!エマージェンシー!誰かたしけて!冷や汗だらだらで笑っていたら、見知った人が歩いてきた。


「大聖女様、ご健勝そうで何よりですのぉ。」


「ウォンカ(おう)!…やっぱり偉い人なんですねぇ。」


た、助かった!ありがとうお爺ちゃん、狸とか思ってごめんね。小さな教会で会ったときとは違って、今日はフル装備!って感じだ。あれだ、フォース使う教皇みた…いや、実際魔法使えるのか。強化版?


「先ずはお疲れでしょう、どうぞ奥の部屋でお茶でも如何かのぉ?」


「…そうですね!お心遣いありがとうございます。」


ちら、とゼロさんを見ると、私の斜め後ろに控えて待ちの姿勢をとっていて、周りの神官さんと思われる関係者達は此方を注視している。


うーん、聖女に対する好奇心、本当に聖女なのかという疑心、それに類する値踏み。後なんだろ…嫌悪?聖女がいたら困っちゃう勢かな。視線の意味に予想がつくから、全部無視しよう。うん。気にすると胃に穴が開くわい。それらについて、これからウォンカさんとお茶という名の打ち合わせかな?


何故こんなに人が居るんだい?とかね。なんとなくわかるけど、私も方針決めたいし、報連相、大事。


にっこり笑顔でお礼を言って、促されるままついていったら、眩しくて目が潰れそうな部屋に案内された。うう、場違い感半端ない。


「人払いは済ませてありますので、楽になさるとよい。」


「はぁあ、豪華絢爛過ぎて、おのぼりさんですよ。」


わぁ、天井にお絵かきしてあるぅ。ソファに深く腰掛けて振り仰いだら、天使?とかアルたんと思われる絵が描かれていた。き、気が休まらない。


「ゼロさんなんでそこに立ってるんですか!道連れじゃよ!一人だけ免れられると思わぬ事だ!」


つい癒やされたくてゼロさんを探したら、なにゆえかソファの後ろで護衛みたいに立っていた。我関せずか。私だけに押しつけるのか。許さぬ、許さぬぞ!


「ゼロさんは私の側にいるお仕事なはずだ!」


ぷんすこしながら隣をぼすぼす叩く。早くここに座りたまえ。私が上司である限り、君に拒否権は無いのだ。あきらメロン!


「ほっほっほ、随分と仲良くなられたようじゃな、安心致しました。」


「…お陰様で。」


ゼロさんを無理矢理座らせたからか、生暖かい目で見られたでござる。…だって、ゼロさん本当に善意で私を庇ってクビになってたし。マリリンが私にアレを見せたのは、たぶん私が無理をしているのに気が付いたからだ。


最初、私が聖女だった場合、表向きの聖女役を少女に、浄化の仕事を私にさせる為、少年王はゼロさんを監視に付けているのかもしれないと、疑っていた。


怖くて誰も信じられなくて、でも生き残る算段が立つまでは、逃げ切るまでは、信じているふりをしなければいけない。疑っているのがばれたら、少年王の所に連れていかれるかもしれない。


何が起こるかわからない。実際、自分を誤魔化して、自己暗示をかけて、平気なふりをしていた。


だって、見ず知らずの初対面だよ?ゲロ吐いてたんだよ。いくら心配でも、今後の自分の生活があるのに、私についてきて護ってくれるって約束してくれるなんて、思えなかった。でも、ずっと親切で、優しかった。信じたかった。証拠が欲しかった。それを、マリリンが見透かしたのかはわからないけれど。…これでゼロさん善人じゃなかったら、人間不信になるよ。


だから、マリリンが証拠をくれた時、信じることにした。ゼロさんは味方。ワンチャン実はそう見せかけて…っ!なんて言うのは、いくら考えてもしょうが無いことだから。


私に優しくて、必要なら叱ってくるゼロさんを、ちゃんと見ることに決めたのだ。うむ。だって私の保護者だからね!後、正直狸ばかりでメンタルに癒やしが足りてない。かまわれると落ち着くから、もっともっとかまってくれていいよ!あ、そうだ。


「ヴォイスさんが、『爺さんによろしく』って言ってました。お知り合いなんですね。」


「そうですなぁ、()()()が豆粒の頃からのつき合いになりますのぉ。」


()()ってゼロさんのことだよね?ヴォイスさんの話で、ゼロさんを含んで、複数形。テンプレ幼馴染みに真面目枠と無気力枠がいるなら、やんちゃ枠がありそうですが。いるなぁ~、ちょうど良く腐れ縁なやんちゃなおっさん。


「そうでしたか。ああ、指南役を引き受けて下さってありがとうございます。」


にこーっと良い笑顔で笑うと、ウォンカさんも目尻に皺を寄せて笑い返してくれる。うんうん。もう面倒だから直接聞こうかな。この百戦錬磨の古狸感ある好々爺然を言い負かせる気がしないし。


「それで、代わりに何をさせられるのかな。大聖女(わたし)は。」


「いやはや、話が早くて助かりますのぉ。」


「ウォンカ翁は狸だから、勝てる気がしないので。」


軽く無礼を働いてみるけど、気にも留めないようで笑っている。ぐぬぬ。くぐり抜けた修羅場の数が違うぜってことですな。


さて、随分沢山人が居た。目立ったのは、ウォンカさんと似た服で、神官さん達とは格が違う装いだった四人。それぞれ固定カラーがあるのか、ウォンカさんを入れて五色。たぶん皆『教皇』なのかな。じゃあ並んでたその他の人は大神官とかか。


何のためにいるのか、は、考えられるのは『大聖女』見学会。本当に大聖女か確かめる為に来たのかな。


「その通り、『聖女』様が現れた場合、確認でき次第教会へ連絡を入れる義務がありますのでのぉ。」


にゃるほど。仕事なら仕方ないね。うんうん頷いて続きを促す。


「王宮やその他、すでに『偽者』が現れておりますが、儂が鑑定した『大聖女』様はただお一人。上役の者達だけでもお目通り叶えば、惑わされることもありますまい。」


詐欺対策なのかぁ。この世界、写真ないものね。突然来られて驚いたけれど、一回で終わるならそれでいいか。


「それで、顔合わせは終わりでいいんですかね?」


「そうですな、大聖女様のお望みが叶うまでは、此方に滞在していただけるとありがたいのぉ。」


ふーん。なるほろ。滞在中に何かするつもりだな。もしくは何かされるのか。


「なら、私が回復魔法を覚えるまで、よろしくお願いします。…因みに、虫が嫌いなんですが、いたら叩いてもいいですかね。」


「そうですなぁ。咬まれれば、病気の危険もありますの。その時はどうぞひと思いに。しかし虫にも命があります、それを奪うまでは、重すぎましょうな。」


「うーん、じゃあ、叩いた後はウォンカ翁にお願いします。」


「ほっほっほ、お任せ下さい。」


よっしゃあ!言質とったどー!思わず愛想笑いのままガッツポーズしてしまった。いや、大事なんだよ?権力者の許可。私もここでは最高権力者だろうけれど、新人だからね。まぁ、必要なら乱用も辞さないけれど。



なんていうのが三日前の話。うん、やっぱりね。そんなに簡単にものにできれば、私も最強チート主人公の仲間入りを果たしているんですよ。…やめて、そんな目で見ないで。


神殿の中庭で、魔法の初歩を練習中。三日目だけど全然進んでないよ。ちなみにステップでいうと、教科書の一行目で躓いているのさ…。STEP1・魔力を感じ取ろう!←これな。


「マホウ、ムツカシイ。オレサマ、マホウ、マルカジリ。」


「…大丈夫か?」


煤けてしゃがみ込んで、その辺の枝で土をぐりぐり掘り返していたら、背後から聞きなれた声がした。


「っあああ、ゼロさん!私のSAN値がピンチ!SAN値!ピンチ!」


おもわず振り返って速攻抱き着いたよね。だって聞いてくださいよお兄さん!ここ、めっちゃストレスたまるっ。結構な頻度で遠巻きに神官達の視線を感じるし、何なら陰口とか腹の探り合いという名のご挨拶とかっ。我慢して愛想笑いしているけど限界きそう。


癒しが欲しい!具体的にはもふもふがいい。でもね、いないんですよ。なら、あるもので代用するしかないよね?今この場で確定の私の味方、ゼロさんしかいないんだよ。わかったら私をかまう作業に戻るんだ!


「…っ、お前な、」


「このままだと私、黄衣の王とか白痴の魔王呼べる気がする…。」


私の勉強中は、こちらが視界に入る範囲でゼロさんも剣の鍛錬をしている。いや、手持ち無沙汰だろうと思って。ずっと見られてると落ち着かないし。だからまぁ、私の進捗がよろしくないのも把握されているんだよね。


「んん゛ッ…、一先ず(ひとまず)離れろ。」


ゼロさんにぎゅうぎゅう抱き着いているから、とても暖かい。筋肉って暖かいそうだね。検証成功です隊長!成功したからって離すとは言っていないがな!


「やだ。ストレスで、私の胃に穴が開いてもいいというのか。」


そんなに軽く頭を押しても無駄無駄ぁっ!大人の駄々程見苦しい物はないぞ。痛々しいぞ、わかっているのかね?もはや私に残された余裕などないのだ!


それでも何とか私から離れようとするゼロさんに、頬がむくむく膨らむ。薄情者め。そんなに私に引っ付かれるのが嫌か。我、上司ぞ?上司ぞ?


「かまって。」


しがみ付いたままゼロさんを睨んだら、


「ーっ、ちょっと、まて、」


片手で顔を覆われた。なんで!何も見えない。お先真っ暗だ。もうおしまいだ!っていうか手がでっかい。リンゴとか余裕で握り潰せそう。こっわ。我が侭言い過ぎたらワンチャン握り潰されるなこれ。


「ゼロさんの馬鹿。もういい。」


そんなに離れたいなら、叶えてやろうジャマイカ。しがみ付いていた手を離して、私の顔を押さえているゼロさんの手を掴む。まだ30%くらいしか回復していないけど、握り潰されたくはない。ふーん、いいさ。他を探すから。今日はもう勉強お休みする。気分転換の旅に出るのだ私は。


「あっ、」


両手でべりっとゼロさんの手を除けたら、焦ったような声と、顔の赤いゼロさんと目が合った。…うん?


「なんだ、具合悪かったのかい?引き止めてごめんよ。」


それはよろしくないね。曇りの日も室内でも、熱中症は発生するのだよ。運動が終わったらちゃんと水分と塩分とってね。言いながらゼロさんの手を離そうとして、逆に手首を掴まれた。お?


「…何を、どう構えばいいんだ。」


「ん?代わりを探すから大丈夫だよ?ゼロさんはゆっくり休んで…、」


「いや、大丈夫だ。俺の代わりなどいらん。」


なんだなんだ。別にそこまで無理しなくても、


「わぷ、」


皆まで言う前に、髪をわしわし掻き混ぜられた。何をするのかね君は!ぼさぼさになるではないか!…でも、もっと撫でてくれていいよ!絶妙に痛くないし、ナイスな重さとサイズ感ですわ。


「へへへ、」


ゼロさんは癒し系だね。保護者力というか父性力か母性か知らんが、とてもちょうど良い。SAN値が回復してきたから、勝手に顔が笑ってしまう。んへへ。


「ゼロさんにかまわれるの、すき。」


◇◇◇◇◇◇◇◇◇


だから、もっと撫でて。と笑うシンジョウに、顔に熱が集まり、眩暈がする。


数日前から、シンジョウは俺に対する距離感がとても近い。何が切っ掛けかはわからないが、妖精王に会ったあたりからだろうか…。動物に向ける時の様な、気の緩んだ顔で俺に笑いかけてくる。それは今までの笑顔は、作り笑いが含まれていたんだろうと分かる程、差があるもので。


その、とても嬉しいのだが、…まだ、それに慣れていない。笑い方以外にも、あまりに無防備に、俺に触れてくる事が増えたせいで、俺がもたない。


こう、シンジョウから触れられると、腹の底辺りがむかむかするというか、手足が痺れるというか…。


そのうち、この痺れになれるだろうか?なんとなく、それも惜しい気がする。なら、どうするべきだろうか。シンジョウの指通りの良い髪を梳いて、それを耳にかける。


首を傾げるシンジョウの頬が、手に触れて、柔らかさに胸が詰まる。そのまま頬を撫でて、小さな顎を掬い上げた。


抵抗もせずに、不思議そうに見上げてくる黒曜石のような瞳。薄紅色の唇から、目が離せなくなる。


「…シンジョ「あっ!!」


ガッと手を掴まれて、肩がはねた。気が付けば、シンジョウと顔が近く、慌てて離れて距離をとる。


…いや、何もしてない、何もしようとしていないぞ俺はっ!熱くなる顔を、掴まれていない手で覆って目を反らす。


「ゼロさん、怪我してるよ?」


「そうだな…、まぁ、この程度ならたいしたことは無い。」


言われてみれば、確かに人差し指の側面が切れて、血が出ていた。しかし、この程度の擦り傷や切り傷はよくある。そもそも、いつついた物か定かでは無い。戦闘時であれば、些細な傷も気付くのだが。


「むむむ、早く治せるようにならねば。」


「…ふ、」


深刻そうな顔で呟くシンジョウに、思わず笑いが漏れる。こんな小さな傷に、と。


「あ!いま憐れんだな!」


「いや、これくらいの傷に、わざわざ回復魔法なんてかけないぞ。舐めておけば治るだろう。」


重大な怪我でも無いのに回復魔法を使っていたら、魔力切れになるだろう。それこそ危険だ。そう言うと、逡巡した後何か思い付いたのか、手を引かれて。


そのまま、シンジョウの唇が俺の手に触れた。


「ちゅ、」


突然のことに呆然と立ち尽くしている間に、赤い小さな舌が、血の滲む指を撫でて。ぬるりとした生暖かい感触に、その光景にゾクゾクと背筋が粟立つ。


「…はっ、なん、何してるんだお前はっ!」


全身が沸騰したように熱い。心臓が五月蠅いのに、締め付けられるように痛む。思わず手を引き抜いて、後退った。


「舐めれば治るって言うから。」


キョトンと、さも当然のことをしたと言わんばかりの態度に、頭が痛くなってきた。


汚いだろう、舐めるのに抵抗がないのか?というか、こんな事を誰にでもやる気か。…そんなこと許せるかっ。色んな物が渦巻いて、飲み込んで、


「…犬かお前は。」


吐き出されたのは、注意とも言えないような指摘だった。


「ええー?舐めとけば治るって言ったの、ゼロさんじゃないか。濡れ衣!」


三十路の犬とか老犬ですぞ。と憤慨しているシンジョウには悪いが、犬だお前は。


目が合うと構われに走ってくるし、撫でられて喜ぶ。楽しそうに笑って、注意力が散漫で、気になったものについていく。仕舞いには、抵抗なく舐められた。…完全に犬だな。


「…ゼロさんや、失礼なことを考えているな?」


まるっと全部お見通しだぞ!と指をさされ、それすら拗ねる犬のように見えて、我慢できずに笑ってしまった。


「ふっ、すまん。」


「ぬう…、納得いかぬ…。」


不満げなシンジョウの頭を撫でると、ぐいぐい自分から頭を押しつけてきて、もっと撫でろと言外に要求してくる。要望通りに撫でていれば、段々と嬉しそうに笑うものだから、


「…かわいいな。」


「うん?なにかいったかい?」


「っな、んでも、ない。」


つい、口から零れた呟きに、納得する。このむかむかと上がってくる感覚の一部。どうやら俺は、シンジョウを可愛らしいと感じているのか。だから、触れたくなるらしい。


「あれ?ゼロさんのケガ、治ってる。」


少しスッキリした気分でいると、シンジョウが怪訝な声を上げた。怪我が治ったと言われて、先程舐められた指を見ると、確かに跡形も無く傷が消えていた。


「え、民間療法最強説?」


「そんなわけがあるか。」


まさかの回復魔法いらず。と呟くシンジョウに、そんな馬鹿なことがあるかと突っ込む。


「え、じゃあ私が舐めたから治ったのか。」


「…その可能性の方が高いが、確認し辛いな。」


少し真面目な顔で、エロどうじんかよ。と煤けているシンジョウ。またよくわからんことを言っているな。


シンジョウの世界の言葉なのか、合間に挟まれる言葉の意味がわからず、大体聞き流している。まぁ、本人も気にしていないようだから、本当に意味の無いことを言っているのだろう。


「よし、ちょっと怪我でもしようか。確認しないことには始まらぬ!」


「いや、止めろ。許せるか。」


なにを自分から傷を負う気でいるんだ。


「大丈夫大丈夫。ちょっと切るだけだから。多分すぐ治るし。」


ポーチからナイフを取り出す手を、掴んで止める。ダメだと言っているだろう。それなら俺が負えば良い。


「ううん。無理せんでも。嫌がることを強要するの、よくない。我が社はホワイト企業なのだ。」


ノットパワハラ。と続けるシンジョウに、先程舐められたのに動揺して後退ったからか。と思い出して、言葉に詰まる。


「…いや、やはり俺でいい。」


深く思い出す前に、さっさとマジックリングから剣を取り出す。


「おお、そういう仕組みか。」


「なにかいったか?」


「いえいえ!なんにも!」


ジッと見つめてくるシンジョウに首を傾げつつ、軽く手を切る。赤い線が手の平に走り、ぽた、と血が落ちた。


「うう、申し訳ない。痛くない?」


「薄く切っただけだから、なんともない。もし治らなくても、今日中にほぼ塞がって明後日には治るだろう。」


切った手に触れて、申し訳なさそうに聞いてくるシンジョウを宥める。この程度なら本当になんともないんだがな。


「うーん、じゃあさっさと試す。」


切り替えがついたのか、両手で手を掴まれる。…手が小さいな。


「ちゅ、」


手の平に触れる、柔らかい唇の感触に、肩が跳ねる。…犬になってしまった時を思い出して、手の甲にすれば良かったと後悔していた。ちろちろと小さな舌に舐められて、くすぐったさと、…背徳感、のような、なにかが湧き上がって、ぐっと、


「んん゛、」


いや、何も考えるな。やましいことをしているわけでは無い。これはただの確認だ。必要があってしているのであって、性的に興奮しているなどということでは、断じてない!


「おお、やっぱり治った。なんでだ。」


必死に自分に言い聞かせていると、複雑そうな顔でシンジョウが声を上げる。みれば、確かに負傷していた筈の手の平は、何事もなかったかのように、傷口が跡形もなく消えていた。


「理由はわからないが…教皇様は、なんと仰っていたんだ?」


「治すイメージがわかんのかもしれませんなぁ。って。だから、力を感じるところからスタートになった。」


なるほど。シンジョウの居た世界は魔法がないのだったか。…いやまて、


「シンジョウは魔力があるのか?」


「んぇ?循環してるんだからあるんじゃないの?」


「…常に神聖力へ変換しているなら、吸収した時点で魔力は変換されて残っていないんじゃないか?」


それならば、そもそも魔力を感じ取ろうとしても、無理があるのではないか。そう続けた言葉に、考えついていなかったのか、ぽかん、と口を開けて立ち尽くしている。だ、大丈夫か?


「ゼロさん!ワンモア!おかわり!もっかい怪我して!」


鬼気迫る勢いで捲し立てられ、先程と同じように切って手を出すと、


「いたいのいたいのとんでいけ!」


小さな子供のまじないを、こんなに真剣な顔でやるのをはじめてみたぞ。


「っ治ったじゃんーっ!!ここ三日の無駄な努力返してっ!!」


跡形も無く傷の消え去った手の平を見て、絶叫が響いた。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


一騒ぎして落ち着いてきたでござる。むしろ真っ白に燃え尽きたともいう。…僕はもう疲れたよパトラッシュ。


「大丈夫か?」


「大丈夫です…。無駄に痛い思いさせてゴメンねゼロさん。」


二度も自傷行為させた罪悪感ヤバい。平に平にご容赦をぉおおっ。


「いや、たいしたことは無い。治ったしな。」


はは、と笑いながら、頑張ったな。と労われた。ぜ、善人や…善人がおるっ。


「回復魔法は光属性って聞いていたし、自分の中でも、ゲームとかの知識で光属性だと思ってたから、つい勘違いしてしまった。」


ここ三日の無駄な努力を思い出して溜息が出る。魔力が無いのに光属性の魔力を使おうとしたって無理だよねぇ。私が持っているのは神聖力だけなのだから。というか、ヴォイスさんだって、『神聖力で回復魔法を』って言っていたの、すっかり忘れていた。ぐぬぬ。


それもこれも、あやつらの所為だ。…練習は良いんだけれどね、合間に挟まれるんだよ。嫌味を。誰にって?顔合わせの後から滞在してるお偉いさんだよ。ちょっとした時間にふらっと現れては、こそこそくすくすぷぷーってして、帰っていくのだ。


それが腹立たしくてメンタル死んでた。まぁ、せっかくゼロさんで回復したメンタルを、殺すわけにもいかんし。忘れよう。うむ。


「神聖力つよつよだから、舐めるなんて野生の治療行為でも『治療』の範囲で判定されたのかな。ゴリ押しじゃないか。」


「まぁ、そう言うことになるな。」


「はぁあ~、それでもゼロさんが気が付いてくれて良かった。じゃないと、怪我する度にペロペロしなきゃいけないところだった。」


あぶないあぶない。とんでもない18禁エロ同人聖女が爆誕するところだった。というか、背中から袈裟斬りにされたら死ぬな。


「んん゛っ、ところで、呪文は必要ないんだな。」


「いたいのいたいのとんでいけ~ですか?いやとっさに思い付かなくて。まぁ、効いたのでセーフ!」


本当は何かそういう文言が必要だったのかも知れないけれど、だって舐めても治るならいらないよね。ゴリ押し万歳。多分無言でも治せると思うけど。


これからも『いたいのいたいのとんでいけ』で治したろう。私に子供扱いされるゼロさんを想像すると面白い。ふひひ。


なんて、楽しい時間はだいたいぶち壊される前振りなのだ。しってた。


「おやおや、随分睦まじいのですね。聖女様におかれましては、ご機嫌麗しく。」


ストレス源、きたる。っかえれよぉおおお!!ニヤニヤ笑いのおっさんに、思わず心の中で唾を吐きかけた。

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[一言] ゼロさん…もういっそ押し倒したらどうだろうか?(笑)
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