見逃し配信ってどこでやってますか。
今日も今日とて放置されてるリンちゃんだぞ☆…うん、やめてそんな目でみないで。昨夜はお楽しみでしたねって言うと思った?残念!解放されたのは昨日じゃなく今朝だし、ゼロさんは張り倒して今夜は来ないように厳命しました。
「ひどい目に遭ったでござる。」
うむ。私悪くない。耳も尻尾もゼロさんが満足した途端に謀ったかのように消えるし。なんなんだこの世界の主人公なんか?
「いやいや…人生というのは主観の集まりなのだから、私の人生の主人公は私だとも!」
負けてたまるか!面白きこともなき世を面白くって昔の人も言ってたからね。今がまさに面白さの前の静けさなのだ!
「しかし私は大人しく島国強化期間中。と、言うことでですね。用意したものがこちら。」
昨晩の侵入者から返却いただいた、私のマジックリング。ドレスに着替えさせられた時に預けたアレです。中にはあちこちで買ったモノが詰め込まれておるのじゃ。その中のひとつに、
「てれれれってれ~!フサンの謎の七書~…だったら良かったんですけどね。ただの地図である。」
いや、ただの地図じゃないけどな。こやつはゼロさんとデートしてるときに見つけた『世界の大全集その①世界の成り立ちと大陸』様である。
「一通りは読んだんだけど…、」
本文はタイトル道りこの世界の成り立ち…抽象的な女神アルヘイラの説明と、大陸間で起こった戦争や大まかな歴史について。よくある小◯舘の歴史本みたいな感じだった。
「ま、それは一旦置いておいてですね。」
ペラリと捲りますは1ページ目。『ここではない、別の世界の貴方へ。この本が、どうか貴方の役に立ちますように。』と言う文に偽りなく、この本が他と違うのはページの要所で注釈が手書きで入っていたり、お悩み相談とか愚痴とか?がちりばめられまくっていることだ。
「ィヤッホォ!!知恵袋かな?」
この世界の本に書かれた日本語。それから、英語や中国語。たまに韓国語やドイツ語なんかもちらほら混じっている。ほとんどアジア言語なのは異世界転生とか転移とかが流行ってたから?もしくはこの世界と相性が良かったのか…。
「しかして、これが中々に優秀なのじゃ。」
だって聞いてくださいよ奥さん。いや奥さんじゃなくてもいいんだけどね?例えば海外の人から『和とはなんですか?』って聞かれてもさ、上手く答えられる人って限られてると思うんだ。で、質問している側も実は『和』について聞きたいんじゃなくて、『和』について聞きたかったりするんだよ。つまり質問者も適切な問いが出来てない。何がわからないのかもわからない!って状態だったりする。だからお互いいつまでも噛み合わない。な~んてことが、この世界で私にも多々巻き起こってる。
「そんなポルナレフ状態な私をお助けしてくれるアイテムなのだ!」
適当に開いた一ページ、そこには国名『コール』とざっくりとした地図が乗っていて名産品なんかも軽く書いてある。その真横に、『名産のジャルの味はジャックフルーツに近かったよ。』とか『一口目の青臭さヤバい。』とか『そこが良いんだろ!そこに慣れれば甘さの楽園だぜ。』とか筆跡は違えど日本語で書かれてる。
「七代目の国王イケメンとか、十代目が美魔女とか書いてある…。ほんとに何でもありだな。」
私がこの世界でわからないことはゼロさんとサスラ、ダンくんが教えてくれてたけれど、教えて貰ったことを自分の世界のモノに譬えたり置き換えて考えるのが中々大変だったんだよね。経験したものとすり合わせたほうが納得できるから、なんとなくでもこれかな?って思い出すのも一苦労で。でもその苦労がこの一冊で補完されるのだ!なにせ集合知だからね!!
「ある意味『英知の書』である!…いい加減独り言虚しくなってきた…うぅ、サスラたんに会いたい…、」
サウィンがマリリンのお返事を貰って帰ってくるまでどれくらい時間が掛かるか不明だし、私の神聖力をアイリちゃんに移すって言っていたのも方法があるのか…。ともかく今日明日に事態が動くことはないと踏んでるので。
「しかして時間は有限なのじゃ。この英知の本を読み解き、最強への道をひた走ろうぞ!」
ウルトラ中二病タイム、始まるぜ!(盛大に何も始まらない。)
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「…嬢ちゃんは、聞くまでもなく元気そうだな。」
マスターが武装した人間に連れていかれて、三日目の朝。大切な話があるからってダズとロックスにお願いされて、嫌だったけれど我慢してマスターに会う順番を譲ってあげた昨日の夜に、結局ロックスは戻ってこなくて。帰ってきたのはついさっき。
「僕だってマスターに会いたいのに…ッ!」
ロックスの身体からマスターの匂いがする。絶対マスターにぎゅって抱き締めてもらったんだッ!もしかしたら、良い子だねって撫でてもらったのかも…ずるいッ!ずるいッ!考えただけで喉がぎゅって絞められたみたいに苦しくなって、グルグルうなり声が出た。それだけじゃイライラむかむかする気持ちが抑えられなくて、脚がむずむずして強く地面を蹴った。何度も何度も蹴ってみるけど、全然治まらなくて土が抉れて足が汚れて…もうッ!むかむかする!
「…明日からしばらくはサスラがリンの所へ行ってくれ。」
「えッ!」
ロックスの言葉に顔を上げて、はじめてロックスと目が合った。あれ?
「…ロックス、マスターと喧嘩したの?」
「いや…、」
いやって、違うってこと?よくわからなくて内にいるダンに聞いたら、『否定系で合っているかと。』って。喧嘩じゃないなら怒られたのかな。ロックスのほっぺが左側だけ赤くなってるし…僕はマスターに叩かれた事が無いからわからないけど、マスターの手と同じ大きさの痕が付いてるから、絶対マスターに怒られたんだ。ロックスがマスターに怒られたんだってわかったら、なんだかさっきまでのムカムカが治まって、ちょっと嬉しくなった。
「ロックス、マスターにいけない事して怒られたんだ!」
「いけない…まぁ、そうだな。」
「ふふっ、僕を置いていくから怒られるんだよ~?」
そっぽを向いてるロックスは、きっと『図星を突かれてバツが悪い』って奴なんだ。マスターの大好きな僕を置いて抜け駆けしたから怒られたんだね!きっとそうだ!
上手に待てが出来ないロックスとは違って、僕はあのムカつく黒龍が居なくなってからマスターにお願いされた事を守ってる。人型に変化して、ダンは人間にみられないように内緒にすること。マスターが人間に何かされても、マスターが命令するまで攻撃しない事。ロックスとダズのいう事を聞いて、助けてあげてねってお願いされた。僕はマスターのお願いが守れる優秀な従魔だから絶対沢山誉めてもらえる!んふふ!
「可哀想なマスター…、今夜は僕が癒してあげるんだ!」
偉そうな人間に虐められて、きっとマスターは傷ついてる。早く会いに行って、僕が癒してあげなくちゃ!マスターはもふもふな僕の毛皮に埋まるのが大好きだし、ピンクの肉球も鼻も可愛いねって沢山ちゅうしてくれるし、金色の目も尻尾もお星さまより綺麗だねって撫でてくれる。それでいつも『癒される』って抱きしめてくれるから、きっと今晩もぎゅってしてくれるはず!
「リンもサスラに会いたがっていた。」
「ほんとッ?!」
やっぱりそうだと思ったんだぁ!マスターは僕が大好きだからね!んへへ、口が勝手に笑っちゃって、我慢しようとしてもマスターのことを考えるとやっぱりニコニコしちゃう。僕だけじゃなくてマスターも僕のこと思ってくれてるから…、んへへ。
「…で、だ。嬢ちゃんの部屋に付いてる監視役は途中でうちの奴らと交代させる。そいつらは後で合流だ。」
「城に残っていた騎士達も宰相と対立する派閥の者は首を切られ、新しい人員と入れ替わっています。増員された騎士は騎士ではなく宰相であるブルーガの私兵が三分の二と、残りは黄の教皇ゴルドラ・G・ドールの手の者ですがお互い面識がないようで。新兵として紛れ込むのはたやすいかと。」
「対応を決めあぐねていた中立貴族も、今回シンジョウ様が拘束されたことで変動がありました。何名かは宰相側へ付き、未だ静観している者達は黄の教皇から圧力が掛けられているとの話も…」
緩んじゃうほっぺをぐいぐい押してたら、ダズの周りに人間が集まってお話合いが始まった。
ええと、騎士とか宰相っていうのは人間のお仕事で、役割で偉さが違うんだよね?
『ええ、合っていますよ。』
マスターは大聖女っていうお仕事!
『はい。唯一無二の尊い存在です。』
…じゃあマスターが人間の中で一番偉いんじゃないの?なんであの人間のいうことを聞いたんだろう。
『あの人間は≪王≫という特殊な役職についています。人間達の決めた縄張りの中で、一番偉い人間です。』
マスターよりも?
『いいえ。あの人間はあくまで縄張りの中でのみ偉いのです。マスターはこの世界中で女神につぎ最も尊いお方ですから、比べるまでもありません。』
ダンと話せば話すほど、頭が混乱してわからなくなってきた。縄張りの中でだけ偉い≪王≫の命令に、なんでマスターは従ったんだろう。僕たちモンスターや魔物は≪強いやつが偉い≫とっても単純で分かりやすいそれは、自然の動物や生き物たちも同じ。でも、人間だけがちがう。強くもないのに偉い役職に生まれただけの脆弱なあの人間と、人間か怪しいくらい強いのにそれに仕えてたロックス。気持ちが悪いほど≪生き物として≫歪んでいるのに、どうして皆そのままにしてるんだろう。弱い個体を守るのは群れとしての本能だけれど…弱い個体が群れを率いたら、全滅しちゃうのに。
『しかしサスラ、マスターは一個体として弱い人間の雌ですよ。』
「あっ、」
そっか、忘れてた。マスターはとっても弱くて、だから僕が守ってあげなくちゃいけない。それは初めて会った時から変わらない、僕の大事な役割。雌はどうしても雄より弱くて、どんな群れだって雌を守るのは本能だ。でも僕がマスターを守らなきゃって思ったのは、マスターが人間の雌だって知る前だった。だからもしマスターが雄でも、僕はマスターを守ったし大好きになったはずだ。
とっても弱くて脆くて、でもあったかくて優しいマスター。弱くてもいいんだ。僕が守ってあげるから。脆くても、僕が大切にしていればきっとずっと一緒にいられる。ロックスも僕とおんなじ気持ちで、マスターの傍にいるのかな?
『ああ、サスラ…ロックス様は雄ですので…、』
あ、そっか。ううん…、僕は雌雄がないから忘れちゃう。僕もマスターとおんなじならよかったのに…。
『ええと…慰めになるかはわかりませんが、私も無性別ですよ。どうでしょうか?』
…うん!えへへ。そうだね!ダンとおそろいだから、このままでいいや!
『ンンン゛…ゴホッ、光栄です。…ありがとうございます。』
僕にとってのマスターみたいに、人間には弱くても大事にしたい個体がいるんだね。それが役職の中でも反映されるから、たまに弱い王が群れを率いていかなきゃいけない時があるのかも。そんな時は、きっと周りに守ってくれる強い個体がいるんだ。うんうん。もしくはマスターみたいに、弱くても特別な人間だっている。だから皆殺しにしちゃダメだって、マスターが言ったんだね。うん、ちょっとだけ人間についてわかったかも!今夜マスターにお話しして、それで褒めてもらおう!んへへ。
じゃああとは、人間のルールを守ったらいいよね?マスターは特別な人間だから、群れを率いてる人間がムカつくからって殺しちゃダメ。だから我慢して、殺さない方法を探してる。あの人間の命令を聞いたのは、マスターがあの人間を殺したくないから。うんうん。あの人間がマスターを偽物とか言ってたのは意味が分からないけれど、それは人間の感覚で生まれる問題ってやつだと思う。だって僕たちモンスターや魔物はマスターが聖女だって一目見ればわかるもんね。
『マスターが聖女であることがわからないのは、人族でも人間だけです。他の人族の眼は衰えていませんから、どちらが本物かすぐにわかりますよ。』
あれ?んんと、…人族ってなんだっけ?
『一般として人型の形状をしている二足歩行の魔物を抜いた生き物ですね。獣人・エルフ・ドワーフ…個体数が減っていますが、龍人や魚人に森人なども存在しています。』
じゃあ、その人族たちがいればマスターの希望通りにできるよね?どうしたらここに連れてこられるかな?
「それではそのように手配いたします。」
「おう、頼んだぞ。」
部下だっていう人間に囲まれているダズは、偉い人間の子供だから仲間に指示を出したり頼ったりするのが上手なんだよ。って、この前ダズの部下だっていうジョットって人間が教えてくれたんだけど、ダズなら他の人族を呼べるかな。
「ダズはこの国の偉い人間?」
「あぁ?違ぇぞ。別に偉かねぇ。」
「???公爵は人間の支配階級でしょ?」
「しは…、まぁ、そうだな。」
人間には生まれつき階級があって、ダズは上の方、ロックスは元々一番下だったって教えてもらったから、僕はちゃんと知ってる。階級制度もダンが教えてくれたからばっちりなんだ!なのになんでダズは偉くないなんて嘘をつくんだろう?
「あ~…、とりあえず、だ。オレはライハの人間じゃねぇから。なんか気になることでもあったか?」
言い辛そうに頭を掻いてるダズを見てたら、首が傾いちゃう。偉いけど偉くないの?縄張りが違うから?人間のわからないところは沢山あって、今のがきっと『感情の機微』って奴なんだとおもう。何でも知ってるダンも、人間は矛盾した生き物だから難しくてお勉強中だって言ってた。僕とおんなじ!
「一番偉い人間って誰なのかなっておもったの。人間は強くて偉いものに傅くから。」
「偉い人間?なんか用があんのか?」
ちらっとロックスを見たダズがそのまましゃがみ込んでくれた。人間に囲まれて話していても、声をかけると話を止めて僕に目線を合わせてくれる。マスターやロックスみたいに。だからたぶん、ダズは良い人間だ。
「あのね、人間はマスターを見ても神聖力がわからないでしょ?」
「そうだな。この兄ちゃんみてぇな瞳がなきゃ無理だ。」
ダズの親指が指す方にはマスターの犬だって言ってた人間の雄。ロックスはこの人間が嫌いなんだよね。ちょっとだけ目が合ったら、なんだか背中の毛が逆立つ顔で笑いかけられたからすぐに目をそらしちゃった。
「人間以外の人族の目は神聖力が見えるんだよ。だから、マスターが聖女だってわかるの。」
「…は?」
「人間以外の人族も群れで暮らしているんでしょ?縄張りの外の王様ってどうやったら呼べるかなぁ。」
「いやいや、ちょっと待て。」
説明したいのに、待ってってなんで?止められてムッてなった。僕はいい子だからちゃんと待つけど…あ、ダズの顔が間抜けで面白い。口と目が半開きでへんなかお!
「人間以外の人族、というのは…獣人のことか?」
「獣人と、エルフとドワーフ!他の種族は少ないってダンが言ってるから、探すのは難しいとおもうの。」
「エルフにドワーフって…」
ロックスの質問に答えたら、アルトもダズとおんなじように変な顔になってた。んふふ、面白い!
「マスターはあの人間を生かしておきたいんだよね。それから、マスターが聖女だって人間にわかるように証明しなきゃいけない。そうでしょ?」
「…ああ、そうだ。」
「人族の王様たちとマスターが会えば両方叶うよ!」
人間が騙せるのは人間だけだから、外から連れてくれば良いんだ。良い考えでしょ?マスターのお願いを叶えてあげられるって思ったら、胸がぴょんぴょん跳び跳ねるみたいに嬉しくなって気がついたら万歳してた。
「なるほどな。話はわかったが、問題が山積みだぞ?」
「もんだい?」
「この大陸には人間の国が四つある。ライハ・コール・イレオ・エレシュ。俺達は各国の王へ使者を送るつもりだった。」
「私は大聖女様の護衛と禁術についての詳細を報告するように。と、聖教国イレオの国王から命じられておりまして。コール国王ダルムシュタッド様からも同じく大聖女様の護衛を教皇として受けていますから、すぐにでも謁見が叶うでしょう。」
ダズとロックスだけだと、地位って奴が足りないの?そっかぁ。この人間の雄は教皇っていう、縄張りに関係なく偉い役職だから王に会えるんだね。
「エレシュは鎖国国家で高い山の中腹に国があんだが、常時結界が張られててな?許可証がねぇと入らんねぇんだ。」
「事が事ですから、エレシュも無関係ではありませんよ。神聖力が無ければ魔法は使えませんからね。」
「イレオとコールからの書簡を、ヴォイスに持たせられればいいんだが…。」
「ヴォイス?」
「アイツ肩書は大魔道師だからなぁ。ヴォイスってのはオレ達の昔馴染みだ。」
むかしなじみってなぁに?
『一般的に古くから親しくしている間柄の他人ですね。』
なかよしさんのこと?
『それでも間違いではないかと。』
ロックスとダズのなかよしさんが、エレシュにいけるんだね?
『そのようですね。エレシュは標高8000mある山の5000m地点に築かれた国です。山頂には《原初の森》が広がり、そこにエルフ達が住んでいます。エレシュはエルフの協力の元、魔法を研究しているのです。』
ダンがいつもみたいに説明してくれて、あって声が出た。そっか、ダンはエルフとドワーフがどこに住んでいるか知ってるんだもんね。
『もちろん。ドワーフは獣人王と同盟を結んで獣王国の地下に都市を築き、暮らしています。』
そうなんだ。まずは人間の王をここに集める事。それだけでも難しいことなんだってダズが言うけど、マスターが居ないと人間たちは死んじゃう。あの人間みたいに馬鹿じゃなければ自分たちのためにマスターに会いに来ると思う。そう言ったら、オレもそう思うって笑って頭を撫でられた。マスターみたいに優しくないし、ロックスみたいにぽんぽんってするのでもなくて、ガシガシってされて頭が揺れてびっくりした。
「しかし、獣人ですか…獣人の王は人間嫌いで有名なのです。」
「獣王国ルーカは強ぇ奴が偉い。闘技場の試合で優勝すれば国王にすらなれんだ。エレシュと違って鎖国はしてねぇけどな。」
「獣人は人間に奴隷にされていた歴史がある。聖女も人間である以上、果たして応じるかどうか…。」
「ですが人族で所在が分かるのは獣王のみですよ?エルフやドワーフはまず探すところから始めなければ…。」
「存在がおとぎ話っスからね。」
「まぁ嬢ちゃんも御伽噺の住人の一人なんだけどな。」
途中から部下の人間も混ざって、ロックスたちはなんだかみんな困ってるみたい。
『困惑しているのでしょう。エルフもドワーフも長く人の前に姿を現していませんから。』
そうなの?かくれんぼしてるのかな。
『ふふ、人間の寿命では長く感じるのでしょう。ですが長命種にとっては一瞬ですからね。確かに、かくれんぼ位の感覚かもしれません。』
なんでかくれんぼしてるのかなぁ。みーつけたってしたら、出てくるかな?
『マスターにお会いすれば、あるいは。』
じゃあみんなに教えてあげて、マスターに会いに行こう!ロックスの手を引っ張ったら、ひょいって抱えられて抱っこしてくれた。んへへ…ロックスの抱っこ好き。でもないしょ!くやしいから教えてあげないの。
「ダンがね、エルフはエレシュのお山の一番上に住んでるって。ドワーフはルーカの地下都市にいるんだって教えてくれたの。」
「…は、」
「エレシュとルーカにお手紙をだしたら、エルフとドワーフにもマスターの事が知らされるはずですって言ってる。」
あ、今度はロックスが面白いお顔になった!びっくりしてるロックスに笑ってたら、ダズもみんなもおんなじお顔で僕のことを見てていっぱい笑っちゃった。
「国交がある、という事だな?」
「うん。だから大丈夫!ね、マスターに会いに行ってもいい?」
あとはお手紙のお返事を待つだけだよね?僕、マスターの為にたくさん頑張れるよ!まだ夜には早くて、お日様も見える。会えるのは夜なのもわかってる。でもね、マスターのことを考えるとね、
「ここがぎゅってなってね、くるしくてね、マスターにあいたいの…」
人型の身体はなんだかへんだ。核のある胸の真ん中が、熱くなったり苦しくなったりする。いまも喉がぎゅってくるしくて勝手に声が震えて、おぼれてるみたいに目からお水が出てくるの。マスターに怒られた時も、さけびたくなってなみだがでて、苦しくなった。人間の身体は、へんだ。
「寂しいんだな。」
「さびしい?」
「リンに会えないのが苦しいんだろう?」
おはなの奥がいたくて、つまってるみたいに呼吸がむつかしい。ぐしゅぐしゅ音が鳴って、そうしたらぽんぽんって背中があったかいもので撫でられた。ロックスの手だ。わかったら、なんでかもっと涙が出てきた。さびしい。寂しいよ、おいていかないでマスター
「うん。マスターにあいたい…そばにいたいの…」
「人間の姿では難しいが…。ダン、サスラを隠してリンの部屋へ連れて行くことは可能か?」
『可能ですよ。サスラ、どうか泣かないで…私が人間からその姿を隠してあげましょう。』
ロックスの声に、ダンが答えてくれた。本当?僕、マスターに会いに行ってもいいの?本当は夜に会うのが一番いいんだってわかってる。これが僕のわがままで、わるい事だってちゃんとわかってるのに…我慢するって言えなくて。悪い子だからマスターに叱られちゃうかもって不安で迷って。それでも、ロックスがずっと撫でてくれる背中があったかくて、やっぱりなんにも言えなくて。なんだかまた胸の奥がむずむずしたから、ロックスをぎゅってだきしめた。
「部屋についてしまえば見張りはこちらの者だ。あまり騒がないように、な。」
「…おいロックス。」
「リンはまぁアレだが…、ダンがフォローするだろう。」
「嬢ちゃんに次いでサスラもか…、仕方ねぇな…。」
乱暴なダズの手が、ロックスに抱き着いてた僕の頭を撫でてきて眼があった。ダズのお顔も仕方ないなって感じで笑ってて、ロックスも笑ってて、だからちょっと胸のむずむずがおさまった。
「いいか?夜に行ってるバルコニーは見張りが付いてるから使えねぇ。だから正面から堂々と入れ。魔法で何とでもなんだろ?これが見取り図だ。嬢ちゃんの部屋の前にいるのはオレの部下だから、姿を隠さなくてもいいぜ。そのまま中に入れて貰え。」
「なにかあった場合の対処はダンに任せる。騒ぎを起こさず大人しくしていれば、そのままリンの部屋にいても問題はないだろう。」
「各国からの返事が来るまで、早くても1週間はかかんだろ。その間存分に甘えとけ。」
ジョットがダズの言う見取り図を見せてくれて、直ぐにダンが覚えてくれた。ロックスに抱っこされたまま頷いていたらアルトがお菓子をくれて、ありがとうってお礼を言ったら優しく笑ってくれた。ジョットも皆も笑ってて、気が付いたらむかむかとさびしいが少なくなってた。
人間って変だ。みんな僕より弱いのに、僕とは違う生き物なのに、おんなじように笑ってくれる。
「ありがとぉ」
かってに声が出てた。マスターの事を思ってる時みたいにほっぺがゆるゆるになっちゃって、うれしいのに恥ずかしくて、でもにこにこがなおらなくて、みんなにたくさん撫でてもらった。
ねぇ、ダン。僕、少しだけ人間が好きになったみたい。




