不安と心配の一人相撲。
軟禁されてるからといって、食事を抜かれるとかいびられるみたいな理不尽な目に遭うこともなく、ただただ部屋に放置されるようです。
「うーん、暇!なう!」
お部屋はごく普通にテーブルに椅子二脚とかベッドにドレッサーって感じで、特に暇を潰せるものがない。バルコニーは下手に私が彷徨いて警備なんてされると、夜中にゼロさんがこられなくなっちゃうかもだから近寄れないし…。
仲間とのやり取りを防ぐためなのか、書くものとかもない。なにか無いかな、暇で暇で仕方がないのだ。こんなに暇だと、
「アハ体験とか…怒られるかな?」
家具の配置をちょっと変えたりとか、ご飯とお風呂の時に現れる侍女さん達は気がつくかな?この程度の悪戯なら許されないかな。
「ん…、いたずら?」
あれ?なんだっけ。なんか引っ掛かるな。引っ掛かるけど思い出せない。ぐぬぬ。
「悪戯…いたずら…イタズラ…」
ーーキン
「うひょぉうッ!?」
びっ、びっくりした!なんだ?!てきしゅうかッ?!いきなり耳元で金属音が鳴って肩が跳ねた。ん?
「あっ、これか。」
左耳に付けた2つのピアス。その片方がなんとなく温かくなってる気がする。これ、プーカからもらった方だな。その後でマリリンからもピアス貰っちゃって、すっかり忘れてた。
指先でピアスを撫でると、やっぱりほんのり温かいし金属音が鳴っている気がする。…もしかして呼んでる?
「…プーカ、」
独り軟禁された部屋で、居もしないモノの名前を呼ぶ。これ、現れてくれなかったら大分痛いヤツだな私。なんて、要らぬ心配だった。
『おっそいわぁあぁあいっ!!』
「わぁあ!ごめんっ!」
キラキラエフェクトを纏いながら現れた妖精にすごい剣幕で怒られたでござる。え、なにゆえ?勢いに負けて謝っちゃったんですが。
『おっまえオマエッ!折角ウチが誰より早く唾付けたんにッ!呼び出さんってどう言うこっちゃ!こちとらレアリティSクラスの妖精やぞ!魔道師なら誰もが羨む妖精様やぞッ!!』
「はっ、はい。」
『そりゃぁな?ウチかてドンには勝てんのよ。インパクト的にもビジュアル的にも。それは重々承知の上でや。なんっで後から来たクソガキにまで負けなあかんのじゃぁあッ!!』
大変だ。ちっさい妖精さんが咆哮を上げている。ブンブン蜂のように八の字に飛び回りながら、エセ関西弁みたいな喋りで叫んでる。
「ええと、すみません…?」
『とりあえず謝っとこ。みたいな軽さで謝んなやボケカス。』
「ひぇっ」
すごいストレートに罵倒された。目の前でピタッと動きを止めて…いや、ホバリングしてる妖精さん。
「…プーカ、だよね?」
『せや。』
妖精って聞くとお花のドレスに蝶々やトンボの羽で、こう、ファンシーな国とか花畑できゃははうふふしてるイメージだったんですが。
「格好いいね…?」
『おっ、なんや自分見る目あるな。』
玉虫色のロングヘアーと瞳を持つお嬢さんだった。ウサギ…いや、馬の耳?に乗馬服みたいな格好で活発元気ッ子!て感じで、背中にはやっぱりトンボの羽みたいなのが付いてる。
「そういえば、王都から出てすぐに会ったよね。魔法使いの格好だったけど…、」
『あん時はゴッソさん。旨かったで。』
「どういたしまして。」
ちゃんと食べてくれてたんだ…それは嬉しい。たしかあの時、誰からかわからないけど視線を感じてて結構ストレスだったんだよね。
「でも、いつからみてたの?なんかすごい視線が突き刺さって来てたんだけど。」
『そんなん王都出てからに決まっとるやん。ここは臭くてかなわんからな。』
「くさい?」
うげっと舌をだして嫌そうな顔をしてるけれど、フォルムのせいでただただ可愛いプーカが腰に手を当ててふんっ!とふんぞり返ってる。
『城からえっらい生臭い臭いがしとんのや。ありゃあ魔力腐らせとるな。』
「ま、魔力って腐るの?」
『腐るで。』
「いまは?」
『自分がおるからな。なんともない。けどおらんくなったら、そりゃぁもうえげつないな。秒も居た無いわ。』
そんなことも知らんのか。って呆れた顔されてるけど、私に消臭機能が備わってるなんて知らなかったよ?プーカ先生にそう言えば、やれやれって肩を竦められた。
『ったく。しゃあないのぉ…大気に神聖力があるのはわかるな?』
「うん。アルたんに聞きました。」
『魔法の発動には大気中の神聖力を使う。神聖力は人間や魔物なんかの生き物の身体の中で『意思』っつー不純物が混ざって魔法になる。それは身体の中に留めておけへんものなんよ。』
「へぇー!」
『因みに留めとくと内側から爆発して木っ端微塵になるで。』
「きっ、きたねぇ花火になるのか…。」
突然始まったお勉強会に姿勢を正してお話聞きますモードを示すと、ノリがいいのかプーカがメガネをくいっと上げる仕草をしてくれた。
『外に出された魔法は効果の有無に拘わらず、大気に融ける。生き物の中を通って不純物が混ざっとるからな、神聖力には戻れんのよ。その不純物が混ざった元神聖力が魔力やな。』
「その辺はウォンカ翁に聞いたなぁ。酸素と二酸化炭素と窒素みたいな。」
『ウォンカ?ああ、あの小賢しい坊主か。』
「ぼうず…、」
『何代目だかの聖女と良い仲だったクソガキやろ?』
「なんて?」
なんか今とんでもないこと聞いてしまったような…。
Ptいち!プーカはウォンカ翁と面識がある!
Ptに!坊主と呼べるほど仲が良い!
Ptさん!ウォンカ翁が聖女と恋人だった可能性!
Ptよん!…一番近い先代聖女が召喚されたのは百年かもっと前じゃなかったっけ?ウォンカ翁何歳なの…?
「…アーッ、私はなにも聞いてない(∩゜д゜)」
軽く聞ける話じゃないことは確かだね!ここはスルーしときましょう。…必要があれば、いずれウォンカ翁が教えてくれると思うし。ウォンカ翁にとって大切な人の話かもしれないのに、他人から話されるのは嫌だと思うし!
『続けるで?魔力はただそこら漂っとるだけや。すくなけりゃ害はない。多くなれば害がある。それを吸うと生き物が魔物になる。んで、一っ処に纏めると自然に絡まり合って一つの塊になる。デカイ塊になったのがダンジョンコアや。』
「マジかぁ…、」
妖精の間では当たり前の知識なんですか…?その流れだとダンジョンコアって魔物の部類なのか。というか神聖力塊にすると出来上がる断罪履行生物とダンジョンコアってもしや対なの?
『ダンジョンコアがダンジョンを形成し、周囲の魔力を吸い込む。吸い込んだ魔力でモンスターを生成してダンジョン内に排出する。そうするとダンジョン周辺の魔力濃度が低く保たれるっちゅー訳やな。』
「それは…、魔力を神聖力に戻せないなかで、生き物が住めるように…?」
『スタンピードにならない限りは、な。ダンジョン周辺にデカイ町ができるやろ?持ちつ持たれつや。ダンジョン内を定期的に掃除しとけばダンジョンが周辺の魔力吸うからな。中途半端な魔物は生まれへんやろ。』
あれ、じゃあダンジョン事態は悪いものじゃないのか。やっぱり全消しは良くないなぁ。領地の繁栄とか?そういうのも関係してそうだし。
『んー、良し悪しなんちゃう?結局掃除できないなら溢れて出てくるしな。そもそも魔力が多いからダンジョンが出きんねんで?できもんみたいなもんやろ。』
ウィルスみたいだな魔力。人間側から観測した神聖力や魔力については聞いたけれど、確定情報として聞くのははじめてだから面白い。ギル先生辺りに教えたら喜んでくれそう。あ、ヴォイスさんにプーカを紹介しても喜んでくれそうだなぁ。
『まぁ、結局神聖力自体は減ったままで魔物は増える一方やけど。昔は聖龍はんが…、聖龍はんは自分が黒龍に戻したやろ?』
「うん。」
『あんがとな。』
「えっ、」
まさかプーカからお礼を言われるとは思わなかった…。優しく微笑んでるプーカは頼れるお姉さんみたいな雰囲気で、なんだかこそばゆい。
『ウチら妖精はな、魔力とは逆に神聖力から生まれるんよ。昔は聖龍はんから溢れる神聖力から沢山の妖精が生まれてた。…でも見たやろ?ぼろ雑巾みたいになった聖龍はん。』
「うん、」
『妖精に寿命はない。でも神聖力を食べられんと死ぬんよ。まだ周りにいくらでも神聖力があった時はな、良かったんやけど…。聖女がおらん間、聖龍はんが神聖力を分け与えて生かしてくれる度、申し訳なくてなぁ…。』
ヴルムは大量の神聖力がないと回復できない。教皇程度じゃ話にならない量だ。聖女召喚が禁止されて、それでも聖龍としてあり続けなければいけないヴルムがボロボロだったのは、妖精達に自分の神聖力を与えて妖精達を生かしていたから。かな…。例え死ぬほど苦しくてもそれでもヴルムは死ねない身体にされてたから。
『もう、聖龍はんが苦しむことはないやろ。恩に着る。…それにこれからは自分がウチらに神聖力分けてくれればええやん?いやぁウチはほんま見る目あるわ。自分に真っ先に目ぇ付けたんやからな!』
「アッ、」
『あ?』
ぎくりんこ。キラッキラの笑顔で笑うプーカの言葉につい肩が跳ねて、見咎めたプーカから無言の圧力を感じる…。うぐっ、
「じっ、実は…、ヴルムを黒龍に戻したらこんなことになってしまいまして…、」
真顔で下から覗き込んでくる美少女瞳孔開いててこわぁああいっ!gk((( ;゜Д゜)))brしながら経緯を話すと、眉間にぶっといシワを寄せたままため息を付かれてしまった。わぁ、ため息がおっもぉい。
『ちっ、聖龍はんの為なら仕方ないか…、しかし女神も相変わらずよのぉ。あの悪癖はちーっとも治らへんな。』
ほんとそれな。付き合いは長くないけれど、アルたんは大分良い性格をしてる。人間の事を純真無垢に玩具だと考えてるよね。
「なにか解決方法はないかな…?」
『さぁなぁ。これは女神の管轄や。妖精の管轄ならましも…いやまて、』
良く聞こえないけれど、思案してるプーカがパッと顔を上げて悪い顔で笑った。えっ、なに?嫌な予感がするッ!
『とりあえず、ウチがドンに話通したるわ。』
「ドンってマリリンだよね?」
『ウチら妖精のドンが他におるわけないやろ。自分の神聖力じゃ女神は愚かドンも呼べへんよ。』
死にゃあせぇへんけどぶっ倒れるで。と、遠回しにやるなよ。と釘を刺されて何度も頷いた。大人しく島国!
『せやからウチが帰ってくるまで、そりゃあええ子にしとるんやで。ええか?』
「わ、わかりました!」
よゐこのお返事!正座のまま敬礼付きで返したら、またにっかり歯を見せて笑ってくれた。美少女の笑顔尊い…。
『…この城に溜まった魔力は腐っとる。』
「あ、その腐ってるって結局なんなの?」
『濃い魔力を吸った生き物が魔物になるように、濃い魔力を吸った人間が吐き出したもんが『瘴気』になる。』
「…えっそれって、濃い魔力を吸った人間って『人間』でいられるの?」
どこか遠くを見つめるようなプーカの表情に、無理なんだ。と、気がついてしまって…
『瘴気を吐き出せる人間なんておらへんよ。人の形をした『何か』や。』
もう人間ではない、人間に害のあるものを吐き出す、人間の形をしたもの。
「それが、この城にいるの…?」
『せや。瘴気がプンプン臭っとってなぁ。』
「そんな臭うって、沢山いるってこと?」
『んんー?どうやろ…ウチかて万能と違うんよ。得意分野あるしな。ウチはそっち方面はダメ。』
ブッブー!と指で罰を作るプーカに、気付かずに詰まっていた呼吸が少しだけ楽になった。やっぱり可愛いものは最強ですね!
『まっ、さっさと自分の力取り戻せば万事解決よ。瘴気も魔力も吹き飛ばして終いや。』
「うぐっ、…マリリンへの連絡、お願いします。」
まさかこんなことになるとは…。いや、後悔はしてないけどさっ!ゼロさんから信用を失うし、喧嘩しちゃうしみんなに心配かけちゃうし…。
『なーにを落ち込んどるんよ。そんな暇ないで?』
「へっ、」
『ウチが誰か忘れたんか?』
「えっ、」
なになになに?!なんでそんな悪い顔で笑ってるの?!プーカはプーカじゃないのっ?!
『あっ、いかん忘れとったわ。『プーカ』はな、種族名やから。自分、ウチの名前決めて。次からは名前で呼んでや。』
「ふぁっ?!」
突然重大事項託されても困るんですがッ?!慌てる私をよそに『はよせぇや。』と催促してくるし…ッ!さ、サスラで一回やらかしてるんだぞ私は!どっ、どうしよう!
『そんな悩まんでも…、自分とウチの間を繋ぐだけや。ウチ見て?ほら。』
「…っ、」
『今頭に思い浮かんだのが、ウチと自分を繋ぐ名前や。怖がらんと、言うてみ?』
そっと小さな小さな手が、私の頬に触れてくる。目の前には優しく輝く玉虫色の瞳。
「…サウィン」
『ええ名前や。よろしくな、リン。』
ニパッと笑うプーカ…サウィンの表情に、肩から力が抜けていく。気に入ってくれて良かったぁあ、
『じゃ、ウチはドンのところ行くからな。』
パチンとウィンクを飛ばされた瞬間、頭と腰に強烈な違和感。え、なに?!
「えっ?!なん、なんだこれっ?!」
『ほななぁ~』
「待って待って待ってサウィンッ!サウィンッ!!」
もふってする!頭とお尻がなんかもふもふするぅッ!!悪い顔で笑いながら消えてしまったサウィンこの野郎!何をしたかくらい言ってから消えてぇっ!
「ぎゃあなんだこれッ!!」
部屋に備え付けられたドレッサーに映るのは、私。の、頭に耳。触ると肉厚でもふもふな…耳。
「ええっ…、マジっすか…、」
どう見ても動物の耳ですやん…たぶん犬?色は耳も尻尾も黒で、尻尾がもっふもふでくるんとカールしてるところを見ると柴犬…かな、
「み、三十路で犬耳犬尻尾って…きつすぎるでしょうよ…ッ!」
あ、すごい生え際にちゃんとくっついてる。
「ッというか、人間の耳と動物の耳両方付いてるタイプなんてッ!」
動物の耳オンリー派なのになんてことしてくれてんだサウィンッ!せめて人間の耳は消してほしかった…ッ。
「まぁでも暇潰しには面白くて良いかな。プーカはイタズラ好きってゼロさんから聞いてたけど、こういうことかぁ。おおー、ここ尾てい骨かな?尻尾もちゃんと肌から出てるの不思議!」
今日はパンツスタイルだったから、ちょっと服をずらせば尻尾が出る。試しに服の中に入れたら、パンパンできつくて辛いからやめた。スカートの方が楽かなぁ?くるりんしっぽだからスカートの中膨らんじゃうか。
「…リン?」
「あっゼロさん。」
ドレッサーに映る自分の尻尾を触ったり動かしたりしてたら、いつの間にかバルコニーにゼロさんがいた。おお、もうそんな時間?サウィンと結構お話してたからあっという間だったね!
「みてみて、なんか犬になった!」
「…、」
「すごいんだよなんとちゃんと動くんです!」
ぱっぱらー!って自分で効果音出して万歳してみるけど、ゼロさんが無反応というか、固まってる?なんで?私の尻尾だけ勝手にわさわさ揺れるんですが…あっ、
「あっ、ヤバッ、違っ!ごめ、ごめんなさい!!」
ギャァアやらかした!やらかした!舌の根も乾かぬ昨日の今日で!大人しくするって言ったのに、サウィンと合って今は犬耳犬尻尾になってる。これが城の人に見られたら今度は何を言われるのか…、や、やってしまった!バカか私は!
「どっ、あのっ、わざとじゃなくてッ!必要にかられた結果というかッ、うう、」
昨日はなんでか知らないけど仮釈放?されたのに、これじゃあ現行犯だし何を言っても言い訳にしかやらないじゃないかッ!
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「ごめんなさい…、」
目を涙で潤ませて、見上げてくるリンの頭上に獣人のような耳が付いている。見慣れない筈なのに違和感のないそれは、それこそ叱られ落ち込む犬のようにぺっとりと伏せられていて、
「可愛…、んん゛ッ!」
いや待て落ち着け、そうじゃない。何故こいつは半日目を離しただけでこんなことになるんだ?
「怪我はないのか?どうしてこんな素晴ら、ゴホッんっん゛、…この姿はどうしたんだ。」
下がった眉と不安気な瞳が涙を反射させて可愛い。只でさえ可愛いのに犬耳が付いて余計に可愛らしくなってしまっている。何故こんな素晴らしいことになるんだ。
「わ、わざとじゃないんだよ、サウィンが…えっと、プーカにイタズラされたというか、多分代償みたいなもので仕方なくというかッ、」
俺の問いに今日一日の出来事を話すリンは、しどろもどろで視線が揺れている。嘘を付いている訳ではなく、ただ叱られるのではないかと言う不安が強いのだろう。話している間も耳は下がっているし、足の間から柔らかそうな尾が出てリンの足に絡み付いている。
「…触りたい、」
「だから…んぇっ?ご、ごめん聞いてなかった…ッ、もう一回言って!」
「いやッ、その、すまんなんでもない。」
まずい。リンから聞いた話しはどれもダズ達と共有すべき内容だ。特に『瘴気』については至急対策を練るべきで…しかし、この、なんとも魅力的な耳と尾は…ッ!
リンならば一言頼めば気にせず触らせてくれるのでは?いや、これが獣人と同じものなのだとしたら不躾に触るものではないし…、だがリンは俺の恋人なのだから触れたとしても罪にはならないだろう?
「ッ、信用が、無いのはわかってるんだけど…、ほんとにわざとじゃなくて…っ、」
そんな葛藤をしているうちに、気付けば思い詰めた表情のリンの手が、俺の指を掴んでいて
「き、きらいにならないでぇ…ッ!」
「ッ?!ま、待て何故そんな勘違いが起こっているッ?!」
ぼろ、と零れた大粒の涙とリンの言葉に、一瞬頭が真っ白になった。なん、なんの話だ?!リンの変化に気をやり過ぎて、話を聞き飛ばしてしまったか?!
「だっ、だって昨日、信用…できないって…、言われたからっ、」
…確かに昨日は売り言葉に買い言葉と言うか、リンに対してかなり失言してしまっていた。だがそれは俺が感情的になりすぎたというか、他に言いようがあった筈で…散々アルト達にも言い過ぎだと詰められた。…まさか昨晩会いに来た時に泣いていたのも、落ち込んでいたのもそのせいなのか?
「ごめ、なさ…、ごめんなさぃいッ、」
余程俺の一言が堪えているのか、次から次へと涙が落ち小さく震えているリンを抱き締めた。
「すまない、昨晩のうちに謝るべきだった。心配だからといって感情的になって、俺の気持ちを押し付けてしまって本当に悪かった。許してくれ。」
「ちがっ、私が自分勝手なことばかりして、迷惑をかけてるからッ!だからッ、ひっく、でも、…わたしっ、」
腕の中に収まる小さな身体が踠きながらも、その手がシャツを掴んできて離さない。至近距離から見上げてくるリンが、泣き顔が…とても可愛らしい。…じゃない違う、いやリンが可愛らしいのは間違いないんだがそれは置いておいてだな、俺自身反省をしているということで、
「ゼロさんに嫌われるのも別れるのもやだ…ッ」
「…ッ、」
なんっ、なんだその可愛い我儘は。自分の所為だと解っているが嫌うなと?そんな可愛らしい我儘があるのか?というかこんなにお前を愛しく思っているのに何故別れるという考えになるんだ?まったくわからん。しかし言葉にしなければ、リンは変に解釈をして自己完結しまう。
「落ち着け、こんなことで嫌うわけも別れる訳もないだろう。」
「…ひっく、ほんと…?」
「ああ。」
当たり前だ。その程度のことでどうにもなるわけがない。ただ心配と…お前がヴルムとサスラやダンばかりに構うからだな…、んん゛。いや今はそれどころではない。
「で、でもわたし、すごく生意気だし、可愛気ないしッ、ゼロさんの言うこと聞かないで、大人しく出来なくて…ッ、」
「そんなことはなにも問題ではない。…お前が居なくなる方が余程問題だ。」
そもそも、問題ばかり起こしているのも不本意で理由があるのは解っている。共有が苦手なのはこれから先少しずつ直せば良い。結局は俺自身が余裕と折り合いをつける能力を上げれば良いだけだ。
「俺はお前を愛している。」
見上げてくる黒曜石に口付ければ、そんな筈もないのに移る涙が砂糖のように甘く感じる。本当に甘い唇は柔らかく、重ねれば懸命に俺を受け入れようとしてくる。
いつもなら落ち着きなく動き回り時には睨み付けてくる瞳も、生意気な言葉ばかり吐く唇も、俺にだけ甘いのが何より良いんだ。
「ぅぐっ、むッ、そ、そうですか…っ、」
先程までとはうって変わり見上げてきていた瞳が下を向き、安心したのか忙しなく頭上の耳が動いているのが良く見える。照れているのか?頬が赤い。それに尾がゆるゆると振られていて喜んでいるのがわかりやすい。
「…可愛いな、」
「ッも、物好き!」
「その物好きを好きなのか?」
「うぐっ、」
ピン、と立って動きを止めた耳と尾がまた元気なく萎れて伏せてしまった。なにか不味いことを言ったか?
「ロックスに嫌われたら苦しいし…、寂しいから別れるのはやなんだもん…。」
気落ちした小さな声で落とされた言葉に、じっと睨み付けるような視線と
「すき」
不貞腐れたようなリンの告白に射られて、心臓が五月蝿く顔が熱い。ぞくぞくと腹の底の方から欲が上がってくる。いや、待て我慢しろ流石にこの部屋ではまずい。
「好きにさせたロックスが悪いのでッ!自分で責任とってね!」
でも大人しくするのも報連相も頑張っていきたい所存。とイタズラ顔で笑うリンが、
「お前は、人が我慢しているんだから、煽るな。」
「いふぁいいふぁいはにうえっ?!」
可愛らしくて困る。いい加減にしてくれ。お前はどれだけ俺の理性を揺らせば気が済むんだ?ん?
「…首輪でも付ければ大人しくなるか?」
「ひぇっ?!物騒!はんたい!はんたい!」
「少しは静かにしろ。」
「んぅっ、んぅむう゛~っ!」
リンの部屋に付けられている監視はこちら側の人間にさせてある。でなければリンに何をされるかわからないからな。だからこそ簡単にバルコニーから入り込めるわけだが…、
「…騒ぎたいなら、手伝ってやろうか?」
「はぇ?」
まぁアイツ等も少し響く位なら聞かないふりも出来るだろう。塞いでた唇を食んでそのまま首筋に痕をつける。驚いているのか、目を見開いているリンの動きが硬直している間に抱き締めていた身体を撫でて、気になっていた尾を掴んだ。
「んひゃっ?!ちょっ、やめんかエロテロリストッ!」
ボッと音が出そうなほど赤面するリンの反応に気分が良くつい喉が鳴る。強さを出そうと頑張っている声も羞恥に震えていて耳に心地良い。
「ああ、やはり良いな。毛並みが柔らかで指通りが良い。…耳も触れて良いか?」
「えっ、だっ、ダメっ!触りかたがやらしいッ!」
普段から手入れを欠かさないリンだからこそ、ここまで毛艶が良いんだろうか。獣人の耳や尾も元々気になっていたが、その部位は恋人や家族しか触れられぬ物なのだと知っていたから、触れることは叶わなかった。
しかし今なら、むしろ今だからこそ思う存分触れても許されるだろう!
「ちょっ、やだやだやだってば!なんかダメッ!なんか変な感じするから離してっ!」
「おお、しっかり骨も通っているんだな。動いているのはわかっていたがサウィン…プーカのイタズラだろう?ここまでしっかりしているなら獣人と大差ないのかも知れんな。」
「いや、それ今する必要のある話かなッ!?私達多分もっと話し合うべき重大事項とかあるよね?!」
逃げ出そうともがくリンには悪いが、逃がす気はない。
「いや、気になりすぎて集中できないからな。一度存分に構い倒す。」
「ぴッ、ぴぇえッ!!」
宣言すれば何をされるかおおよそ見当がついたのか、気持ちいいほど叫ばれかけて、すぐに口を塞ぐ。結局集中できる程度までスッキリさせた頃には日が昇りかけていて。
…リンがまだ回復魔法を使えるだけ神聖力を保持してくれていて助かった。




