そんな直ぐには変われない。
「サスラァ~?ご機嫌ナナメさんだねぇ。」
嬢ちゃんに抱き着いて、イヤイヤとむづがる子供。嬢ちゃんの色彩にガキの頃のロックスと同じ顔をしたサスラは、ロックスがしたことも無い顔をして、まるで違う声色で嬢ちゃんに泣いて甘えている。
「マスターは僕のだもん…」
「そうだね、私の従魔はサスラだけだよ。」
「僕のなのに…ッ」
「うんうん。」
例えばこれが、本当にロックスのガキなら微笑ましいだけで済んだだろう。だが現実は人の形をとっているモンスターだ…それだけでも背中がうすら寒いというのに、嬢ちゃんはサスラの髪を撫でて笑っている。聖龍に会う前に落ち着かせた部分をほじくり返されて不安になったんだろう、と2人から少し距離を取り見守るアルト達が心配しているが…。こいつ等はサスラがモンスターであって人間じゃねぇ事を忘れてんのか?今までこんなに人間染みたモンスターを見たことがない。まるで赤子が成長するように、この短期間で『人間』を学習していくサスラに寒気がする。人間になる事が、出来るはずがねぇとわかってるのに、成っちまうんじゃないか、と。
「うぅうッ、殺しちゃダメってわかってるの、でもね、みんな、みんな死んじゃえばさッそしたらマスターは僕だけのマスターになるよね?」
「ならないなぁ。」
「なんでぇッ!やだぁッ!」
叫ぶサスラの黒い瞳からぼろぼろ涙が溢れては零れてく。ただ肯定して慰めて、落ち着かせるだけでは足りないのか…?嬢ちゃんがサスラを可愛がっていることは一目瞭然だ。それこそ目に入れても痛くないと言い出しそうなほどに溺愛している。サスラ自身もそれを肌身に感じているからこそ、嬢ちゃんの突き放す物言いに不安を感じてんのか。
「サスラが独断で人間を殺したら、私がサスラを殺すからだよ。」
神の啓示のような雰囲気で放つ嬢ちゃんに、誰もが息を飲む。…言っていることは何も間違ってはいない。従魔の調教において命令外の行動は罰せられる。無論、従魔が独断で人を殺せば従魔は処分されテイマー自身も拘束される。教本の1項目に載る基本事項だ。
ただ、それは慈愛に満ちた表情でいう言葉では、ない。
「誰が決めたの?なんで僕とマスターだけじゃダメなの?」
「私がそう決めたんだよ。私は一人じゃ生きていけないから。」
「ひとりじゃないッ!僕がッ、僕がいるでしょッ?!僕なんでも出来るよッ!マスターが食べる物捕まえれるし取ってこれる!僕とマスターだけでも生きていけるよッ!僕はマスターの命令は全部従うし、逆らわないし、一番強いしッ、僕、ぼく…ッ」
「サスラ、ダメだよ。怒ってもいい。泣いてもいい。どうしてもイヤなら、私のお願いだってきかなくていい。でもね、それだけはダメ。」
サスラの両頬を撫でて、ゆっくりと優しく話しかける様は母親のそれだ。それならなぜ、見ているだけでこんなにも不安と焦燥に駆られるのか。バクバクと心臓が五月蠅いというのに冷たい雨にさらされているように冷えて痛む。
「マスターは、マスターは僕が…ッ、きらい、なの?」
「大好きだよ。とっても大事で、私の大切な宝物。これから何があっても、サスラは私の味方でしょう?」
「ッうん。僕はマスターのものだから、ずっと、ずっと、マスターと一緒にいるよ。」
「良い子だね。サスラ、大好き。」
「…うん、うん。僕もマスターが大好き。大好きだよ。」
突き放して、甘やかす。涙を溜めた目で嬢ちゃんを見つめ縋りつき笑うサスラと、慈母のような微笑みを浮かべ良い子だねと繰り返しサスラを撫でる嬢ちゃんの光景に指先が冷える。
「嬢ちゃんのアレは、モンスターへの調教じゃねぇ…」
人間に対するマインドコントロールだ。普段の溺愛から突き放されて精神の安定が壊れる。これを繰り返されれば無意識に優しさ求め、突き放される事を恐れたサスラは嬢ちゃんの『お願い』をより聞くようになるだろう。モンスターにそれが当てはまるのかは知らねぇが、サスラは普通のモンスターじゃねぇ。人間を学習している、なにか。
「おいロックス、」
「…ギルダー先生のところで鑑定した時、リンの技能に『懐柔』があった。」
「わざとか?」
「わからない。ただ…リンはモンスターや魔物と人間の線引きが、あまり出来ていないように思う。」
サスラは言わずもがな溺愛している。ついでにダンも。ダンジョンで殺したゴブリンやコボルトに追悼の意を示していたが、バイコーンは一撃で打倒した。そして極めつけは聖龍だ。何が違う?人型であるか、二足歩行かどうか、言葉を解すかどうかか?モンスターをモンスターとして、魔物を魔物として…神や妖精を、そのものとして。この世で生きる人間が無意識に行う線引きが出来ない聖女。
「…たとえば、だ。人語を解す二足歩行の魔物ないしはモンスターが嬢ちゃんに助けを求めた場合、」
「状況によるが、無碍にはしないだろうな。」
「…ッはぁあ、…だよなぁ、」
嬢ちゃんとの付き合いは短いが、善か悪かで言やぁ嬢ちゃんは完全に善だ。それぐらいわかる。しゃがみ込むオレとは対照的に、腕を組んで突っ立って微動だにしねぇなお前。ジッと見つめる先では嬢ちゃんがサスラの瞼や頬に口付けていて、サスラも嬉しそうに笑っている。微笑ましすぎて、今まで見ていた全てを無かったことにしてぇんだけど。
「…何を選択しようとも、俺はリンの隣にいる。」
「おーおー、おアツいこって。」
紫の教皇がいうには嬢ちゃんの力は歴代最強で、ヴォイスの瞳もそれを視た。女神アルヘイラが嬢ちゃんに二人分力を与えていることはタヌキ爺とロックスが聞いている。嬢ちゃんの意志一つで女神と妖精王を呼び出すことも出来る。そんな女が、モンスターや魔物の命の重さと人間の命の重さを平等に見ているかもしれない。その可能性だけで…
「ゾッとしねぇな。」
良い人間だけがいる世界なんてものはない。もし今後耐えがたい痛みを人間から与えられ、嬢ちゃんの中の『正義』の比重が人間からそれ以外へ移ってしまったら。つりあっていた天秤が傾いたら。もしもの話だけで何度でも人間が滅ぶ。清浄すぎる神域で人間は生きられない。ただ一人、嬢ちゃんを残して…。人類を皆殺しにできる大聖女なんて、魔王と何が違うんだ?
「ボス、王宮からこちらへ騎士を出すようです。」
「あぁ?」
「まだ準備に暫く掛かるようですが、どうしますか?」
次から次へとめんどくせぇ…。木の上から降る報告を聞いてたアルト達が早々に荷物をまとめるのを確認すれば、既にロックスが嬢ちゃんの隣で話していた。…速ぇな。
「騎士ってお知り合い?」
「…親しくしていた者達で、ここにいないのは片手で数える程度だ。」
「孤軍奮闘、孤立無援、四面楚歌ぁ…上からくるぞ!気をつけろぉ!」
いつも通り緊張感無く意味のわからねぇ言葉を羅列する緩い嬢ちゃんとは真逆にロックスの顔が険しい。まぁ、残った奴らはお前の代わりに城の地下で大仕事中だからな。
「あれ、そういえば雪がないね。溶けた?」
「嬢ちゃんが聖龍を黒龍にしたとき吹っ飛んだぞ。」
「ほむほむ。」
聖龍と嬢ちゃんを中心に爆風が通り抜けて、気が付きゃ全部消え去っていた。周り一帯がまるではじめから何もなかったかのように元通りになっていると、索敵に出た部下から報告が来ている。冷害すら跡形もなく、むしろ新しい草が萌え出ているとよ。
「ライハ全域の雪が消えたのかな?神聖力で吹き飛ばした覚えが無いから、ヴルムが消していったのかなぁ。」
「私達には聖女様の御力に見えましたが…。」
「どうだろ?ちょっと今回と前回の記憶がふわふわで覚えてないんだよね。」
「身体に違和感はないのか?」
「めっちゃ愉快だっただけでなんともないよ。強いて言うなら愉悦って感じだった。」
それのどこが『なんともない』なんだよ。嬢ちゃんの話を聞いたロックスの顔が険しい。聖女として女神の力を使う度に記憶がトんでんなら大問題だろうが。
「まぁでも本当になんの問題も…、おろ?」
「どうした?」
「………んぁあ、」
ブンブンと腕を振り回したかと思えば今度は飛んだり跳ねたりと忙しなく動く嬢ちゃんに、嫌な予感がする。変な声出してんのはいつも通りだけどな。
「おっふ…、なんか神聖力でない。」
「出ないって…、」
「えッ」
さっきまでは出てたのに。と、真顔で首をかしげている嬢ちゃんの申告に周りがざわつく。
「ちょっ、まっふぇじぇろしゃん、にゃんともないッ!身体は何ともないっ!」
嬢ちゃんの頬を左右に伸ばして口の中や身体を点検しだしたロックスの腕を嬢ちゃんが叩き落とす。ジリジリ後退する嬢ちゃんに無言でにじり寄るロックス…の顔が大分やべぇ。悪鬼か。お前の顔見たアルトが固まって動かなくなってんじゃねぇかトラウマ植え付けんなよ。
「本当に異変はないんだな?おいオメェは落ち着け。」
嬢ちゃんに確認しつつロックスをどつく。何度も肯いて首が捥げそうな嬢ちゃんは、確かに外傷でいえば不審な点はなにも見当たらねぇ。顔色も問題ねぇから誤魔化しているわけでもなさそうだ。ただ、神聖力なんざ元々目には見えねぇもんだしな…。
「んん、『こうしたい』っていう結果とそれに必要な手段を想像するとできるんだけど…うん、なんもならんな。」
聖龍を解放…で、いいか。解放した時には化け物みてぇな量の神聖力を使っていた。『瞳』のねぇ俺達ですら神聖力を確認できるほどの量を。その反動か?それとも回路ってのが不調なのか壊れたのか…木に向かって指を鳴らしては唸る嬢ちゃんの腕に光る細い鎖が見える。あんなもん教会ではつけてなかった筈だ。
「シンジョウ様、失礼致します。」
「にゃんだい?」
嬢ちゃんの前に進み出てきた紫の教皇は一礼すると嬢ちゃんの頭の天辺から足の先まで視線を動かして、一人でブツブツとつぶやきだした。…神罰だの拘束だのってのはなんの話だ?
「寄るな。」
「おぉぅ…、大丈夫だってばゼロさん。」
教皇と嬢ちゃんの間には十分距離が保たれているが、合間にしっかりロックスが挟まっていて。教皇が嬢ちゃんを害そうと思えば一瞬で詰められる距離だから警戒すんのはわかるけどな。それをわかっていない嬢ちゃんにロックスが窘められてんのも中々面白れぇ。
「…シンジョウ様、僭越ながら私の『瞳』を通した情報を共有したく思うのですが。」
「ん?…ああ、そっか。うん。お願い。」
教皇の瞳が銀の砂をばら撒いたみてぇに輝いたまま、その場に膝をつき嬢ちゃんに礼をとって笑う。こいつもイイ性格してるぜ。いくら『瞳』が本物だろうが口から出ることが真実かは本人にしかわからねぇ。が、そんなこと言ってる場合じゃねぇか。
「神聖力は無くなってはおりません。シンジョウ様の御身体を包む程度には存在しております。」
「あ、ありはするんだね。」
「はい。ですが、今までと同じように運用するには圧倒的に『量』が足りないかと…。シンジョウ様の神聖力はは現在私達教皇と同等までに減っています。」
神聖力に制限がかかった為に上手く扱えなかったのです。と続ける教皇を横目に、嬢ちゃんが木に向かって指を鳴らすと青く茂っていた葉の合間から爆発するような勢いで花が咲き乱れた。あっけにとられているアルト達と一緒に馬が驚いてんじゃねぇか何やってんだ。
「おぉ~ほんとだ。」
「っさすがシンジョウ様です!」
「回復魔法かけてみたッ!」
教皇に間髪入れずに褒めそやされふん、と胸を張って踏ん反り返るのと嬢ちゃんの頭がロックスに鷲掴みにされるのは同時だった。
「詳細がわかっていないのに大きな力を使うんじゃないっ!」
「わぁあごめんなさい!」
これ大きい範囲なんか!と叫んでは逃げようと藻掻いているが、無理だと思うぞ。ロックスと嬢ちゃんをみて興奮している教皇から涎が垂れてんだがオレは何も見てねぇ。
「はあぁああッ、お戯れのところ申し訳ありません、ジュルッ、シンジョウ様、そちらのブレスレットなんですが…、」
「んぬ?これ?」
「はい。恐らくそのブレスレットにより神聖力を封じ込められているものと思われます。ブレスレットからアルヘイラ様の御力を感じるのですが、詳細をお聞きしても?」
「アルたんがヴルムを聖龍にする為に使ってた拘束具みたいな奴。壊したら勝手に巻き付いて取れなくなった。」
「…なんだと?」
「ぴぇッ」
嬢ちゃんを捕まえたまま黙っていたロックスから魔物みてぇな声が聞こえて、一瞬背中にいやな汗が出た。…いや、昔マジギレされたことを思い出したわけじゃねぇぞ。
しかし、嬢ちゃんは自分が『否』と思えば『女神』が施したモンでも壊すし相手が魔物だろうと助けちまうか…。つい先ほどしたロックスとの会話を思いだすとため息しかでねぇ。思い切り手遅れじゃねぇか。嬢ちゃんがヴルムとか言う聖龍に会って話したのだって二時間かそこらだっつーのに情が移るにしたって早すぎるだろ。
「だだだだだだって、強制労働よくないっ!」
「お前が、身代わりになって、どうするんだ…ッ!」
「っで、でも、」
「でもじゃない!自分を大切にすると約束しただろう!」
「そうだけどッ、こうなるとは思ってなかったんだもんッ!」
「当たり前だ、なるとわかっていてさせるかッ!」
売り言葉に買い言葉というほど軽くもねぇが、ここに来るまでに嬢ちゃんはだいぶ無茶してっからなぁ。
「…わかってても、やったよ。」
「なッ、」
「だってあのままじゃヴルムが可哀想だ!それに比べればコレは今すぐ死ぬわけじゃない。」
「ふざけるな、それが命を脅かすモノではないと知ったのは今だろう!呪いの類いだったらどうするつもりなんだ!お前が思うよりこの世界のモノのほとんどはお前より強い。身を守る術を封じられ、自分がどれほど弱体化するかわかっているのか?!お前が自分を蔑ろにするということは、お前を大切に思う者達を蔑ろにしているということだ!」
嬢ちゃんの身体が『弱い』ことは見ればすぐにわかる。全体的に小さく華奢でともすればガキみてぇだからな。それで標準サイズだってんだから、嬢ちゃんの国はずいぶん平和なんだろう。闘う必要のない身体のまま、淘汰されず生き残ることができるってことだ。しかし此処はそんなわけにはいかねぇ。ガキですらある程度育てば身を守る術を教わる。嬢ちゃんは、神聖力がなければその辺のガキにも易く負けるだろう。
「それはッ、…よくわかってるよ、悪いと思ってるッ、けど、」
「いいやわかっていない。お前の思想は女神の力があったから許されるんだ。圧倒的な強さと回復力があって初めて施す側に立てていた。それがなければ『可哀想』などと言える立場ではッ、」
実際嬢ちゃんの考えは正義やともすれば偽善にすぎる。それ自体は嬢ちゃんの性格だろうが、自己を犠牲にしなければ清算があわない行動が目に付く上、本人がそれをわかっていて気にも留めずにいるのは…今まで誰にも頼らずに生きてきた奴のそれだ。が、言い過ぎだ。ロックスも一瞬やべぇって顔に出てっけど、申し訳なさに眉根を下げていた嬢ちゃんの表情が固まって無表情になったのを見て息を飲んでいる。ああ、雰囲気が最悪だ。
「…ヴルムは確かに『可哀想』だろう。強制的に聖龍にされ…だが今までそうして生きてきたのだろう?それに黒龍は魔物の頂点で更に聖龍は女神の使いだ。人間から攻撃されることもない。お前より余程強いヴルムの身代わりに何故お前がなる必要がある。」
「…ヴルムは死にたがってた。強制的に力を与えられて祭り上げられ作られた神聖な生き物が、強くて誇り高い龍が独りぼっちで死にたがってたんだ。」
「ヴルムはお前じゃない。重ねるな。感傷的になりすぎている。」
「聖女のためにアルヘイラが縛り付けたんだ。」
「過去の聖女の為に、だ。お前の為に犠牲になったわけじゃない。」
「それでも私は聖女だ。私の為の聖龍でしょう。それに、コレを壊せるのは私だけで…もう、壊した後だ。」
「ッいい加減にしろ!なんでお前は大人しく出来ないんだ、なぜ相談しない!自分を傷つけて周りに、俺に心配させて満足か?!」
「そっちこそいい加減にしろよ…ッ!行動すれば怪我を負うのも問題が生じるのも想定の範囲だッ!その責任は行動を起こした当人のものだろッ!心配してくれるのはありがたいけど過保護が過ぎるッ!」
「自分の弱さを棚に上げて行動するなと言っているんだッ!」
「弱い奴は部屋の隅で震えてろっていうのか?!私が何をするかは私が決めるッ!意見は聞きはするけど参考にするだけだッ!私は祭り上げられるだけのお人形じゃない!」
睨み合う合間でバチバチと物理的に空気の爆ぜる音が出てんだけど。ロックスの怒気に威圧が混ざりあってるせいだな。なんともねぇのか嬢ちゃんは…思いの外胆力が強ぇな。
「シンジョウ様めっちゃ怒ってますけど大丈夫なんっスかね?」
「まぁあれくらいの喧嘩なら暮らし初めによくやるよな。」
「え、そうなんっスか?」
「内容だけで言えば団長はシンジョウ様を心配して苦言しているだけですからね。」
「シンジョウ様は行動派なんだな。問題に対して予測はするけど行動して都度対処していく感じか。」
「問題はシンジョウ様への注意の仕方が部下へのそれなんですよね。」
「団長が恋愛経験なさ過ぎて、部下叱るみたいにシンジョウ様叱ってるもんな。」
「途中からシンジョウ様業務みたいに話してたぞ。」
「あ~、そういわれると隊長同士の言い合いに似てるっスね。」
嬢ちゃんを心配していたアルトを余所に他の連中は痴話喧嘩を観戦することにしたのか、ロックスにダメ出しし始めているのが聞こえて思わず吹いた。女神だのなんだの細かい内容を無視すりゃただの痴話喧嘩だからな。つーかこいつ等オレが止めるのか?スゲェ面倒。
「なんにしろ神聖力自体はあって回復魔法も使えるんだから、大雑把に力を使わずにいれば特に問題ないじゃないか!元に戻るまでは大人しくしてればいいんでしょッ!」
「今出来ていないことが突然できるようになるわけが無いだろう!」
「やらなきゃ永遠に出来ないままじゃないか!大人しくするって言ってる!」
ガキの喧嘩にまで程度が下がってんじゃねぇかぁ…。面倒すぎて思わず遠くを見ると王城側を監視していた部下から合図が来た。ああ、騎士が来るとか言ってたなそういや。さっさとこいつ等止め、
「信用できるかッ!」
「…ッ、」
間髪入れずに言い合っていた声も観戦していた声もロックスの怒号に水を打ったように静まりかえり、その様子にやっと我に返ったのか、ロックスが表情の抜け落ちた嬢ちゃんを見たまま硬直している。観戦側から言い過ぎだの今のは不味いだのと囁いているつもりなのか聞かせてぇのか微妙な声量が届く。まぁオレに聞こえてんだからロックスにも聞こえてんだろう、視線すら合わない『無』から一転いつも通りに笑う嬢ちゃんにわかりやすくロックスの顔から血の気が引いていくのが見える。
「おら、いつまでやってんだ。王城から騎士が来んぞ。」
「わかった。お呼ばれした方が良いの?」
「そうだな。」
…獣魔ギルド試験で腹芸が得意とか書かれてたが、マジだな。さっきまでのやり取りを見ていなければ、普段通り機嫌の良さそうな嬢ちゃんに見える。表情だけじゃなく雰囲気まで切り替えられんのは優秀だ。盗賊ギルドでもやっていけんじゃねぇか?
「…ッリ、リン。すまん、言い過ぎたッ、」
「ん?うん。私もついヒートアップして言いすぎちゃった。ごめんなさい。」
「っ、」
「ちゃんと気を付けるね。」
ああ、完全にウチでもやっていけるな。声色まで制御できんのか。小首をかしげて困り顔でいる嬢ちゃんの切り替えが完璧すぎてロックスが息を飲んでるのが余計に笑える。
「サスラどうしよう?馬だと離れるし獅子とかぬいぐるみだと連れて歩けないかな、」
「このまま人型でいさせときゃいいんじゃねぇか?」
「ん~、そうだね。サスラこのままで辛くない?」
「うん、大丈夫だよ!」
嬢ちゃんの腰に抱き着いているサスラの髪をかき混ぜて撫でる。…なんだその微妙そうな顔は。嬢ちゃんの顔をちらっと見てはオレをみて。
「…ちょっとサスラ連れて行くぞ?」
「うん、よろしくアニキィ!」
嬢ちゃんもなにか感じ取ったのか、離れればサスラは大人しくついてきた…ってことはなんか用があんだな?少し離れてしゃがみ込めばさらに一歩近づいてくる。
「どうした?」
「ねぇ、マスターとロックス喧嘩?マスターのキラキラ少ないから?」
「だな。まぁそのうち元に戻んだろ。」
「僕も喧嘩なの…。」
「…ああ、ダンか。」
そういやぁそうだったな。
「好きなところ沢山言おうって、マスターと約束したけどね?最初になんて言ったらいいかわからないの…。」
「謝るんじゃダメなのか?」
「そうしようと思ったんだけど、マスターごめんなさいしたロックスと仲直りなってないから…、」
…サスラがモンスターだっつーのは一回端に置いておいて、だ。こいつとアイツの関係もいまいちよくわかんねぇな。確か断罪履行生物をサスラが飲み込んで、自動人形の合成獣になったんだったか。
「ダンね、やさしいんだよ。わからないも難しいもたくさん教えてくれるの。ねる時はね、お話たくさんしてくれるしね、いっぱいほめてくれるの。だから好き。」
「そうか。兄貴みたいなもんか。」
「あにきってなに?」
「お前より年上でお前の面倒見てくれる男のことだ。」
「ダンは僕のアニキ?」
「みてぇなもんだろ。おいダン、聞こえてんのかは知らねぇが、弟分困らせてんじゃねぇぞ。」
『…大きなお世話です。』
「あ、ダン!」
人型のサスラの腰辺りからズルっと蛇が這い出てきて鎌首を擡げてきた。白い鱗に金の模様が波打っている。
「ダンあのね…、ひどいこと言ってごめんなさい。」
『…っ、あの、私も無神経なことをマスターに進言してしまい申し訳ありませんでした。サスラの怒りももっともです。これからは一段と人間性の研究に時間を割きより良い関係を構築できるように全力で、』
「ダン、ダン、あのね?大嫌いだけじゃないんだよ、僕ね、ダンの大好きなとこもたくさんあるの。…聞いてくれる?」
『は、っはい、あの、えっと…!』
謝罪を済ませて肩の荷が下りたのか、機嫌よく笑うサスラが内緒話のように蛇…ダンに耳打ちしている。流石子供は素直な分速ぇな。サスラからの好意を聞かれたくないのかオレを見てはサスラを見てと落ち付かないダンに笑って立ち上がる。蛇なのに表情がわかりやすいってどうなってんだ。
「すぐ戻れよ。」
「うん、ありがとダズ!」
「おう。」
なんにもしてないようなもんだがな。…つうかあいつらはガキ共見習えよ。モンスターの方がよっぽどしっかりしてんじゃねぇか?遠くに馬に乗る騎士が一人、それに続き20人ぐれぇか。騎士が隊列を組んで歩いて近づいてくるのが見える。
「お友達いる?」
「いや、姿は見えないな。」
「そっかぁ。残念だね。」
しどろもどろとでもいうか、落ち着きのないロックスを揶揄うでも無視するでもなく、当たり障りなく接する嬢ちゃんは内心相当キレてんのか?…まぁロックスが狼狽えてっからキレてんだろうな。
さて、嬢ちゃんは神聖力が減ったってことは大怪我はまずいだろう。教皇がいる分分断されて死ななきゃセーフか?女神の呼び出しも無理だな。妖精王と妖精はワンチャンいけるか…後で確かめさせておかねぇとだが、嬢ちゃんも考え付いてるだろ。馬鹿じゃねぇしな。あとはベイルート…ライハ国王の出方次第、か。
ああ、めんどくせぇ…。
リンは自立心の強い大人の女性なので、
守られるヒロインじゃないのですズイ(ง˘ω˘)วズイ
ええ、おもちの趣味です。
シリアス?知らない子ですね。




