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いってらっしゃい、また会おうね。

ご機嫌のよろしくなったサスラたんはもう何も怖くない!と周辺にいくつもの魔法陣を展開させると息一つでそれらを発動させて皆の馬さん達にバフをかけたらしい。


「早く聖龍とお話して、お家に帰ろうね!!」


ね!っと強い圧でもって微笑むサスラたんに馬さん達がぷるぷる震えながらこちらを見るものだから、思わず止めたよね。弱い者いじめいくない。なんというか、私がサスラ以外従魔にしないのはわかったけれど、聖龍のことが終わらないといつまでもコソコソ囁かれて不快だから早く終わらせたいそうです。…うん、まぁそうだよね。


再出発前にそんなこともあり、サスラたんのバフがてんこ盛りにかけられ脅された馬さん達がどうなったかというと、


「あはははは!!はぇええええええええええ!!!」


「アルト落ち着け。興奮しすぎだ。」


「君も笑ってるじゃないですか…。」


「オマエもなッ!」


「いやこれは笑うしかないでしょう。」


ドガガガガッ!と凡そ馬の足音とは思えないような踏み込みをマシンガンさながらに打ち出し、囂々と風を切り裂きながら掻ける一団が出来上がってしまっていた。


「新幹線かよぉ…。」


「シンカンセン?」


「むっちゃ速い乗り物。」


新幹線のスピードに生身を晒したら死んでしまいそうだけれども、優秀なサスラたんはしっかり空気抵抗用障壁とか身体強化とかをかけてくれているようで皆ただただ流れゆく景色に笑うしかなくなっている。いや、一名大笑いですがね。


首を傾げるゼロさんは本当に神経ナイロンザイルなのか…あんまり驚いていないように見える。紫の神官さん達はデュオさんだけご機嫌で後のお二人は顔が青い。うん、頑張ってくれ…。怪我とかは治せるけどね、メンタルは治せんのだ。そっと視界から不都合をナイナイしてサスラたんの鬣を撫でるとくすぐったそうな笑い声が聞こえる。それに自分の口元が緩むのを自覚しつつ愛でていたら


『マスター…少々よろしいでしょうか。』


「ん?珍しいねどうしたの?」


背後からダンくんが耳元にやってきて、内緒話よろしく話しかけてきた。


『マスターは、何故聖龍を従魔になさらないのですか?』


「んぇ?サスラが居るからだよ?」


しゅるしゅると舌を出しつつ心底わからない。という雰囲気のダンくんに、一緒になって首を傾げてしまう。


『確かにサスラは全能です。私を内部に取り込んでいることやマスターへの忠誠心からも、右に出るものはいないでしょう。』


「そうだね。」


最強生物だからね君達。可愛さも最強だと思ってるよ!そう続けたらありがとうございます。と律儀に頭を下げられ。ですが、とダンくんの言葉が続く。


『聖龍は『聖女』のアイコンとして最良でしょう。常にマスターへ付き従うサスラの他にも、マスターの命を聞き力を振るう存在は必要ではありませんか?聖龍がいることによって得られるものもあるかと思います。』


淡々と言葉を重ねてくるダンくんに、ああー、となんとも言えない声が出た。


「いらない。」


『なぜですか?聖龍が居ればマスターが危険に身を晒す必要も、民衆に聖女であることを証明する必要もありません。マスターに仇成す者全て葬ることもたやすいでしょう。』


即答した私にさらに聞き返してくる…なんでそんなに殺伐としてるのダンくん…。とんでもないこと言うなぁと思うけどそういえばダンくんって断罪履行生物なんだからそもそも聖女以外全部敵で殺す対象なのか。最近蛇として可愛がり過ぎて薄ら忘れてたわ。


「怪我しないようにはできる。というか、今度から負った瞬間治す。」


『負う事自体が容認できかねます。』


「んんん~、じゃあ負わないように頑張る…。聖女の証明は、今度から宣言していく所存なので間に合ってるよぉ。」


『そのようにお手を煩わさずとも、聖龍を従え浄化をかければよいのではないですか?私が人間を神域から隔絶しましょう。マスターであれば、世界の浄化など容易く行えるはずです。』


それは買いかぶりじゃないですかね。…私自身、どれだけ神聖力を扱えるのかわかってないけれど。なんでもそうだけれど使えば疲れたり減ったりするもんだ。走れば疲れてお腹がすくし、魔法を使えば魔力が消費されて術者も疲れるらしい。デュオさん達教皇様だって、浄化し続けていれば循環回路が焼けて使えなくなると言っていたから消耗品みたいなものだ。それが、私にはない。無限にあるのか、いつか底が来るのかわからないけれど。だからダンくんの言いたいことはわかる。でもなぁ…。


「浄化広範囲にかけたら、ダンジョンとか消えちゃうでしょう。」


『魔物やモンスターを消す手間が省けますね。』


「いやいや、みんなの食い扶持が無くなっちゃうよ。生活が出来なくなっちゃう。」


『自分や愛する者の命が脅かされるよりマシでは?』


「その時はそうだろうけど、新しい生活を確立して安定させるのも大変なんだよ。」


『マスターは世界が安定するまで妖精王の国へ行かれるのがよろしいかと。そうすれば、そのような煩わしさから解放されます。もちろん、気に入りの人間は連れていけましょう。妖精王はマスターを殊の外認めておりますから。マスター…貴女様がお心を砕かれ、人間達を愛する様は美しく尊くあられます。しかしながら、人間にそこまでする必要がありますか?幼子の様にアレは嫌だコレはダメだと喚き、マスターを傷付ける人間など、みなごろ』


「えい。」


「「「あっ。」」」


なんかとんでもねぇ言葉が聞こえたな。なんて思っていたら、段々ヒートアップしてきたのか饒舌になって来たダンくんをパクっとサスラが咥えこんでしまった。え、え?たべ、食べた?


「ダン五月蠅い。マスターがいらないって言ってるのに。」


『なにをするのですかサスラ!放してください!』


もごもごと尻尾のダンくんを咥えたまま話すサスラに、珍しくダンくんも声を荒げている。…いや、というかよくその状態で走れるね?


「マスターは人間が好きだから悩んでるの!いくら僕達がマスター以外必要なくても、マスターには人間が必要なんだから仕方ないでしょ!」


『しかしッ』


「しかしじゃないのッ!マスターが決めた事に歯向かうなんてどう言うつもり?!ダンはマスターが優しいからって甘えてるだけでしょッ!!」


『あ、あま…え…?』


ぺっと勢いよく吐き出されたダンくんがサスラに抗議すると、サスラから思いもよらぬ反撃を受けたのかダンくんがよろよろとよろめいて大人しくなってしまった。…というかサスラさんや。その言葉は自分に突き刺さってないかい?あ、良いんですかそうですよね。


「僕はマスターのいう事に歯向かってないよ?嫌だから嫌って言って、僕の方が聖龍よりおススメだよ?って言ったんだもん。マスターに甘えられるのは僕の特権だし。」


「わぁ、小悪魔ぁ。」


ふふん、と胸を張るサスラたんクッソ可愛いな。甘えてる自覚あったんですね!良いぞもっと来てくれ。


「ダンはマスターが命令してくれないと動けないから、マスターが《結果的に人間を殺す》選択に頷く様に誘導してるだけだ。ダンがそうしたいのか、断罪履行生物がそうしたいのかは知らないけど…。」


『そん、そんなことはッ!』


「優しく心配しながら毒みたいに少しずつ人間を嫌いになる様に追い込んでくる、ダンのそういう所大嫌い。」


『…だいきらい、』


サスラが追い打ちをかけるとぶるぶる震えたダンくんは呆然としたまま涙声で小さく呟くと、しゅる、とサスラの尾が蛇の頭から蛇の尾へ形を変えた。


「…兄弟喧嘩?」


「どっちが兄だ?」


「いや、気にするところ絶対にそこじゃないっス…。」


ダンくんかな?なんてゼロさんと首を傾げていたら深刻な表情でアルトくんにツッコミを入れられてしまった。うん、わかっててやってるから許して。


「サスラ~?」


「…。」


呼びかけると自分でもちょっと言い過ぎたと感じているのか、バツの悪そうなサスラに笑ってしまう。モフモフの鬣を撫でるとちら、とサスラがこちらをみた。


「マスター怒らないの?」


「怒らないよ。考え方なんてみんな違うもの。」


「…僕悪くない。」


「そうだねぇ。サスラの言ったことはサスラの感情でサスラの大事なモノなんだから良いも悪いも無いさ。」


「…ダンも悪くない。」


「そうだね。ダンくんも私が心配で言ったのか、唯々疑問を口にしたのか…わかんないけど。」


「……。」


「あとで、大嫌いなところだけじゃなくて大好きなところも教えてあげたら?」


「…うん。」


撫でながら笑って言うと、とっても小さい声でお返事が返って来た。うんうん、いっぱい悩むがよい。


「これが一次反抗期って奴かな?」


「絶対に違いますよ…。」


感慨深くなって口走ったら首を横に振られてしまった。遺憾(みかん)()


「最初はね、みんな殺そうって誘われてたの。」


「わぁお。」


ふぅ、とため息を吐くサスラはやれやれと首を振りながら話すけれど…、それ、断罪履行生物取り込んだ時の話ですよねサスラさん?


「でもね、沢山お話したら人間も良いですねって言ってたんだ…。」


「…これ私の所為ですよね?」


「反省しろ。」


「猛省します…ッ。」


ワンパンされたことがここまで影響与えてるとは…若干思っていたけども。ゼロさんに肯定されて確定来たわ。んん、せっかくサスラがダンくんと好い関係を築けていたのに私の行動でやっぱり人間はダメだってなったのかもしれんな。というか、断罪履行生物的にそれしかないよね。うう、すみませんん。






「というわけでな?ちょっと迷惑してるんじゃよ。」


「意味が分からぬ。おもにお主の所為ではないか。」


目の前には山のような龍が居た。『龍』というとどうしても東洋中華系の蛇みたいな龍を思い浮かべてしまうけれど、目の前の聖龍は完全に西洋龍。『ドラゴン』だった。あばらの浮き出た爬虫類系の胴体、獣の鍵爪に鰐頭にはねじれた角が生えている。蝙蝠と鳥を掛け合わせた翼は被膜と鱗と羽毛が疎らに混ざり合い、『聖龍』としての神々しさはなく…ぼろぼろの雛に似ているのに目だけがぎらついていた。


時計塔の上に陣取っていた聖龍はサスラに乗って近づいてきた私に気が付いた途端、やっと来たのか!と広場に降りてきた。時計塔の周りは聖龍が私としか話さない宣言をしたと同時に結界が張られて、ゼロさん達はサスラ含めてはじき出されてしまったけれど、焦るゼロさん達に手を振ったりピースをしていたら一先ず落ち着いてくれた。思いっきり呆れられていたともいう。そのまま延々と小言を聞かされてしまったので、お返しにこんなに迷惑被ってるぞ。と同じように小言を返してみたのが今さっきのことである。


「起点は君ですしお寿司。」


「その妙な話し方をやめよ…、頭が痛くなるわい。」


ふう、とため息を吐かれてぶわっとコートや髪がはためく。見上げるの首が痛むから伏せてってお願いしたら聞いてくれる辺り、めっちゃいい奴だと見た。


「そもそもだな、聖女よ。お主がさっさと我の元へ来ればよかったのだ。それを城に隠れ人間に混ざりちくちくと…、」


「うんうん、だからそれさっきも言ったけれどね。私じゃないんだよ。お城にいる子は修道女。」


「しかし人間の王族が聖女を召喚したと言うからはるばる我自ら出向いてやったのだぞ。」


「ごめんね、人間にもちょっと面倒な人達が居るからさ。」


あ、やっぱり人の噂を頼りにここまで来たんだね。中々にぼろぼろだけれど、そのせいで判断力とか諸々低くなってるのかな…?にしてもなぜこんなにもボロボロ?首を傾げている聖龍からは威厳も恐怖も感じない。なんというか…怖いには怖いんだけれど檻の中のライオンというか漠然と自分が安全だというのがわかる。聖龍は私を害せないんじゃなかろうか。と私の勘が言っている。


「…つまり聖龍たる我に嘘を申したというのか?なるほど、矮小なる人間風情が…」


閉口した聖龍が唸る様に声を上げる。ビリビリと肌を焼いているのは殺気だろう。龍の気位が高いのは異世界共通なのかい?普通に嘘つかれてムカつくってなってるんだろうけれどさ。


「お怒りの所申し訳ないけどね、殺しちゃダメだからね?」


「…我に命令する気か小娘。」


念のためどうどう、とジェスチャーしたら伏せていた頭を擡げて先程迄と比べ物にならないくらい威圧をかけられてしまった。ギラギラと虹の虹彩を輝かせてグルグルと獣のように威嚇されている。鋭い牙は私の肉を簡単に引き裂ける鋭さを持ってこちらへ迫ってきていた。…うーん、


「私に命令する気か?聖龍如きが。」


許さんぞい☆と茶目っ気を乗せつつ聖龍の真似をして威圧してみる。神殿で広範囲に浄化してから、なんだか身体がふわふわする。どうすれば目の前のモノが自分の思い通りに動くのか、なんとなくわかるのだ。今も聖龍の身体を雑巾でも絞る様に締め上げるイメージと、ほんの少しだけ殺すぞ。という殺意を乗せる。そのまま聖龍と見つめ合えば、じわじわと聖龍の眉間に皺が寄って…先に威圧を解いたのは聖龍だった。


「……なんなのだお主は。その身体で何故生きている?」


威圧解いてくれてよかったぁなんて軽く喜んでいたら、心底不思議だという声色で訊ねられて身体が硬直した。え、何が見えてるの怖い。


「やめろやめろ恐ろしいことを言うんじゃないよ。」


「何故聖女の力が二重にかかっておるのだ。女神にでもなるつもりか?」


「アルたんがやったんだからね?私が望んだわけじゃないやいアルたん呼んだろうかこの野郎。」


び、ビックリしたーッ!実はリンは死体なのですとかだったらどうしようかと思ったわ。聖女の力は元々二人に分かれる予定が片側辞退したから仕方なくなんだよ!女神になる気かとか言われるの二回目だけれど、私の希望ではありませんから。ここテストにでるよ!なんなら説明要員に呼びだすぞい?と聞けば聖龍の顔が青に変わってブルブル震えたかと思えばすぐに今度は真っ赤に染まって憤りだした。


「やめよ!アルヘイラなど会いとうもないわッ!」


「聖なる龍のセリフとは思えんのだが?」


「あ奴が…ッ!あ奴の所為で我はこのような目にあっているのだぞッ!」


「はぁん?詳しく。」


叫ぶように怒鳴る聖龍の眼には誰が見てもわかるほど『恨み』が乗せられていた。聖龍がアルたんを恨むってなんぞ?どういうことなん?首を傾げる私に、しばらく苦虫を嚙み潰したような顔をしていた聖龍は薄らと身体に光を纏わせて立ち上がる。背中側には疎らに抜けた羽毛が見えていたが、立ち上がりあらわになった腹側は鱗に血が混じり所々欠け、やはり聖龍というにはあまりに痛々しい姿で。


「…見ろ。アルヘイラに付けられた枷だ。聖女を護る者として、当時最強であった我がアルヘイラに捕らえられ縛られたのだ。これがある限り、我は聖女に逆らえぬ。」


聖龍の言葉に息を飲んだ。血が混じる鱗はよく見ればまるで鎖で縛られている様に身体に赤い線を描いており、聖龍が淡く発光するとその線の上にまさしく鎖が浮かび上がり身体中を締め上げていた。首と両手足は罪人の枷に似たそれがはめられ、まるで尊い力だと言わんばかりに純白に光り輝いている。不気味過ぎて鳥肌で空飛べそう。あと、確実にこれはアルたんがやってますわ。


「…願え。我に与える神聖力を代償に、一つだけお主の望みを叶える。それが制約。」


余りの光景に押し黙った私に、聖龍が呟いた。どこを見ているのか、私が映る瞳と視線が合わない。


「君の条件はなに?アルヘイラは聖女を君に護らせて、君はなにを願ったの。」


「『存在を許される事』だ。女神に捕まった時、何より強く気高いと自負していた我は初めて死を覚悟した。そして唯一願ったのはただ生きて女神から解放されることだった。」


与えられたのはこの世界で永遠に生き永らえる命。代わりに聖女の願いを叶えなければ死を願う程の飢えに襲われ、しかし自死は許されない。人間達は聖龍たる我を殺すことが出来ず、ただ聖女の願いを叶える一時のみ何者からも解放され目の前が晴れるのだ。そう淡々と話す聖龍の眼は淀んでいて、死にたい。と雄弁に物語っていた。


「さぁ、願え。聖女。」


私の神聖力により、叶えられる願いの大きさは決まるらしい。…つまりこれはアレだな?アルティメットフラグだな?本来は『私を護って!』っていう所なんだろうけども、間に合ってるしな私。ゼロさんもいるしサスラもダンくんもいる。なんなら私も強いんだぞ!ってことで、


「自分で叶えられない願いなんてね、望むもんじゃないよ。…私は私の力で君の枷を壊す。」


「何を…、無理だ。これまでの聖女も幾人か同じ願いを口にしたが、枷に弾かれる!」


「歴代聖女の願いは、でしょ。私じゃない。試してもないのにやめる気はない。試して無理だったらその時考えるよ。」


言いきる私に聖龍が閉口した。そうだよ。女神に成れるかもしれないんだろ私の神聖力は。なんせダムの放水の勢いで変換してるからね。周りに魔力があればあるほど、すべて私の神聖力に変換して排出してるんだ。ここにはうってつけの君の魔力があって、私がここで神域を作る勢いで神聖力に変換しても周りの人間はサスラとダンくんが何とかしてくれる。だから…そんなものに願わずとも、君の枷を壊すくらい出来るに決まってるだろ。だって同じアルヘイラの力なんだから。


神殿で浄化した時の様に、高い笛の音がする。心臓の音が聞こえる。伸ばした髪が神聖力に巻き上げられて視界の端を揺蕩ってる。寒い雪の日に冷えた指先がじんわり温められる様にぴりぴりと痺れが走る。聖龍の瞳に映る私は、どこもかしこも真っ白に光り輝いてまるで別人になっているから笑ってしまった。ああ、楽しいなぁ。ひとしきり笑って聖龍の首の枷へ手を伸ばすと聖龍が頭を下げて枷を近づけてくれた。ありがとう、と言ったら同じようにありがとうと返されて、それもなんだかおもしろくてまた笑う。


ぱん、と軽い音がして、見れば聖龍を締め上げていた枷と鎖が砕け散りキラキラと輝く粒子になって…私の手首に巻き付くととても細い銀のブレスレットになってしまった。それに驚いていると、目の前の聖龍の傷があっという間に治って…そのまま忌々しい白を払い捨てる様に、足元から美しく輝く黒が姿を現した。白い羽や鱗は飛び散り、艶めく鱗と鈍色に輝く黒い羽が金の瞳を飾り立てていて…とても、聖龍にしっくりと似合っていた。


「…装飾品が強制的に増えていくッ!」


なんでや!と叫ぶと残念なモノを見る様な顔を聖龍に向けられた。瞳に映る私はいつも通り黒髪黒目の私で。おかえり地味な私!落ち着くぜ!しかしどうしよう。ピアスが二個にブレスレットとマジックリングでジャラジャラ度が上がってしまった…ッ!うんうん唸っているとぼすん、と地面がゆれて。見ればまた聖龍が伏せていた。


「今代の聖女は、随分な阿呆だの。」


「おぉん?喧嘩売ってる?!残念ですが自覚済みですよ!」


「いや、…ありがとう。いい気分だ。」


ふふふ、と笑う聖龍は初めて会った時とは違い真っ黒な龍へと姿が変わったのに満足げに微笑んでいて…元々黒龍なんじゃ。となんでもない様に言っているけれど、かなり格好いいなこれは…。まばらだった羽や傷付いた鱗は綺麗に生え変わりあばらの浮いていた胴体も筋肉が張って逞しさが凄い。これに威圧されたら気絶するかもしれんな。でもぎらついていた金眼が優しく細められてこちらを見ているから…そんなことにはならないと安心できる。さて、じゃあ心置きなくミッションをこなさねば!


「礼には及ばんよ!なんせこれから君の尻を叩くミッションが残ってるからね!!」


「…は?おい待て何を言って、いや止めろ!なんじゃその手は!!」


「恨むなら過去の自分の行いを恨むんだな!」


わきわきと両手を動かしてにじり寄ると、黒龍が焦った声を出しながら後退る。足の間から尻尾が出てて可愛いね!ふふふ、だが無意味無意味!なんせ今の私神聖力の使い方に一家言…ないけども。黒龍を押さえつけてお尻に神聖力ぶち当てて叩くくらいできるんだよ!


「やめっ、やめんかぁあああああ!!!」


ぎゃあああッ!と到底龍が出すとは思えない人間臭い悲鳴をBGMに五回ほど尻を叩かせてもらったぜ。ふぅ、いい汗かいた。汗を拭うジェスチャーをしつつ爽やかな気分でいたらドロドロと恨みがましい目で黒龍に見られていた。


「ニンゲン、ユルサナイ…、ううう…」


「なんだもう一回して欲しいのかい?しょうがないにゃあ…。」


「狂っておるのかお主はッ!」


事後みたいな雰囲気で崩れてる黒龍に満面の笑みで近づいたら威嚇されたでござる。


「すこぶる正常ですよ。」


はっはっは冗談だよ!と笑うと疲れた…って顔で結界が解けて。すぐにサスラとゼロさん達が隣へやって来た。


「ミッションコンプリートしました!」


「…怪我はないか?ないな?」


「ないです隊長!」


「マスター聖龍従魔にしてないよね?ね?」


「してないからご安心ください。」


「マジで尻叩くんすね…、聖女様ヤッバ…」


「よいこはまねしちゃダメだぞ☆」


誰も出来ませんよ。なんてツッコミを頂きつつサスラに纏わりつかれゼロさんに捕まっていると、黒龍がのっそりと身体を持ち上げた。


「うわでけぇ…ッ!」


「カッコイイ!!」


「近くで見るとすごい迫力ですね。」


「聖龍…で、いいのか?」


イナ〇レの皆さんからの声に気分が持ち直したのか満更でも無さそうな黒龍はフン、と息を吐く。


「我はもう聖龍ではない。女神から解放されたただの黒龍さな。」


「黒龍の時点で普通じゃないのですよ…?」


「そうなの?」


デュオさんから零れた言葉に反応すると黒龍は世界に片手で数える程しかおらず、龍の王とその番、子供達しかいないのだと教えて貰えた。


「つまりこれから婚活にいくのか?!」


「コンカツ?」


「嫁探しの旅。」


「我は雌じゃ。」


「夫探しの旅か!!」


新事実。まさか雌だったとは…美女(希望)の尻を公衆の面前で叩くのは良くなかったかもしれない。ちょっと反省。わふわふしている私に黒龍は笑いながら顔を寄せてきて、なんじゃろな?とみていると目の前で黒い霧に覆われて…


「番を探すのもよいがな。お主の側におるのもやぶさかではないぞ?」


「ひょあっ」


目の前に長身イケメン美女が現れた!美女は金の瞳でこちらを見つめてきている!美女の魅了攻撃!リンに効果は抜群だ!リンは腰を抱かれて逃げられない!


▶ 見惚れる

  戦う

 逃げる


「寄るな。」


▶ゼロさんに引きはがされる!ゼロさんは美女に威嚇している!美女は笑いながら離れて行った!


「ああっ!勿体無い!」


「お前な…、」


「しゅみまふぇんでひた。」


つい口をついた本音に頬を左右に伸ばされて速攻でお仕置きされたでござる。いたい。いや、黒龍めっちゃ美女じゃないですか最高か?美女からしか得られない栄養があるんや…。正直たすかる。


「超タイプ。カッコイイ。ダメかも知らんね。」


「なんだ、お主はこちらが好みか?変わった奴だの。」


ヘルシー美女な黒龍はウルフカットにインナーカラーが赤でした。身体のラインが出ちゃう服はロックで肌の露出が無いのに雰囲気がえっちだ。黒髪を掻き上げる黒龍に心臓を撃ち抜かれて悶えていると隣からとんでもなく殺気を感じる。恐る恐る見ればそれはゼロさんではなくサスラからのモノで…。


「なんなのお前!マスターは僕のご主人様なの!僕が護るんだからお前の出番はないよ!あっちいけ!」


「良く吠える獅子だな?…ああ、中におるのは断罪か。」


ざわっと風が逆巻いてサスラの姿が獅子から10歳くらいの少年の姿に変わっていた。腰にしがみ付いてくるサスラは黒髪黒目なのに顔がゼロさんに似ていてなんだろ…サスラの好みで混ぜたのかな?可愛くて大変いいと思います!!サスラを見ながらメロメロしているうちに一方的な言い合いはヒートアップしていた。


「そうだよ!ダンもいるからお前はお呼びじゃないの!」


「わかったわかった、ではな。聖女。また会おう。」


吠えるサスラにニヤニヤと笑う黒龍からの別れのあいさつに返事を返そうとした瞬間、


「んぅ?」


かぷ、と唇を噛まれて時が止まった。…おっふ、イケメン美女にキスされてもうた。…役得?反応に困っているとそのまま耳元で囁かれて。


「…ヴルム?」


「あーーーーーッ!!!??」


黒龍に聞き返すと嬉しそうに金の眼が細められて…腰にしがみ付いていたサスラから絶叫が響いて鼓膜無いなるところだった。あっぶね。


「ハハハッ、さらばだ!」


一瞬で黒龍に戻り囂々と風と土埃を巻き上げて空へ舞い上がると、巨体からは想像できないスピードで飛び去ってしまった。怒り狂うサスラを残して。


「殺す!絶対殺す!!」


「サスラストップ!ステイステイ!!」


視認できる勢いで魔力の塊を作りソーラービームよろしく空へ打ち出し始めたサスラを宥めながら魔力を循環して打ち消すほうが、聖龍と対峙するより緊張したんだが?みんなにかすりでもしたら蒸発して消えちゃうからね!?何とかビームを止めることには成功したけれど、ご機嫌のよろしくないサスラと心ここに在らずになってたゼロさんを引きずる羽目になって、くっそ許さんからな!とヴルムの飛んで行った空を睨んでしまったけど許してほしい!!


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[一言] すっごい好きなストーリーで一気読みしました! 話のタイトルが『いってらっしゃい…』的な完話なのかと思ったら、新たなる美女登場で絶対続き気になる流れじゃないですか_:(´ཀ`」 ∠): ムーン…
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