一番ってむずかしい。
「聖龍の魔力を浄化するあーるてぃーえー、はじまりますん。」
「またよくわからんことを…。」
馬で並走してるゼロさんに突っ込まれたけど、気にしませんぞ。だって止まって浄化するの面倒だから広範囲展開したまま走ってるんだもん。効率厨なう。出力とちってもダン君が中和してくれるから問題ないしね。もちろん私が先頭!とはいかず、ちょうど真ん中くらいかな?先頭が雪に埋もれないよう2m手前あたりから浄化してるんだけど、自分が雪を消してるみたいで楽しい!ってアルトくんが先頭きって走ってるよ。何処までも弟属性だなアルトくん。
そして今回はなんだかとてもヤル気満々というか、ふんすふんすしてるサスラの強いご要望にお応えして一人でサスラに乗ってる。どうしたんだろ。とりあえずこのまま中継地点まで行くよ!最初だけグラついたけれど三十分位で慣れた。主にサスラとダン君のお陰です。
大分大所帯な気がするけどもこれでも少ない方だと言われてスンッてなった。イナ◯レメンバーとデュオさん含む紫の神官さん三名様がご同行です。残念ながらアリア達じゃないけどそんなことを言うと神官さん達にしょんぼりされるからお口チャックなう。聖女への信仰強い人が集まってるらしくて下手なこといえないのだよ紫さん達には。
「そう言えばサスラって飛べるよね…私乗ったままでも飛べる?」
全自動浄化は暇だからサスラと他愛もない談笑中、私が背中にいるから羽が消えてるけど飛ぶときってどうするんだろ。重量制限とかあるかな、なんて心配になって聞いたのが間違いだった。
「任せて!」
言うや否やるんるんなお声が聞こえた途端に視界が一瞬真っ白になった。びっびっくりした!えっこれサスラの羽か?!バッサバッサと羽ばたきながらぐんと走るスピードが上がる。
「あっ待って待って飛んでってことではなぅおぁああお!」
「わぁい!」
私の悲鳴とサスラのご機嫌な声だけ地面に置き去りにして気がつけばサスラはあっという間に空へ駆け上がっていた。
「ふぉお…っ、ビックリした!ジェットコースターみたいだったわ。」
よく落ちなかったな私。と思ったらダン君がしっかり胴体に巻き付いて押さえてくれていた。ありがとー!お顔撫でときましょ。うりうり。んんー、鱗がすべすべで気持ちいいねぇ。私と一緒だと羽ばたかなくても飛べるって前に言っていたけど、本当に滑る様にというか空を駆けてるって感じの飛び方だね。
「リンッ!大丈夫かっ?」
「だいじょーぶだよーっ!!」
遥か下から聞こえるゼロさんの声に見下ろせば、サスラは木よりも高く飛んでいたようで皆が小人みたいになってた。声届いてると思うけど手も降っておこう。
「んへへぇ、マスタービックリした?すごい?すごい?」
振り返ってきたサスラたんのおめめがキラッキラで、空を駆けているのにぴょんこぴょんこ跳ねながら飛ぶからご機嫌具合が伝わってきて叱れないでござる…。
「ふふ、凄い!サスラは力持ちだねぇ。」
「そうでしょ!僕何でも出来るからね!マスターの従魔だもん!」
可愛いから良いかぁで終わるはずが今日はちょっと違和感を感じる。落ち込んでるというか、焦ってるような?どうしたのかな。私が悩んでると察知したダンくんがシュルっと耳元までやって来た。
『神殿で少々拗ねてしまいまして…。』
「あらぁ。」
小さな声で内緒話の様にぽそりと落とされて首を捻る。拗ねるようななにかがあったのかな?そんな私を見てしゅるしゅると舌を出しながらダンくんが追加情報をくれた。
『聖龍と聖獣のどちらがマスターに相応しい従魔なのかと話しているのを聞いてからですね…。』
「にゃるほろ。」
神官さんか避難民さんかわからないけど…比べられるのは嫌だよね。もふっとふかふかでいい匂いな鬣に抱きつく。毎日一緒にお風呂にはいってブラッシングしてるからサスラは極上の手触りなのです。そのままわしゃわしゃ撫でまわすなう!
「サースラ、よしよし。」
「んへへ、マスターくすぐったいよぉ!」
笑いながらもしっかり安全運転できるなんて優秀だね!ダンくんとの内緒話はサスラに聞こえていなかったみたいだし、サスラからお話ししてくれるのを待とうかな。
「サスラ、大好きだよ。」
「僕もマスター大好き!」
間髪いれずに帰ってきた好意の言葉に顔が緩んじゃう。かわいこちゃんめ!このこの!
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「見てくださいよ先輩、飛んでますよ!いいなぁシンジョウ様…。」
「…落ちるぞ。」
空を仰いで心底羨ましそうな声を出すアルトに注意しつつ、振り仰げばサスラとリンは指先程の大きさになっていてかなりの高さで旋回を繰り返して…空から二人分の笑い声が降り注いでいる。
「私達が飛ぶには飛竜が必要ですからね。」
「ああやって自由にしてても浄化ってかけられるんだな…。」
「聖女様ならではなのか?」
その声を聴きながら馬を走らせて雑談している俺達の目の前はまるで光の海。浄化をかけられた聖龍の魔力で出来た雪が光の粒へ変わりその中へ馬を進めると左右に割れて波が生まれ粒が空へ吸い込まれるという、非日常の美しさが起こっていた。
「大聖女様だからこその御業です。我々教皇が無尽蔵に浄化を使えば回路が焼けて死んでしまいます。文献では歴代聖女様の浄化は常に祭壇が用意され、高められた神聖力でもって行われていますから…、このような広範囲の浄化を片手間で行えるのは、シンジョウ様とアルヘイラ様のみでしょう。」
俺達の会話を聞いていたのか、興奮気味な教皇が早口でまくし立ててくる。合間に流石です、素晴らしいですと震える様はやはりどうにも気分が悪く視線を逸らす。
「あっ、」
ふいに焦りの混じる声がアルトから発せられ顔を上げると
「バァッ!」
「ッ?!」
「あはははっびっくりした?」
けらけらと楽しそうに笑うリンが…いや、なん、どうなっているんだ?!上空に居たはずのリンが目の前に浮いている。一瞬サスラの変化かと思ったが…目を細めて悪戯が成功し喜んでいるこれは…間違いなくリンだ。
「サスラとちょっと実験中!お仕事するから遊んでいい?」
きらきらと瞳を輝かせて俺の返事を待つリンは、楽しさを押さえきれないのか頬が紅潮してそわそわと落ち着きなく揺れていて…可愛い。なにをするつもりかはわからないが、昨日遠慮なく好きにしろと言ったからな…まぁ怪我さえしなければ何の問題もないか。緩む口元に気が付いたリンと笑いあう。
「…怪我をしないように。」
「はぁい!了解しました隊長!」
返事一つ、くるりとその場で振り返ったリンは何かを背負っていてそこからいってきまぁす、とサスラの幼い声がする。なるほどサスラの変化はこっちなのか。サスラにも気を付けろと声をかけると、そのまま泳ぐ様に飛び出して行った。
「いやいやいや、なんスかアレ?!」
「魔法か?」
「…サスラは神聖力で飛べる。」
「まぁサスラ自体が飛んでるからそれはわかるけどな。」
「って言うか今のやり取り通常であんな感じなんスか…。」
アルトが遠い目をしているが、そういえばいつの間にかリンが俺に行動許可を取りに来るな。…自分でも薄々俺に叱られるかもしれないとわかっていて、聞いてきているんだろう。そう答えると「そうじゃないっス…。」と渋い顔で首を振られた。意味が分からん。
「サスラ様は、聖獣でいらっしゃいますよね。」
話しの途中で俺へ確認の体を取りつつ確信を持って笑う教皇。…こいつの『瞳』はヴォイスと同系統のモノだったか。何も発せずとも満足そうに頷きながら素晴らしい事です。と続ける教皇に知らず眉間に皺が寄る。
「まさか我々を裁くアルヘイラ様の力までも自らのモノになさるとは…ッはぁあ、盲信します…。」
「裁く?裁くってなんスか?」
「女神の愛娘の機嫌を損ねれば、命を持って償う以外にない。ということです。」
「ぅえぇええ…?」
機嫌良く好物の話でもしているような教皇の表情と言葉の差に、アルトの顔が引きつっている。話に聞き耳を立てている奴らも黙り込んだ。…リンがそんなに単純な女なら、もっと生き易くあれただろうか。そんな意味のない事を考えても仕方がないが…なにか覚悟を決めたのか、リンは今朝からずっと機嫌が良い。無理をしているようには見えないから好きにさせている。「ん~…ッ、」と唸り声を上げるアルトが心底わからない。という顔で教皇を見ている。
「シンジョウ様が機嫌損ねるってそうそうないんじゃないっスか?だって殴ってきた相手に謝るって相当っスよ?」
「確かに。」
「煽ったのは自分だからって言ってたけど…あれはな…、」
「治るったってそれまで痛みが無いわけじゃねぇんだろ…?」
「もう少しご自身を大切になさった方が…、」
アルトの言葉を皮切りに、口々にリンへ心配という名の小言が飛んでいる。殴られ慣れていると言えばおかしいが、今まで命のやり取りから小競り合いまで経験のある俺達とは違い、リンは誰の眼から見ても保護される側の人間だ。性格を知れば今まで暴力や危険にさらされたことが無いのではないかと感じ取れるほど。それが豪快に殴られ血を吐き、なお立ち上がって気がすむ様にすればいいと笑ったリンの眼に気圧された。…王都の浄化が終わったら、しばらく閉じ込めるか。ふと思いついたそれが、何故か妙案に思えてくる。従魔試験の後に甘えてきたリンを思い出して、緩みそうになる口元を押さえた。
「一番キレられてたロックスが生きてんだから大丈夫だろ。」
「え、先輩シンジョウ様怒らせたんスか?!」
「…どの口が言ってるんだお前は。」
「その分は殴られたんだからチャラだろうが!二発も殴りやがってオレじゃなきゃ死んでたぞ?!」
そもそも即嬢ちゃんにやり返されてたんだからアレで終いだったじゃねぇか!と叫んでくるダズから顔を逸らす。五月蠅い奴だ。それもサスラに治されたのだから問題ないだろうが。吐き捨てるとテメェ…とダズが震えているが、知らん。
「お、ケンカ?けんか?」
ふわ、と走る馬に並んで飛ぶリンはやはり泳ぐ様に緩やかに動いている。…どうしてそれで馬の速さに追いついているのか理解が出来ないが…、俺は魔法に関して詳しくはないからそういうものなのだと飲み込んだ。
「実験は済んだのか?」
「ん、えっとねぇ…私が広範囲浄化するのに中心の神聖力濃度が高くて人間死んじゃう問題をどうにかしようと思いまして。」
おにぎりタイプは私が真ん中にいるからダメだし、ロールケーキ方式だとやっぱり中心濃度が上がっちゃうし…と、身振り手振りで話しているがそもそもロールケーキとやらがわからんぞ。
「でね、空飛んでたら思い付いたんだけど、範囲選択したあとに対象物…人間だけ弾いたらいいんじゃない?って。空から見ればわかりやすいし…。」
でもダメだった!と笑うリンは少し眼が游いでいて、…今聞くべきではないのだろう。そのまま捕まえて横抱きで前に座らせると背中のサスラから非難の声が上がった。
「あぁっ!マスター乗せるのは僕の役目なのに!」
「いつからそんなことになったんだ?」
「出発時かなぁ。」
ひゅる、と風の混ざる音がしたかと思うと子獅子に戻ったサスラがリンの膝に陣取り俺を睨みつけてきた。…今日は随分機嫌が悪いな?
「ロックスはもうますたぁにさわっちゃダメッ!!」
「断る。」
しまった。叫ぶサスラに反射的に返してしまった…しかしもう手遅れでサスラはぶるぶると震えて俯いている。
「団長大人げない…。」「いまのはちょっとどうかと…。」「サスラちゃん泣かせないでくださいよ!」
自分でも思っていることをアルト達に言われてしまい何の言い訳もできない。視線を泳がせている俺を見てリンは苦笑いをしていて、すまん、と落とすと緩く首を振られた。
「よしよし、どうしたの?」
俯くサスラを抱き締めて優しく声をかけながら背を叩くリン。それをダンがジッと見つめている。
「うぅうう゛…ッ、マスタァはぼくのだも゛ん゛ッ、」
「そうだねぇ。私の従魔はサスラだけだよ。」
「りゅうなんかよりッ、ロックスよりぼくの方が強いもんッ!」
「うん、そうだね。」
ダンを体内に取り込んだ今、恐らくこの世界でサスラに勝てる生物はいないだろう。妖精王や女神はその限りではない。リンにしがみ付き、ぐいぐいと頭を擦りつけているサスラ。
「ぼくがいちばんッ!マスターを好きなのにッ!!マスターだって僕が一番だよね?聖龍なんていらないでしょッ?!だから僕が、マスターがアイツの所に行かなくたって僕が倒してくるッ!!」
感情が高ぶっている所為かサスラの身体が煌々と神聖な輝きを放ちだし、飛び立とうとした瞬間
「はぁ~い落ち着こうね。」
リンがガッと音がしそうなほど強くダンを…サスラの尾を掴んで引き寄せてまたサスラを抱え直した。
「ま、マスタァ放してッ!なんで止めるの?聖龍浄化するんでしょ?!僕だって出来るもんッ!」
もぞもぞとリンの腕の中で藻掻いているサスラが本気をださずとも、逃げようと思っていればすぐにリンから離れられるはずだ。それをせずただ両前脚をリンに押し付け距離を取ろうとしたり、不安気にリンを見つめては口ごもっている。そんなサスラを叱るでもなく、リンは背や頭を撫でている。
「浄化はするけど、お話に行くんだよ。殺しに行くわけじゃない。」
「…ッなんで?皆を困らせる悪い奴なんでしょ?倒したらもう悪い事なんてできないでしょ!?」
「そうだね。でも、なんで悪い事をしたのかちゃんとお話を聞かなくちゃ。」
「悪い奴なのに?危ない奴と話をするためにマスターが怪我をするかもしれないのにッ?なんで?!…ッマスターは聖龍が欲しいの?…ッ、ぼく、僕はいらなくなっちゃった?」
金の瞳から一度涙が落ちると、ぼろぼろと次々に零れ落ちてはリンの服を濡らしていく。周りに視線を向ければダズも頷きスピードを落として馬を止めた。アルト達に指示を出し、ひとまず休憩を取らせる。馬から降りて繋ぎ、後を任せると水をやりながらちらちらと心配そうにサスラを見ていて…仲良くやっていたのがわかる。サスラを抱いているリンを抱え降ろし木陰に座らせる。その間もサスラはリンにしがみ付いたまま動かない。
「私は、サスラ以外従魔にするつもりはないよ。」
「でも、でも人間がッ、聖龍は特別だから、聖女様のものになるってッ!」
「たとえ今までの聖女がそうしていたとしても、私はしないよ。」
「でもマスターは聖女で、」
「聖女だけどそれを決めるのは私だから。私がしないと決めたから、今代の聖女は聖龍を従魔にはしないよ。」
「なんで…?」
「私にはサスラが居るから。…そうでしょ?」
「ーッう゛ん゛!!」
サスラの涙をはらい微笑むリンの答えに安心したのか、またぼたぼたと涙をこぼしながらしがみ付くサスラ。それを遠巻きに眺めていたアルトがほっと息をついているのが見える。そのままそっと寄ってきて濡らした布と水を渡された。
「サスラのやきもち妬きは誰に似たんですかねぇ。」
「…何故俺を見るんだ。」
「いやこれむしろシンジョウ様が量産してるんじゃ…。」
「えっ、そういう事になるの?!」
サスラを覗き込んでいたアルトの言葉にリンの肩が跳ねている。うむむ、と唸り何か考えながらも手は優しくサスラを撫でていて…なんというか、母親のようだな?
「子供特有の独占欲かと思ってた。」
「サスラは子供…でいいのか?」
「人間で言うと一歳未満だけれどモンスター的に何歳なんだろう。」
『おおよそ7歳ほどかと。』
「一ヵ月一歳計算な感じだね。反抗期あるのかなぁ。」
モンスターに反抗期…?とアルトが真剣な顔で首を傾げていて中々に面白い事になっている。リンはモンスターや魔物に対しての固定概念がないからか本人の性質か、あまり人間と分けて考えずにいるからな…。
「…グスッ、マスターの一番は僕?」
「そうだよぉ。」
少し落ち着いたのか、鼻を啜りながらサスラがリンに問うと、リンがすぐに肯定しているが…顔が緩んでいる。可愛い可愛いと口には出していないが眼が、雰囲気がサスラを全力で愛でていた。
「…ロックスよりも僕が好き?」
「そうだねぇ。」
「…、」
そんな目で見ずとも同じ間違いはしないぞ。声に出さず身振りで黙る様に言ってくるアルトに眼で訴える。
「…じゃあ、ゆるしてあげる。」
「うん、ありがとうサスラ。」
「……んへへ。」
渋々、といったようにサスラが言えばリンがサスラの額にある紋に口付けた。喜んで笑うサスラを見て、しらず詰めていた息を吐き出す。日に日に、サスラの行動や感情がまるで人間の様に変化している。本来の自動人形を知らないが、涙を流すものなのか?モンスターの中には人間の様に感情があり独自の社会を築く種もいる。しかしサスラは元がスライムなんだが…体内に断罪履行生物がいる時点でなにもかも規格外だ。何かと比べてみるよりも、サスラに合わせて対応を変えるのが結果的に良いのだろうな。そんなことを考えていると、キッとサスラに睨みつけられた。
「マスターの番だから許してるんだからねッ!マスターの一番は僕だからッ!」
「…そうか。」
言葉に迷い取り合えず返事を返すとフン、と鼻を鳴らして満足げな顔をしているから今度はあっていたようだ。もう少しすれば出発できると言うリンに頷き、サスラが話しやすい様その場を離れた。
「ずいぶんデカい子供が出来たなロックス。いつの間に父親になったんだ?」
にやにやと笑いながら近づいてきたダズに蹴りを入れると五月蠅くわめかれたが少しすっきりした。
「しかし話していることは完全に人間のそれですね。」
「俺も昔息子に似たようなこと言われたぞ。『ママは僕ので僕が一番だから』ってな。」
「それ、下に兄弟が出来ても言いますよ。」
「妻は嬉しそうでしたが複雑ですよね…。」
いつの間にか経験者に囲まれ謎に慰められているが、そもそも俺はサスラの親ではないんだが。
「それにしても、シンジョウ様は聖龍倒さないんスね。てっきり神聖なお力でバーン!と瞬殺かと思いました。」
「悪い奴に悪い事をする理由を聞いて話し合う…でしたか。」
「場合によっちゃ綺麗ごとだが…なぁ。」
首を傾げて不思議そうにしているアルトの考えは理解できる。むしろ俺もそちら側にいた分、いまだリンの行動に割り切れない部分がある。窺いみてくるダズも、リンと行動している間に聞いたのかもしれない。
「リンの生きていた世界で暴力行為は犯罪だ。投獄され国中の人間に暴力を振るう人間が周知されるらしい。」
「えっ。それって喧嘩レベルもっスか?」
「程度により、殴られた側が訴え出れば傷害罪で連行されると言っていた。」
「という事は日常であまり暴力的な行為はない…?」
「基本的にはそうらしい。娯楽の一環で見る格闘か、芝居で見る位だそうだ。」
「…え、それでよく殴られましたね?!何をどうしてその発想に至ったんスか?!」
一瞬ざわつき声が大きくなるも、ハッと口元と声を押さえリンを窺いこちらに気が付いていないか確認するアルト達。…リンに聞こえたとして、本人は気にしないぞ?
「生きる為に食べるものも、専門の職業のモノが育て解体し店には肉の状態で並べる為、自分達で仕留めることはほぼないそうだ。魚程度であれば捌くこともあると言っていたな。」
「そこはまぁこっちでも王都あたりの人間はそうかもしれないっスけど…、」
「魔物やモンスターもいない。魔法もない。代わりに化学というものがあり、多様性を受け入れる傾向にある。」
「想像つかな過ぎてわけわからなくなってきたぞ…。」
「多様性って、種族のことですよね?」
「種族は人間のみ。獣人やエルフ、ドワーフは御伽噺の創作だそうだ。多様性は思想など…だったか。」
まだ出会い始めのころ、認識を擦り合わせようとリンから様々な話を聞いた。その時の俺もまるで違い過ぎる世界に、リンがこちらでやって行けるのか不安に感じていがやはり思いつくことは変わらないようで、突き合わせている各々の顔色が悪い。そんな俯いて悲壮感の漂い始めたアルト達の背後から、そっと忍び寄ってくるリンが見える。止めるか迷うが…目が合うとにやにやと悪い笑いをしたまま黙っているようにと人差し指を口に当てている。サスラもリンの頭の上に乗って楽しそうに耳を動かしているし…まぁ、いいか。
「歴代聖女様や召喚された方々から浸透した便利な道具は、本来当たり前に使っていた慣れ親しんだ物を再現したのでしょうね…。」
「安全で便利なモンに溢れた快適な世界か…、」
「そりゃあ『穢れのない清廉さ』だの『貞淑で淑やか』だの言われるわけだな。」
「…シンジョウ様、息苦しくないっスかね。なんていうか…、そんなところから比べれば、ここって野蛮で危ない世界じゃないっスか。俺らにとっては普通でも、辛い思いしてるんじゃ…。」
「そうでもないよ?」
「「ぎゃあ!!」」
俯く視線に入る為か、しゃがみ込んで声をかけたリンに驚いたアルト達が飛び上がっている。悪戯の成功ににこにこと機嫌のいい笑みを浮かべているが…アルト達に心配されて嬉しいのだろうな。
「しししシンジョウ様ッ!」
「なんだか皆が円陣組んでて楽しそうだから混ざりに来た!」
やぁ!と言いながら片手を上げて笑っているリンの真似をして、サスラも前脚を上げている。楽しそうだ。しかし話が尾を引いているのかアルト達の顔はまだ暗く遠慮が見え隠れしている。
「あの、俺達…、」
「実は全部聞こえてたんだけどさぁ…みんなが凄い私の事を心配してくれてむず痒いから止めに来たでござる…。」
じんわりと耳が赤くなって目を泳がせているリンに、何人かが噴き出した音がする。
「毎日楽しく過ごしておりますので…御心配には及ばないんじゃい!」
わっと顔を手で覆って叫んでいるが、指の隙間から赤い顔が見えていてあまり意味を成していないぞ。そんなリンにアルトが逡巡して口を開く。
「…聖龍と、話しをするんですよね。」
「ん?うん。」
「それは…もし聖龍に悪意が無ければ、何の咎もなく許されるという事ですか?」
真剣な面持ちで訊ねるアルトにリンも居住まいを正し真剣な表情を作っている…が、作っているだけだなこれは。うんうんと真面目な顔で頷いて
「今のところ死者も出てないしね。厳重注意でお尻でも叩こうかな。」
「…尻を。」「え…聖龍の?」「聖龍の尻を叩くって…」「えぇ…」「んぐっふ…」
言い放った言葉に周りが動揺している。出来るのか?という視線と何故か出来るのだろうな。という異様な確信に包まれてダズはこらえきれずに噴き出して腹を抱えて笑っていた。やると言ったらやるタイプのリンが言うのだから、本当にどうにかして聖龍の尻を叩く気でいるのだろう。明後日の方向にやる気満々なリンを捕まえて、そろそろ出発することを告げれば各自笑いをこらえながら準備を整えた。




