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はたらく聖女様。

礼拝堂へ続くアルヘイラ様の紋が刻まれた大扉。真白のそれは遥か昔ドワーフが作り上げ教皇以上の神聖力を有す者のみ動かすことのできる扉だと、ウォンカ様は仰っていた。


コツリ、と踏み出した大聖女様の動きに合わせる様にゆっくりと大扉が開きそれを気にする様子もなくコツリコツリと歩みを進めてゆく。風のない神殿の中でふわりとコープを靡かせ白金の獅子と聖騎士がその後へ続く…この光景をはじめて聖書を手にしたその日から何度夢に見ただろうか。聖女様にお会いしたい。いつか、聖女様にお仕えできるかもしれない。万に一つのその日を夢見て教皇まで登り詰めた。…湧き上がる高揚感に胸が締め付けられ滲む涙を無理矢理押し込める。


痛い程静寂に包まれた礼拝堂に大聖女様の足音だけが響く。創造神アルヘイラ様の像の前へ進み歩みを止められると、その黒曜石の輝きを放つ双眸が跪き祈る民達に向けられ…ふ、と優しく微笑まれた。


「…これより、リンドの浄化を行う。」


吐く息の如く静かな言葉はそれでもまるで耳元に落とされたと錯覚する近さで鼓膜を震わせて。とん、と大聖女様が自らの胸…心臓の上を軽く叩くと光り輝くオーブが現れる。夜空の星を溶かし込んだ銀を内側に揺らすそれを包む様に両の手で触れると勢いよく引き抜いた。オーブと思われたそれは大聖女様の背を超える長さのスタッフであり、その先端に浮くオーブは見ているだけで意識を刈り取られるほど濃密な神聖力を内包している。


背後のステンドグラスに負けぬ…いや、この眼に映る輝きはそれ以上の美しさを湛えていて。震える手を握りしめ叫び出す己の内を押さえつけた。右に控えるサスラ様がバサリと羽ばたくと薄い膜に似たきらめきが神殿を被ったのが見える。これが今朝仰っていた『中和』の為の結界なのだろう。


それを確認した大聖女様は優しい笑みを湛えたままトン、とスタッフで床を突く。瞬間、オーブが大輪の花の様にほころびそこからあふれ出た白銀の大波が押し寄せて…襲い来る神聖力に身体が硬直する。思わず息を詰めたのは私だけではないだろう。しかし勢いとは真逆にとぷりと柔らかい暖かさに包み込まれたのがわかる。目を開ければ水の中に浮かぶのに似た浮遊感。見上げればはるか頭上に水面が輝き光のカーテンが幾重にも重なってこの空間を照らしていた。


「ふふ、」


状況がわからず呆けていた私や神官、民達を眺めていた大聖女様から笑い声が聞こえた。見ればまるで悪戯に成功した子供の様に楽しそうに忍び笑って…左に控える聖騎士様が何か話すと、肩を竦めて同じようにスタッフで床をコツリと突いた。


「…っは、…はぁ…、」


潮が退くが如くスタッフへ神聖力が吸い上げられると興奮と共に詰めていた息を吐き出す。吸い込んだ空気の清浄さに言葉がでない。それが肺に満ち、爪先から髪の一本に渡るまで浄化され自分の身体が薄く発光しているのが感じ取れて…あまりのことに呆然と己の手を見つめてしまう。ふと、神殿外へ『瞳』を通して意識を向ければ聖龍の魔力はかけらも感じ取れない。今の一呼吸ほどですべて浄化してしまわれたのだ。なんと、なんという力だろうか…ッ!少しずつ覚醒し始めた意識に戦慄く唇を引き結ぶ。強く噛み締めなければ矮小な私は今にも叫び出してしまいそうだった。


「…ふふ、びっくりした?ごめんね。ちょっとだけ悪戯しちゃった。浄化はちゃんと済ませたから、もう外に出ても大丈夫だよ。ただリンド以外はこれから浄化するから、極力リンドの外には出ないでね。」


少女のように笑いながら話す大聖女様にサスラ様が甘えるようにすり寄って、それにまた微笑む。温かくも美しいその光景にじわりと涙が滲んだ。


「ッ大聖女様!ありがとうございます!」「聖女様ー!」「すごい…ッ」「大聖女様万歳!」「ママ、全然さむくないよ!」「せいじょさまぁ!」


わっと沸き上がる民達から大聖女様へ感謝の言葉が降り注ぐ。老若男女溢れる声に交じり聞こえるすすり泣く音は一つではなく、笑い合い抱き締め合う民とそれを見る神官達も安堵の息をつき顔には笑みが浮かんでいる。


「ああ…っ、大聖女様…ッ!」


何と素晴らしいのでしょう…ッ!尊き身が傷付くことも厭わず民を説得し大規模な浄化も瞬きの間、さらには民に気負わせない親しみやすさまでお持ちになられて…ッ!ああ、一月程の短き間に私の期待の遥か上を易々と飛び越えて聖騎士様との仲を深めて下さっただけでも心臓が止まりそうなほど推せるというのにサスラ様という神獣まで連れられて最強の布陣ではないですか盲信しますぅッ!!


「わぁ、デュオさんがHEAVEN状態だ。」


「はゎっ!大聖女様ッ…!」


興奮に震える身体を抱き締めているうちに大聖女様が聖騎士様とサスラ様をお連れになり目の前までいらしていた。


「シンジョウでいいよ?大聖女様って呼ばれるの、むず痒いし。」


「ッ仰せのままに!」


ああああなんて恐れ多い嫌しかし折角の申し出を、シンジョウ様からのお話をお断りすることは万が一にもあり得ませんので元より『是』以外の言葉は消滅しています!


「ふふ、デュオさん面白いよね。」


「…ッあ゜、」


楽し気に微笑まれるシンジョウ様からは先程迄の鋭い刃先に似た神聖力と変わり、柔らかい陽だまりの様な神聖力を纏ってその美しさに思考が止まりかける。…が、すぐにシンジョウ様の背後、聖騎士であるバルト様から厳しい視線が飛んできて私に突き刺さりそのあまりの尊さに呼吸が止まってしまった。はぁぁあ嫉妬ですよね最高ですお二人の仲を深める為の障害になれるなんて役得過ぎます殺気の割合が昨日より少々減っているのはお心に余裕ができたのでしょうか気になりますやはり壁になる方法を探してしかし床になるのも捨てがた


「デュオさんデュオさん戻っておいで~。」


「…ハッ!も、申し訳ありませんッ!」


ひらひらと目の前で振られた手に我に返る。神官達は予定通り神殿の扉を開放し避難民の出入りを自由にさせている。リンド内の雪が浄化され消えていることを自らの眼で確認させる為に。


「今度は上手くできたかな。」


「もちろんです。私達の我が儘にお付き合いくださり、ありがとうございました。」


「んーん。アルたんに沢山お祈りが届くといいね。」


ふわりと柔らかく微笑むシンジョウ様に祈りは確実に貴方様へ納められますよ。と伝えるか迷うが…控えているバルト様がなんとも言えないお顔をしていらっしゃるので私は口を噤むとします。


「大聖女様、そろそろお召し替えを…。」


「はぁい。行ってくるね。」


「ああ。」


「サスラもおいで。」


神官アリアに呼ばれバルド様へ声掛けをする尊いやり取りを微笑ましく眺めさせていただいていると、シンジョウ様とサスラ様を見送って複雑そうな面持ちのバルト様と目が合った。


「…教会内では、お前と聖女が良い仲だと噂になっているが…、」


「恐れ多い事です。」


「…お前にそのつもりはないのか?」


訝し気なバルト様に、ふむ…私の持つ感情を言語化するのは中々に難しいのですよね…。バルト様が私を恋敵として認識されているのは大変美味しいのですが、聖女様と男女の仲になりたいわけではないのです。バルト様にそれを納得していただけるでしょうか…。考えこむ私に若干の殺気が出始めているバルト様が本当においしいです。純粋な方ですね。


「まず、私が何よりも信仰しているのは聖女様です。私は聖女様が私の死をお望みになれば喜んでお応えします。私のこの信仰心を言葉にするのなら、敬愛が最も近しいでしょう。」


これは揺ぎ無く、恥ずべきことでも隠すことでもありません。一瞬ビリっと肌を焼く感覚がして笑ってしまうとバルト様に苦虫を嚙み潰したような顔をされてしまった。魔法無しで戦闘になれば私は簡単に負けてしまうでしょうね。


「しかし、私が愛しているのは『聖女様』であり『シンジョウ様』ではないのです。」


「…それは、」


「バルト様は、シンジョウ様から聖女としての力が失われたら如何いたしますか?」


困惑するバルト様へ続けて問いかければ、眉間に皺を寄せているが薄ら嬉しそうな雰囲気を感じられる。ふふふ、やはり聖女様には騎士様ですよね!


「私は聖女様を信仰しております。今この世界に御降臨されている聖女様はシンジョウ様のみ…私は教皇として、一信者として聖女様にお仕えしています。」


過去にいらっしゃられた聖女様の文献や関連書は全て目を通しました。何度も何度も読み込み、世間に晒すことのできない禁書すら読みました。その為だけではありませんが、教皇になった理由の一つですね。歴史に残る聖女様方は皆華々しく優しく慈愛に満ちた少女と書かれていた。しかし隠れるように記された本物の聖女様達は泣き、苦しみ痛みに耐えながら世界に淘汰されて亡くなられていた。聖女試験と記される妖精王との謁見、暇つぶしのように起こされる女神の試練。まるで神の玩具のような聖女様。


「それでもその短い生の中に愛を見つけ民に分け与える…。聖女とはなんと清く尊い存在なのでしょうか。」


私の物言いに不快感を隠しもせず睨みつけてくるバルト様。ああ、とても良いです。


「歴代聖女様のパートナーは王族か騎士が多いのです。ご存じでしたか?」


「…いや。」


「聖女様がご降臨された際に聖女様を一時的に保護をするのが呼び出した王族や側に控える騎士なので、必然ともいえますね。異世界へ落され心の弱っている時に雛に刷り込むかのように『貴女を護る』と優しく囁くのですから…依存してしまうのも頷けます。」


「何が言いたい。」


カタカタと祭事用の装飾がバルト様の威圧に音を立てている。私の『瞳』に映るのは、常人には見えないシンジョウ様の神聖力とバルト様の威圧が混ざり合う奇妙で美しい模様。おもわず感嘆の息が漏れてしまう。


「ただいま!…お、どうしたの修羅場?」


「リン…。」


「ゼロさんもお着替えしてくださいって呼ばれてたよ?」


着替えて身軽になったからか、機嫌の良さそうなシンジョウ様に頬が緩む。微笑む私と対照的なバルト様を交互に見て、うーん…?と唸っているのも無邪気で可愛らしいですね。


「デュオさん、八つ当たり良くないよ?」


「…八つ当たり、」


「でしょ?」


ジッとシンジョウ様に見つめられてぞわりと背筋に悪寒が走った。シンジョウ様の瞳の奥にアルヘイラ様の紋が見える。それが蔦のように身体を締め上げ私の『瞳』に触れて、ずぷッと左目へ差し込まれる感触に肩が跳ねた。


「仲良く喧嘩するなら良いけどね。…ロックスに何かしたら怒るよ。」


シンジョウ様の声と共にそれらは霧散し、煌々と輝くアルヘイラ様の紋に息が詰まり冷や汗が出る。無意識に庇い押さえていた左目は何事もなく己の眼窩に納まっていた。


「…肝に銘じます。バルト様、ご不快な思いをさせてしまい、申し訳ございませんでした。」


「…。」


止まっていた呼吸を大きく吐き出し深々と頭を下げる。納得できないとお顔に書かれているが、それを見たシンジョウ様は何故かニコニコと笑っていらっしゃる。


「だからデュオさんは『私のことは好きじゃない』って言ったのに。」


「…そう言う意味か。」


「あ、やっぱりそう言う話だったんだ?ゼロさんがご機嫌斜めだから多分そうかとおもったんだぁ。」


「ん゛…、その、だな。」


「んふふ、だんだんわかってきたけどゼロさんヤキモチ妬きだね。」


先程までの殺気が霧散してシンジョウ様の言に翻弄されているバルト様は私のことは既に眼中にないようで。はぁあ、やはり騎士と聖女こそ至高ですね!歴史書でも王家より騎士を選んだ聖女様の方が幸せだったようにおもいます。まぁ欲目ですが!


「あのね、ゼロさんの殺気とデュオさんの雰囲気がやばすぎて神官さん達に近寄れませんって呼ばれて来たんだけどね。」


「う、」


「と言うことで早くお着替えに行くのじゃ!」


おや、そんなことになっていたんですか?周りを見れば確かに神官と護衛が遠巻きに此方を見ている。シンジョウ様に手をひかれるバルト様が複雑そうな顔で一瞬此方をみたが、


「皆を困らせるのよくない。」


とシンジョウ様の一声で着替えに行かれた。そのままバルト様を見送ると、くるりとシンジョウ様が私と向かい合い見上げられる。


「デュオさんは騎士と聖女推しでも、騎士へのあたりが強いね?」


「…そう、でしょうか。」


「もしかして過去に聖女を殺した騎士でもいた?」


「…。」


なんて事もない雑談のような軽さで、残酷なことを仰られる。いや、シンジョウ様にとってそれは本当に軽い話であるのかもしれませんが。


「例えどんなことがあったとしても、それは『その時の聖女』のものだ。」


私を見るようでどこか遠くを眺めていたシンジョウ様と視線が合うと、優しく微笑まれ上手く笑い返すことができない。


「…望まぬことであったとしてもですか。」


「そう。例えば私が誘拐されて拷問されてようとも君が憤り疑わしい者へ無体を働くなら、私は君を罰しないといけない。」


「聖女様の身を案じての行動だとしてもですか。」


「私は『それ』を君に許していない。」


困ったね。と肩を竦めて笑っているシンジョウ様は何と残酷な事を仰るのだろうか。


「私が皆に『聖女の為(建前)』を許せば、聖女の名のもとに虐殺すら正当化できる大義名分を与えることになるからね。」


「私はそのような、」


「駄目だよ。」


ふわふわと、柔らかい神聖力の光が辺りを包んでいるのが見える。神官や私のモノとはまるで違いシンジョウ様の感情に揺れ動く神聖力は初めてお会いした時よりもシンジョウ様自身に馴染んでいる。それが、何故かとても恐ろしい。


「居ない聖女の為に教皇に成って、自分を強く持ち続けるほど強い信仰心が合って…そんな歪んだ君は私が聖女で無くなれば、錯乱して私を殺してしまいそうだ。」



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


ジッと何か考えてるデュオさん…美人が無言で真顔だと迫力凄いね!お顔の入れ墨が余計ヤベェ奴感出てるからなおさらね。


「どうすれば、私はシンジョウ様の信を得られるのでしょうか。」


「私の?欲しいのは聖女じゃないのかい。」


「ええ、それは間違いなく。ですが私の生きるいま、聖女は貴女様です。それも、貴女様は歴代聖女で最も女神に近しい。」


…なんか恐ろしいこと言われたでござる。なにアルたんに近いって。嬉しくない。あ、フランクにお茶したりするから社会的距離感が近いって話…だったりしないかな…。


「んん…何が望みかわからないけど。私は私の生きたいようにしか動かないよ?」


「もちろんです。私がシンジョウ様に強要することなどありません。」


眼を細め笑うデュオさんに、あ、そういえば『瞳』が特殊だと神聖力が眩しく見えるんだっけ?すまんな今思い出した。


「じゃあよい子でいるといいよ。勝手に傷付けない殺さない、盲信しない。」


「…最後は厳しいですね。」


「盲信してるのは『歴代聖女』でしょう?私じゃない。」


結構無茶苦茶な事を言っている自覚はあるけど、このタイプの人って世間一般の『普通』が当てはまらないだろうし。案外勝手に納得してくれないかな、かな?


「確かにそうですね…。わかりました。今すぐに、とはいきませんがシンジョウ様の信頼を得られるように頑張ります。」


ご機嫌に微笑んだデュオさんにすい、と手をとられて甲に口付けられる。おお、ジェントル紳士みたいだな。なんて見つめてたらバシッとデュオさんの手が叩き落とされて、同時に後ろに引っ張られた。


「おかえりゼロさん!速かったね!」


「お陰様でな…。」


やっぱりというか見なくてもわかるけどさ。背後のゼロさんに声をかけたら地鳴りみたいな声で返事をされた。よくそんな声出るね?お腹に回る腕にがっちりホールドされて足が浮いてるんですけど。


「ゼロさん下ろしてたもれ。」


「…そいつがいなくなればな。」


「わぁお。関係が一方的に悪化してる。」


威嚇する肉食獣みたいな雰囲気だね。何度も言うけどデュオさんは私に対して男女の感情はないよ?たぶん。もっと狂信者的なヤベェ奴だと私のカンが言ってるからな。


「ふふ、お二人の尊いやり取りをいつまでも見ていたいのですが…そろそろ時間切れですね。」


「そうだねぇ。リンドから王都まで行かなくちゃだから準備せねば。」


にこにこなデュオさんともう面倒だから抱えられたまま会話を続けていたら、流石にお腹圧迫するのはアレだったのか抱え直された。…降ろしてくれれば解決するんですが。


「本当にこいつもいくのか。」


「だって王族とか貴族の相手したくないぉ。ゼロさんやる?」


答えを聞かずともわかってるけど嫌そうな顔に笑ってしまう。アルトくん達が言ってたけど、ゼロさんあんまり貴族と仲良くないんでしょ?私も権力者苦手なので!


「デュオさんに押し付け…げふげふ。適材適所ということで!」


「シンジョウ様のお手を煩わせる事柄は私が対応いたしますので、どうぞお任せください。」


「わぁいよろしくね。」


ご本人からの許可が出たぞやったぜ。ガッツポーズしてるうちにデュオさんは神官さんに御呼ばれしてお仕事に戻って行った。面倒ごとを一つクリアして肩の荷が下りたし、道中は別に畏まったり仰々しく浄化する必要ないからサクサク進行で行けるだろう。そういえば聖龍ってどれくらいの大きさなのかな。山みたいに大きいとかだったら腰が抜ける気がする…。山津神サイズだったらどうしよ小さくてかわいい感じならいいのになぁ…あんまり考えないようにしよ。


「リン、」


「ん?なんだねゼロさん。」


「…大丈夫か。」


デュオさんが居なくなったのにいまだ私を抱えてるゼロさんの表情は不安そうで。神殿に来るまでの間にも何度も聞かれたこの質問に、何度も私は大丈夫だよと返していた。でもなんだか私を心配しているというよりは、怖がっているかのようなゼロさんに首が傾いていく。私が少年王に追い出されたり命を狙われてるかもって今まで怯えていたことに対して、『もし元凶(少年王)にあっても冷静でいられるか?』って意味で大丈夫か?って聞かれているのかと思っていたけれど…。


「ゼロさん私が元の世界に帰るか心配してる?」


もしやこっちかな?と尋ねればビクッとゼロさんの肩が跳ねて視線が泳いだ。んおぉ、そんな心配してたのかい。確かにこっちの世界命の危険とか凄いけども。君と一緒にいるって言ってるでしょう心配性だなぁ。


「嬉しそうだな?」


にやにや笑いの止まらない私にちょっと不機嫌なゼロさんが苦言してくる。いやいや、そんな風におっしゃられますがね。帰ってほしくないんでしょ?一緒にいるって言っても心配なんだよね?嬉しくてこそばゆいので、笑ってしまうのは許してください不可抗力です。


「ふふ、ゼロさん私の事大好きだね。」


「まぁな。お前は目を離すとどこに行くかわからん。」


「んー…じゃあ、安心できるまで捕まえておいてください。」


開き直ってるゼロさんにまた笑って提案したら、それは良いな。と割と真剣に同意されてしまった。そのうち首輪でも付けられそうで戦慄するんですが。軽率に口走りすぎたかな…。


「おいおまえら。いつまでも乳繰り合ってんじゃねぇぞ。」


「あっダズお疲れぇ。避難民さん達の反応どうだった?」


嫌そうな顔で寄って来たダズに、よッ!と手を上げたらお蔭さんで上々だ。と言いながらため息をつかれた。なんだなんだ幸せでも逃げたのかい。


「距離感可笑しいだろ…。いや、いい。嬢ちゃんに感化されてんだろ聞きたくねぇ。」


「勝手に完結しおったな。失礼な奴め。」


今はゼロさんに抱えられてるからダズより視線高いんだぞ控えおろう!と言いたい放題言っていたら、どうやら片付けの目途がついて準備も済んだから王都に向かおうぜ。って呼びに来てくれたらしい。ありがとなす!


「ゼロさん降ろして。」


「…捕まえておいた方が、」


「譬えでしょ!というかこの状況でどこに行こうというのかね!」


40秒で支度をするのだ!べしべし肩を叩いていたら渋々降ろされたでござる。久しぶりだね地面。降ろされると大男二人に挟まれて囚われた宇宙人の気分だよ。服をはたいて身嗜みを整えていたら知りたくない…みたいな顔のダズと目が合った。


「おいまさか嬢ちゃんじゃなくてロックスが原因か。」


「…深淵を覗き込むとき、深淵もまたこちらを覗いているのだ。」


距離感バグっているのは私のせいかもしれんが、捕獲してきてるのはゼロさんの方だからね。あと降ろしてくれないのも放してくれないのも。お顔の引き攣ったダズに言い放つとゼロさんが明後日の方向を向いて聞こえないふりをしていた。だいぶ無理があると思うよ!後ダズはなんでも私の所為だと思うんじゃないよ失敬な奴だな。





デュオさんはナチュラルイカレ野郎なので色んなものが不安定だよ。

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