表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
35/46

君の大切なモノ。

「まさかのお誕生日席…。」


案内された上座に自分の立ち位置を自覚したのかぼそりと呟くリンを座らせると、すぐに食前酒が運ばれてきた。薄暗い顔でグラスに口をつけていたが気に入ったのかわかりやすく破顔するその様子に、安堵したのは俺だけではなかったのは言うまでもない。


『聖女』として見ている神官達も、『リン』として見ている俺達も、先刻の一件について心配しているのは明らかだった。


「聖女様、この度はお越しいただけたことありがたく思います。」


ある程度食事が終わると、おもむろに紫の教皇が話し始めた。リンはそれに視線だけ送り、何故か小さく拳を握っているが…また『男になったマリカの声』に反応してるのか?こちらがどれだけ気を揉んでいるかわかっているのだろうかコイツは。


「先ほど、騒ぎの顛末を聞き及びました。大変申し訳ありません…。どのような処罰もお受け致します。」


深々と頭を下げるのはこの神殿を預かる者としての言葉だろうが…、この男は『聖女』に心酔していると聞く。顔に死相が出て震えている教皇だけではなく『紫の神官』は皆『女神』よりも『聖女』を強く崇めてるらしく、『自分の管理下で聖女が負傷した。』と言うのはそれこそ死んで詫びるほどの大事だとか。


「んん、それについては私が言い出したことだから不問で。」


「しかし、」


「不問です。わかったら返事。」


「はい!畏まりました!」


リンの強要になにを感じ入ったのか頬を紅潮させて熱に浮かれたように瞳を輝かせ即答している教皇に頭痛がする。初対面から顔を合わせるのは二度目だというのに扱いが手慣れてないか?確かに前回教皇自身が『聖女の犬』だと言っていたが…受け入れるなそんなもの。


「ごめんね。」


落された声は小さく、それでも波紋の様に響く。皆が注視する中ワイングラスに琥珀を揺らして口をつけるリンは眉根を下げて困ったように笑っていた。


「心配をかけてごめんなさい。それから、我が侭を聞いてくれてありがとう。今度はもっと上手にできる様に頑張るね。」


「ッいえ!聖女様に非などございません!!むしろ我々教会の、」


「うん、じゃあお相子で。ね?」


微笑むリンの様相に二の句が継げないのか視線を彷徨わせはくはくと口を開閉したのち、押し黙ると畏まりました、と頷いた。この場の誰にも、なにも背負う事を許さないつもりなのだろうか。


「ッ聖女様は!…聖女様は、辛く、ありませんか…?」


勢いよく立ち上がり、逡巡し言い淀みながらも吐き出すアルト。つらいモノの正体を言葉にするのは憚られるのかなにを、とは指定せず。ただ今にも泣きそうな顔のアルトと視線を合わせううん…と悩むリンの眼が俺を映す。ふ、と笑うと楽しそうにアルトへ向き直った。


「最初はね、怖くて逃げたんだけど…。でも、もう大丈夫。つらくないよ。」


言い切るリンには事実、翳りも見えないほど晴れた顔つきをしていた。


「大切な人を護りたいと思ったら、大切な人の大事にしていたモノも護りたくなった。欲張りなんだ。」


「大事にしていたモノ…、」


繰り返し呟くアルトに笑うリン。…お前が怪我を負ったのは、俺達の為か。


聖女の力を使えば、一時的に暴動は治まるだろう。だが、その次は?『本当に聖女様が現れれば、期待するなってのは無理な話だろ。』男の言葉を噛み締める。御伽噺の存在が、目の前にいたとして。まさしく奇跡の様に自分達を救ったとして…次を望まずにいられるのだろうか。その救いを当然の様に受け取って施されて、自分達に余裕が生まれた時に何を考える?…自分以外の苦しむ者を助けてほしいと願うのではないか?無力な自分を棚に上げて奇跡の力に頼って、救ってくれるのが当たり前だと…何を理由にしようと断れば『なんの為にきたんだ。』と詰って。


俺達で避難者達を制圧することは出来ただろう。しかし、抑え込むことで生じる不満や不信感はまた彼らを蝕む。制圧することで多少なり負わせてしまう怪我は俺達にとって負い目となり、それは相手になにか強制する際判断を鈍らせる。二度目の騒ぎが起きれば、…一度目の様にはいかないだろう。『犠牲も已む無し』と抵抗される可能性が高い。


…だからリンは、自分の立場を利用したのか。わざと男を逆なでることを言って殴らせ『聖女』であることを強調し神聖力による回復魔法を使いそれを証明した。避難者達はこの神殿内において『連帯感』が生まれている。顔も知らない者同士でも、いま聖龍の力に翻弄され王に不信感を抱き身を寄せ合っていることで生まれた連帯感。そのうちの一人が『自分達を救う力を持った本物の聖女』に怪我を負わせた所為で避難者達は『聖女に対する負い目』が出来てしまった。


聖女は『自分達を助けてほしい』という願いは叶えたのだから、これ以上を願えば責を重ねることになり、貴い聖女の機嫌を損ねる可能性がある。避難者達には『現状を変えうる聖女に見捨てられるかもしれない。』という棘が刺さって抜けなくなったのか。


結果だけ見れば、負傷者は一人。それもすぐに回復魔法によって治療を終え『次は上手くやる。』と笑っている。避難者達に怪我は一つもなく、俺達が来る前よりも協力的になった。この上なく理想的に暴動は鎮静化されてリンの思い描いた通りだろう。…ただ、


「…なら、お前自身を何より優先しろ。」


抑え込んだはずの激情に声が、握った拳が震える。先王に忠誠を誓った。その過程で国民を護ってきた。情が移るに十分な年月だった。今もベイルート様を思い出せば複雑な思いもある。…それでも、俺の大事なモノを、護るなら。俺がいま、お前以上に大切にしているものはないんだと、自覚しろ。言わずリンを見れば、


「ごめんなさい。」


眉根を下げしかし美しく微笑み謝罪を口にして…『わかった』とは言わなかった。ギリ、と噛み締めた奥歯に頭を振り、大きく息をつく。パン、と鳴り響いた乾いた音に、出所のダズは両手を軽く掲げていた。


「ま、この話はこれで終いだ。いいな?」


「うん。」


「…ああ。」


不承不承頷いた俺に苦笑を返すと、リンや教皇と今後の行動についてのすり合わせが始まった。


「ここ以外に避難している人達はいるのかい?」


「聖龍が現れ避難が始まった段階で、索敵能力の高い者達で捜索を行いました。結果、各地教会や神殿に避難が完了しております。」


「負傷者や死者は?」


「死者は奇跡的におりません。ですが、ここの様に精神疲労や軽度の凍傷によって追いつめられ騒ぎを起こす者も現れ始めています。」


「なんでそんなに細かくわかるの?連絡機関があるのかい。」


淡々と書類を見ては報告をしていく教皇に首を傾げるリンに、そう言えば連絡や通信系統の説明をしたことが無かったなと思い返す。


「教会には簡易転送陣があるのです。手紙や物品程度なら送ることができます。」


「転移陣はあんのか?」


「いえ、…神殿のみ設置してありますが、莫大な魔力を必要としますので稼働は…。」


神殿は転移陣まであるのか。それを常用できるとなれば大昔の聖女が使ったのだろうか…同じことを考えたのか、リンがそわそわと身体を揺らしている。


「ワンチャン私は使えそうだね。」


「駄目だ。一人での移動などさせないからな。」


言うだろうと思っていた。間を開けず否定すれば、ムッと頬を膨らませ


「緊急事態のみってことで。」


素知らぬ顔で言ってのけた。譲歩のつもりか?思わず半眼で見つめる。


「くっく、嬢ちゃんも退かねぇなぁ…。」


俺とリンを視線だけ交互に見た後ダズが我慢できないと言わんばかりに笑いだした。…笑い事ではない。ただでさえ危なっかしく、今回は自ら怪我を負う事を厭わず行動に起こしているんだぞ。睨む俺にリンはすました顔で


「仕事に私情を挟まないタイプですので。」


などと宣ってきた。


「後で覚えていろ…。」


「ワァ、楽シミダナァ。」


思わず出た声が据わっていても、俺には取り繕うことができなかった。上ずった声で返事をしてきているが、随分冷や汗をかいているな。本当に反省しているのか?視線を逸らしているリンの顎を片手で掴んで両頬を押すと抗議したいのかバシバシと叩かれた。全く痛くも痒くもないがな。


「……ッ、…ッ!」


「おら、テメェ等イチャついてんじゃねぇ。兄ちゃんはなに震えてんだ。」


リンの有様に僅かに胸が空いて口角が上がると、ダズから野次が飛んできた。五月蠅い奴だ。しかし教皇の様子も気になるな。何を突っ伏して拝んでいるんだコイツは。


「今ッ!好い所じゃないですかッ!なぜ止めるのです!?」


「うぉっ?!」


ガバッと顔を上げた教皇の剣幕に気圧されたダズが多々良を踏んだ。潤んだ瞳に上気した頬、ついでに限界まで上がった口角から涎が垂れている。…一瞬、マリカを崇拝している時のリンと重なった。なんなんだ本当に。


「はぁああッ!生きててよかった…ッ!大聖女様のパートナーはやはり騎士様と相場が決まっておりますよねッ!ええ、ええ、解かっておりますともッ!ああ何という…ッ、もう私今日だけでどれだけ報われたのでしょうか切なさ尊さに何度心臓が止まりそうになったことかお二方の気高いことッ!願わくば毎日毎分毎秒お二人を見つめる壁となり天井になりたい…ッ!ああしかし床になって踏んで頂くのも捨てがたい!お二人の障害になる物全て取り除きたい欲とむしろ当て馬になりたい欲がもう、もう!んふふふわかッております弁えなければ弁えますともッ!」


「デュオさんは騎士×聖女の強火固定カプ厨だったか…。なるほろ。」


一息で意味不明な妄言?の様なモノを吐き散らしながら自身を抱き締めている教皇と、解放した途端うんうんと言いながら仰々しく頷くリンに半眼になる。


「何を言っているんだお前たちは。」


「ふふ、デュオさんは私とゼロさんが仲良ししてるのを見るのが大好きってことだよ。」


「…はぁ?」


俺とリンの仲が睦まじくて何故教皇が喜ぶのだ。そもそもこの男がリンへ秋波を送っているのは見ていればすぐにわかる話だろう。…神殿関係者が、口をそろえて『教皇と聖女』の仲を邪推するほどに。


「わぁ、ご機嫌ななめ。…しかたない、私のお酒を分けてあげようねェ。」


「…お前いつの間に一本開けたんだ。こら、もう飲むんじゃない。」


どこかリンに違和感を感じワイングラスを奪えばいつの間にか空になった蜂蜜酒の瓶を持ってふわふわと笑っていた。受け答えがしっかりしていて気がつくのが遅れた。


「大丈夫ですぅ。他の避難民の救助も優先したいけどそもそも聖龍止めないと鼬ごっこだから、先にせーりゅーの所へいくのだ!」


「ああ、わかったわかった。呂律が回らなくなってきているぞ。」


握った酒瓶ごと拳を突き上げるリンから抗議の声が上がったが無視して侍女達に周辺の酒を片付けさせる。


「私のお酒ににゃんてことを!ハッ…さては独り占めする気だな!鬼畜!サド!」


「ぐっふ…ックク…、嬢ちゃん酒駄目なのか?」


「回るのも醒めるのも早い。」


きゃんきゃん吠えているリンを片手で押さえているとダズが噴き出して笑いだす。面白れぇな。と続けられまぁ確かに面白くはあるが…お前に見せるモノはない。暴れるリンを抱えれば呆けて大人しくなった。


「こりゃあ、話は明日だな。嬢ちゃんの言う通り聖龍を止めた方が良いだろう…、ま、方法は嬢ちゃんしかわからねぇだろうが。」


「ごほん…で、あれば。本日の所はどうぞごゆっくりお休みください。」


俺に抱えられたままのリンへ恭しく頭を下げる教皇はそれは良い笑顔で。…目が合っているあたり本当に聖女だけでなく騎士にも頭を下げるのか。逡巡している間にリンがうとうとと船を漕ぎ出し、神官達や元部下達からも退出の挨拶をされて出ていくほかなくなってしまった。酒を煽ったダンから酔いが回ったのか大人しく寝ていたサスラを拾い上げてリンに乗せる。


「着替えを頼む。」


「ええ、お任せください。」


部屋まで運び何も言わず同行していた神官にリンを引き渡す。起きているか寝ているか定まらない程足元が覚束ないが、神官達は手慣れたようにリンとサスラを受け取って。


「中でお待ちになられますか?」


「…は?」


「では、準備出来次第お呼びいたしますのでこちらでお待ちくださいませ。」


「あ、ああ…?」


一瞬何を言われているのかわからずに聞き返せば、思い当たったと言わんばかりに頷かれた。神官三人の言いえぬ圧にわからぬまま返事をしてしまったが、嬉しそうな笑顔を返され部屋の扉を閉められた。…今日は、あらゆるものに振り回される日なのだろうか。


ものの10分ほどで再び扉が開かれ


「それでは、ごゆっくりお休みください。」


「「失礼いたします。」」


輝く様な笑顔と美しい一礼を置いて、神官達は去って行ってしまった。…どう、すべきだこれは。目の前のわずかに開かれている扉を見つめたまま、身動きが取れない。話なら、ある。言いたいことは山ほど。しかし酔っている上に睡魔に負けていたリンを思い出すと…とても会話になる気がしない。そもそもまずはしっかり休ませるべきだ。神聖力を使用することの負担がどれほどあるのか俺にはわからないが、何もないという事はないだろう。第一、精神的にも疲れているはずだ。


そう思い直し、扉を閉める為にノブへ手を伸ばすと


「あれ?ゼロさんどうしたの?」


「ッ!」


部屋の中から出てきたリンに肩が跳ねた。酔いは醒めたのか、不思議そうに首を傾げたままこちらを見ていた。


「…お前が酔って、部屋まで運んだんだが覚えているか?」


「お手数かけてごめんなさい…ッお着換え中に意識が戻りました!」


全然覚えてない!と気まずそうに扉に縋り目を逸らしている。まぁ、そうだろうな。相変わらず酒が抜けるのが早い。これなら話も出来るだろうか…。


「どこから覚えていないんだ?」


「んんん~?神殿に転移陣があるらしい…?」


教皇の奇行は覚えていないのか。自信なさげに眼を泳がせながら言うリンの頬を掴んで横に伸ばした。


「ひゃッ!しゅみましぇんでひたッ!」


「ふ…ッ、ははッ」


イヤイヤと頭を緩く振って謝罪してくる様に笑いが込み上がって、抑えきれず噴き出してしまった。掴んでいた頬を撫でるとそのままむくれてジトリと睨むのだからそれが余計に笑いを誘ってくる。


「…笑いに来たのならもう用は済んだんじゃないですか?」


「くく…ッ、悪かった、拗ねるな。」


扉を閉めようとするリンを抱えるとちゃんと閉めてください。と入室を許可された。言われるまま施錠してソファまで運びリンを降ろす。そのまま目の前の床へ膝を落とすと訝しげな顔が見下ろしてきた。


「座らないのかい?」


「お前と話しに来た。」


「…怒られる奴?」


「自覚があるようだな。」


「むぅうう…、」


逃げようとしても無駄だ。向かい合い腰を押さえているからそもそも立てないだろう。拗ねたように眉を下げて子供の様に口を引き結んでいる。…いや、格好はまったく逆だが。


編み込まれていた髪が解かれ緩く癖のついたまま胸元まで流れてはランプの光で艶めいて美しく、白い肌に映えている。あの時に似た紺のラインが胸の曲線を強調するように走って藍色の造花で結ばれていた。薄青色の生地は肌触りがよく柔らかい身体を損なわない。肩にかけているガウンも貫ける様な薄いレースで作られていて…よく、似合っている。


『ごゆっくりお休みください。』と、輝かんばかりの笑顔でこのリンを置いて行ったのか。そういうつもりだと知らずに、リンはこれを着せられたのか。………。なんとも居た堪れず顔に熱が集まってきたのがわかる。憤っていた俺に宛てたのは明らかで、確かにこの状態のリンに苦言を呈するのは無理だ。後ろめたさと愛らしさに許す気しかしない…まんまと神官達の策に嵌ってしまっている。


「…あの、ね。」


「ん?」


「今まで、皆が護ってきた人達に…武器をむけて…、私の所為で傷付けてほしくなくて…ごめんなさい。」


黙っていた俺に痺れを切らしたのか、おずおずと話し出したリンに、やはりか。と、得心した。


「確かに、俺達は今まで彼等を命がけで護って来た。」


それが、平民上がりばかりだった俺達の騎士としての誇りだった。しかし、それは俺達が背負うものであり、背負い込み過ぎるお前に渡す気はない。 


「いまは、俺はお前が…、リンが傷付くことが、何より辛い。」


何もかも救い上げて、傷を引き受けるのか。多くが助かるなら、自らを差し出すのか。それなのにお前は、自分が泣くことも許さない心算なのか。腹のそこから沸き上がる言いようもない不快感は、俺自身への不甲斐なさややるせなさだ。


リンの頬に触れた指が熱い。今にも泣き出しそうなほど不安に瞳を揺らして、苦し気な浅い呼吸が、それ以上乱れぬように噛み締める唇が白んで。


「ごめんな、さい…。」


「…リン、」


「ッごめんなさ」


細い悲鳴のような謝罪を、涙なく揺れる声に唇を重ねて塞ぐ。身を捩り離れようとする身体を押さえて、諦めるまで何度も。


「リン。」


「…ッふ、ぅ…ッ、」


息が触れる距離に、震える視線を合わせて呼んだ。じわじわと溢れてきた涙が重さに負けてぽたりと落ちた瞬間、堰を切ったように次々に頬を伝って流れていく。


「ごめんなさい…っ、どうしていいか、わからなくて…っ、でも、誰も傷ついて欲しくなくてっ、わたし、私が逃げなければ、っ皆がこんな、怖い思いをすることも無かったのにって、だから…っ!」


罰されたかった。自分の身に起きたことを受け止めきれなくて怖くて逃げて、結果見ず知らずの人達はいま、身を寄せあって震えていた。それなのに、聖女なんて尊ばれて間違えてもなにをしても、許される高さに押し上げられてしまった。逃げずにいればもしかしたら、こんな思いをせずにすんだだろうに。


「私のせいだ…っ、ごめんなさい…ごめんなさいっ!」


自分は大切にされる資格などないのだと、嗚咽混じりに言葉を詰まらせて吐き出されたリンの心情は、元を辿ればひとつとして自身で選び取ったものではなく。ただ押し付けられて背負わされたモノ達がリンの中で燻って、『お前のせいだ。』と責め立ててくるのか。


「リン。」


「っ、ごめ、なさ…!」


懺悔するように泣きじゃくるリンを抱きしめる。硬直する背を撫でて、不規則な呼吸が落ち着くまでただ体温を分けあった。次第に身体から力が抜け、そっと遠慮がちに背中へ手を回されてどうしようもなく愛しさが込み上げてくる。


「…お前の所為ではないと、いくら言ったところで納得しないのだろう。世界一つ背負うなど、重すぎて到底無理な話だ。」


「でも、…私は『聖女様』だから、」


「それでも、だ。それではいずれ耐えきれず潰されてしまう。俺は、一人残されるつもりはないぞ?」


時折鼻をすすりくぐもった声で話しているが肩口に額を押し付けられ小声でもよく聞こえる。規則的に背を軽く叩いては撫でると


「…いっしょに、いたい…、」


蚊の鳴くような声で申し訳なさそうに落とされた。ぎゅう、と隙間を埋めるように首筋へすり寄ってくる可愛らしさに口元が緩みそうになって噛み締める事でなんとか耐えた。


「俺もお前と共にありたい。だからこそ自身を大切にしてくれ。…確かに聖女にしか出来ないことはある。むしろ今回はそればかりだろう。だからその分それ以外の…『聖女』以外でも出来る仕事を振り分ける術を身に付けなければな。」


「…できる、かな、」


「少しずつでいい。今すぐ変えなくてもこれから覚えればいいんだ。一緒にな。リンが全て背負わずとも、少しずつ皆に背負わせれば、お前の分など砂一掴みもないだろう。」


俺達の責なのだから、お前の背負うものなどありはしない。少し離れて覗き込めば、まだ瞳が潤んではいるが涙は止まったようだ。赤くなっている鼻先と目元に口付けると気落ちしてはいるがなんとはなく嬉しそうな雰囲気で大人しくされるがままになっていて…可愛い。


「お前の思う『聖女』は随分厳格だな?初日の威勢とは随分な差だ。」


全て護り全て背負い救うなどそれこそ創作的な話だ。人間の範疇を軽く越えるだろうに、それをしようとするのは無謀だ。笑えばムッ、と眉を潜めて、しかし視線を彷徨かせるとぼそぼそと言い訳をし始めた。


「…『仕事』だから確りしようと、思うと。どこまでかわからなくなって…、一般認識を基準にしようとすると『伝説(物語)の聖女』しかなくて…。民間の認識もそっちにしかないし…。」


不安気に瞳を揺らして段々とうつむきはじめた辺りで、慌てて頬を撫でて上を向かせる。まて、それ以上泣くな…俺の心臓に悪い。


「誰が止めるわけでもないんだ、お前の思う『聖女』ではダメなのか?」


「清楚で高潔で…?」


「訂正する、『お前らしい聖女』にしよう。」


そもそも降り幅が大きすぎて負担になっている部分があるだろう。仕事に真面目なのは良いが、そのために心身に異常をきたしては元も子もない。


「こんなの聖女じゃないって怒られないかな…、万人に好かれたいわけじゃないけど、嫌われたいわけでもない…。」


「『本物の聖女』を知っているものなどいないだろう。お伽噺は所詮お伽噺だ。『本物との区別』がつかない奴は放っておけ。」


そんなところまで気を割く必要など無い。言いきればきょとん、と目を瞬かせた後、堪えきれないと言わんばかりに笑いだした。


「ふ、っはは、…んふふっ、」


「…やっと笑ったか。作り笑いばかりしていただろう。」


「うぐっ…、……だって、ロックスの部下さんに印象悪くしたくなかったんだもん。」


ぴたっと固まって視線を彷徨わせると、罰が悪そうにぼそぼそと呟いて、むくれてしまった。


「…お前な。」


盛大に深いため息が漏れた。そんなことを気にしてどうするんだ?


「…私は、ロックスから色んなものを奪ってしまったから…せめて『聖女の騎士で良かった』って胸を張れるような上司になりたくて…。」


指先を合わせては組んでと落ち着きなく動かしている手を取りそのまま引き寄せて反転する勢いでソファに座る。リンを持ち上げ膝に乗せると口を引き結んだまま眉間に皺を寄せている。


「俺が騎士団長を辞したのはお前の所為ではない。」


「わ、ッ私を庇ったからじゃないかぁ…ッ、」


「ま、まて泣くなッ、リンが現れなくても時間の問題だったんだ。ベイルート様と俺は折り合いも悪かった上嫌われていた!リンが丁度よく表れて俺が自分で最後を踏みぬいただけだ!」


震えて俺を睨むリンの眼に溜まる涙を慌てて拭う。一度泣いている所為か涙腺が緩いのか?これ以上泣くと目が溶けるぞ。


「でもッ、」


「なんでも背負い込み過ぎだ。なにか良くない過程の一部にリンがいたとして、だからと言ってお前が悪いという事にはならんだろう。」


「…うん。」


一ヵ月の間に目まぐるしく変わったリンを取り巻く環境が、人が、立場が…自身を締め上げて、判断が下せなくなっているのだろうか。なにもかも自分の所為だと断じてしまう程に追い詰められて…。


「俺はお前と出会ってお前の騎士になったことを後悔していない。むしろあの時リンを庇ってよかったと思っているんだ。」


アイツ等にも散々揶揄われたがな…、俺もたった一月過ぎただけだというのに随分様変わりしたものだ。こんなに振り回され、思い通りにいかないというのに離れられない。


「俺は、お前以外要らない。」


抱き締めれば、ゆるく抱きしめ返される。膝上の体温も柔らかい身体も、すべらかな肌も艶のある髪も、透明な黒曜石の様な瞳も甘い唇も、その声さえも。俺のモノになればいい。


「リン、愛している。」


耳元に落として口付ける。お前の全てが俺のモノにならないのは、お前が定めた『聖女』から外れる所為だろう。そんな寄せ集めの『聖女像』など捨ててしまえ。そんなものが無くとも、女神が、妖精王がお前を『聖女』としているのだから。まぁ、聖女ではなくなって堕ちてこいとも思っているが…『リン』が俺のモノになるならどちらでもいい。


「んっ、…ふ、」


リンから漏れ出る声が耳に心地いいが、これ以上は我慢が効かなくなるからな…。甘く柔らかい唇を食んで離れる。


「お前が、俺にとって一番大切なモノだ。…わかるか?」


「ッわ、わかり、ました…。」


じわじわと赤面し始めたリンに、悪戯心が湧き上がってくる。…いや、昼間の事を思えば優しい方だろう?


「本当にわかったのか?ん?」


「わ、わかった!ダイジョウブッ!」


鼻先に触れる程顔を寄せれば慌てて離れようとするものだから、逃げられないよう顎を掬いあげた。


「なんでも自分の所為にするな。背負い込むな。聖女を仕事だというなら下の者にも振り分けろ。」


「う、わかった、」


「それから不確定な聖女像など捨てろ。どんなことをしていようとお前が聖女だ。他は捨ておけ。」


「う、ん。」


強く言いすぎている気もするが、リンの性格を考えればちょうどいいくらいだろう。最後に、


「自分を蔑ろにするような無茶をするな。何よりリン自身を大切にしろ。…俺の大切なモノを、護ってくれるんだろう?」


「…っ、わかっ、た。頑張る。」


譬え回復魔法を使えようとも、痛みがあることに変わりはない。あんな光景をこの先何度もさせて堪るか。ようやく、リンの口から肯定する言葉が出たな。


「ん、ぅ、」


気分が高揚しているのが自分でもわかる。そのまま口付けて、勢い任せにソファへ押し倒す。


「えッ、…え?!」


「ん?どうした。」


呆けているリンを見下ろして覆いかぶさると面白い程慌てだした。


「なん、神殿ですが?!」


「そうだな。ところでその恰好はお前の神官達が着せたんだぞ。」


「あ、可愛いね?…ん?何の関係が…?」


気持ちに余裕が出たのかちらりと自分の状態を確認して小首を傾げている。


「俺はお前の部屋でゆっくり休む様に言われたからな。」


「うん?…………あッ、あ?!ああ、そういうッ?!」


わかり易いよう続ければ、しばらく黙った後にビクッと身体を跳ねさせ全身が赤く染まりだした。器用だな?


「許可が出ているのだから問題ないだろう。」


「そんッ、んーっ!」


自分が俺に差し出されたのが理解できたのか、あわあわと何か言葉にならない音を出して慌てている様はなかなか胸が空く。ついでに我慢できなくなって口付けると硬直して動かなくなった。


「は、…『後で覚えていろ。』と言っただろうが。ちょうどいい、身体にも教え込ませておくか。」


「ヒェッ、まっ、結構ですぅう!!」


見開く瞳を覗き込んで笑えば半泣きで気持ちが良い程叫ばれて。


「くッ、ふふ、…聞こえんな。」


「ひゃっ、」


本当に可愛いなお前は。噴き出してしまったが素知らぬ顔をして瞼に耳元に口付けて、俺はリンの部屋で一晩楽しく過ごした。










書いては消して…ってしていると何をどこまで書いたかわからない症候群を発症してしまう…。書き散らしているので設定ずれがあったら後で修正かけるやもしれないですん。


前回感想ありがとうございます。今回の活動報告に没を埋葬しました。注意書きご一読くださいな。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ