落し処を探して。
神聖力で舗装した道をサスラと駆け抜けて半日、たどり着いた神殿は雪に覆われてまるで全体が見渡せない有様だった。不謹慎にいうとかまくらとかドームケーキの様な真っ白具合でステンドグラスも建物の装飾も溝に雪がつまって荘厳さのその字もない。
ゼロさんがサスラに道を教えてくれるから、私は後続の馬車とかお兄さん達が走り易い様に舗装の足りないところが無いか確認して順調に進んだので特に疲労もなくこれた。ありがたいね。神殿に着いてすぐサスラから降りて、入り口に向かう。
「んぇ?…開かないんだけど。」
一瞬私が非力すぎて大きい扉が開かないのかと思ってゼロさんにバトンタッチしたら、ビシッミシミシッとヤバい音が聞こえて慌てて止めた。この吹雪で扉を壊すのは流石に拙いよ。試しの門じゃないんやぞ。
「…ああ、雪が詰まって凍ったようだな。」
ふむ、とゼロさんが首を傾げている間に後続のお兄さん方も馬から降りて集まって来たので、もういっそ神聖力で開門の儀をすることにした。
「ひらけぇーごま!!」
両手を下からお空に向かって万歳すると、扉がカッ!と光って。いや、実際は凍ったとこが光ったんだけどね。開かない扉を開けると言えばこれでしょ!とドヤ顔で万歳したまま振り返ったら、ゼロさんに頭撫でられたでござる。…ハッ、そういえば異世界なんだから通じるわけないじゃん。まさか世界線にボケ殺しされるなんて…ッくやしいのう悔しいのう!
「百面相していないで入るぞ?」
「はぁい。」
ポスっとサスラを渡されて、もふもふに顔を埋めながらお返事をしておく。サスラたんお疲れ様!いっぱい走って疲れたねェ。ゼロさんが重い扉を開けると、神殿の中は結構な人口密度になっていて。その沢山の眼が我々に注がれて思わず固まってしまう。
「ッ聖女様!!」
お互いに硬直したまま数秒、見知った顔が駆け寄ってきてくれた。
「アリア!大丈夫?」
「聖女様、ああ、まさか来てくださるなんて…ッ!」
目の前でぽろぽろ涙をこぼすアリアさんに、すかさずハンカチを出してそっと目に当てた。び、美人が泣いている!由々しき事態だぞ私!しっかりしろ!
「よしよし。」
泣き崩れるアリアさんを抱き締めて背中を摩ると、だんだんと落ち着いてきたのか小さな声で申し訳ありませんと謝罪された。
「ありがとうございます、聖女様…。」
いいんだよ、泣きたいときは泣くのが一番だからね。それより現状の確認とかしたいんだけれど…、とあたりを見回して、なぜかゼロさんをはじめお兄さん達に囲まれていることに気が付いた。いや、囲まれてるというか、背中を向けられてるんだが…?
「聖女様…?」
「聖女様って言ったか?」
ざわざわと波紋が広がるように言葉が広がっていく。その声は困惑と怒りを滲ませていて。恐怖に支配されていた視線が、憎悪に変わる瞬間を初めてみた。それは、容赦なく私を突き刺してくる。
「おい!アンタが聖女さまかッ?!」
「ふざけんな!こんなところで何してやがる!!」
「あんたの所為でこの国はこんなことに…ッ!」
「さっさと聖龍に食われちまえ!」
一人が声を上げた瞬間、ワッと聞き取れないほど口々に叫び怒鳴る声に神殿が呑み込まれた。反響し木霊する怒号に小さな子の泣き声が混ざり、困惑と焦燥がぶつかってくる。
「…ッリン、聞くな。」
「聖女様、ご安心下さい。暴徒は近づけさせません。」
「聞けッ!こちらのお方は本物の…ッ!」
ゼロさんやお兄さん達が少しずつ近づいてくるライハ国民を威圧している。
「何が本物だ!」
「本物も偽物も知ったこっちゃないんだよッ!!」
「ッ早く聖龍を止めろぉ!!」
つい最近まで今まで命がけで守ってきた人達に、いつでも抜ける様に帯剣している柄に手をかけている。私には安心させようと声をかけて…。
「いや、違うだろ。」
「聖女様…?」
立ち上がって、怒号に身体を震わせていたアリアさんの頭をポンポン撫でたら困惑した顔で見上げられた。わぉ、美人の上目遣い可愛い。
「聖女様、お下がりください!」
「いけません、今は誰もが混乱して、」
両手をホールドアップしながらお兄さん達の輪の外に出ると、突き刺さる視線で射殺されそうな勢いだった。そんな眼を向けられれば向けられるだけ、頭のなかが急速に冷めていく。うーん、いかんね。
「リン。」
「大丈夫。…ごめんね。」
ゼロさんの声に視線も向けず、唾を吐く勢いで何か捲し立ててくる人達にゆっくり近づく。皆で叫んでいるから何言ってるかさっぱりわからん。罵倒されてるのはわかるけどね。そのままどんどん近づいていくと少しずつ叫ぶ声が減ってきた。困惑し恐怖するような、それでもなにかすがるような眼に囲まれる。
もう手が届いて殴れるだろう距離まで来て止まる。そのころには聖女を罵倒する声は聞こえなくて痛いほどシンと静まり返っていた。そして、目の前には一番初めに怒鳴ってきた年嵩の男性。見上げるほど体格差あるな。
「私が聖女だ。…殴ってもいいぞ。」
「聖女様、なにを…ッ!」
「腹が立つだろう。生まれ育った場所を大きな力に蹂躙されて、明日もわからない今に怯えている。寒さも飢えも精神を蝕むのに十分だ。今生きる為に、君達が私の話を聞くためにそれが必要ならば、私は甘んじて殴られよう。」
「ッハ、誰の所為でこんなことになってると思ってやがる!俺達が何も知らないとでも思ってやがんのか?偉そうにご高説垂れやがって、なら望み通り殴ってやるよッ!!」
グッと爪先が白むほど握られた拳が振り上げられて、ただ見つめて歯を食いしばる。それはまるでスローモーションの様に左頬を打った。面白いほど身体が吹き飛ばされて、身体が地面を擦ると誰かに抱き留められた。…ゼロさんだな絶対。ああ、笑えないくらい眩暈がする。殴られるってこんな感じなのか。口の中が切れたのか血の味がするし、飲み込み切れなくて結局吐き出した。ズキズキどころかガンガンと頭が割れる程頬が痛みを訴えてくるし、何なら目も霞む。首の痛み凄いな…頭と身体が泣き別れなくてよかった。
『聖女への傷害を確認、聖女への傷害を確認。』
「人間…、僕のマスターになんてことッ!!」
あっ、こら獅子の姿で咆哮上げるんじゃない。みんな怖がるでしょう。ダンも聞いたこと無いエラー音みたいなの出てるぞ。
「げほっ、サスラもダンも動くな。」
あああ、喋ると口の中めちゃめちゃ痛い。口の中に血が溜まるのと唾液で喋り辛いし。うーん、立てるかな?ちょっと膝が笑ってふらついたけど、ゼロさんが無言で支えてくれた。ありがとう!…わぁ、めっちゃ怒ってる。でも我慢してくれてるの流石ですね。我が侭言ってごめんね。
「うん、じゃあ、他に殴りたい人。流石に一人一発にしてもらえると助かる。時間かかっちゃうし。」
へら、と笑ってみたけど、上手く笑えてないかも。だって口の端が切れて頬が引きつるし、腫れてきたのか馬鹿みたいに熱を持ってて感覚無いんだもん。とりあえず挙手制にしようかと自分で手を上げたら、なんだか静まり返ってバケモノでも見てるような視線を向けられてる…。ええ、なんで…。
「聖女様ッ、いけません安静になさってください!いま回復魔法を…ッ、」
「うんうん、後でいいよ。それよりこの人達とお話しなきゃだからね。」
駆け寄って私の傷を治そうとするアリアさんに待ったをかける。いざとなれば自分で治せるから大丈夫だよ。
「そんな、聖女様より優先されることなんて、」
「あるよ。何のために私が向こうから呼ばれたと思ってるの。この世界を生かす為でしょ。そのために来たんだから、私もこの人達も死なせるわけにはいかないんだよ。…だから、護衛は全員動くな。サスラ、お前もだ。」
サスラに眼をやるとグルグル唸り声をあげているけど大人しく待てができてる。ダンのエラー音も止まった。対応にあぐねているお兄さん達も私の声が聞こえたのか注視したまま動かない。うん、よきよき。口の切れた部分の血が渇いて話し辛いから、行儀悪いけどペッと吐き出すと床に血が飛んで。いや、もう血反吐吐いてるし気にしてる余裕ない。目が軽く霞んでるからね。
「で、他に殴って憂さ晴らししたい人は?意識があるうちに早めに来てくれるといいな。」
グッと袖口で口元を拭うと、なかなかにホラーな服飾になってしまった。ううん…この世界血抜き洗剤あるかな。なんて考えながらしばらく待ったけど、誰も彼も視線を泳がせたり不安そうにあたりを見ているだけでこちらに出て来ない。まぁそうなるか。
「遠慮しなくていいよ?」
最終確認代わりに言えば、殴り飛ばしてきた男が困惑顔で私を指さしてきた。
「…ッイカレてんのか?!どう考えたっておかしいだろ!あんた聖女じゃねぇのか!!」
「私が『聖女』だからだ。」
なんだ、私にあたるのはおかしいってわかってるんじゃないか。ならそろそろ普通にお話してくれるかな?なんて淡く期待しながら応えれば、グッと、息をつめて押し黙ってしまった。そのまま見つめ合っていると、
「聖女さま…?」
「うん?なぁに?」
小さく高い声が聞こえて。男の足元に小さな女の子がいた。くるくるふわふわの髪の毛が可愛らしい。
「ごめんなさい…、パパが…、」
大きな瞳を潤ませて、震えながら謝罪を口にする少女。きっと普段と違う親や回りの雰囲気が怖いだろうに。
「君は優しい子だね。大丈夫、大人だって不安になったり怒ったりするものだ。叩くのは良くないけど、今回は私が叩いていいよって言ったしね。君達は誰も悪くないんだよ。」
うーん、7歳くらいかね?上手いこと言えなくて申し訳ない…。しゃがんで少女の頭を撫でていたら、人混みからひそひそと何か相談している声がして。それがまたざわめきに変わる頃、
「…悪かった。」
「あんたに当たっても仕方のない事なのに…、」
「気が立って…、言い訳にしかならないけど、ごめんなさい。」
少女の謝罪が呼び水になったのか、先ほどとは比べ物にならない勢いで口々に謝罪される。お、おおう。いいよ大丈夫だよ。なんかこんなに一斉に謝られると申し訳なくなってくるから不思議だ。
「ええと、じゃあお話を聞いて貰えるかな?」
終わらない謝罪合戦にパン、と柏手を打つとこちらへ注視して静まってくれた。よかった。これで一先ず『聖女』への不満を落ち着けてくれれば…なんて思いつつちょっと肋が軋んで手で押さえたら、目の前に鬼がきた。
「その前に自分の怪我を治せ。いま、すぐにだ…ッ!!」
「ぁわわわ、ごめ、ごめんなさいすぐ治します!!」
ひえぇええ!ゼロさんめちゃめちゃ怒ってたッ!こんなに怒ってるの見たことないよマジギレですやん。怒り押さえ込みすぎて噴火しそうで激おこぷんぷん丸って茶化せないヤバい。即座に自分の頬に手を当てて治して、ついでに身体を擦った所とかもちゃんと治した。あとが怖いからね…!ちょっと焦りすぎて出力とちったけど、神殿内の人が元気になっただけだからセーフにしてくだしあ!どうせ後で治す予定だったし!
「怪我が…、凄い…ッ!本物だ!」
「あんたッ、凍傷が治ってるよ!」
「ママ、足が痛くない!なんで?」
「聖女様!」
ワッと歓声が上がる神殿内とは真逆に、座った目でゼロさんに怪我の具合を確認されているなう。これね、抵抗するとたぶん強制送還されるからね…ッ!雉も鳴かずば撃たれないんじゃッ!
「マスタァア!僕ちゃんと我慢したよ!」
「うぐっ!」
確認が終わるのを見計らっていたのか、ゼロさんの手が離れるのと同時にサスラに突進されてよろける。すかさずゼロさんに抱き留められて、後頭部と臀部が護られた。あ、あぶねぇええ!!びっくりした。
「サスラありがと、偉かったねぇ。」
「マスタァのバカバカ!怪我しちゃダメでしょッ!」
「んん~、…ごめんなさい。」
獅子のままの大きなお顔がぐりぐりとお腹に擦り付けられて、とてもくすぐったいけど我慢してサスラを撫でれば落ち着いてきたのかちょっと不機嫌な、納得いってませんよ?という顔で離れてくれた。拗ねてますアピール可愛いな。
「ゼロさんも、ありがとうございます。」
「…二度とやるな。自分を、大切にしろ。」
「ごめんなさい。力で押さえつけるのは、違うかなぁって思って。もう少しうまくできる様に考えるね。」
聖女ムーブなんて生まれてこのかたしたこと無いからわかんなくて…、しかしそんな泣きそうな、蚊の鳴く様な声で責められるのが一番きつい…。申し訳なさ過ぎて土下座したくなる。ゼロさんが満足するまで大人しく抱きしめられていたら、入り口とは反対側の大きな扉がバァアン!!と音を立てて開かれて。驚いて肩が跳ねた。
「…聖女様ッ!!」
「あ、デュオさん。」
「…ッ私の名前など、憶えていてくださったなんて!もう、今日死んでも悔いはないです…ッ!」
「おお、落ち着きたまえ。」
怒涛の勢いで詰め寄られ、スライディングの様に膝を床に付けたまま半径2mほどに停止した。器用だね?膝の皿なくなっちゃうよ?
「先ほど神殿内を包み込んだ清浄な力、感動いたしました…ッ!真っ先にお迎えに上がるべきところ、会議などの為に出遅れるとは一生の不覚、かくなる上はこの命をもってしてお詫びを!」
「わかったから落ち着きたまえ。三度目はないよ。」
「畏まりましたッ!」
いやなに勝手に死のうとしてるんだこのお兄さんは。淡々と命令すると、極上の笑顔で返事をして忠犬の様にキラキラな目で私をみつめたまま動かなくなってしまった。…前に聖女の犬ですって自己紹介されたけど、本気だったのか。なんか、マリカたん崇めてる時の私に似てるんだけど…既視感すごい。はたから見たらこんな感じだったんだな私。要らぬダメージうけたわ。
「…リン、一先ず休んだ方がいい。」
「そうです聖女様、どうぞおやすみ下さい。この場は私達が対応いたします。」
「皆もちゃんと休む?私だけとか言わないよね?」
「もちろん皆様のお部屋を準備いたします。ですのでどうかお休みください。」
ゼロさんにそっと背中に回されてデュオさんの視界から外された。ううん、上司が休まないと下が休み辛いよね…。ゼロさんとアリアさんに促されて、さらにはお兄さん達にまで笑顔で手を振られてしまった。ここまでくると断れない。うぐぐ。抵抗したいけどそうもいかんよな…小さく頷いたら、速攻でゼロさんに抱えられて。アリアさんの案内で部屋に放り込まれた。
…俵担ぎで見えた神殿内は興奮冷めやらぬ人々と、手を振る神官さん達と、笑顔のお兄さん達と…謎に悶えてるデュオさんだった。
「ピッカピカにされた…。」
放り込まれた部屋で待ち構えていたのは、デイジーさんとアンネさんで。挨拶もそこそこに、アリアさんに剥かれてお風呂に突っ込まれた。再会の喜びの言葉を染み込ませるように磨きに磨かれて、自分では手の届かない色んな所がつるつるもちもちになった。わぁい。
そして当然の如く手入れされてドレスに着替えさせられた…。普段着ですよとか言われてもわかんないよぉ。ちょっと生地軽いかなとか動きやすいとかその程度。装飾少な目なのはわかるけどね。
「以前より髪が伸びましたね。」
「編み込むのはどうですか?」
「もう少し長ければアレンジの幅も増えるのですが…。」
丁寧に髪を解かされては頭上で相談会が開催されている。
『マスター、よろしいでしょうか?』
「どうしたのダンくん。」
怖がらせないようにとぬいぐるみサイズになったサスラを気にしないようにしていた三人の肩がビクッと跳ねて。すぐに素知らぬ顔に戻るあたり、プロフェッショナルを感じる。
『マスターは回復魔法を習得済みかと思われます。で、あれば。髪を伸ばす程度造作もないかと。』
「んぇ?なんで?」
どういう事だってばよ。首を傾げる私に、シュルシュルと舌を出しながらダンくんが説明してくれた。
『回復魔法とは生き物の自己治癒能力に神聖力又は魔法でもって干渉し、細胞の活性を促し再生を促進させることにより超常なる速さで怪我を治すのです。つまり、回復魔法の特性は活性と促進。治癒は細胞に働きかけたことによる副次的なモノです。』
「…なんかのきっかけで活性と促進を細胞に指定してかけたら結果的に傷が治ったからそれを《回復魔法》って言ってるってこと?」
『端的に言えばその通りです。なので働きかける指定を髪へ変えれば、活性・促進され髪が伸びます。』
「…うわッ、ほんとだ!」
半信半疑で頭髪に回復魔法をかけたら、ショート丈だった髪が胸下まで伸びた。ぅおお、こわッ!呪いの人形になった気分。なんて感じたのは私だけだったようで。
「…っまあまあまあ!素晴らしいですわ聖女様ッ!」
「結い上げますか?編み込みましょうか?ああ、どちらも捨てがたいです!」
「騎士様はどちらがお好みかしら?それにしてもなんて綺麗な艶でしょう…ッ!」
美人さん三人の輝く笑顔、プライスレス。どうぞお好きにしてください…。オネムになったサスラを膝に乗せて、デイジーさんが用意してくれたブラシでブラッシングすると、気持ちよさそうにゴロゴロと喉が鳴っていて可愛い。ご機嫌斜めは許されたようだ。美人に囲まれ膝は可愛いに陣取られ、ここが楽園か!なんてデレデレしてるうちに、睡魔に負けて…眠っているうちに『聖女様』に仕上げられていた。
「何とか夕食に間に合いましたわッ!」
「はぁ…、今回も完璧な仕上がりです…ッ。」
「ふぉあッ!ね、寝てた…。」
上がった歓声に目を覚ましたら、何という事でしょう。なんちゃって聖女から『聖女』になってたでござる。おおん。相変わらず凄いな。鏡に映る自分に、こ、これが私?!なんてことはしないけども…ちゃんと私の顔なのに、普段より大人な顔に仕上がっているから不思議な感じだ。そもそも私大人だしな。
前回のエンパイアドレスとは違って、レースのハイネックに肩から背中が丸出し。胸元がハーフカップから下へ細身のAラインドレスでやっぱり要所に青や紺のラインが入ってる。この総レース具合で普段着とか正気じゃない…。おいくらなんだ…。エンパイアより可愛い雰囲気だからか髪の毛先がくるくるに巻かれて動くたびにふわふわ揺れてちょっと面白い。…三十路編み込みハーフアップとか可愛い路線大丈夫かな、イタクナイ?ヒールも前回より低めだね。
「ええと、今回も凄いね。ありがとう。」
「いえ!聖女様を飾り立てることができるなんて幸せですわ。」
「これで今度こそ騎士様を…。」
ぐっと意気込みと鼻息荒めに詰め寄られ、そういえばそんなこと言われていたな。と。
「ああー、実はあの後ゼロさんとお付き合いすることになりまして。…恋人になりました。」
「まぁ!」
「おめでとうございますッ!」
一応報告した方が良いかな、と伝えれば、ぱぁあって音が聞こえそうな位喜色満面に微笑まれて。代わるがわる言祝がれるものだから、じわじわ顔が熱くなってきた。ひぃい、恥ずかしい…。しかも顔が赤いからか皆に微笑ましくニコニコされてる。なんとも言えずに目が大海原をバタフライ泳法し始めたあたりで、神官さんから夕食の準備が整ったと声がかかり、居た堪れない空間から脱したのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
リンの『奇跡』で湧いていた騒ぎも持ち込んだ食料で炊き出しを行う頃には礼拝堂内に満ちる香りに空腹を思い出したのだろう、明るい雰囲気のまま自然と皆落ち着きを取り戻し始めていた。こちらの指示にも耳を傾ける余裕が生まれ、神殿の者や俺達に先程の騒動に対する謝罪を述べる者も現れていた。
「…聖女様は、大丈夫か?」
あらかた寝具の配布が終わると、無精髭の男が話しかけてきた。足下には小さな少女。厳しい顔つきで男の手を握り、無言でなにかを促しているあたり男を連れてきたのは彼女のようだ。肩身が狭いのであろう大きな身体を小さくさせているのがなんとも滑稽だ。…いかんな。やはりリンのようにはまだ、割り切れない。
「ああ、今は部屋で休まれている。」
出来る限り態度に出さぬようにと短く返答したが存外声と態度に乗ってしまった。目を泳がせる男へ自分でも息をついてしまう。
「その、王城にいる聖女様…、いや、あっちは偽物なのか、偽物への不満が溜まって、過剰に反応しちまった…悪かった。」
「…俺に謝罪は必要ない。が、受けておく。」
膝に手をつき深く頭を下げる男と不安げに此方を見やり同じく頭を下げる少女に、漏れそうな吐息を呑み込んだ。…リンの考えはわからない。正直に言えば、いくらでもやり用はあった筈だ。わざわざこの男に殴られる必要も、無かったのではないか。
赤黒く腫れ上がった顔は自身で治し、吐き出された血は綺麗に拭き取られもうそこにはない。まるで、そんなことなど起こらなかったかのように片付けられ、ただ俺の中で泥のように溜まる不快感を残す…頭をふりつめていた息を吐き出した。浅い呼吸により霞がかる思考を振り払う。
「それよりも、王城の聖女についてなにか知っているのなら聞きたいんだが。」
何とか話題を変えれば、男もおずおずと話を合わせてくる。
「一ヶ月と少し前か?聖女様のお披露目だっつってパレードがあったな…。あとはここ最近出来た貧民街への炊き出しに奴隷市場の見学か、」
「俺は孤児院へ慰問にきたって聞いたぞ?」
男が話し出せば固唾を飲んで見守っていた周りの者達も口々に知りうる話を吐き出しはじめた。当時パレードを見た城下の者を中心に聖女はとても可憐で美しい容姿をしていると話題になり、さらには公務として病気の者や怪我をしている者へ励ましの言葉を掛けるまさに聖女様であったのだと言う。
「…それでなぜ、不満が出るんだ?」
それであれば、宰相の思惑通り民衆からの支持もとれただろう。上手くやっているのではないかと首をもたげれば、苦虫を噛み潰したような顔で男は続ける。
「『聖女様は傷を癒す力がある』ってのは物心つきゃあガキだって知ってるおとぎ話だ。おとぎ話の存在が苦境に現れりゃ、期待するなってのは無理な話だろ…。」
「実際はお言葉を掛けるだけだったらしいな。苦しんでいようが泣いていようが、優しく寄り添い言葉を掛けるだけで…。しかも治してくれとすがった奴はお付きの騎士に張り倒されたって聞いたぞ。」
「なんでも、聖女様の奇跡の力はまだ不安定で希少なものだから、おいそれとは使えないんだと。」
「じゃあなんのためにきたんだ?なにもしてくれねぇならただ見目が良いだけの小娘じゃねぇか!」
「俺に言うなよ!」
喧々囂々と騒ぎ出した男達を制止させ、続きを促せば謝罪と共にまた頭を捻りだす。
「まぁ、今だからわかるが偽物だから奇跡なんて起こせるわけなかったってことだろ?王様はこのこと知ってんのかね。」
「あの女に騙されてるんじゃねぇか?」
「いやぁ、あの王だぞ…?こういっちゃなんだが…なぁ?」
「まだ正式には一ヵ月だが問題だらけじゃねぇか。貧民街の奴等なんて捕まりゃ奴隷送りだとよ。」
「馬鹿、不敬罪でしょっ引かれるぞ!」
ひそひそと声潜め、周りに聞こえぬように不満をこぼし始めた男達は互いに深刻な顔でこの国を憂いて。…ああ、本当に。なぜこんなことになってしまったんだ。幼い頃は年相応に悪戯や我が侭はあっても優しい心根の少年だった。屈託のないべイルート様の笑顔を見なくなったのはいつからだっただろうか。遠い昔に感じるそれに胃の腑辺りが重く沈む。
「それにしても、聖女様は凄かったな…!」
「ああ、オレは御伽噺だと思ってたぜ。」
「そりゃあそうだろ、それこそ何百年前だろ。」
「隣の爺さんなんざ凍傷も生まれつきの肺病もみんな治っちまったってな!」
重苦しい話から一転、聖女…リンの話に変わり男達の眼が光る。自分だけでなく身内や友人の怪我や病気が治って心から喜びに湧く様に、何とも言い難い感情に襲われ唇を噛んだ。もう、これ以上のことは聞けそうにないな。一声かければ口々に礼をいわれ、それになんとか笑い返しその場を逃げる様に後にした。
神官や元部下達に声をかければちょうど夕食の時間になるという。そのままリンを呼びに行くと申し出れば良い笑顔で送り出されてしまって…居心地が悪い、が、先ほどのまでのやり取りを思い出すとどうしようもなくリンの側に在りたいと思ってしまう。
少しは休めただろうか。リンの生まれ育った環境は暴力と無縁だったと聞いている。…怪我は治ったとはいえ、殴られた時の痛みも感じた衝撃も簡単に消えることなどないだろう。何を思って、あんなことをしたんだろうか。
足早にリンの部屋へ向かえば、丁度別の神官が呼びに来ていたのだろう。黒髪の後ろ姿にほっと息をつく。
「リン、」
「あ、ゼロさん!」
声をかければ振り向き華やぐ様に笑うリンに一瞬思考が飛んだ。…いや、前とはもう関係性も違う。今度は思うまま言葉にしても何も気負うことなどないのだから。
「…綺麗だな。よく似合ってる。」
「んへへ、ありがとう!今回も聖女に変身させてもらいました。」
機嫌良くも恥じらう様に笑うリンの手を取り口付ける。ああ、本当によく似合うな。ウォンカ様付きの神官達はいい仕事をする。前の清楚で高潔な装いもよかったが、存外可憐な花の様なドレスも似合う。歩くたび揺れ動くレースと緩く巻かれた髪が愛らしい。目が合うと自然に微笑まれじわりと自分の顔に熱がさした気がした。
「髪はどうしたんだ?」
「ダンくんが教えてくれた回復魔法の応用で伸ばした!」
ふんっと胸を張って言っているがそれは本来の使い方なのか?結果的に伸びた髪は編み込まれ可愛らしく仕上げられているのだから、神官達の盛り上がりようが見て取れるな。
「マスターキラキラしてる。」
「きらきら?なんだろ、ドレスかな。」
リンに擦り寄り歩くサスラは休憩の間に機嫌を直したのか、ゴロゴロと猫の様に…とはいっても雷に負けない音の重さで喉を鳴らしている。リンを見ながらうっとりと呟くのは、木天蓼に酔っているかに見える。
『恐らく神聖力かと。』
「うん?神聖力ってキラキラなの?」
『魔眼や精霊眼など特殊な目を持つ者に、神聖力は輝いて見えます。神聖力はアルヘイラ様の力そのものですから。サスラの眼は私の力が干渉している為、同じ効果を得ているのです。』
「へぇえ、あ。ヴォイスさんが不思議な光って言っていたのそれかぁ。」
眼がチカチカしないのかな。などとダンから得た説明に明後日の方向へ心配しながらサスラを撫でていて、笑ってしまう。着飾ろうと中身はリンなのだなと当たり前のことにどこか安心してしまった。…神殿で神官達に囲まれると、嫌でもリンが『大聖女』なのだと思い知らされる。いい加減、俺も腹を決めるべきだな。
先を歩く神官に案内され扉を開ければ一瞬リンが硬直して。どうしたのかと覗き込めば「重役出勤申し訳ない。」と焦っていた。…お前はこの中で一番位が高いのが自分だという自覚はあるのか?
「お待たせしてしまって、申し訳ありません。」
開口一番に謝罪を口にして眉根を下げるリンに先に案内されていた元部下達の視線が突き刺さっている。なるほど、前回の俺がどういったものだったのか人の振りを見るとわかり易い事この上ないな。謝罪に対する反応が無くリンがおろおろとこちらを確認してきた辺りで硬直していた部下達に殺気を飛ばすと、我に返ったのか一斉に立ち上がり慌てて取り繕いだした。
「ッいえいえ、お気になさらず!」
「すげぇ儚い系美人…。」
「バッカ黙ってろ!」
「とてもお似合いですね。」
「今来たところですんで!」
「聖女様めっちゃ可愛いっスね!」
各々が好き勝手に話だした所為でざわざわと騒がしくなり頭を抱えた。端でダズが笑い転げているのが見える。平民から騎士なった者ばかりだからと馬鹿にされぬよう礼儀は教えたはずなんだがな…。いや、ここまでの旅中でアルトとリンが緩い会話をしていたから咄嗟に引っ張られているんだろう。皆『騎士』では無くなった身軽さ故もあるかはわからないが…、一先ずリンが笑っているのだからよしとするか。
長いから切りました。( ゜Д゜)
没になった下書きがもったいない症候群で消せていないのですが、リメイク書き直しするかお蔵入りにするか、書くネタが無いせいで書き忘れる活動報告に墓場として埋葬するか悩んでおります。どうしたものか。




