同じ釜の飯を食うのだ。
「疑問だの聞きたいことは道中聞け。いくらでも時間はあるからな。さっさと出発するぞ。」
「リン、馬車にするか?馬でもいいが…。」
荷物のほかに開いたスペースにクッションなんかがひかれている馬車は快適そうだし、馬に乗る爽快感は忘れがたいほど楽しかった。さて、どうしようかな。回復魔法使えるようになったし、やっぱり馬かな?でもそうなるとゼロさんと乗るからゼロさん疲れちゃうかな。
「ますたぁはぼくに乗るの!他なんて乗らないの!」
悩んでいたらお兄さん達に挨拶していたサスラに聞こえていたらしい。旋回したサスラが激突してきて首筋に頭をグリグリされてくすぐったいでござる。
「さ、サスラさんや、私が乗ったら流石に潰れちゃうよ?」
なんせ体長90㎝である。私の体重は控えさせていただくが、ぬいぐるみサイズなサスラは確実に潰れる。ぐぬぬ、どうやって説得したものか。
「だいじょうぶ!見ててね!」
ぐぬぐぬしている間に、ぶわっとサスラの足元から変身時に上がる膜が出ると、ぎゅるぎゅる音を立てて渦巻いた。
「…え、いつもより大きくないかい?」
「大きいな。」
思わず口から出ると、ゼロさんに同意された。だよね、明らかに渦巻く膜のサイズがいつもの三倍は大きい。それが空中へ溶ける様に霧散すると中から現れたのは白金色の鬣を靡かせる勇ましい獅子。成体になった筋肉質の身体に、太く逞しい金の鱗が混ざる脚。尾の蛇が金の鎌首を擡げ赤い舌を出している。
「マスター、これなら僕に乗れるでしょ?」
「…おっふ、」
いつのまに大きく変身できるようになったのかとか、声が幼女から高めの少年になってるとか言いたいことはあるんだけど。
「サスラもっふもふ!あぁあああぁああ最高ありがとう可愛い世界一可愛い天使!」
「んへへへへぇ~!」
笑い方がちびチャンの時のままだね!ぼすっとタックルきめても小動もしないよ安定感凄い!カッコいい!鬣もっふぁもふぁ!固いのかと思ったら猫の毛に近いわ。ケモノ臭もしないし謎。
「羽はしまったの?」
「うん。出せるよ。」
言うや否や純白の羽がバサッと音を立てて現れ羽ばたくものだから、あまりの美しさに絶句なう。神話に出てきそう。
「すご…お日様にきらきら反射して綺麗だね。サスラかっこいい!」
「えへへ、マスター乗せたいから頑張った。ダンくんが骨格増やしてくれたんだ。」
「そっかぁ。ダンくんもありがとうね。」
『いえ、サスラとマスターの望みであればいくらでも。』
サスラの成長に伴って大きくなったダンくんは私の腕位の太さの蛇になっていた。アルビノのニシキヘビそっくりででっかい。折角なので撫でまわすと、ひんやりしていて硬さと柔らかさがいい塩梅に同居してる。ナイス触り心地。
「…リン、いくら羽をしまっても獅子では騒ぎになるぞ。サスラ、馬に変われるか。」
「うん、わかった。」
後ろで見ていたゼロさんがサスラに言えば、素直に頷いて白馬に変わってくれた。うんうん、金色の眼はそのままなんだね。額に核の模様が入って綺麗。
「これなら大丈夫?マスター乗せてもいい?」
「ああ、鞍を付けよう。あと、リンは一人で乗れないから俺も乗ることになるが…問題ないか?」
「平気!ロックスなら乗ってもいいよ。」
「そうか。」
わしわし強めに鬣や首を撫でられて気持ちよさそうにしているサスラに、ゼロさんもたのしそう。ゼロさん、サスラがお喋りできるようになってから凄い甘やかしてるんだよね。可愛い物好きなのかな。
「嬢ちゃん…、突飛な事は予告しような?一応言っとくが非日常だからな。」
「あっ。」
こいつ。とサスラを指すダズに、ごめんとしかいいようがない。いや、すっかり忘れてた。振り返ったらお兄さん達も苦笑いで。ひぃい、恥ずかしい申し訳なし。
「嬢ちゃんが聖女バレすんのも時間の問題だな。まぁ、なんかありゃかくまってやるよ。」
「お手数おかけします…。」
私が怖がって、聖女であることを隠しているのに協力してもらっているだけだから申し訳ない。…最近、ゼロさんに宥められたりお話し合いしているから、だいぶ落ち着いてきたけれど。聖女かぁ…。
「おら、待ってんぞ。」
ぽんぽん頭を叩かれて、ゼロさんの方へ促される。鞍をつけ終わったサスラと待ってくれていたゼロさんの下へ走る。準備万端でご機嫌なサスラを撫でて、よろしくね。と言えば任せてよ!なんて返ってきた。
「前でいいか?」
「うん。よろしくお願いします。」
頭を下げると微笑まれて頬を撫でられた。そのまま軽く持ち上げられて横向きに座れば、重さを感じさせない身軽さでゼロさんも跨って。
「じゃ、出発すんぞ。」
ダズの声に合わせて私達はライハへ向かって進み始めた。二人で逃げた道を逆走してるって考えるとおかしな気分だ。…違うな。正しくは私が逃げたくて来た道。あんなに怖かったのに、いまはそうでもない。ゼロさんとの関係性が変わったからかね?監視かと警戒していたら恋人になって、優しくされて甘やかされて喧嘩もして。心配事なんて簡単に壊せる力も出来た。何なら世界だってとれる力だ。…優しいサスラに、そんなことはさせたくない。あんなに拒絶した断罪履行生物だって、自分から欲して手に入れた。いまはサスラと私の知識のお世話係みたいになってるダンくんも、凄く優しい。
「…大丈夫か?」
「思ってたより全然平気!」
考えこんじゃったからかゼロさんに心配されてしまった。むむ。ぴょんこぴょんこスキップするように走っていたサスラはゼロさんに窘められて、それでも機嫌よく快適に走ってくれている。癒されるなぁ。
「休憩挟みつつ行くが、どれくらい走れんだ?」
「僕は自動人形だからマスターが力をくれてる間中ずっと走れるよ。」
「おお…、嬢ちゃんは?」
「んえ?強行軍する感じ?馬と人に回復魔法かけ続ければ昼夜問わず全員活動させられるよ。」
最大値の話かと思って限界の申請をしたら呆れたように見つめられた。え、なんだよ聞いたの君だぞ。
「ロックス、」
「素だ、諦めろ。リン、昼と夜に野営地点で休憩をはさむ。今回は馬だからな。前より早く着くだろう。」
「はーい。」
「途中で神殿に寄んぞ。文句は爺に言え。」
何を、とは言っていないけど、背後のゼロさんの気配が若干禍々しくなって寒気がする。ひぇえ。これはあかんやつや…!とりあえず私越しにサスラの手綱を取っているゼロさんの服を邪魔にならないよう申し訳程度に掴んで、ゼロさんにぺそっと寄りかかる。なんでかって?ゼロさんくっついてると機嫌良くなるからだよ。
「…すまん。」
「大丈夫じゃ!」
チラ見したらゼロさんの耳がじわじわ赤くなっていた。ゼロさんのお陰様でスキンシップ(アダルト)に慣れてきたからな私。たまにやり返す余裕ができるくらいには。なのでこれくらいはなんともないのじゃ。
「聖女様聖女様、先輩のどこが気に入ったんですか?やっぱ顔?」
によによしながら楽しんでいたら、アルトくんが並走してきて輝く笑顔で聞いてきた。そんなアルトくんにゼロさんの手刀が当てられていて、痛いっス!なんて笑っているから本気じゃないのがわかる。可愛いなアルトくん。
「んー…?綺麗な顔だとは思う。ね?」
「俺に同意を求めるな…。」
半身振り返って笑ったら居た堪れないと言わんばかりに眼をそらすゼロさんに、私とアルトくんのによによが加速する。
「じゃあ強さっスかね?先輩超強いんですよ!王城内でもいちゃもんつけてくる貴族も黙らせるくらい!モンスターにも魔物にも負けません!」
「うんうん、カッコいいねぇ。」
「仕事もできるんス!学が無いオレにもわかり易く教えてくれるから面倒見もいいし!」
「私もいろいろ教えて貰ったよ。なんでも知ってって勤勉だねぇ。」
「でしょう!先輩オレの憧れなので!」
途中からただのゼロさん自慢になってるの可愛い。きらっきらの笑顔で言い切るワンコみたいなアルトくんを微笑ましくみつつ相槌をうっていたら咳払いが聞こえて。振り返ったらゼロさんが赤面して死にそうになってた。
「わぉ。…慕われてて嬉しいね?」
「そうだな…。」
困り顔のままはにかむゼロさん尊ぇー…。きゅんってなったし余波でおもわず拝みそうになったのをぐっとこらえた私を誰か褒めてくれ。
「で、聖女様は先輩のどこがお好きですか?」
「んん~?声かなぁ。」
「ですって先輩!」
良いこと聞いた!聞き出した褒めて!って勢いで報告するアルトくんをゼロさんは好きにさせる事にしたらしい。適当に相槌うって笑っている。
「ゼロさんにはもう言ってあるから知ってるよぉ。」
「なんだぁ!仲良しですね!」
残念!と言いつつも嬉しそうで、そろそろ犬耳とぶんぶん振られる尻尾が幻視できそうだ。
「アルトくん可愛いなぁ。こんな弟欲しい。」
「ん、自分と聖女様ならオレが兄ですよ!」
ふんす、と胸を張るアルトくんにゼロさんを見ると、首を横に振っている。だよね。彼20代だよね。
「ああ…、ごめんね。私アルトくんより年上なんだぁ。」
「えッ、まさかぁ。あ、自分よく童顔って言われますけど、26っスよ!20歳とかじゃないっス!」
ちっちっち!と得意満面なアルトくんに、驚きました?なんていたずらっ子顔で言われて。ワッシャワシャに撫でまわしたい衝動に駆られるんじゃ…!いやしないけどね、ゼロさんに怒られると思うし。ゆっくり深呼吸してざわめく衝動を無理矢理抑え込んだ。
「私もよく間違えられるけど、30歳なんだよね。」
「「「「えっ。」」」」
おや、他の人達も聞き耳立ててたのか。話に入ってこないし無言だったから気が付かなかった。…というか、この距離に馬の足音と馬車の音でよく聞こえるなぁ。アルトくん元気いっぱいで声大きいけど、私普通の会話程度の音量で喋ってるのに。そういうスキルかな?いや、私にも聞こえるってことは誰かの魔法か。
「えっ、え?…冗談?」
「本当だよ。ダズに聞いてごらん。」
呑み込めないのか喉にモノが突っかかっているような顔のアルトくんに言えば、錆びたおもちゃの様にダズを見て、それはそれは深刻そうな顔でダズが頷くものだから噴き出してしまった。くっそ、こんなことで…ッ。悔しい。
「えぇええ…。オレ、自分より童顔の人に初めて会いました…。」
「そっかぁ。私は自分が童顔だなんて、こっちに来て初めて言われたよ。私の人種、皆こんな感じだからね。でも言われ過ぎて慣れてきた…。」
「心中お察しするっス…。 」
どちらともなく伸ばされた手はがっちり握手を交わし、お互いを健闘してしまった。アルトくんとは色んな意味で仲良くなれそうだね。
「団長が少女趣味ではなくて少しばかり安心してしまいました。偏見は良くないと思ってはいるんですが。」
「まぁ王城にいる間いくら粉かけられても歯牙にもかけなかったからな。」
「俺団長は男が好きなのかと…。」
「俺は不能って聞いた。」
「それが今やアレですよ。」
「…お前ら聞こえてるからな?」
言いたい放題言われているゼロさんの眉間がマリアナ海溝を生成している。軽口言い合えるくらい仲良しとかいいなぁ。ちょっと嫉妬。
「ふーん、仲良し見せつけおって!このこのっ!」
八つ当たりにべちべちゼロさんの腕を叩いていたら、
「し、心配なさらずとも団長は聖女様一筋ですよ。」
「そうっスよ!聖女様が気にすることなんて、」
焦ったお兄さん達にフォローを入れられたけど、そこは心配してないから大丈夫だよ。お友達羨ましいだけ。ウルトラボッチ更新中だからね私。
「私にはアリアちゃん達美人神官がいるもんね!羨ましかろう!」
「ああ、よかったな。」
負け惜しみにウォンカさんの神官ちゃん達を持ち出すと、微笑ましげに見られてしまった。くそう。
「美人神官…、」
「えっ羨ましゲホゴホッ」
「お近づきになれるだろうか…。」
むむ。なんかお兄さん達が静かに別ベクトルへ盛り上がり始めてしまった。…まぁいいか。アリアちゃん達かなり美人だから恋人いそうだし、嫌ならお断りしてくれるだろう。それとなく後で聞いてみようかな。
楽しい談笑を挟みつつ、ちゃっかりお兄さん達の士気が上がりつつ中継地まであっという間だった。おしゃべりしてるとすぐだね。
「ゼロさんなに食べる?ラインナップ聞く?」
「そうだな…。軽い昼食でいいんじゃないか?」
サスラを労って沢山誉めて撫でると、しゅるんといつものサイズになって抱きついてきた。かんわいい!
「サンドイッチ系かな?スープも軽いのでいいかな。」
「え、聖女様がお作りになるのですか?」
「うん。ほとんど昨日作って、マジックポーチ(改-KAI-)にいれてきた。むしろ作りすぎた…食べる?」
ゼロさんの前に小さいテーブルと加熱用の魔道具を出してホットサンドメーカーを出す。ちなみにこちらホットサンドメーカーじゃないらしいが本来の用途はしらぬ。
「はいはい!オレ食べたいっス!」
「いいよぉー。」
元気に立候補するアルトくんに笑いつつ昨日焼いたパンにペーストと生野菜なんかも出して、魔道具にはスープの鍋をのせて着火。温めてる間にパンをカットして好みを聞いてのせるのじゃ!
「ゼロさんはどれ食べたい?」
「ペーストがうまかったからそれだな。」
「ああ、バイコーンのレバーペーストだよ。」
「…バイコーンだったのか。」
「ダズと捕まえて、一匹分素材もらったの。解体のおじさまが珍味!って言ってたから調えてみた。おいしかろ?」
レタスにスライスした玉ねぎとにんじんなますと豚しゃぶ肉をレバーペーストを塗ったバケットに挟んでゼロさんに渡す。たしかバインミーだっけ?ベトナム料理だった気がする。
「旨い。」
「そうだろうとも。スープもあげよう。」
黙々と食べるゼロさんに大満足である!ふふーん!
「アルトくんなに食べる?甘いのもできるよ。」
「マジっスか!甘いの好きです肉も好き!」
「んー…、これチーズの入ったパンね。間にマーマレードチキンと目玉焼きを入れて生野菜とチーズ…、ホットサンドにドーン!野菜足りないからアルトくん具沢山のトマトスープね。」
さくっと温めてる間にサスラへ神聖力の飴ちゃんを作って籠に盛っておく。テーブルに座って前足で器用に持ち上げて食べてくれるからとんでもなく可愛い。アルトくんもサスラをみて顔面崩れてる。同士よ!なんてしていたら焼けたので斜めにカットしてアルトくんに木皿を渡す。
「…うっわ、うま…。」
「よきよき!いっぱいたべるといいよ!」
恐る恐る咀嚼したと思ったら、おめめキラキラで言うものだからこう、きゅんってなった。子犬にご飯あげた気分になる。可愛い。
「嬢ちゃん辛いのくれ。」
「いいよ!」
馬くん達にお水をあげ終わったダズが後ろから現れたから、ゼロさんにおかわりをあげつつ返事をする。辛いのかぁ。バイコーン挽き肉にしてタコミートにしてあるからそれにしよう。オリーブの実をスライスと玉ねぎとトマトと濃いめのチーズ…パンは無発酵のハーブパンバリバリに焼いて温め直して挟もうそうしよう。
「なんでもあるな。」
「昨日調子に乗って作りすぎたからね!…消費手伝って。」
「ハハッ!任せろ大の男がこんだけいりゃ足りねぇぐらいだろ。」
スープとなんちゃってタコスサンドを渡したら、辛ェ!って言いながら食べるから面白かった。はぁあ、楽しい!食べるのも好きだけど作って食べてもらうのが一番楽しいなぁ。
「団長いつもこんな美味しいの食べてるんですか?」
「よく身体鈍らねぇな。」
「…よくわからんが、カロリーコントロールというのをされているらしい。鍛練はサスラとしているぞ。」
緩やかに責め立てられているゼロさん、肩身狭そうですね。ちらちら何人かこちらを見ているのでふんぞり返ってみた。
「身長と体重、年齢から基礎代謝を算出して、基礎代謝量から一日の目安となる摂取カロリーを出してます。その上でゼロさんの食事量や筋肉量がだな…!」
「落ち着け。」
だんだん楽しくなってきてはふはふしてたらゼロさんに止められたでござる。遺憾の意。
「まだ東洋医学と漢方の話もしてないのに止められた…。薬膳しようぜ…。」
もぷっと膨らんだ頬を押された所為で間抜けな音がなる。むん。
「為になる話だがな。長くなるだろうあれは。1日潰れるぞ。」
「仕方あるまい…。今回は諦めてしんぜよう。」
踏ん反り返ってここに不本意を置いておきますね。あと、ご飯は毎日じゃないよ。この世界の味知りたいし、買い食い好きだからたまにです。
「自分聖女様の信者になるっス…。晩御飯楽しみ…。」
「胃袋掴まれんの早すぎだろ。」
アルトくんの物言いにダズが大笑いしているけど、私は覚えてるよ。ゼロさんも似たような感じだったの。ちらっとゼロさんを見たらばっちり目が合ってなんとも言い難そうな顔でふいっとそらされた。愉悦!
「このままなら明日には神殿に着くな。」
「回復魔法いる?安売り中です。」
「嬢ちゃんは大人しくしてろ。」
「はぁい。」
今までの癖と言うか、なにも役に立っていない気がしてついそわそわして、手がいったり来たりしていたらゼロさんにサンドイッチ渡されたでござる。
「お前もちゃんと飯を食え。」
「…忘れてた!いただきます。」
あぶね、皆にいろいろ出していたら視覚情報がお腹いっぱいで食べてないことに気が付いてなかった。そんなことがあったからか、その後国境に着くまでゼロさんに甲斐甲斐しく声をかけられて世話をやかれ、お兄さん達に生暖かい目で見守られて居た堪れなさがマックスだったので記憶に蓋をしたのだった。
「…へっぷし!」
「大丈夫か?」
「驚きの寒さ!冷房がんがん当てられてる気分。」
視覚的には常春なのに、冷たい空気が吹き付けてきているのがわかる。じりじりと気温が下がってきた辺りで荷物にしまっていた防寒具を少しずつ着こんでいたけど、顔は流石に限界があるよね。赤鼻のリンゴほっぺなう!手で押さえると温度差でじんわりする。
「サスラ寒くない?ダンくんも平気?」
「大丈夫だよマスター。」
『私達は自動人形ですので、外気計測による判断は可能ですが感覚的数値は鈍いのです。』
そっかぁ。ちょっと安心。特にダンくんは見た目がニシキヘビになったから、馬姿でも寒いと冬眠するかな?って心配なんだもん。
「そろそろ国境だな。」
「おぁ…。完全に一面雪景色ですやん。」
進行方向は遠目に見てもどんより暗くなっていると思っていたけれど、まるで見えない壁があるかのようにはっきりと地面や空が線引きされて分かれていた。片や草木が冷気で枯れつつも疎らに緑が残る地面。片や分厚い雪が降り積もり視界がホワイトアウトしている。
「魔法凄いな。どれだけ神聖力消費させてるんだろ。」
魔法を使うには神聖力が必要だ。腹ペコ聖龍はどこからこれだけの神聖力を変換させてるんだ?ライハからすぐに出国したから、そんなに神聖力残ってないと思うんだけど。
サスラから下ろしてもらって、ボスっと雪の中に手を入れて引き抜いたら何の変哲もなく普通の雪が手の中にあった。ぎゅむぎゅむ押し固めてもやっぱりなんともない。…魔法って不思議だ。イメージがあれば何でもできる。聖龍は、この雪をどこで体験したんだろう。
「これからこの中に突っ込むとか…正気じゃねぇだろ。嬢ちゃん大丈夫か?」
「んー…、」
ダズが嫌そうに鼻の頭に皺を寄せて、お兄さん達も苦笑いしつつもみんな真剣な表情だ。そうだよね。少年王がなにを考えているのかわからないけど、彼の選択で故郷がこうなっているんだから、複雑だよね。
「…これいいや。要らない。」
もこもこに着込んだコートを脱いだら、ひんやりどころか肌を刺すような冷気に身体が震える。魔法はイメージ勝負ですので。負けられない戦いが、ここにあるんや!
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
厚手の服を着こんでいるがまだ足りない程に冷気が肌を刺してくる。龍の魔法など国から自然災害に認定されるほどの力だ。人では龍をどうすることも出来ずされるがままに受け入れるしかない。それを、
「リン、」
「平気。」
一体どうするつもりなのか…、誰もがそう思いつつも聞けずにいた。聞いたところで、俺達が無力な事には変わりがない。リンは微笑んでコートを渡してきたが、試験のときのように物思いに耽っている。隣には獅子のサスラがすり寄りその顔を覗き込んで。
「ダン、これは魔法なんだね?」
『はい、マスター。これは聖龍による魔法です。』
「これだけ魔法が高密度で使われているなら、循環力を上げて突っ込んでいっても大丈夫でしょう。念のため少しずつ強くして、丁度良い所探した方が良いかな。」
『循環力に耐えられるようマスターのお身体が作り替わります。そのため最高出力でも負担がかかることはまずありません。』
「聖女専用断罪履行生物が追加で生まれる可能性は?」
『私が個としておりますので、マスターが望まない限り同じものが生まれる確率は低いかと。お望みでしたら私が破壊いたします。』
「わかった。」
金の蛇に姿を変えたダンと短く会話を終わらせると、自身の背丈ほど積もった雪壁に手を伸ばす。それを避けるように雪がすべて光の粒に変わり積雪に触れるかと思われた手は空をかいた。
「…うそだろ。」
誰が発したのか、茫然とした呟き。その時みなの思考が同じだった。本来の道であろう地面が顔を出したその結果を、リンは確認するように頷いて。
目の前には地面が見えていた。リンを中心に半径2メートルほどの円を書き吹雪も雪も消し去りながら、光の粒をかき分けてその先頭を当然の結果だといわんばかりにリンは進んでいく。
「んんー?ちょっと弱いかな。もう少し強くしよう。これだと狭いもんね。」
両手を広げて、馬や馬車のサイズを目測し確認しているリン。よく見れば、瞳の中に女神の紋が浮かび上がっている。…ダンは身体が作り変わるといっていたが『リン』は大丈夫だろうか。
「聖女様、これ、なんで消えるんスか?!」
「聖女はねぇ、魔力を神聖力に変えられるんだぁ。魔法は神聖力を消費して発動するでしょ?魔力は魔法の残りカスみたいなものだから魔法でできた雪も神聖力の変換出力上げれば消せるんだよー。元は神聖力だからね。」
すごいすごいと興奮気味のアルトに、軽く答えているが仕組みを簡単に言ってのけているだけで純度の高い龍の魔法を無効化するなどあり得ないんだがな…。
「うん、これくらいの幅でいいかな。ダン。」
『はいマスター。神殿まで距離にして馬で凡そ半日。七時の方角へ飛ばすのがよいかと。』
「了解。」
親指と人差し指を立てた握り拳をダンが言う通りの方角へ向ける。伸ばされた人差し指へ周囲の魔力が吸い込まれ同時に神聖力が吐き出され渦巻き耳鳴りがする。バタバタと黒髪がはためき盾のように女神の紋が現れた瞬間
「バン。」
指先が軽い反動を模す。暴風が吹き荒び、目の前の進行を阻む雪も視界を塞ぐ吹雪も光の濁流に消し飛ばされた。
「ッ嬢ちゃんのそれ、…規格外過ぎねぇ?」
耳鳴りが収まるとリンの纏う清浄な空気に息を飲みつつも、ダズが軽口を叩いて。気圧されて堪るかと、顔にかいてある。
「私からすれば急斜面人抱えて走り回れるこの世界の人達が規格外だよ…。聖女の力なんてアルたん製なんだからぶっ壊れ性能に決まってるでしょ。」
近寄るのが躊躇われる神聖さを霧散させた心外だと言わんばかりの表情に、口角が上がって笑ってしまった。きょとんとした顔と目が合えば無感情な眼から一転嬉しそうに笑っていて。
「ふふ、じゃ、行こっか。」
促すリンの後に続いて進む。どうやら、このコートは暫く出番がなさそうだ。




