お仕事、承りました。
ダンジョンも安定したので次の街に移動しようか。一ヵ月も経てば流石に生活にも慣れてきたし、サスラとダンくんも加わったから私の安全性が上がったから怖いもの無しナウなので。ってことでギル先生にご挨拶に来たのじゃ。あ、サスラはギルド裏の獣舎でビットくん達にダンくん紹介に行ってるよ。仲良し尊い。
「失礼いたします。」
お?なんだなんだ。ギル先生と談笑していたらクラージュさんが慌てたように入ってきてギル先生になにか耳打ちした。途端にジル先生の顔も険しい物に変わって。二言三言やり取りすると、軽く会釈を残してクラージュさんは退出していった。
「何かあったんですか?」
聞いていい物かはわからんけど、割と私達…というか、サスラたんは何でもできるのでもしかしたらお役に立てるかも。と思うんですがいかがか?
「うぅん…。いや、そうだね。シンジョウ君に関することなんだけれど。」
「え、すみません。」
困った顔で言い辛そうに話しだしたギル先生に、反射的に謝罪してしまう。だって心当たりしかないんだもん…何かわからないけれどごめんなさい。
「いやいや、謝るのは僕達の方だ。…実はね、シンジョウ君がこの国に来た日に、『大聖女様』がこの街に滞在していることを、この国の王様と教皇様に連絡したんだ。まずはそれについて黙っいてごめんね。」
「報連相大事ですからお気になさらず。」
私の存在ってたぶんゴジラみたいなものだから…。一番上に黙ってたらワンチャンギル先生の首が胴体と泣き別れてしまう。レアリティマックスハートだからな私。
「それでね、この国…コールの王様がシンジョウ君に会いたいらしくて。」
「お断りでござる。さてゼロさんや、用事も終わったしとっとと次の街へ行こうではないか。ああ忙しい忙しい。」
ギル先生のお口から零れた音を拾いたくなくて、露骨に耳を塞いで出口に移動した。やだよ権力者とか碌な事ないよ。身をもって実感したもんソースは私。
「うん、でね。もういらっしゃってるんだよね。」
「えっ。」
間抜けな私の声と共に、がちゃ、と目の前の扉が開いて。まず見えたのは服に詳しくない私でもわかる高級な仕立ての三つ揃え。そのまま見上げればあら不思議、眉毛の印象強めな年齢不詳のブロンズカラーイケメンが立っていた。
「なんだこのチビ。」
ギンッ!と効果音が入る勢いで睨まれたでござるこっわ。え、ヤンキー?この国の国王様ヤンキーなの?驚くほど目つき悪いな。茶色の虹彩にタマムシみたいな虹がかかってるけどなんだその目。カッコイイ。
「邪魔するぞギルダー。大聖女様とやらはどこだ?」
私を半歩で避けてずんずんと部屋に入って行く王様を見送っていい笑顔でサムズアップしつつ撤退を、
「今の小さい子が大聖女様だよ。」
ギル先生の裏切り者!って言おうとして、振り向いたらダァン!と大きな音が鳴って身が竦んだ。思わず瞑ってしまった目をゆっくり開けると目の前に見えたのはゼロさんの背中で。むしろ背中に密着していて何も見えんのだが?!なんだ今の音なにが起こっているのだ。
「邪魔だ、どけ。」
「申し訳ありませんが、それは出来ません。」
「俺様が何者か知っていての狼藉か。」
何も見えないままビリビリ空気を震わせるような圧が飛んできて、悲鳴が出そうになった。ゼロさんに庇って貰えているから踏ん張れているけれど、居なかったら絶対泣いていただろう。それくらい容赦がない。
「私は『大聖女の騎士』です。王につく膝も下げる頭も持ち合わせておりません。」
ゼロさんの手が後ろでに伸びてきてつい手を重ねると優しく握り返された。『大丈夫だ。』と言われているみたいで、気が付けば詰めていた息をほっと吐き出す。ああ。うん。緩く上がる口角にもう恐怖は残っていなかった。
「お前のそれは大聖女の価値を下げる行為ではないのか。」
「その程度じゃ私の価値は小動もしないわい。」
バックに神が付いてんだぞこちとら。王様の物言いにぴょこっとゼロさんの後ろから顔を出して付け加えると、ハンっと鼻で笑われた。なんだよやる気かこの。虎の威を借ってるから今の私は怖いもの無しだぞ。
「お初にお目にかかる。『大聖女様』?」
ジト目で見つめてたら、THE紳士ってムーブで丁寧なあいさつをされたが、完全にこちらを馬鹿にした半笑いだ。
「慇懃無礼が服着て歩いてるみたいだね。」
べっと舌を出して立てそうになった中指はないないしちゃおうねェ。
「ハッ!面白い奴だな。」
やめ、やめろ『おもしれ―女』フラグを立てようとするな。ただでさえ一人称が『俺様』なんてキャラ濃いのに。どんな生活してたら俺様になるんだよ。あ、王様か。
「名乗りもしない人と話すことは何もないよ。用がないならお帰りはあちらだ。」
くいっと親指でドアを示せば、笑いながらどかりとソファに座ってしまった。くっそ。帰らない気か。
「じゃ、我々はこれで失礼しますね。」
「こらこら。まずはちゃんと座ろうね。」
「でもギル先せ」
「ね??」
「…はぃ。」
負けたぁああ!!無理だよギル先生怖いもん逆らえないぉ…。促されて大人しくゼロさんの隣に座ったら向かいで王様がニヤニヤ笑っていてそれはもうイラッ★ときた。
「まずは自己紹介だったか?俺様はコールの王、ダルムシュ。大聖女。お前、ライハのバカに召喚されたそうだな。」
「ええ、まあ。」
優雅に足を組みつつクラージュさんに出された紅茶を飲む王様は、私を通して少年王を見ているようだ。こっち見てるのに目が合わないもん。それに適当に返事をすれば機嫌良く口角をあげて。
「反応から見るに恩はないな?『全てのものに救いの手を』だの『弱きを助ける』なんて宣うバカ女ではなさそうだ。」
「自分のことで手一杯ですので。手の届く範囲しか面倒見きれませんよ。」
随分聖女に対して圧が強い王様だな…。態と煽ってるのかな?いや、王様だから圧力かけるのが標準装備かもしれぬ。気にしないようにしよう。
「なら本題だ。お前ら、今ライハがどうなっているか知っているか。」
「どう…?偽聖女とかそういう話ですか。」
「ライハは現在、『聖龍』に侵略されている。」
真剣な面持ちで発された言葉に硬直する。なん…だと…。いや、聖龍いるんだこの世界。さすが剣と魔法とモンスターな世界観だな。侵略されているってどう言うことや。飲み込みきれないもろもろで頭が混乱してきた。
「聖龍はね、聖女様が存在する時代にだけ現れる特別なドラゴンなんだ。」
ぽかん状態の私を見かねてか、見守っていたギル先生が補足をくれる。ありがとうございますほんと。いつもお世話になります。しかし聖女在宅察知機能でもついてるのか聖龍。
「私の所為で出てきたんですか。」
「んー…?少し違うね。聖龍は初代聖女様との約束を果たしに来ているんだよ。」
「約束…。」
「何の約束かはわからないけれどね。聖龍はその存在を安定させるために莫大な神聖力を必要とするんだ。だから聖女様が現れると会いに来るって言われてる。」
「つまり私は聖龍専属コックか。」
聖女が神聖力をあげないと自分の命に係わるとか…、ん?あれ?
「え、じゃあ聖龍くん現在進行形で腹ペコでは?聖女ってずっといなかったんですよね?」
「ああ。ライハの馬鹿が大々的に聖女の存在を広めた結果、聖龍の耳にまで届いた。確かに聖女の存在も観測できる。聖龍は嬉々として会いに行っただろうな。しかしライハは聖龍に侵略されている。」
「ご飯貰いに行ったら偽物で、ご飯貰えなくて怒ってる?」
ご機嫌で飛んで行って半泣きでお腹すかせている、いら〇とやタッチの聖龍が頭の中で暴れまわっている。可哀想可愛いな。
「いや。聖龍は聖女に会っていない。何故か王家が聖女を王城に閉じ込めたまま聖龍と膠着状態だそうだ。」
「わぁお。鑑定か特別な目が無いと聖女が本物かはわからない。王家が嘘をつくはずがないから彼女は聖女に違いない。人間はそうやって騙せても、聖龍はそうはいかないよね。会ったら一発でわかる。」
ニヤニヤ厭らしい笑い方の王様に、性格いいなこの人…。さすが叩き上げ国家の王様だななんて、遠い目をしてしまう。
「聖龍は聖女を害せば自分が死ぬ。だから王城を破壊することは出来ない。つまり王城のみが唯一の安全地帯だ。だが聖龍も馬鹿じゃない。代わりに聖女から出て来ざるをえなくする方へ舵を切った。ライハ国内はいま、聖龍の魔法で極寒の地と化している。」
「常時前を見通せぬほどの猛吹雪で、避難が遅れた国民や貴族から救助要請がきています…。」
お茶を入れて待機していたクラージュさんが、思わずといったように呟いて。悲壮な声に胸が痛む。うう、美人に悲しそうな顔されると私の所為ではないのに罪悪感が…。
「で、お前の出番だ。」
「ごめん被る。」
「人の命がかかってるんだぞ?」
「だからなんだ。」
ふん。と鼻で笑って紅茶を飲むと、今までどこか小馬鹿にした言動が目立っていた王様の眉間に皺がよる。
「『大聖女様』は随分慈悲深いな?自分を追いやった国の人間が死んで償うのをお望みか?」
「さっきも言った。私は手の届かないところまで手を伸ばす気はない。せいぜい半径80㎝がこの手の届く距離かな。」
なんて言いながら笑ったら、苦虫を嚙み潰したような顔でギル先生を見てる。…ギル先生顔広すぎじゃない?王様の年齢わからないけれど、ギルドマスターと国王様ってそんなに接点あるのかな。
「おい、これのどこが良い子だ。」
「ダル君の頼み方の問題だと思うよ?」
苦言を表する王様にもお前が悪いと言わんばかりの笑顔で対応するギル先生が、この部屋の中のヒエラルキー頂点なんだろうなぁ…。ギル先生のアドバイスに頭をガシガシ掻いて大きくため息をつくと、王様が真剣な顔で向き直って。
「…聖龍の魔法の影響が、我が国にまで広がってきている。ライハと隣接する領の作物が冷気にやられて軒並み全滅だ。今回だけなら国庫で賄えるが…。ライハ国内にもうちから出て戻っていない商人達や吹雪に閉じ込められた者達が取り残されている。一刻も早く聖龍を止めたい。力を貸してくれ。」
「いいよ!」
下げられた頭に即答したら、がばっと頭を上げて呆気にとられたような顔で見られた。なんだね?
「いいのか。」
ぱちくり瞬きしながらまじまじと見つめられて。え、いいよ。だってほら。握手するように手を差し出したらつられたのか同じように手を伸ばして握られた。ハイ握手。ゴツイ手だな。
「手の届く距離でお願いされたから。」
ね。といってニヤニヤ笑ったら、一瞬間を置いた後に大笑いしだした。おお、笑い方がおっさんだ。がはは笑い。まさかのギル先生とかウォンカさんと同年代なのかな。
「お布施貰ってるし。お給料分は働かねばならぬ…。せちがらい…。」
「ハッ!女神が働けって言ったのか?」
「アルたんは人間の営みに興味ないよ。単純に労働は義務でしょ。君は王様。私は聖女。そういうお仕事。ただし私も人間なので、範囲外や過剰労働や自己犠牲はしませんのであしからず。」
握った手を離そうとしても離れなくて引っ張ったり揺らしても握られて離れない。ついにはブンブン振り回してるんだけどむしろ私が疲れてきた。放せよおおおお!!
「あ、ありがとうゼロさん。」
神聖力で押し潰してやろうかな。なんてうっすら考えていたら、ゼロさんが私の手と王様の手を掴んで引きはがしてくれた。優秀!流石!
「なんだお前らできてんのか。」
「聞き方中学生かよ…。ゼロさんは私の嫁。」
愉快そうに片眉を上げてゼロさんを上から下まで眺めている王様に、減るから見ないでくれます?なんて言ったら楽しそうに笑われた。いつの間にか威圧感が消えて、親しみやすいおっさんって感じになっている。最初の威圧は態とだったんだな。
「ほぉ、婚姻もしてんのか。今代の聖女ってのは随分奔放だな。」
「聖女に処女性関係ないってアルたん言ってたよ。」
「アルたんってのは女神アルヘイラの事だよな?」
「アルたんって呼んで欲しいんだってさ。それより王様フットワーク軽すぎない?」
「シンジョウ君をだしに政務から逃げてきたんだよ。」
「なるほど。」
嘘だな今のは。座り直して新しいお茶に口を付ける王様とぽんぽん会話が弾む。ツッコミが無かったり気になるのそこなの?っていう質問が面白くて、ついつい答えてしまう。適度な休息は必要だと思うよ、うん。政務の下りは聞かなかったことにしよ。
「聖龍ってごはんあげればOKなのかな。」
「ライハまではこちらから人を出す。軍をだせば周辺諸国の眼があるからな、ギルダーのとこから依頼の体で出ているはずだ。国境からは教皇一人が合流する。これはライハの馬鹿に対する牽制と建前用だ。」
「誰だろ。ウォンカ翁かな…いや、寒さ厳しいし身体に障っちゃうかな。」
教会内での私の保護者というか、後ろ盾というかなウォンカさんの顔がぱっと浮かんだけれど、猛吹雪だというライハにいるのかと思うと心配になる。大丈夫かな。そんな私の心配を余所に、王様はあっけらかんとして。
「紫の教皇だと聞いたぞ。」
「んぇっ?なんでデュオさんなんだ。」
いや、ウォンカ翁だと心配だし、デュオさんが嫌いなわけではないけども。ちょっとだけデュオさんの声を…というより、マリカたん(♂)の声を思い出して、そわそわしてしまう。仕方ないね!20年物の刷り込みだからこれは。
「聖女と紫の教皇が良い仲だと聞いたが?」
「なんじゃそりゃ…ってゼロさんステイステイ!殺気出てる!」
「ま、向こうで本人に確認すればいいだろ。」
私の隣で不機嫌全開にビリビリ殺気が漏れてるゼロさんを見て愉快そうに王様が笑って、バンと扉が乱暴に開け放たれた。
「失礼致します!ああああ!やはりここにいらっしゃいましたかいい加減にしてくださいませダルムシュ様!何度ギルダー様にご迷惑をお掛けすれば気がすむのです!早く政務に戻ってください聖龍による被害で財務省と農林水産省がパンク寸前なんですよ早く戻って決済印押せ!!」
「お~わかったわかった今行く。じゃあな聖女。頼んだぞ。」
細面の美丈夫が長い銀髪を振り乱しながら王様に近づいて、首根っこ掴んで引きずりながら退出していった。この間一分の出来事である。秘書さんとかかな…。可哀想に。嵐の様にやってきたコールの王様は、嵐の様に去って行った。
「さて、じゃあお話を引き継いでもいいかな?」
「ア、ハイ。」
まるでいつもの事だとでも言う様に笑うギル先生に笑い返すしかできぬ。秘書さんの物言い的にもいつもの事なんだろうけども。…王様、どうやってここまで来たんだろう。コールの中央都市ってこの街まで気軽に来れる距離じゃないよね…?疑問は尽きないけど、いまは先生優先である。聖龍くんにご飯あげなくちゃだしね。
「さっきダル君が言った通り、ギルドに依頼がきてるんだ。聖女様の護衛依頼。普通こういうのは冒険者ギルドに張り出されるんだけどね?ほら、よく知らない子達集めてもしょうがないからさ。」
さらっと流してしまいそうになるけど、聖女の護衛とか騒ぎになりますもんね。…お手数おかけします。
「だから僕が集めちゃった。あ、信頼できる子にお願いしたから安心してね。」
パチンとお茶目にウインクされて、逆に不安がよぎる。だって先生、好奇心で自分の指を迷いなく切り落とす狂人だってワタシ、シッテル。ゼロさんも同じことを思ってるのか、チラ見したら遠い目をしてた。うん、そうなるよね。
「一緒に行くのは10人前後かな。」
「えっ…、多くないですか?」
10人って二桁じゃないですか。そもそも護衛ならゼロさんもサスラもいるのぜ。そんなに人数要らないのでは?
「ライハへ牽制の意味もあるし、本来は聖女が国を移動なんて王家お出迎え貴族国賓国民集めてのパレードものだからね。これでも少人数だから諦めてね。」
「ヒェッ。」
にこにこ優しく諭されて戦慄する。聖女、国跨ぐだけで莫大な金が動くね…こわ…。三桁が二桁になるならとっても少ないわ私勘違いしてたよ。うん。
「じゃあ、出発は明朝。街の門の前で待ち合わせだよ。防寒対策しっかりして、…気をつけていってらっしゃい。」
「わかりました。行ってきます。」
ギル先生とクラージュさんにお見送りされて、一先ず防寒着を調達することにした。スライムに変装中のサスラが獣舎での会話を教えてくれるんだけど、ゼロさんがダメージうけてて面白かった。
「寒い所に行くなら保存食かな。塩漬け・砂糖漬け・乾物・凍結・燻製・発酵な~ににしようかな♪」
「これから作るのか?携帯食ならギルドで手に入るぞ。」
「美味しい物が食べたいでござる!携帯食魔改造縛りプレイもいいけど、折角明日の朝まで時間があるからダンくんにご協力いただこうかと。」
『なんでもお申し付けください。』
「例えば風魔法で乾燥させたり、真空を生み出して中に熱を閉じ込めたりできる?」
後半は圧力鍋の話なんじゃい。寒い所で食べるなら高カロリーで肉に限る!そして冷めにくく柔らかい美味しいお肉ならなお良し!
『お任せを。詳細を詰めてくだされば不可能はございませんので。』
「返事がイケメン!さすがダンくん!調理は任せてくれ。」
優秀がすぎるぜ最強聖物!あ、さっちゃんは味見係お願いします。
「手を出さない方が良いか?何かあれば手伝うが…。」
そろっと寄ってきた志願兵。やることはね、ごまんとあるよ!
「じゃあ皮むきとお肉縛ったりして欲しい!」
「わかった。」
「ありがとう!私は移動中役立たずだから、美味しいご飯の提供をするのだ!」
できる事をするんじゃ。ふんすふんすしていたらゼロさんに撫でられたでござる。楽しみにしててね!
早朝、サスラはまだオネムだから抱っこ移動だよ。昨晩楽しくて調子に乗って沢山作ったご飯は作りすぎてマジックポーチに入りきらなかった。項垂れていたら万能ダンくんがポーチの拡張と機能追加までしてくれて、ポーチがとんでもない代物になってしまった。使いやすくなって、助かるマス…(震え声)
「おう、早かったな。」
「おはよう!信頼できる子ってダズの事か。」
街の入り口で人だかり発見。馬車と馬もあるから、移動はこれかな?近づくと見知った顔が抜け出てきて、片手を上げられたのでそこにハイタッチしてみる。それと同時に、わっと男臭い叫び声が上がった。
「だ、…っ団長ぉおおおおお!!!」
「わぁあ!本当にロックス団長だ!」
「お元気そうで何よりです…ッ。」
お、おおお?びっくりした。見ればゼロさんが老若入り乱れのお兄さん方に囲まれている。
「…ライハの人?」
「おう。元ロックスの部下で、ロックスに懐いてた奴らだ。全員引き抜いてオレの所に置いてる。」
「兄貴ィ~ゼロさんめっちゃびっくりしてるよ。…嬉しそうでよかったね。」
半泣きどころか号泣している若いお兄ちゃんに見覚えあるぞ…。他にもみんな涙目で声を掛け合ったり笑っていて幸せそうだ。中心で驚き困惑しつつも嬉しそうなゼロさんの顔が見え隠れしていて、それを眺めてるダズも嬉しそうで。いいっすなぁ。男の友情。ポンポン頭を叩いてくるダズに笑ったら、ニッと歯を見せて笑い返された。
「おら、お前ら早朝にあんまり騒ぐな。」
「…グスッすいません。」
ゼロさんにしがみ付いて泣いていた若いお兄ちゃんが鼻を鳴らしていて、ダズに頭をぐしゃぐしゃに掻き混ぜられている。そのまま視線が動いて、はた、と目が合った。やっほーアルトくん。覚えてるかな?
「ん…あれ、先輩コールで美少年と結婚するんじゃ…?」
「それはお前の勘違いだと言っただろう…。」
「なんだやっぱりアルトの早とちりじゃねぇか。」
アルトくん仲間内でも早とちりなのか…。弟属性というか犬っぽいの可愛いな。年嵩のおじ様に背中を叩かれても混乱顔で私を見ているのが面白くて笑ってしまう。
「おはようございます…聖女様、で、間違いありませんね?」
胸に手を当てて礼を取ってくれる美青年さんも、眦が赤いから泣いちゃったのか。仲良しでいいね!膝を付いて目線を低くしてくれる辺り、子供慣れしてる感あるな。ごめんね身長低くて。
「おはようございます。ライハまでよろしくお願いしますね。」
出来れば仲良くなりたいでござる!ゼロさんと仲良しなら同じ推しを支える仲間に入れてくれ!私もゼロさん推したい!なんて流石に初対面だから対応に迷う。だってこ、恋人ですし?彼氏の会社の同僚とか後輩とかってどういう顔して会うもんなの教えて誰か。年齢層近い人達なんて幼なじみ組かお客さんか私がお客様のどれかだったから、対応がわからないよう。
「リン、」
どうしようか迷っていたら、ゼロさんが戻ってきた。再会にはしゃいでたのか頬が赤くなってる。
「ゼロさんよかったねぇ。仲良しさん元気そうで。」
「ああ、…だが、その。リンは大丈夫か?」
「んぇ?なにが?」
微笑ましく思っていたら、うろうろと視線を泳がせて言い辛そうにしている。なんだなんだ。首を傾げてたら意を決したような顔のアルトくんがずんずん近づいて来て。
「聖女様!ごめんなさい!」
「ふぁ?!」
がばっと90度のお辞儀をされて肩が跳ねた。え、なにごと?!しかもアルトくんにつられてか、こちらを見ていた他のお兄さん達みんなにまで頭を下げられてしまった。総勢11人のカラフルなつむじが見えるぜ…。壮観なんだが。
「自分達全員、聖女様が召喚された時に居合わせていたんです。」
「何もわからない聖女様を追い出す王を止めることもせず…。」
「何を言っても言い訳にしかなりません。」
「如何様な処罰も受けます。」
「本当に申し訳ありませんでした。」
代わるがわるに謝罪されて、もうアップアップだよ!ど、どうしたらいいんだこれは?!ゼロさんを見ても同じように眉根を下げて私を見ているだけだし。…ええい、騎士ってみんなこうなんか?!
「どんな罰でもうけるの?」
「「「はい。」」」
頭を上げて真剣な顔が私に向いている。そんな顔しなくてもいいんだけど…罰かぁ。気にしないでって言っても、気にするんだろうな。
「じゃあ、友達の友人位の距離感でいいから、仲良くしてほしい。」
「えっ。」「はっ?」
「私に対する不信感も、不満も全部呑み込んで。我慢して。私が過ごしやすい様に表面上だけでも仲良くしてほしいな。それが、君達に対する罰。ってことで。」
素っ頓狂な声を上げるお兄さん達が面白くて笑ったら、視界の端でダズも笑ってた。だってこの街に来るまでそこそこ距離があったからね。これから道中一緒に行動するのに、ギスギスするのやだよ。
「私は君達を気にせず好き勝手にやる!ストレス溜めたくないからね!代わりに君達が譲歩という名のストレス溜めなよ。なかなかひどい罰では?!どうよゼロさん。」
「お前にとっての『酷い』の程度が低くて助かる。」
ドヤ顔で胸を張ったらゼロさんが可哀そうなモノを見る眼でこっちを見てた。遺憾の意!
「なんだと?!ストレスを甘く見るんじゃない。毛根に行けば禿るし、お腹に行けば胃に穴も開くんだぞ!メンタルコントロール大事。パワハラいくない!」
「前から気になっていたがパワハラとはなんだ?」
「パワーハラスメントの略。んんと、精神的・肉体的な攻撃、過大・過小な要求、個の侵害に人間関係の切り離し。こういうのを、例えば立場が上の人が下の人にやっちゃうことがパワハラ。」
ざっくりだけど細かく言うと長くなるから割愛するね。と補足しとく。
「ああ、なるほど。」
「まぁ立場上だからって偉そうにすんな!無理させんな!皆お互いを大切にしろってことですよ。で、私の与える罰は彼らのストレスになりえるからね。訴えられたら負け確ですよ。でも言質とったから訴えられないもんね!…訴えられないよね?」
自分で自信が無くなってきておろついたらゼロさんに笑われたんだが。いや、11人に訴えられたら大変だよ?賠償とか。いくら言質とっても証拠ないから水掛け論じゃないか。11対1とか結果見えてる。わあわあゼロさんに訴えてたら、ポカン顔だったお兄さん達も復活しだして。
「ふふ、聖女様はなんというか…変わった方ですね。」
「自分はぜひお友達になりたいです!立候補していいっスか?」
「おい友人で止めとけよ。団長に殺されるぞ。」
「あ、そういう感じか。」
「団長…、結構心配してたのに聖女様とよろしくやってたんだな。」
各々好き勝手に話し始めて聞き取れないけど、とりあえず訴えられないみたいでよかった!ほっと一安心していたら、腕に抱えていたサスラがもぞもぞ動き出して、きゅーと前脚を突っ張らせて伸びをしている。ぐぱぐぱとおててが宙を掴んで爪が出たり引っ込んでいて可愛い。
「ますたぁ?おはようぅ。」
「あ、サスラおはよう。まだちょっと早いけど、起きる?」
「ぅんん、起きるの…。わ、人間いっぱいいる~。」
「ゼロさんのお友達だよ。私はこれから仲良くなる予定です。」
動き出したサスラの可愛さに、騒がしかったお兄さん達が静まり返って注視しているのを感じる。わかるよ!さっちゃんは暴力的に可愛いからね!
「そっかぁ、ぼくはねぇ、サスラって言うの。ますたぁがつけてくれたの!」
『私はダン。マスターを害する者は断罪いたします。どうぞよろしく。』
うん、ダンくん物騒だな!警戒するのはありがたいけど程々でお願いします。




