幸せって甘くて柔らかい。
「完全に忘れてたんですが。」
朝、猫足バスタブが名残惜しくてサスラと一緒にお風呂を楽しんでたら、ゼロさんが来訪してきたでござる。折角だからジョットさんにお願いして一緒に朝ご飯も食べたぜ!で、何を忘れてたかって話なんだけど。
「何でも言うこと聞いて貰う機会を失った…。」
ゼロさんと蜂蜜取りに行ったときに言っていた奴ね…。途中までは大丈夫だったけども、失敗してしまったし。しかし騒ぎ起こしたのは私だしなぁ…。しょんぼろふ。
「逆にゼロさんの言うとおりだったから、何でも言うこときくよ…。何がいい?」
脚の間に横座りされてるからそのままゼロさんをみる。私もサスラを膝に乗せるの好きだから人の事言えないんだけども、くっつくの好きだね?
「いや、アレは俺が悪かったのだから俺が何か言う権利は無いだろう。」
バツの悪そうな顔するゼロさん。を、見上げてるサスラ。
「ますたおねがいごと?ぼくがきいてあげるよ!」
ふんふんと鼻息荒く、まかせて!なんて言ってくるものだから、ぎゅうぎゅうに抱き締める刑に処した。可愛すぎか。
「はぁあ、サスラたんは可愛い担当だね!」
チート担当もサスラだけどそれは置いておこう。うん。羽の付け根を掻いて、しっとりなお鼻と鼻をうりうり合わせると目を細めて笑っている。
「サスラは何でもお願い事聞いて貰えるなら、どんなお願いする?」
ふかふかの毛並みに頬擦りすると、くすぐったいのかくふくふ笑い声が聞こえてきて。
「うんとねぇ、ぼくはますたぁがたくさんくれるから思いつかないの。」
「はぁ?天使か?知ってた。」
ピンク色の肉球がこちらを向いて、私の頬をもきゅもきゅ押してくるモノだから、思わず真顔で心の声がまろび出た。
「ますたぁに大好き!って言えたし、ますたぁたくさん好き!って言ってくれるし、なんだかね、ぽかぽかしてふわふわなるの。」
『それは幸せというモノです。』
うぉ、びっくりした。サスラの蛇の尻尾が蛇の頭にすげ代わってシューシュー音を立てながら舌を出し入れして瞬きする蛇からダンくんの声がする。え、この蛇ダンくんか。
「幸せってなぁに?嬉しいじゃないの?」
『幸せと嬉しいは相互である場合が殆どです。幸せは人間という生き物が追い求める精神的価値。心が満ち足りる様。精神的、肉体的、金銭的に十分な余裕があるとき、喜び、幸福であると感じる事が多いようです。』
「むつかしい…。」
『必要であればデータを送りましょう。ですが、マスターを理解したいのであれば、サスラ自らの幸福という価値を探すことが適切かと思います。例えば、先程の『ぽかぽかする』のも幸せと呼ぶに十分かと思われます。』
「そっかぁ、幸せ、わかった!ますたぁといるとね、幸せなんだぁ。」
シュルシュル舌を出し入れしながら話すダンくんと向かい合い笑うサスラ。いや、君達普段からこんな会話繰り広げてるの?どおりでサスラの学習能力が高いわけだ。ただ知識を入れるだけじゃなくてダンくんがサスラのサポートまでしてるんだね。ていうか2匹とも可愛い。顔面土砂崩れしそう。
「私もサスラがいてくれて幸せだよ。」
「んへへぇ~。」
くてっと身体の力が抜けて、照れているのかぐねぐね身を捩っているサスラたんは、スライムの時も人間臭い動きをしていたけど合成獣になってからかなり顕著だ。ダンくんが私を理解するにはって言っていたから、人間に興味があるのかな。
「…これがダンか。」
『はじめましてロックス様。私聖女専用断罪履行生物、ダンと申します。マスターの安全を守り、敵の排除を主とし、サスラの希望により知識面のサポートをしております。どうぞよろしく。』
「ああ、よろしく頼む。」
蛇のダンくんをまじまじと見つめるゼロさんに、ぺこりと頭を下げながら自己紹介するダンくんがなんだかシュールだ。本体のサスラは私に持ち上げられたままニコニコしているし。
「ダンくん、ろっくすとなかよし?」
『マスターを御守りするという点において利害が一致しております。また、ロックス様はマスターの伴侶になる可能性が高い為、対応順位を高く見積もっております。』
「ごふッ、ゲホッ!」
爆弾発言をしたダンくんにゼロさんが激しく咽せて死にそうになっている。気持ちはわかる。利害関係と対応順位なんて気にしてるとか人間かってなるよね。
「伴侶ってなぁに?」
「スライムや自動人形であるサスラは繁殖を必要としませんが、『生き物』というカテゴリに分類される者達は『雄』と『雌』に別れており、生物の個体数を増やすために『繁殖』する必要があります。その際『雄』と『雌』を一対として、『伴侶』『夫婦』『番』などと言う名称で呼称することがあるのです。余談ですが『雄同士』あるいは『雌同士』で繁殖を可能にする生き物もまた対となる場合に同じように『番』と呼称します。」
「へぇー!この世界って同性でもOKなんだ。凄いなアルたん。愛を司ってるからか全方位網羅だね。」
膝に乗せたサスラと一緒にダンくんのお話を聞きながら、思わず拍手しちゃう。この世界の常識、穴あき状態だから助かる。
『マスターが私の知識をお求めであれば、いくらでもお答え致します。』
「ありがとう!」
恭しく頭を下げてくるダンくんは、ジョットさんみたいな雰囲気だ。有能執事!って感じ。
「ますたぁはオス?」
「私は雌だね!ゼロさんは雄だよ。人間の場合見た目で判断しやすい所だと雄より小さいとか?個体差はあるけどね。」
ゼロさんと私を交互に見て、うんうん考えているのは見比べて学習中なのかな?
「ますたぁはねぇ、甘い匂いがする!あとやわらかくてねぇ、あったかくて好き!」
「私もサスラがお日様の匂いでふわふわでぬくぬくで好きッ!」
サスラ視点の私の特徴美味しそうだな!っていうか、
「甘い匂いするの?」
自分でくんかくんかしてもわからないでござる。なんだろ。
「…する。」
首を傾げてたら、ゼロさんに肯定されて。そうなの?…なんで顔赤いんだい大丈夫?
「別におやつ作ってるわけじゃ無いのに…。」
「おやつ?」
私と鏡あわせのように首どころか身体ごと傾いてるサスラに、そう言えばおやつらしいおやつってあげたことないな。と。いや、果物とか木の実みたいなのはよく売ってるけど、クッキーとかケーキってそうそう無いのよね。割といいお値段で取り扱いしてるお店が少ない。前に食べた雛あられみたいなの以外みたことないもん。
「今度一緒に作ろうか。ふわふわなパンケーキとか食べたいなぁ…。」
「パンケーキ?」
「そう!柔らかくてあったかくて甘くていい匂いの、幸せの味がする美味しいおやつだよ。」
「ますたぁみたい!」
確かにさっきサスラに言われた私の特徴と一緒だわ。
「私、人間じゃなくてパンケーキだったのか。」
衝撃の事実。なんてアホなことを真面目な顔でいいつつ、サスラといちゃいちゃしていたらお腹に回された腕に力が入ってきた。苦しいんですが?
「ゼロさん?苦しいよ?」
「…こっちもみろ。」
不機嫌そうな声色で言われた言葉に固まる。ついじっと見つめてしまっていたらゼロさんの耳がじわじわ赤くなってきて、きゅんどころかギュンッ!って心臓が悲鳴上げて止まった。
「ッなにそれゼロさん可愛い…!尊…ッ!」
「おまえな…。」
やきもちですかかまってちゃんですか?最高か。テンション上がって両手でゼロさんを撫でたら満更でもなさそうなの可愛い…。成人男性の照れ顔とかスクショ案件なんだが。なんでカメラないんだこの世界!
などと、可愛い可愛い言いながら撫でたり瞼にキスしたり好き放題してたら両手を掴まれて口に噛みつかれた。こ、このクマ噛むぞ!
「可愛いのはお前だろうが…。」
むくれながら睨まれたけど、作画が良い。現在進行形で照れ交じりの不機嫌顔可愛いよゼロさん。可愛い。語彙力死ぬ高画質3300万画素ありがとうございます。
「ふふん、一位はサスラ、僅差でゼロさん。これは譲れんのだ!」
だがそれとこれとは話が別だ!負けられない戦いが、ここに在る!と言い切ったらまたちゅうされて笑われたでござる。ご機嫌麗しいね。やきもち終わった?
「何か作るなら手伝うか。」
「いいの?」
「やることの指示をしてくれ。」
という事で始まりました今日のおやつのコーナです!!
「生クリームが無いので牛乳から生成する。上手くいくかは五分五分です。」
むしろ全部しぼりたてだから、問題は牛乳自体の薄さとかなんだけどね。温めて冷やして分離させて、バターにしたり生クリームの元にしたり。
「泡だて器が無いので竹っぽい謎植物に入れて全力で振ってくれたまえ。」
矯めつ眇めつ筒を眺めているゼロさんに言うやいなやドパパパと機関銃みたいな音を出しながら振るもんだからちょっと気圧されたよね。いや、良いんだけどさ。
その間に卵を卵白と卵黄に分けたり。してるうちに液体の音がしなくなって首を傾げているゼロさんに笑って中からクリームを取り出したり、今度はメレンゲを泡立てて貰ったりと腕力仕事を押し付けまくったらあっという間に終わった。
サスラと私はきゃいきゃいしながら粉を混ぜたりチョコレート入れたりしてたよ。ご希望でひっくり返すのもサスラがやりました。子獅子がフライ返しもってるのぬいぐみ感すごくて可愛かったよ。今度エプロン作ってあげたいな。
「ふわふわだぁああ!」
上がるサスラの歓声、プライスレス。きらきらおめめが天使過ぎてよだれ出そう。もっふもっふに焼けたパンケーキはセルクル型とか無いから自力なんだけど、この世界の食用植物に膨張剤的なのとかあるんだよ。イーストじゃなくてクルミみたいなの細かくして入れるとぱんぱんに膨らんだりね。で、そういうのを試してみたりしながら沢山焼き上がったものがこれらである。
夢のパンケーキタワーにしてみました。ミルクアイスとこの間とってきた蜂蜜もたっぷりかかってます。カロリー?知らない子ですね。
「ますた、ますたたいへん!おいしい!」
「よかったねぇ。」
にこにこサスラにデレデレしていたら同じように食べていたゼロさんの動きが止まった。
「…結構甘いな。」
ちょっと考えてから咀嚼してるけど大丈夫?それサスラが欲のままに甘くしたから凄い事になってるよ。
「サスラたん仕様なので。ゼロさんこっちのしょっぱいのにする?ベーコンとか入れたやつ。」
「ああ、たのむ。」
美味しい?と聞いてくるサスラに苦笑しながら旨いぞと言っていて微笑ましい。サスラがパンケーキタワーにかじりついている間にこっそりお皿を交換しておいた。うん、あっま!
食後はバッカスさんに出産祝いをお渡しに行った。お肉めちゃめちゃ喜んでくれてほっと一安心。よくわからないけどかなりいいモノだったらしい。ダズ、やりおる。ありがとう兄貴。結局喧嘩両成敗で落ち着いたのと、仕事ちゃんと出来てたというゼロさんの証言により、危険性が低ければ私一人(サスラ付き)で仕事受けれるようになった。やったぜ!
「そういえばダンジョン調査どうなったの?」
「…もう終わった。」
ふいっと顔を逸らして聞いたことないほど小声で言うものだから、私はわかってしまった。
「…ギル先生に謝りにいこっか。」
「いや、本当に仕事はきちんと終わらせた。その必要はない。」
しどろもどろなゼロさんは嘘を言ってるように見えない。けど、なんか隠してる気がする。むむ。
「…ッおまえが、リンが、戻ってこないのかと思ってだな…。その、気が付いたら八つ当たりを…。」
「モンスターに?」
モンスターカワイソス。なにしてんだい君。片手で顔を隠して目を泳がせてるゼロさんに拭き出したら、笑い事じゃないと叱られた。いや、ごめんて。
「でも、お仕事が終わったならそろそろ次の街に行こうかな。離れられなくなっちゃうし。」
なんだかんだ居心地良いんだこの街。…ベツニゼロサントイチャコイテタカラジャナイヨ。
「ああ、そうだな。今日のうちにある程度荷物を纏めておくか?俺は一度先生の所へ行くんだが…。」
「あ、ギル先生、サスラにお話しがあるって言ってたから、一緒に行ってくれる?」
すっかり忘れていたけれど、サスラがお話できるからスライムの生態とかについて本人から聞きたがっていた。サスラがあやふやでもダンくんが補足するだろうしね。
「…いや、ダメだ。慣れたからと一人になるんじゃない。」
「むー…、あ、じゃあ商業ギルドで買い物してるよ。」
ダンジョンで発展しているこの街のギルドはでっかい。商業ギルドなんて一階と二階に流行りの店舗がひしめき合っていて元の世界のモールと遜色ないのだ。三階からがギルドとしての建物で、全四階層となっている。こっちで四階建てってかなり珍しいのだ。教会とかは大きいけど吹き抜けだしね。
「…しかし、」
「知らない人についていかない。面倒ごとには近づかないし。…おねがい。」
一人でまったり買い物したり買い食いしたりしたいのだ。サスラが一緒だとついつい構い倒しちゃうし。次はいつ大きい街にあたるかわからないもん行きたい!行きたい!一生懸命念を送ってたらゼロさんが盛大にため息をついて。お、これは折れてくれる奴ですね!
「迎えに行くまで大人しくしているように。」
「はぁい!ありがとう。」
よい子のお返事とガッツポーズが同時に出たものだからゼロさんに笑われた。ふふーん、いいもんね!これから楽しくお買い物じゃ!
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「じゃあ、これで全部かな。」
「はい、モンスターの数は激減していました。減りすぎた分は少しずつ戻るでしょう。冒険者ギルドのマスターへ写しをお渡ししますか?」
「うんうん。こっちの書類と報告書も一緒にアダマスに持って行ってね。ロックスもお疲れ様。」
報告が終わると、秘書官の男はまとめた紙束を持って一礼して出て行った。息をついて出された紅茶で喉を潤せば、なにか含みのある笑い方で労われて。イヤな予感しかしない。
「で、痴話喧嘩は仲直りできたみたいだね。」
「ゴホッ!なん、ッ!」
「けんかってなぁに?」
『喧嘩とは個の違いから起きる諍いです。痴話喧嘩は、人間の番や恋人間で起きる些細な喧嘩を指します。』
咽た紅茶を拭いているうちに、サスラとダンに追い打ちの様に被せられて居た堪れなくなる。やはりリンを連れてくればよかった。先生も流石にリンが居ればこんなことは言い出さないだろうに…。
「だから言ったじゃないか。シンジョウ君はそんなに弱くないって。」
「ますたぁはロックスより弱いよ?」
きょとんとした顔で首を傾げるサスラを撫でているが、いったいどこからどこまで知っているんだ。
「身体はね。これは精神的な強さの話さ。」
「せいしん?」
「サスラはシンジョウ君の為ならすごく嫌なことも我慢できるし、沢山頑張れるだろう?」
「できるよ!ぼくますたぁ大好きだから!」
「その我慢の強さや優しくしたいって気持ちが精神の一部だよ。」
先生の言葉に、そっかぁとなにか考えこんでうんうんと頷いている。ダンも何も言わずに見守っているあたり、先生と同じ方針のようだ。
「まぁロックスは昔からシンジョウ君みたいな雰囲気の生き物好きだもんね。」
「どういう意味ですか…。」
矛先がこちらに向いて思わず肩が跳ねる。楽しそうなモノクルの奥の光に寒気がしてきた。
「昔子犬が懸命に威嚇して吠えてるのじっと見つめてるからどうしたんだい?って言ったら可愛いですねって頬染めて震えてたよ君。虚勢張ってる小さくて可愛い落ち着きない生き物好きだよね。犬とか栗鼠とか。」
「っ覚えていませんので!!」
にこにこと笑いながら懐かしむ様に言われたが、幼いころの事などいちいち覚えていません!持ち出さないでください!若干自分でもそんな気はしていたが、親の様な一人に並べ立てられると羞恥で死にそうだ。顔に熱が集まっているのが嫌でもわかる。変な汗まで出てきた。
「ハハッ、ま、仲良くやりなさいね。」
「ますたぁとロックスは仲良しだよ?」
テーブルの上で自分の尻尾…ダンを追いかけ回して尻もちをつくと、そのまま幼子の様な体勢で首を傾げている。…サスラも、この姿に変わり言葉を介し始めてからつい構ってしまう。が、それはまぁ、仕方ないだろう。それこそ幼い子の様なモノなのだから。
よくリンがサスラへ話しかけていたが、会話可能になって著しく回数が増えた。その成果か初めの舌っ足らずさはなりを潜めて最近はかなり聴き取り易くなっていた。確かに今なら先生の知的要求は埋められるだろう。スライムの生態について…というより、ダンジョン内での生活や生まれ付いた時の話を繰り広げはじめたサスラをみつつ、先生の気をそのまま引いていてくれと願っていた。
区切りの為に短めですすみませぬ。
6日と8日に予約投稿しましたので
よろしければ読んでやってください~。




