仲良く喧嘩しよ。
「やあやあやあ、良い眺めではないかね!」
空は快晴目の前にはだだっ広い草原。吹き抜ける風も爽やかに小高い丘に仁王立ちだぜ!ここがどこかって?Bランククエストで来た高原でござる。なんでBランククエにFランクの私がいるのかというと、
「あんま離れんなよ?」
「はーい。」
「はぁい!」
おっさんに頼んで同行させてもらっているのだ!周りに誰もいないからサスラもスライムから合成獣に戻ってお送りしますです。私の真似して片手を挙げてお返事するのすごく可愛い。肉球ピンクでぷにぷにやぞ。今日も天使なサスラたんです。
「今日の確認すんぞー。サスラの攻撃や防御についてがメインだな。」
「ギル先生から記録ボード貰ってるよ。」
「おう。で、無対象で試し打ちの後、討伐対象のバイコーンを狙う。此奴は魔法抵抗が高く普段は物理で戦うんだがバイコーンは幻覚魔法撃ってくっから気を付けろよ。」
「了解した。」
「ぼくがんばる!ますた、みててね!」
バッチリ見てるよ!頑張ろうね!とおっさんの引率の元、サスラと意気込む。
昨日、ゼロさんに一方的にキレた私は、豪華な宿屋の個室についているお風呂でサスラと遊びまくり、ふかふかのベットで熟睡した結果、ゼロさんと距離をおくことにした。
まぁ、実際ゼロさんと常に一緒にいたし良い機会だよね。と。ゼロさんも外を見た方が良いって言っていたし、依存するのは良くないからね。提案に乗ることにしたのだ。
サクッと決めたらあとは簡単である。なにがって、予定が決まったから早朝身支度して速攻ゼロさんに謝りに行った。喧嘩するのって体力使うしメンタルやられるし好きじゃないんだよね。
借りてた宿屋に突撃したらポカン顔のゼロさんとご対面。ヤッホー昨日ぶり!
「ゼロさんゼロさん、昨日は突然怒ってごめんなさい。」
「ッいや、リンは何も、」
「で、考えたんだけどゼロさんの言うことももっともだなって思って。」
「は?」
「だからこれからは別行動にしよう。あ、私の泊まってる所は安全だから心配しなくて良いよ。」
「いや、なん、」
「サスラもいるから大丈夫。私に付き合わせちゃってごめんね。」
「は?!っ待て、リン!」
「じゃ、お仕事頑張ってね!バイバイ。」
怒りは昨日で消化しきったと思ってたけど、下火になったというか、種火で残ってたみたいだ。ゼロさんの顔を見たら新しくムカムカと湧き上がってきてだめだった!難しいなぁ。
私を捕まえようとしたゼロさんの手をサスラが叩き落としていたけど、ご愛敬って事で許して。
昨日のような恥をさらす前に笑って捲し立てて、颯爽と宿屋をあとにしたわ。待てと言われて待つ馬鹿はいないのだ。言いたいことは言ったし、謝れてスッキリしたし、残りは納得できてない怒りの消化だけ。あ、ちゃんとバッカスさんにも謝罪に行ったよ。土下座の勢いで。あれくらいは日常茶飯事だから気にしなくていいって言って貰えたけど、申し訳なかったなぁ。ということで、菓子折り(おにく)でも作ろうかなって。良心の呵責が少ない対象を捜そうとして冒険者ギルドでおっさんを見つけたのが今朝である。
回想から戻りまして、ぽてぽて丘を移動中です。昨日のうちにおっさんから連絡が行ったであろうギル先生から、サスラの力について調べるよう指示が来た。私も気になっていたしね。ナイスタイミング。
「この辺で良いか。丁度適当な岩があんだろ?アレめがけて撃て。」
「できる?サスラ。」
「まかせてぇ。」
ふんす、とヤル気満々なサスラが五十メートルは離れた岩に向かって、がぱっと口を開いた。
『断罪、執行します。』
「えっ、」
突然聞こえた機械音声は、確かにサスラから出た音で。
サスラの開いた口に光が収束し、キュイン!と甲高い音が響いた瞬間、的に定めた岩が袈裟斬りになって切り口がジュウジュウ音を立てて溶けていた。いやいやいや。
「レーザービームじゃん…!」
「…おいおい、なんだレーザービームって。」
「電磁波…、いや、うううん…、神聖力…じゃないな。光を増幅して放射してるから溶けてるのかな?で、たぶんここだと光属性?光魔法に分類してるとおもう。」
視線が溶けた岩固定でお話し合いなう。ふわふわ飛んできたサスラたんはしこたま撫でて褒めておきますね。かわゆい。というか、サスラの中どうなってるんだろうか。
「さっちゃん、一瞬さっちゃん以外になってませんでした?」
「んっとね、へんしんと治すはね、ぼくができるの。あとはね、こっち。」
自分の胸をぽんぽん叩く。
「『あと』ってさっきのビーム以外に?」
「ますたがあぶない時と、おねがいした時はね、いちばん速いから。」
ビューンッと言いながらその場でくるっと旋回するサスラ。選ばれたのは発動スピードでしたか。
「これ何でもできるの。だからぼくも何でもできるよ!」
えっへん!と胸を張って蛇の尻尾がゆらゆら揺れてる。ひえぇ尊い…。
「なんでもっつーと、属性の話か?」
サスラとの会話を聞きつつ、おっさんはギル先生から渡されたリストを書き込み埋めている。ごめんね任せっぱなしで。でも代わる気はないからよろしく!
「んとね、…『攻撃に適さない神聖力を魔力へ変換し、外殻を通すことにより各魔法を発動させております。』…だってぇ。」
「お、おおぅ?」
幼児ボイスのサスラが突然流暢なお兄さんボイスで話すから吃驚して変な声でた。
「…え、断罪履行生物?話せるの?」
「いつもぼくとお話してるよ?ますたぁお話する?」
ちら、とおっさんと目配せして肯いたのを確認。ふわふわ飛んでいるサスラに向き直る。
「是非よろしくお願いします。」
話が早くて助かるぜ。舌っ足らずなサスラたんに代わって、お兄さんな断罪履行生物…ダンくんはこちらの意図をしっかり汲み取って返事をしてくれるので、質疑応答はサクサク進んだ。
たまに挟まれる実演で、高原が若干焼け野原になってしまったけども。威力を知らない方が危ないから大目に見て欲しい…。
「えー…、ダンくんの性能ですが。アルたんに作られた知能による学習機能でほぼ全知全能です。足りないのは人間性による感情を基準とした行動心理。こっちはサスラたんが補完してるのと、主人格がサスラたんなのでまぁ安全です。ダンくん本人もサスラたんを受け入れてるし仲良しみたいだし。で、メインの攻撃力その他ですが先述の通り神聖力を変換した魔力による魔法の発動が可能。全属性対応済み。神聖力は私から補給してるので無尽蔵。つまり最上級魔法100発撃っても大丈夫ってことです。」
ざっくりと纏めた内容を自分で言ってるけども、これあれだよね。
「とんでもないチート生物爆誕させてしまった…。」
「なんて報告すんだよ…。」
渇いた笑いしかでないんだぜ。おっさんも頭痛そうだねごめんご。許してクレメンス。
「ま、やましいことは無いからそのまま報告してもろて。」
「嬢ちゃんの気紛れ一つで簡単に国が滅ぶ権力に追加で物理的な力が手に入ったわけだが?」
おわ、急なシリアス止めて。ダンくんの下りで今日は品切れなんじゃ。おっさんにそんな目で見られなくても、ちゃんとわかってるよ。
「フラれた位じゃ国を消し飛ばしたりしないよ。…誰かを傷付けられても、殺されても、我慢できるようになるかどうかは今後に期待してて。」
昨日は子供みたいにモノにあたるしカッとなって怒るしで現状説得力皆無ですからね。そう言えばなんとも言いがたいような、歯に物が挟まったような顔をされた。なんだよぉ。
「はぁあ、…とっととバイコーン仕留めて帰るぞ。」
「「はぁい。」」
サスラとよい子のお返事をしつつ、おっさんの先導で重力を無視した木々が生える森へ向かう。全体的にモノクロ写真な色味の森だなぁ。
道中で現れた魔物は基本狩った人の物だそうで。折角だから美味しいお肉になって頂いた。バッカスさん達にあげるのだ。今までの経験のお陰か、目の前で死んだ魔物にごめんなさいと思いつつもおっさんが捌いて肉になるほど美味しそうに感じるのだから、なかなか図太いなぁ私。サスラが魔法でお水出したりしてお手伝いしてる横で、邪魔にならないように見てるんだけども…私役に立たないな。むむむ。解体できる方が良いよね、習おうかな…。
「…何考えてるか顔に出てるから言うけどな。嬢ちゃんの仕事はこの後だろ?」
「うん?」
「オレは解体は出来るが美味い飯は作れねぇし保存は干し肉くらいしか出来ねぇぞ。嬢ちゃんは?」
首をかしげる私に、おっさんがざくざくと血抜きで溜まった血溜まりに土をかけて問うてくる。
「…保存なら塩漬けか、サスラがいるから冷凍とかベーコンも出来ると思う。」
「な?確かに何でもできるに越したこたぁねぇが、出来る奴が出来ることすりゃ良いじゃねぇか。」
「…そうだね。」
私の返事に笑いながらボスボス頭を叩くおっさんに、この会話ゼロさんともしたなぁと思い出していた。そうたしか、告白、されたときに。何でも一人でやらなくて良い、頼れって。私、何も成長できてないな…だからフラれたのかな。しょんもり気分が落ち込んでいたらサスラの肉球が頬をぷにぷに押してきた。
「ますた、いたい?」
「…んん-、わかんない…。」
「わかんない?」
じくじくと胸が痛い気がする。でも、もっと痛かった時があったような気もする。それに比べれば、これは『痛い』内に入るんだろうか。心配されるほどの、痛みなんだろうか。
「我慢できる痛みって、痛いのかな?」
「痛ぇから我慢してんだろ。」
零れた疑問に間髪入れず叩き返されて、ちょっと目が点になった。…そりゃあ、そうだよね。痛くなかったら我慢する必要ないもんね。やめろ、可哀想な物を見る眼で見るな。頭を撫でるんじゃない。
「おら、そろそろ目撃区域だ。気ぃ張れ。」
「了解。」
ぴり、と肌を刺す緊張感がダズから出て気を引き締める。今の自分を俯瞰しろ。驕らず、過小せずやるべきことを見極めろ。これは冒険者としての『お仕事』だ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「…ダズ、森の奥に違和感がある。十時の方向。」
なんだ、聖女の勘か?と茶化そうとして、さっきまでと違い真顔で森の奥をみる嬢ちゃんに閉口した。言われた方向へ索敵を使えば、確かにモンスターが三匹引っ掛かったが…まだ2kmは離れてるじゃねぇか。サイズ的にもバイコーンだろうが嬢ちゃん索敵使えんのか?
「バイコーンって二本角って意味だよね。何に近い?ユニコーンみたいに馬?」
「ヤギみてぇな角が生えた、下半身縞模様の馬だな。」
「じゃあ遭遇まで5分前後かな、こっちに向かって歩いて来てるし。途中で走ってきたらその限りじゃないけど。」
ふぅん、と興味無さげに返してくるが…集中してんのか。そういやコイツテイマー試験でとっ捕まってる時もこんなだったな。
『マスター、バイコーンは神聖力が効きます。マスターの初陣に丁度良いかと。』
「そう。…試してもいいかな?」
「討伐証明の角は残せよ。」
サスラからの進言でやる気が出たのか、効果的な攻撃法について話し合っている。…サスラの攻撃力といい、今回オレはサポートっつーより子守りだな。嬢ちゃんは見た目通り『冒険者として』の体力はない。運動神経もまぁ盛って及第点。ただなぁ…、聖女だからか求心力がな…。普段の緩い時は子供感があるが、今の様に年相応だと信者がえげつねぇことになんだろ…。
神殿で上層部の爺共を跪かせていたと部下共から聞いた時は眩暈がしたが、狸爺と紫の変態は大喜びだったってどうなってんだあの狂信者共。嬢ちゃんが馬鹿か悪女なら、指先一つで世界がとれるかもな。
「ああ、そろそろ来るね。」
「嬢ちゃん索敵使えんのか?」
「索敵かはわからない。たぶん凄いあたる『勘』かな。ただ漠然と、『いる』とか『ある』『来る』はわかる。」
断言できる精度の聖女の勘とか怖すぎんだろ…女神とつながってるとか言わねぇ?勘弁してくれよ。身を隠すこともなく立ち尽くしているのは魔物に対する恐怖から…じゃねぇな。隠れる必要がないと言わんばかりに仁王立ちだ。
「…アレがバイコーン?大きすぎでしょう体高2mないかい?」
「魔物なんてあんなもんだろ。」
「何食べたらあんなに…、人間ってそんなに栄養あるのか。」
「言ってる場合か。威嚇されてんぞ。」
堂々と自分を見る人間に腹を立てているのか、鼻息荒く嘶いては蹄を鳴らして今にも飛びかかろうとしている。その後ろからも、仲間の異常に気がついたバイコーンが二匹現れた。
「お、あっちの白いのは特殊個体だな。通常はあの二匹みてぇに黒い。」
「じゃ、とりあえず通常色狙いで。」
「ますたぁがんばってぇ~!」
さて、なにをするつもりなのか。横で見ているオレを気にも止めず嬢ちゃんの指がバイコーンを指して。
「おすわり。」
瞬きの間にバイコーンに光が収束して閃光のように輝く。それが霧散して消えるのは一瞬で。気付けばバイコーン二匹が頭を垂れるように地に伏していた。お前それ、オレにぶち当ててた奴じゃねぇか!いや、言い方が同じだけの別物か?詠唱いらねぇのかこいつ…。
「はぁあ、マジか…。」
「本当に神聖力が弱点なんだね。…ああ、魔物もモンスターも基本的に神聖力が弱点か。問題は攻撃じゃないから倒せないことかな。」
「つまり?」
「気絶させただけです。」
「おっま、早く言えよそういうことは!」
目ぇ覚ましたら面倒だろうが!焦るオレに真顔のままハハッと声だけ笑う嬢ちゃんに若干苛つきつつ、バイコーン目掛けて懐から投擲武器を投げつける。真っ直ぐバイコーンの眉間に当たったそれはミッドガルの神経毒だ。一分も持たずに心臓が止まって死ぬだろう。
「ますた、バイコーン痛くしたいの?」
「え、できるの?」
『気絶を上回る神聖力を注ぎ込んだ場合、ガワが耐えきれず自壊します。いわばショック死です。』
「なるほど。試すか。」
にっこり笑っている嬢ちゃんにぞわぞわと鳥肌が立つ。嬢ちゃんまだロックスにキレてんのか…。思わずこれから八つ当たりされる対象に目をやれば、仲間にとどめを刺したオレにヘイトが溜まってるのか、特殊個体だろうバイコーンがこちらに向かって嘶いているのが見える。
「バン。」
グォオオオオオ!!!
親指と人差指を立てた拳がバイコーンに向くと、指先に白光が収束しそれを打ち出すかのように人差し指が跳ね上がる。白光は光跡を残しバイコーンにぶつかると、バイコーンが断末魔を上げて倒れ込んだ。
「うぅん、紙防御で攻撃力チート?」
「ますたぁはぼくが守るからだいじょうぶ!」
「ありがとうサスラ。」
きゃっきゃとはしゃぐ嬢ちゃんとサスラはひとまず放置でいいな。コイツら放って置いても死なねぇだろ。むしろオレの方が危ねぇわ。倒れ伏す三匹のバイコーンに寄って死亡を確認する。…問題ねぇな。にしても、随分あっさり終わっちまった。冒険者として嬢ちゃんの戦闘スタイルなら魔法使いの立ち位置でイケるだろうが、ダンジョンは聖女的な意味で使ねぇし。正体を隠してんだから基本魔物相手にテイマーとしてサスラが戦うことになる。合成獣なんざめったに居ねぇからな…。どんな魔法をサスラが使おうが周りは分かんねぇだろ。
「おっし、バイコーン三匹討伐完了。損傷無しの最高品質プラス特殊個体だからかなりいい値段になるな。」
「へぇ~。」
「…嬢ちゃん金に頓着ねぇのか?」
「んー、暮らしていけるお金があればいいかな。今はウォンカ翁からお布施貰ってるから困ってない。」
今日獲った美味しいお肉の方がほしい。と続ける嬢ちゃんは欲がねぇのかなんなのか…。
「取り分はちゃんと受け取れよ。衝突の原因になるからな。」
「うん。わかった。」
「サスラはこの街を出ちまえば今の姿でも問題ねぇだろ。」
「うん。」
「あとはさっさとロックスと話し合え。」
「…んんん゛。」
こくこくと素直に頷いていたくせに、ロックスの名前を出した途端に下唇を噛んで威嚇する犬のように唸りはじめた。コイツもなかなか強情だな。
「ま、とりあえず帰るか。」
「…うん。」
大人しく頷く嬢ちゃんの頭をぼすぼす叩いて、ついでにサスラも撫でてやる。コイツらほんと撫でやすい高さにいるな。…にしても、自信の無い男と人を頼れない女なんて面倒この上ねぇが、可愛い弟分と新しい妹分だ。手はかかるし反抗的だがしょうがねぇ。こういう奴らは時間が空くと悪化するからな。さてどうすっか。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「あ、シンジョウ…!」
うぉっ!笑顔眩しっ!
「ええと…、タイガくん?」
「ッ覚えてて、くれたんだ…。」
いや、流石に昨日の今日だしね?とは言わ無いけども。確かに昨日はすごい人数に名乗られたから、正直一番最初のタイガくんくらいしかまともに覚えてないよ。輝かんばかりの笑顔を曇らせるわけには行かぬ。何か良いことでもあったのかい?
冒険者ギルドでダズが納品に行ったけど、バイコーン三体は大きすぎるから解体用倉庫に直接運ぶんだってさっき別れたばかりだ。分け前を受け取らないといけないから、時間潰しにクエストボードを読んでいたらタイガくんに声をかけられて今ココである。
「その、シンジョウが沢山カード貰ったって聞いて…。俺、渡してなかっただろ?」
いそいそと取り出されたタイガくんの名前とギルドカード番号の書かれた紙。
「これで、連絡取れるから…。ッ俺、いつでも待ってるしDランクだからシンジョウがパーティー組むのにも丁度良いと思うんだ!」
先輩として教えてやれることがあると思う。と言われて、ふむ。確かに普通Fランクなのだから見合った依頼から少しずつ進めていくモノだよね。今までは別段Fランクのままで困らないから気にしていなかったけど、これからはランク上げしないと場所的に入れないか神殿を通して大聖女として行かなきゃならないのか…。面倒だな。
私絶対無意識に『狩人の心得』的なモノを全部ゼロさんにやって貰ってる。これからはサスラがいるから火起こし的な初歩は魔法でどうにかなってしまうけど、適切な寝床選びとか危険箇所の見定めなんかは教えて貰いながら経験を積まないとダメだろう。
うん、これ総合的にみてもタイガくんにお世話になった方が良いな。
考え込む私の邪魔をしないようにしてくれているのか、こちらを不安そうに覗いつつも待ってくれているタイガくん。良い子や…。
「昨日は三人だったよね。私が入っても良いか聞かなくて良いの?」
「っ平気!え、パーティーに入ってくれるの?!」
おお、少年よ落ち着け。そんなに前のめりにならなくても聞こえるし、手を握らなくても逃げないよ。子供体温たっか!私より既に手がでっかいの複雑なんだが…まぁいいか。
「んーと、ちょっとお願いが…ん?」
お腹に手が回って、くん、と軽く後ろに引かれた。すぐに背後の誰かにぶつかって、…うん、何やってるんだいゼロさん?お仕事終わったのかい。
「…お疲れさまです?」
「…ああ。」
うわ、不機嫌だ。眉間に皺がすごいよ。アルプス山脈みたいになってますやん。ちら、と一瞬視線が合って、すぐに反らされたけど…って違うな。タイガくんと仲良しな手に突き刺さらんばかりの視線を感じるお。
「え、と…だれ?シンジョウの仲間?お兄さん?」
私が抵抗しないから知り合いと踏んだのか、タイガくん優秀だな。でもできれば頭上でにらみ合うの止めようぜ。
「この人は、」
答えようとして、詰まる。うーむなんて言おう。昨日フラれたばかりであんまり言いたくないけど…やっぱりここは保護者か?
「恋人だ。」
「は?」
「えっ。」
頭上から降ってきたゼロさんの返答に固まる。ちょ、やめ、回してる手に力入れないで中身出る!ごめんて!ゼロさんがそう言うと思わなかったんだって!
硬直したのは私だけじゃ無かったらしく、タイガくんに握られていた手がゼロさんに引かれて離れた。
「コイツの面倒は間に合っている。他をあたれ。」
「言い方ァ…。」
タイガくんを見ながら話すゼロさんに思わず呟くと、ばつが悪そうな顔と目が合った。ゼロさんの視線から外れたタイガくんが、発言を否定しない私を見て。
「っでも、それはシンジョウが決めることですよね?」
おお、ちゃんと目上に敬語が使えるの偉いなタイガくん。威圧されてるからかも知れないけど…、って、つまり私は同じか下に見られてるって事だよね。うん。複雑。って言ってる場合じゃ無いなめっちゃ二人から視線感じる。
「…ええと、」
これあれじゃね?声に出していってみたい台詞ランクインの『私のために争わないで!』の使い処では?なんて、現実逃避したくなる。
いや、だって昨日フラれたんじゃないのか私は。でもゼロさんが恋人って言ってるよ?それはさぁ、私がタイガくんに絡まれてると勘違いしたんじゃないか?ああー、ありそうー。でも悩んでる今現在進行形でゼロさんの手に力が入って締め上げてくるから中身でそう。
「ええと、取り敢えずゼロさん離して…。」
「…無理だ。」
ちょ、ギブギブギブギブほんとでるから!なんで君が泣きそうな顔してるんだよ!泣きそうなのは締め上げられてる私じゃい!
「…ごめんタイガくん、ちょっとたて込んでるからこの話は今度で、」
「今度など無い。…またいなくなる気か。」
いなくなるも何も一晩外泊しただけでしょうよ!?もぉおおおお!!
「はぁあ、…タイガくんほんとごめんなさい。」
「…わかった、俺こそゴメンな!」
タイガくんめっちゃ良い子!ごめんねおばさんの喧嘩に巻き込んで。ぜひ可愛らしいお嬢さんとかと少女漫画みたいな恋愛して幸せになってくれ。ちら、と二度ほど振り返って、小さく手を振ってタイガくんはギルドから出て行った。
残されたのは私とゼロさんと。…ダズ全然戻ってこないな。冒険者ギルドは人が多いから、私達が微妙な空気を出していようがまぁ誰も気にしないし気が付かない。ありがてぇ。ということで、
「ゼロさん離して。」
「…無理だ。」
イ・ラッ☆タイガくんに気を遣わせておいてキサマ!何が無理だ!いい歳で駄々っ子か!
「何が無理だ離せこの野郎ッ。」
ふんぬ!と気合いを入れてアンダーにまわっている手を引き剥がそうと力を込める。…いや、ビクともしないじゃん!これだからゴリラは!
うう、なんか無いか?いたたまれなくてすぐにでも逃げ出したいッ。サスラ…は疲れたのかテーブルで寝てる。うん、かわいい。じゃなくて、
「もぉお!はなして!」
「…、」
腕を叩いても無抵抗だし何も話さないしなんなんだ!だんだんムカムカと腹が立ってきた。私が力で劣ってても、関係ない。
「ふっ!」
「ッ!?」
そう、護身術ならね!爪先を踵でおもいきり踏み込みそのまま腰を落として重心を下げる。押さえられていた手が放れたのを確認して、前のめりの顔に頭突きを入れて体制の崩れたゼロさんの腰を自分の腰で押す。体勢を立て直そうとする脚に振り向きざまに足払いをかけて、はい転倒!
「ふん!」
「おお、嬢ちゃんスゲぇな。なんだいまの。」
ポカン顔のゼロさんを見下ろして、ちょっとスッキリしていたらダズが戻ってきた。こんにゃろ、遅いと思ったら距離とってみてたな!
「護身術。離してって言ってるのに離さないから。」
「手慣れてね?」
「前に色々あったんじゃ。人に歴史あり。」
まぁ友人に使うために習ったんだけどね。元気にしてるかな…、いや絶対元気だな。一瞬脳内を駆け巡った美人で巨乳で痴女で百合だった友人を振り払う。
「で、どうでした?」
「ああ、バイコーン三体丸ごとだったからな。ほれ。」
投げ渡された革袋は存外重く。ちゃんとダズの分が引かれているのか気になったけど、ダズが分配したんだから口を出すことじゃないな、と思い直してお金をしまった。
「…今日店にいなかったのはダズといたからか。」
ため息と共に立ち上がりつつダズを嫌そうに見てるゼロさんに、ダズも嫌そうな顔をしてる。
「おいやめろオレは引率だからな。」
両手を挙げつつ無実の主張をしているダズに私ももにょる。…なんだか、ゼロさんがやきもちを妬いているように見えるから。くそう、女々しいな私。
「お店はお孫さんが生まれたので臨時休業中ですよ。」
今朝謝罪行ったとき、昨晩に生まれたのだとデレデレなバッカスさんに教えて貰った。お祝いしつつ、私の醜態に時間をとらせるのもなと思って手短に挨拶をしたのじゃ。だから今日とってきたお肉は出産祝い。産後のお嫁さんに英気を養って頂くのだ。一週間くらいは流石に家族水入らずだろうから、お肉を休ませるのに丁度良いだろう。なんて説明していたら、右手がゼロさんと仲良しになっていて。
「…、離して下さい。」
「嫌だ。」
振っても振っても掴まれたままの右手。掴むだけで何か言ってくるわけでも無いし、何がしたいんだこの野郎…!負けず嫌いな私の中で、一方的な戦いのゴングが鳴った気がした。




