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人生で3回来るらしい。

今日も元気にお仕事頑張るぞい!と、意気込みつつ。出勤早々、招き猫亭のご主人バッカスさんから、昨日の売り上げでお礼を言われた。


「しかし、ほんとに良いのかい?商業ギルドでレシピを売れば、なかなかの額が貰えるだろうに。」


「いえ、折角『招き猫亭でしか食べられない。』という付加価値があるので…。まねをする店舗が増えてきたら、売ってしまえばよいかと。」


なにが。コロッケのレシピの話です。昨日奥様に中の種を肉だけにしたりカボチャにしても美味しいよってオススメしたから、きっとそのうち作ってくれるって信じてますぜ!


今日もよろしくお願いします。とご挨拶して、早速昼食の下拵えをはじめる。


この世界のごはんは美味しいけども、日本で肥えてしまった私の舌は故郷の味も欲してしまうのだ。よく日本の料理は塩気が強いって聞くから、塩より出汁の味強めで作ってる。調味料類は少し高いけどどこでも買えるし、ほんと時代設定よくわかんないよね。…貴族設定の乙女ゲームで、主人公が差し入れにチョコクッキー焼いたりするような、ごちゃ混ぜ具合だよね。


「いや、やめとこう。」


考えたらヤバい奴な気がするんだぜ!これ以上フラグ立ててたまるか。ただでさえまだ手を付けてない案件(謎の本)があるんだから。


「リンちゃん、ユーリが遅れちまうみたいだから、悪いけど注文取りに行ってくれるかい?」


「わかりました。すぐ向かいます。」


あぶないあぶない、仕事中だったわ。奥様へ返事をすると、言伝に来てくれたのだろうユーリさんの職場の方が、ひらひらと手を振ってくれたので笑って会釈をしておく。


調理担当バッカスさんと奥様、ホール担当の長男さんとお嫁さんで営業している招き猫亭。長男さん夫婦はお嫁さんが出産予定日だそうで。おめでたいね!長女さんがお手伝いに来れるまで、私が埋め合わせでございます。


「注文いいっスかー!」


「はい、只今おうかがい致します。」


営業スマイルをきめつつテーブルへ行くと、十代後半ぐらいの少年三人組がお呼びだった。冒険者かな?今はお昼だからね。招き猫亭のお昼は駆け出し冒険者のお財布に優しく美味しいのだ。


「エール三つと今日のランチ三つで。」


「はい、エールとランチ三つですね。少々お待ちください。」


最初は驚いたけど、もう慣れたんだぜ。なにがって、未成年の飲酒ですよ。いや、正しくはこの子達も大人(成人)なんだけども。どう見ても高校生がお酒飲もうとしているから、違和感がね。


「あ、あの!」


「?、はい。承ります。」


おん。なんだね?追加注文かい?営業スマイルを出動させつつ、声をかけてきた男の子を見る。明るい赤い髪に赤銅色の目だ。すごい色に見えるけど、一般的なんだよねぇ…。結構このカラーの人は多い。一番多いのは黄色みのある茶色と赤みの強い茶色の髪だ。少ないのは黒髪黒目とかアルビノみたいな白い髪らしい。銀髪は結構いる。これ後でテストで出ます。


「えと、俺、タイガっていいます!」


「…?ご丁寧にありがとうございます。」


つらつらとどうでも良いことを考えていたら、突然大きめの声で自己紹介されて面食らってしまった。え、私も名乗るべきかな?どうしたものかと迷っている間に、仲間だろう両脇の男の子達に小突かれながらタイガくんが口を開いた。


「名前、聞いても良いかな。」


「あ、はい。シンジョウと申します。」


「シンジョウ…、って、あの、呼んでもいいか?俺のことも、タイガって呼んでくれ!」


「はい…、」


お、お?なんだなんだ。両脇の青い髪の子と黄色の髪の子(金髪ではない)がニヤニヤともニコニコともつかない顔でタイガくんを静観している。


「おーい、注文いいか?」


「あ、はい!すみませんすぐ向かいます!…ええと、タイガくん?申し訳ないんですが、仕事がありますので…、」


「あ、ゴメンな!」


「いいえ、またご用がありましたらお呼び下さい。」


営業スマイルで会釈して、先にバッカスさんにオーダーを渡す。なんだったんじゃろ…。ちら、とタイガくんの席に見やると、バッチリ目が合って嬉しそうに手を振られてしまった。困惑しつつ小さく手をふりかえすと、テーブルに突っ伏して、両脇の子に小突かれている。楽しそうだね!


なんて、微笑ましかったのもここまでだった。


「ねぇ、君の名前、なんて言うの?」


「あ、シンジョウと…、」


「今日から働いてるのか?ここの子供?」


「いいえ、昨日から…」


「なぁなぁ、シンジョウちゃんの好きなタイプってどんな男?オレ達の中にいる?」


「ンー…?」


タイガくんを皮切りに、かき入れ時の一番忙しい時間帯だというのに三組に一組の頻度で話し掛けてこられて、タイムロスがヤバい。なんだよ!ご飯食べに来たんじゃ無いのか?!似たような質問をされすぎてもう君達が何をしたいのか流石にわかったよ!


「シンジョウって、恋人いるかな?!もしいないなら、オレとかどう?!」


「ごめんなさい!」


今日だけで何人振ったんだ私は…。店内の15席で巻き起こる質疑応答なんて、近くの席なら余裕で聞こえる。その所為か、オーダーの後料理を運んだタイミングで要件に入る子達をちぎっては投げちぎっては投げ…。


わかるかい?この虚しさ。君達は勘違いしてるけどね、おばさん30歳だからね?もう途中から面倒臭くて名前と一緒に年齢まで言ってるのに、嘘だろとかお高くとまってんなとか若干嫌味を言われてるからね。しまいには手が出るぞ?


「いやぁ、リンちゃん大人気じゃない。」


「嬉しくないです…。」


調理場の横、合流した長女さんが現状を把握してホールを代わってくれたので、奥様の隣で洗い物なう。うう、平和…。ここから出たくないてござる。


「昨日の迎えに来てた子が恋人だろう?あんないい男と比べちゃあねぇ。」


あっはっはと迫力満点で笑いながら手早く調理している奥様に苦笑いしかでないんだぞ。


「なぜこんな事になってるんですかね…。」


「まぁ、若いうちはよくあることだよぉ。」


恰幅の良い体躯を揺らして笑う、楽しそうな奥様は姉御!って雰囲気の人だ。お顔立ちはきつめ美人…絶対若い頃おモテになって引っ張りだこだったでしょうこれは。


「…奥様もそういったご経験が?」


「ふふふ、まっ、アタシは旦那一筋だからね!」


思わずそわついて聞いちゃったけども、否定せずウィンクで誤魔化された。すごい…これが本物の美女ムーブか!バッカスさんはにこにこ優しいご主人って感じなのに、どうやって奥様のお隣を勝ち取ったのかすこぶる気になる…っ!


その後は洗い物や調理を手伝いつつ、奥様からバッカスさんとのなれそめを聞いて盛り上がり、とても楽しかった。奥様の隣にバッカスさんいたけどね!にこにこしてて止めないからね、ついね!いつまでも新婚仲良し夫婦尊い…。幸あれ!


「リンちゃーん、お迎え来てるわよ?」


「あ、もうそんな時間ですか、ありがとうございます。」


忙しいときと楽しいときの一日って過ぎ去るの速いよね。わかる。バッカスさんと奥様にご挨拶してエプロン外したら、長女さんが紙束をくれた。名刺サイズの紙?に番号と名前が書いてある。え、これなんぞ?


「リンちゃん待ちしていたお客さん達が渡して欲しいって。」


「あらぁ、人気者ねぇ!アタシの若い頃思い出すわぁ。」


「え、これなんですか?」


「んー?ふふ、恋人に聞いてみたら?」


沸き立つ長女さんと奥様は私が紙束の意味を知らないとみると、微笑ましく笑いながらはぐらかされてしまった。ええ…。まぁゼロさんが知ってるなら良いか。会釈をして序でにゼロさんが注文したご飯を頂いて、ホールに出た。…三人前あるんだが。アレックスさんの分かな?カウンターで護衛兼お店の用心棒をしてくれていたサスラに声をかけると、ぷるんと揺れて肩に乗ってきた。スライムで通している間はお店の中では会話ができないけど、お疲れ様って言ってくれた気がする。かわゆし。


「よぉ嬢ちゃん。久し振りだな!」


「…元気だね?」


ホールの端、ゼロさんを見つけて近寄ったらセクハラおっさん(ダズビー)がいたでござる。一瞬回れ右して帰ろうかと思ったけど、ぼっこり左頬が腫れてる辺りゼロさんに殴られたんだろうな。


「ご注文の品をお持ちしましたよ~い。ありがたく思え。」


「嬢ちゃんオレに対してあたり強すぎねぇか?」


「身に覚えがないとでも。」


「悪かったって、流石に次は殺されるからな。」


ちら、とゼロさんを見て笑うおっさんに、ゼロさんは素知らぬ顔で。ふむ、情報共有は終わってると見た。私についてのあれこれって、ウォンカさんを中心にゼロさんの知り合いへ話が回ってるみたいだからなぁ。というか、ゼロさんのお知り合いが軒並み有識者なんだよね。おっさんもワンチャン権力者かな。


「今日は二人で調査だったのかい?」


「いや、途中でコイツに捕まった。」


隣に座るとイヤそうな顔でいうゼロさんに笑いが込み上げてくる。視線の先にはニヤニヤ笑いのおっさん。ほんと仲良しだね。肩からテーブルに移動したサスラに笑うと、レースの触手がおっさんの頬に伸びて腫れた部分がきれいさっぱり消え去った。にかッと人好きのする笑みでサスラにお礼を言って撫でている辺り、良い人ではあるんだろうな。


「明日には調査も終わる予定だ。」


「早いね?それともこれが普通?」


「いや早えだろ。一階から最下層まで50階だぞ。」


大型ダンジョンだとかは聞いたけれど、私は消滅防止的な意味で入れないからダンジョンと詳しい調査内容について聞いてなかったなそういえば。


「出現するモンスターの確認とリスポーンの頻度、特殊個体の討伐などだな。」


「…え、特殊個体討伐って一人でするものなの?あ、パーティーとか組んでみんなで潜ってるのか。」


「いや、俺と調査員一名だが。」


「んんん?」


特殊個体なんだよね?通常より強いんだよね?ギル先生、ソロでダンジョンに入るの禁止してるって言ってたし、それくらいのレベルが出るんじゃないのかい?混乱する私におっさんがエールを煽るとカラカラ笑いながらロックスだからな。と言い切って終わってしまった。ゼロさんは何かおかしかったか?なんて言っている始末。瞬間脳内を駆け巡る初ダンジョンの思い出に、ああ、おかしいのは一般じゃなくてゼロさんなんだなぁと、喉まで出かかって止めた。


「あ、そういえば。この紙って何か知ってる?」


食事の邪魔になるし汚れるからとテーブルの隅に寄せて置いた、名刺サイズの紙の束。一枚とってゼロさんと、覗き込んでるおっさんに渡す。


「…これは、どういう経緯でリンが持ってるんだ?」


「え?んと、お客さん達が私に渡してって置いて行ったらしい。私昼はホールにいたけど、夕方は洗い物してたから。」


搔い摘んで説明すると、眉間に寄っていた皺がマリアナ海溝ばりに深まって。…え、怒ってる?ちょっとお肌がピリピリするんだけども。なにごと。


「これはな、冒険者ギルドで指名依頼や連絡とる為に必要な識別番号だ。」


「…ギルドカードの番号ってこと?」


「おう。嬢ちゃんのカードにもついてるぜ。この名前の奴に連絡とりてぇなら、ギルドでこの紙みせりゃ取り次いでくれんのさ。」


「へぇ~。」


つまり名刺なのかこの紙。黙ってしまったゼロさんに代わって説明してくれたおっさんに相槌をうちつつ、一枚ずつ矯めつ眇めつ確認すると、何枚かは裏に『連絡待ってる。』的な事が書かれていた。


「…どうするんだ?」


「んぇ?何が?」


もぐもぐと奥様おすすめの骨付き肉とマッシュポテトにスパイシーな腸詰の盛り合わせを咀嚼してたら、絞り出すような声色でゼロさんに問われた。


「連絡するのか?」


「んー?用事が無いししないよ。というか相手の顔も覚えてないし…。あ、でもこの紙って個人情報だよね。どうしよう…、捨てるなら燃やすべき?」


「いいのか?」


「はぇ?」


捨てるのも酷いだろうか。あんまり鬼畜な所業をする気はないのだが、いかんせんナンパされても困るので。私にはゼロさんがいますからね。浮気良くない。…ナンパだよね?これ勘違いだったら痛い奴だな私。なんて、うんうん悩んでいたら怪訝な顔のゼロさんと目が合って。


「…折角渡されたんだ、その、自由にしていいんだぞ。」


「は?」


ゼロさんに言われた言葉を呑み込めない。自由?自由ってどういう事?いやいやモチツケ焦るの良くない。こういうことはしっかりと詳細を確認してだな、思い違いや勘違いの可能性もあるぞよ。深呼吸しろ私、クールクールクール。


「勘違いで無ければ、この紙全部私に対するナンパですよね?」


「…そうだろうな。」


「ちなみに全員10代後半から20代半ば程でした。」


「…そうか。」


「自由にしろってどういう意味ですか。」


「…お前が、リンが気になる奴がいるなら、」


「顔も覚えていないし用もないって言ったの聞いてましたか?」


「ああ。」


「え、これ私がおかしいの?何故恋人に浮気を推奨されてるのか理解できない。」


ゼロさんの返答を聞くほど、頭に血が上って心臓の音が耳に響く。なのに冷水を浴びせられたかのように手は震えるし血の気が引いて。恋人がいるのに男と連絡を取れって、浮気しろって言われてるってことだよね?なんで?


「リンは、俺以外に『外』を知らないだろう。」


「はぁ?!」


なん、なんだそれ!?ブツッと、自分の中で切れる音がした。思わず立ち上がった勢いがよすぎて椅子が大きな音を立てて倒れたが、知ったことか。それより私の声の方がよほど大きかった。


「もっと外を見る機会があってもいいんじゃないかと、思っていた。お前の為にもちょうど良いと、」


怒る私とは対照的に努めて冷静なゼロさんの物言いにムカムカとお腹の底から不快感が湧き上がってくる。私の為に他の男と仲良くしろって、どういう事なの?外ってどこだよ!


「…ッ別れたいなら別れたいってはっきり言えばいいでしょう。」


聞きたくない、聞きたくない。ゼロさんの答えなんて。バリバリと、生木の裂ける音がする。目の前が霞んでよく見えない。震える程握った拳の感覚が無い。吐き捨てるように放った言葉が、自分に刺さって、痛い。


「ッ違、」


「違くないッ!」


ゴシャッと耳障りな音だけ残してテーブルが押し潰れて壊れた。ああ、モノに当たるなんて子供みたいな、だから嫌われて、なんで?どうしてこうなってるんだっけ?私何かしたのかな、きっとしたんだ、だからこんな、こんなひどい事を言われてるんだ。私の為って何?なにが、どこが私の為なの?一緒にいてくれるんじゃなかったの?なのに他に行けって言うの?護ってくれるって約束したんじゃないの?貴方の隣に立ちたいと言った私の誓いは、忘れられたのかな。


駄目だ、落ち着け。そう思うのにコントロールが上手くいかない。邪魔だ、と思考した時には神聖力で押し潰れたテーブルが吹き飛んだ。壁にあたってばらばらになったテーブルと、静まり返る店内と、バッカスさんや奥様達の視線が突き刺さって。理性が無理矢理『私』を縛り付けて抑え込んでくる。


「…帰る。暴れてごめんなさい。」


絞り出した声は笑えるくらい情けなかった。抑え込まれた怒りが行き場を失って、唇をキツく噛んだ。テーブルにいたサスラが心配そうに擦り寄ってきて広げた両手に飛び込んでくる。ギュッと抱き締めると、レースの触手に撫でられて、じわじわ涙が溢れてくる。


「ッまて、一緒に、」


「サスラが居るから一人でいい。一緒にいたくない。…触らないで。」


伸ばされたゼロさんの手を、叩き落としたのはサスラの触手で。そうだよねサスラは絶対に私の味方だもんね。きゅうっと締め付けるように胸が苦しくなって、嬉しさと痛みで笑ってしまった。あーあ、何してるんだろう。わたし。


「バッカスさん、騒がしくしてしまってごめんなさい。修繕と迷惑料に置いておきます。余る分はお客様の食事代に当てて下さい。」


大金貨を空いているテーブルにのせて頭を下げて、そのまま逃げるようにお店から出た。心臓が変な音を立てて痛む。頭の中はぐちゃぐちゃで、器物破損とか迷惑とか酷いとかなんでとか、ぐるぐる同じ事を考えているのに、どこか冷静な部分が身体を動かして宿へ向かって歩いてくれる。


宿に入って真っ先に荷物を纏めた。ゼロさんと同じ部屋で眠れないし、今度は宿を壊してしまう気がして。マジックポーチに適当にしまい込んで、すぐに宿から出た。この街はダンジョンで栄えているから宿屋の数はかなりある。お風呂がある宿屋は良いお値段だから、たぶん空きがあるだろう。一人で夜の街の散策なんて、はじめてだ。


「ますたぁ、いたい?」


「…大丈夫だよ。」


「いたくなったらおしえてね、ぼく治せるからね!」


「うん、ありがとうサスラ。大好き。」


冷たい風と、魔法やロウソクで光る街中が幻想的で落ち込む気分を無理矢理あげてくれる。サスラも優しくて可愛くて、だんだんさっきまでの痛みがただの怒りに変わってきた。


混乱して八つ当たりで暴れちゃったけどさ、発端はゼロさんだよね!?私悪くないもん!何が外を知った方が良いだ!何が私のためだ!ばーか!バーカ!


「ふはっ、」


「ますた?」


「んふふ、何でも無いの。なんだか面白くなっちゃって。」


不思議そうに私を見るサスラに口付けて、適当な路地裏に入った。


「おいこら、いくらサスラが強くても危ねぇだろうが。」


すぐに背後から声が掛かって、振り返る。やっぱり居たか。


「おっさん、ストーカーですよ。それともゼロさんの指示?」


「ロックスなら店で石像みたいになってるぞ。」


「んぐっふ、あはは!ふふっ、」


肩をすくめるおっさんに、容易に想像できる光景に笑いが漏れる。一周まわってテンション可笑しくなってきたけど、寧ろ楽しい。


「…怒ってはなさそうだな?」


「滅茶苦茶怒ってるよ?」


「逆に怖えわ。…よくオレに気が付いたな。」


す、と真面目な雰囲気を出して探るように聞いてくるけど、明確な理由を持ち合わせてないんだよなぁ。


「大聖女の感。」


「…やめろそういう反応に困るのは。」


「君は思ったより面倒見が良いなぁ。」


「うるせぇ。」


一瞬言葉に詰まったあと、はぁ、と溜息を零してガシガシと頭をかくおっさんにまた笑う。君が私を知っているということを知ってるよ。ってカマかけたんだけどね。おっさんの反応を見るに、あってたね。


「ゼロさん愛されてるなぁ。」


「…他人事か?」


「さぁ?幼馴染み視点でどう見えます?」


「嬢ちゃんがいなくなるつもりなら、追い掛けてくるだろうな。」


言い切るとは思わなかった。なんだい、私のこと警戒するの止めたの?ちなみに私はやめたよ。だってもうそんな余裕ないからね。問題山積みで些末に構ってられないのさ!それにしてもゼロさん、私が嫌になったわけではないのか。笑う私に、おっさんは頭痛が痛いみたいな顔になってる。


「君の情報提供でゼロさんに居場所が割れるのかい?」


「…そうだな。」


ふんふん、職業は忍者とか盗賊とか間者とかのシーフ系かな?幼馴染が魔法使いに剣士だもんね。防御はヴォイスさんで特攻がゼロさんなら、被らないのは軽装スピード特化っぽい。ま、これはのちのちわかるでしょう。


「じゃあ、『気が済んだら帰るから、先生からの仕事終わらせてください。』って言っておいてくれますよね?」


「伝書鳩かオレは。」


「似たような物では?私の居場所を把握するのは構わないけど、ゼロさんに教えないでね。教えたら次こそ不能にする。」


どこをとは言わないが。私視点、君とは今回で会うのが二回目だからね。でも話しやすいし面倒見がいいし、歳下の私がこんなに生意気を言っても怒らない辺り兄貴系なんだな。最近ゼロさんが天然というか、若干常識人?みたいに感じるから、本当の苦労人枠はこっちかな。


「…はぁ、わかったわかった。ロックスはとんでもねぇのに惚れたな。」


「物好きだよね。」


半笑いのおっさんに、完全に同意する。つい神妙な顔で言ってしまった。割と本心です。おっさんが軽く片手を上げて降ろす。謎動作だけど、誰か控えてたのかな。ゼロさんに報告に行った?ってことはおっさんは私と一緒にいるつもりか。ふんふん把握。なんてしていたら、見咎めたおっさんからの挑戦的な笑みを頂いてしまった。いらぬ。


「は、見る目はあるだろ。」


「おや?審査に通るとは。ありがとうございます。ついでにお風呂付きで質の良い宿屋教えて。」


「へいへい。」


すかさず入れられたフォローと気安くなった雰囲気に、思わず兄貴!っていう所だった。危ない危ない。


教えて貰った宿は、とんでもなかった。防犯ばっちり、ドアマンに始まり丁寧なベルスタッフに客室まで案内されたり至れり尽くせり。軽食も持ってきてくれるって。


「…おっさん、身分偽る気あるの?」


「嬢ちゃんには必要ねぇだろ。」


「おっふ、こんなに早く保護者からOKもらえると思わなかったよ。」


優雅に長い脚を組んでお茶を飲むおっさんは、完全にお育ちの良い所出身だ。ゼロさんも所作が綺麗だけど、おっさんはウォンカさんに近い感じ。ゼロさんが孤児で幼馴染っていうから、三人とも孤児なのかと思ってた。ふっかふかの一人掛けソファに身を沈めると、お茶を入れ終わったボーイさんがそのまま扉前へ移動して。室内待機かい?


「ロックスはあれでも警戒心も人を見る眼もある。伊達に敵ばっかの王城で騎士団長に勤めてねぇわ。」


「盲目なだけの可能性は?」


「はっ、そんなもん嬢ちゃんみりゃわかんだろ。」


つまり私がおっさん内の悪女認定から外れたからOKなんですね。なるほど。


「ここは貴族が隠れてダンジョンに遊びに来るときに使う店だ。お忍びって奴だな。だから一部屋が広くとられてるし、外出時はボーイを介す分客同士が顔を合わすことはまずない。」


「ついでにこのお店はおっさんの所有物?」


「…また『大聖女の勘』か?」


「ずかずか店に上がり込んでくる盗賊みたいな身なりの大男を、ボーイさん達が流れる様にもてなしてるしおっさんも当たり前の顔してもてなされてるし。使い慣れて顔パスの貴族か支配人のどっちかじゃない?」


今回は感じゃなくて観察ですわい。あ、このお茶凄い美味しい。お高い味がする以外美味しい事しかわからん。うまうまお茶を味わっていたら面白いって隠しもしない顔でおっさんが近づいてきた。ソファのひじ掛けと背面に手を置いて、正面にはおっさん。合間の私が逃げられないようにしてるのか。至近距離に迫る顔をまじまじと見つめる。ゼロさんは中東系だけど、おっさんは北欧系だな。顔が良い奴しかいないのかこの世界。


「両方正解だな。オレは公爵家の人間だ。…どうする?ロックスから許可が下りてんだろ。オレにしてみるか?」


「無理!そもそも好みにかすりもしない!」


「ぐっほッ!んん゛、失礼しました。」


おっさんの誘いに間髪入れずに返答したら、控えていたボーイさんがブルブル震えて笑ってた。おっさんもさっきよりは距離を置きつつ、納得いかなそうな顔で首を傾げてる。


「金も権力もあるぜ?顔だって良い方だろ。何が不満だよ。」


「お金は必要分自分で持ってる。権力は一貴族より大聖女の私の方が上じゃないか?こちとら神の愛娘ですよ。顔はゼロさんの方が好み。あと単純に異性として惹かれない。」


「マジで全滅かよ。ジョットは笑ってんじゃねぇ。」


「ふっふ…、すみません。」


ボーイさんジョットって言うんですか。よろしくお願いします。なんて笑ったら笑い返してくれた。ナイスフレンドリー。社交性大事だよね。笑いあう私達をつまらなそうに眺めた後、自分の席に戻ってだらしなく座っているおっさんも面白い。


「嬢ちゃん好みとかあんのか。ロックスがムカつくなら協力するぜ?」


「好みって言えるのはないかな。しいて言うならゼロさんが好みなんで。」


好きになった人がタイプって奴だね。二次元ならいくらでも好みがいえるんだけどなぁ。女の子の。思考の飛んでいた私に、ははっとおっさんの笑い声が聞こえて。どこから出したんだいそのワイン。あ、ジョットさんか。手品みたいに出してくるの凄いな。おもてなしプロフェッショナル。


「惚気ろとはいってねぇぞ。」


「帰らないけどね!っていうかなんであんなこと言われたのかな私!思い出す程腹が立つ!」


肩を竦めるおっさんに、ぷんすこだよ!オコだよ!地団太を踏む勢いで捲し立てると、あ゛ー…、と気まずそうな声。お?知ってることがあるなら吐きたまえよ。


「オレがいう事じゃねぇだろ…。当人同士で話し合え。な?」


おっさんのもっともな提案に、膨らんだ頬が萎む。やめるんだ、喧嘩した子供を宥めすかせる保護者みたいな顔をするんじゃない。


「ちぇっちぇっちぇー、じゃあ愚痴だけ聞いて。」


「仕方ねぇな。」


中途半端に終わった食事の代わりの軽食と、飲み物をジョットさんにお願いして。おっさんは私の愚痴を聞きつつ、幼少期とか世間話を沢山織り交ぜて。すっきりするころには、おっさんはムカついていた私の不満をくるんで持って帰ってしまった。…兄貴じゃんん!!

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[一言] きゃー!りんちゃんモテモテ(笑) ゼロさん…嫉妬は程々にね〜。
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