奇天烈とは言わないナリよ。
「…これはまた、随分規格外だね?」
一通り新生☆サスラたんの変身をみたギル先生は、乾いた笑いをこぼしていた。うん、でもサスラがゼロさん(幼少)になった時にすごい懐かしそうにしてたの気が付いてますからね。ゼロさん居た堪れなさそうだったけども。ご馳走様です。
「で、どの状態でいるのがいいか相談しようかと。一応標準は獅子らしくて。」
モンスターや魔物のレアリティがわからないから、獅子が拙いのかも謎なんですよね。ゼロさんの反応的に、獅子に翼がアウトみたいだけど…。
「うーん、変身能力自体は負荷がないのかな?」
「ないよ、ぼく、スライムだったから。」
「あ、そういう括りなんだね。」
うんうん頷きながら、カルテのような紙に走り書きしていく先生。いろんな質問をしては、サスラが淀みなく答えていく。私のお膝の上に座っているから、ゆらゆら揺れている鱗の尻尾と翼がとってもかわいい。んへへ、天使かな?天使かな?
「んぶっ!」
「…顔が溶けてるぞ。」
なんてこったい。サスラが可愛すぎて顔面が土砂崩れを起こしてしまった。見苦しくて申し訳なき。ゼロさんに片手で両頬を持ち上げられたまま、むん、と頬を膨らませたらぽひゅっと間抜けな音が出た。
「あ、先生にね、ビットがね、『飯に薬混ぜるんじゃねぇ』ってゆってた。」
「…ビットが?」
「うん。ごはんにまざっておいしくないから、お薬のんで、ごはんたべたいって。」
「わかったよ。教えてくれてありがとう。」
突然の報告に、ギル先生が一瞬固まってからふっと笑った。ビットくんはミーノさんの従魔だけど…。どこか悪いのかな?体調管理用のお薬なのかな。というか、当たり前だけどサスラは元々モンスターだから他の子とお話しできるんだね。モンスターとか魔物って共通言語で話してるのか。衝撃。
「えへへ、ますたぁ、ありがとって。」
「うんうん、うれしいねぇ。」
膝上のもふもふサスラを撫でると、ゴロゴロと喉の鳴る音がして。
「…ッ可愛いが過ぎる!」
「落ち着け。」
圧倒的天使。同じ空間に存在し私がご主人様であるという幸福にガチ感謝。おもわず拝む私にサスラが小首を傾げていて召されそうである。お耳パタパタしててかわゆい。
「うーん、この街の中にいる間は、スライムでいた方が良いだろうね。この間の試験は一般人から冒険者まで見学者が居た。シンジョウ君の従魔がスライムなのは知れているから、突然合成獣に変わったら、軽く騒ぎになるよ。」
一通りサスラとのお話が終わったのか、脚を組み替えつつ頭を掻いているギル先生にそういわれて。
「あ、そういえばそうでしたね。…サスラが尊くてすっかり頭から抜け落ちていました。」
そりゃそうですよね。と。だめだ、思考が溶けていお仕事してない。もう駄目かもわからんね。
「まぁ、それもダンジョン調査が終わるまでの辛抱だから。頑張ってね。」
「…わかりました。」
じっとゼロさんを見つめる先生の眼がとてもヤヴァイ。はよ終わらせろよ?って圧を感じる。ゼロさん若干引き気味に返事しとるやんけ。先生とオカンと名のつく者には逆らっちゃいかんのじゃ。人生の強者だからね。そっと目を逸らしてサスラを抱き締める手に力が入った。
「じゃあ、今日はここまで。明日からお仕事だからね。サスラの詳細は追々確認していこう。」
「はい、ありがとうございました。」
ゆっくり休むんだよ、と見送られてギルドから出るころには外は星が瞬く時間になっていた。うーん、一日が濃ゆい。でも蜂蜜ゲットしたし、サスラたんかわゆいからWINしかないわ。
「わぁー!ますた、おそらにきらきらがある!」
「お星さま綺麗だねぇ。」
スライムに変身したサスラの歓声が腕の中から上がる。言葉がわかるようになったからか、スライムになった今もサスラがニコニコ笑っている様に感じるのだから不思議だ。音って大事だなぁ。
「サスラはおほしさまわかる?」
星をはじめてみた…わけではないはずだけど。と思って、そういえば私やゼロさんが星の話をしていないのだから、『なんか光ってる』くらいにしかわかってなかったのか。モンスターの間はダンジョンにいたから知るはずないもんね。
「おほしさま?んと、点状に輝く天体?そっかぁ。」
私の問いに正確に答えたサスラは、まるで誰かと話をしているようで。返答内容がウィキ〇ディアなんだが。でも宿に向かう私達の周り…会話が聞こえる距離には誰もいない。酔っ払いとかならその辺歩いてるけどね。そんな人と話しているわけもないし。顔を見合わせたゼロさんでもない。うん、そのまま聞いた方が早いなこれ。
「誰とお話してるの?」
咎めたいわけでもないので、晩御飯を聞くノリで聞いてみた。そうすると、サスラからレース状の触手が伸びてきて、中心辺りをぷにぷに押している。
「これに聞くとね、教えてくれるの。」
なるほど。核になった聖物か。アレ〇サなんかの様に、聞いて答えるタイプなのかはわからんが、実に有用な機能だ。助かる。しかもサスラ自身が融合しているからか理解力が上がってる。普通『星』を知らないのに『天体』を聞いて『そっかぁ。』とはならないよね。つまり、何か聞くと芋蔓式に関連知識を教えられている。そういう事なんだろう。
「便利ィ。検索システムかな。よかったね。」
「いや、それで済む話なのか…。お前たちが良いなら、いいの、か?」
困惑しているゼロさんに、よきです!と返したら、ふ、と笑われて。
「積もる話もあるだろうから、適当に食事を買って宿で食べるか。」
「賛成!サスラは何が好きかな?」
「ごはん?ぼくはねぇ、ますたぁのごはんが好きぃ。」
「…ッ私はサスラが好き!」
「落ち着け。」
サスラの可愛さに私が限界突破しつつ、宿に着いてからもたくさんサスラとお話した。途中でサスラの話方とか声ってどっかで聞いたな。と思って暫くお待ちくださいしたけれど、これあれだ。合成音声に似てるから初音系かと思ったけど、月読系だわ。舌ったらず子供ボイスきゃわわ…ッ!ずっと聞いてたい…。
「サスラは何色が好き?」
「ますたぁの好きな色ー♡」
「そっかぁ♡じゃあ甘いものは好き?」
「んとね、味って新しいからまだわかんないんだぁ♡」
「んふふ、これからいっぱい色んなもの食べようねェ♡」
なんて、ごはんの後も他愛もない話をしつつ、ベットできゃっきゃうふふしていたら、思い切り布団を引っぺがされて。
「さっさと寝ろ!」
「わぁあ!」
「あははっ、ごめんなさい!」
ゼロさんに叱られた。ちなみにこの後三回同じやり取りをして、私だけしこたま怒られたよ。げせぬ。でも翌朝、ゼロさんが昨晩のうちに朝ご飯分もしっかり買い込んでくれたおかげで、絶賛ポンコツ中の私は朝ご飯抜きにならずに済んだ。ありがたや。
「心配だ。」
「最強聖物サスラたんがいるので無敵ですよ?」
「ますたぁは、ぼくがまもるからね!」
「さっちゃんクソかわ…ッ!」
「…心配だ。」
朝の準備もばっちり終わり、さて初の単独依頼だぜって意気込んでるところなんだけども。なんか一回目と二回目で、言葉に含まれてる成分が違いません?しつれいな。
「はい、そろそろ時間だから解散しましょう。終わり次第宿に戻ればいい?」
「いや、終わったら迎えに行く。」
「…ゼロさん過保護では。」
「お前は自分の価値を自覚しろ。」
うにょっと頬を伸ばされて、しゅみましぇん。なんて謝罪したら、頬を解放した手にそのまま捕まってちゅうされたでござる。…ゼロさん、隙あらばキスしてくるな。西洋だからかな?嬉しいけど、さっちゃんの情操教育的に止めた方が良いんだろうか。じわっと頬に来る熱を冷ますために、そんなどうでも良いことを考えていた。
「問題を起こさないようにな。」
「了解しました!ゼロさんも気を付けてね。」
「…ああ。行ってくる。」
問題の起因が私なの確定か!なんて一瞬荒れたけど、嬉しそうに微笑まれて。喉まで出かかった反抗期がお腹の中に落ちて行った。むぐぐ、惚れた弱み。いいさ、昨日サスラたんに全部持って行かれて忘れていたけども、私がしっかり仕事をすれば、ゼロさんがなんでもいう事聞いてくれる約束だもんね!
「がんばるぞい!」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「…確かに、数が多いな。」
「これでも減った方なんスよ?」
ごしゃっと音を立てて崩れ落ちたオークに眼もくれず、軽く剣を振るって血糊を飛ばすロックス先輩に、オレは興奮が悟られぬように努めて落ち着いて返事をした。
くぅううう~ッ!今日の同行役、親父に無理言って本当に良かった!下唇を噛み締めて、ブルブルと震える身体に喝を入れる。ダンジョン調査は各ギルドからニコイチでチームが組まれる。戦闘担当の上級冒険者と、生態調査担当のテイマーギルド職員。ロックス先輩が初めから参加表明していたら、倍率高すぎて絶対にお供出来なかっただろう。
しかしアルヘイラ様はオレの普段の頑張りを見ていてくださったらしい。急遽、親父に頼まれて参加することになった先輩に、その話を聞いていた同僚五人で命がけの戦い(じゃんけん)を経てこの座を勝ち取ることができた。恐らく今年の運は使い果たしたな…。
「スタンピード擦れ擦れでしたからね。」
「ソロで入るならもう少し、といった所だろうな。」
ふ、と笑う先輩は、記憶の中よりも随分表情というか、雰囲気が柔らかくなったと思う。初めて会った時はオレが小さすぎて覚えていないが、物心つく頃には先輩は冒険者として破竹の勢いでランクを上げていた。ロックス先輩と、ヴォイス先輩と、ダズビー先輩。たった三人のパーティーは10年でBランクまで上り詰め、きっと最年少Sランクパーティーになるのだと、周りもオレも期待していた。
でも、そうはならなかった。急激に冷めた興奮に、腹の中でくすぶっていた熱だけが顔を出す。
「先輩は、騎士をお辞めになったと…お聞きしました。」
「ああ、そうだな。」
思わず咎める様な声が出て、しかしそれに軽く返事をする先輩に、グッと、息が詰まる。最初は、信じられなかった。だって、あんなに強くて、周りからも一目置かれて、かっこよくて…オレの憧れだった先輩。きらきらと眩しい光を見ているだけで、楽しかった。誰かが先輩の話している、噂をしているだけで誇らしかった。そんな先輩の強さと誠実さに目を止めたライハの前王が、先輩を連れて行ってしまった。それに合わせてヴォイス先輩もダズビー先輩も冒険者を辞めてしまって。
ガッカリ、したんだ。自由で、何にも縛られない強さがあって、憧れの冒険者だった。なのに、結局権力に頭を垂れるのか。金か、名声か、わからないけれど…。そんなものに揺らいでしまうのか。その程度の人だったのかと、勝手に軽蔑して荒れた、若かったころの苦い自分。そして、その騎士職まで辞めてしまうなんてと、オレの憧れを、期待を軽く捨てて、自分の道を歩いていたんじゃないのか。と、勝手に憤っていた。
「俺が忠誠を誓ったのは前王だ。今代の王ではないからな。」
知らず俯いていた頭。ばっと顔を上げると、困ったように笑う先輩がいて。
「す、みません。仕事中に。」
「いや、問題ない。このまま下層に向かおう。」
恥ずかしさでじわじわと顔に熱が上がってくる。17年も経つというのに、オレはいったい何をしているんだ。オレだってもういい大人だ。憧れを押し付けて夢見ていた子供ではない。ライハに行った先輩が、騎士としても手柄を沢山上げて、その話を親父から聞くたび、掻きむしりたくなるほど興奮したのを覚えている。結局、どこに行ってしまったとしても、先輩はオレの憧れで格好いいのだ。いまだ、オレの書斎には当時新聞に載った先輩の切り抜きが山ほどしまってあるからな…。なのに、興味がない様にそっけない返事をして、親父に悪態もついていたんだから、今思い出すと恥で死にそうになる。先輩の事情など何も知らないくせに、当時の熱をぶり返させて八つ当たりしてしまうなんて、…新たな恥を作ってしまった。
気まずく目の泳ぐオレに気負わせないように笑う先輩は、やっぱり男から見てもいい男だった。
「俺も久しぶりだから腕が鈍っているが…、個体が少し強いな。」
「個体が強化されているのは間違いないっス。ですがこのまま数が減れば、自然と弱体化するだろう、と。」
親父と魔法協会・魔生物学者の話では、ダンジョンコアが力を持ち過ぎている為に強い個体が生まれているという。スタンピードとしてダンジョン外にモンスターが溢れるのは、ダンジョン自体がランクの上がったモンスターを持て余しているからだ。魔力を大量に排出して、ダンジョン内を魔力値を一定に戻すために行われるのが、スタンピードなのではないか。
「というのが、今一番新しい説っスね。」
「なるほどな。」
淡々とモンスターを切り伏せ、殴り、蹴り飛ばしながら進む先輩に、当時を思い出して興奮していた自分もこの歳になると若干の恐怖を感じる。洞穴の奥から出てきた2m越えのハイオークが、先輩に殴り飛ばされて壁にぶち当たった。何度か痙攣すると、そのまま素材に変わる。…これで腕が鈍ったとか、冗談ですよね?息一つ上がってないじゃないですか。
「聖女様のお陰でスタンピードにならずに済みますから、あの、よろしく伝えて頂いてもいいっスか?」
感じた恐怖を振り払うように、話を変える。親父から上層部にのみ伝えられた話。ライハの若き王が行った聖女召喚と、先輩と行動を共にしている聖女様。ウォンカ様からのお墨付きに、親父が『いい子』と言い切るあたり、かなり人ができているのだろう。まだお会いできていないが、想像上の聖女様…、嫋やかな、それこそ女神様のような女性を思い浮かべてしまう。
「…わかった。」
ふ、と笑う先輩の雰囲気が、わかり易いほど甘くなっている。恐らく聖女様を思い出しているんだろう。そうですよね、恋人ですもんね。というか、こんなに強くて格好いい先輩の恋人が『聖女様』なんて、先輩はどれほど少年の夢を搔っ攫う気なんだろうか。先輩の冒険譚売り出したら完売しますよ。
「…んん゛、早く終わらせよう。」
オレの生暖かい視線に気が付いたのか、耳が少し赤くなっている先輩なんてレアな物を見た。それでもそわそわと落ち着きをなくしている先輩に、自分の嫁さんと付き合いたての頃を思い出してしまって、羞恥が被弾したのだった。
「あれ、どうしたんっスかね。」
宣言通り、今日の分の調査を速攻で終わらせた先輩が聖女様を迎えに行くというので、案内ついでにご挨拶させていただけることになった。緊張しないと言えば嘘になる。しかし、このチャンスを逃すなんてとんでもない。ぜひ後輩として一番乗りで紹介に与りたかった。なんて、下心ありきだったわけだが、聖女様がいらっしゃる招き猫亭が俄かに騒がしい。いや、悪い意味ではないのだが。
「なんでこんなに混んでるんでしょう。この時間なら、いつもはそこまで込み合わないんですが。」
招き猫亭は昼と夕方に出す定食が安く、とても混む。夜は冒険者向けに酒場として空いているが、こちらはそこまで安くない為、外に列ができる程混んだりしない。首を捻りつつ口をつく疑問に、先輩から大きなため息が聞こえてくる。
「今度は何をやったんだアイツは…。」
「え、聖…シンジョウさんっスか?」
流石に街中や人のいる場で『聖女様』とお呼びするのはまずいと、お名前を教えて貰った。先輩はシンジョウさんが原因だろうというが、付き合いからしかわからない確信なのだろうか。ちら、と先輩の顔を窺いみると、困っている。というような顔をしているが、アレは顔だけだな。腹の中で可愛いって思ってる奴ですよね。オレも仕事が終わって帰ったら、嫁が料理を失敗して涙目だった時とかに、そんな感じでした。
「一先ず入ってみましょう?」
「そうだな。」
ちょっと笑いが抑えられなかったけれど、先輩はすでにシンジョウさん以外気にならないようだ。促して店に寄れば、どうやら列は何かの注文待ちらしく。店の中はいつもよりは混んでいる、くらいに落ち着いていた。
「おや、お迎えの時間かい?」
空いている席について早々、店主のバッカスさんが注文を取りに来た。ちょうどいいな。お迎えと言っている辺り、先輩がシンジョウさんの迎えだと分かっているようだ。
「今日はやけに混んでますね。」
「ああ、みんなリンちゃん目当てで、」
バキッ
「…すまん、加減を間違えた。」
さらっとバッカスさんから出てきた言葉と同時に、テーブルが割れた。…一瞬、岩壁に叩きつけられて死んだオークを思い出して、その姿が自分とすげ変わる前に頭を振る。いやいやいや、勘弁してくれ。
「先輩落ち着いてください…。」
「スマン…、弁償する。」
困惑顔の先輩に、まさかの無意識かと戦慄する。うん、弁償は良いんですけどね。備品が壊れるなんて、冒険者相手の店ではよくあることですし。身の危険を感じた者同士、バッカスさんと目線で会話して小さく頷いた。言葉のチョイス、本当に気を付けてください…!
「実は夕方の仕込み分が、手違いで届かなくてね。あるもので何とか、とリンちゃんの作ったもんが好評でなぁ。今かみさんが作り方教わってるから、もう少し待ってもらえるかい。」
「ああ、わかった。」
バッカスさんの説明に納得したのか、漏れ出ていた威圧が消えて壊したテーブルを片付け始めた先輩を手伝いつつ、このまま食事を頂く事にした。
「シンジョウさん、料理上手なんっスね。」
「そうだな、変ったものを作るが、どれもうまい。」
新しいテーブルに運ばれてきた酒で乾杯しつつ、話のメインはこれでしょう。もういっそ、先輩をこんなに取り乱させるシンジョウさんがどんな女性なのか気になって仕方がない。…もちろん、先輩の尾を踏まないよう、細心の注意は払う。
「先輩、どんな女にも『興味ない。』なんて言っていたのに。素敵な方なんスね!」
「ん゛…んん、そうだな。」
吹き出しそうになった酒をどうにか飲み込む先輩に、悪戯心が加速してしまう。いやはやまさか、あの先輩とこんな楽しい話が出来るとは。
ちょうどBランクに上がった頃の先輩達は、それはもうモテた。なんせ三人共まだ17、8歳でBランク到達最年少。将来有望な上顔が良いとくる。ダズビー先輩とヴォイス先輩は、誘われる全てに応じていた。
唯一ロックス先輩だけ、親父の扱きでそれどころでは無い。と、一切を断っていた所為で更にモテていた。硬派とかクソ真面目とか不能とか、色々言われていた時もあったし、恋人がいると知ってなんだかちょっと安心してしまった。
先輩、ちゃんと人の事愛せたんですね…。そんな失礼なことを思いつつ、ちらちらと調理場を気にしている先輩を生暖かい目で見る。
しかし、先輩をこんなに骨抜きにするとはどんな美女なんだシンジョウさんは。ヴォイス先輩が側に居たから、目が肥えすぎてどんな女も芋に見えるのかと思っていたが。17歳にして妖艶系美女だったヴォイス先輩に無反応だったところを見ると、清楚系だろうか。うん、聖女様な所ともバッチリだし、きっと清楚系だな。
男を立てるような、たおやかな美人。でも親父に気に入られるくらい芯が強く、自身が冒険者に身を置くのだから差別も無いんだろう。冒険者は誰でもなれる分、底辺職だと下に見る輩がいるからな。うんうん。なかなか当たってるんじゃ無いか?
俺の好みになってしまうが、金か明るい茶色の豊かな長い髪に、優しそうな垂れ目で、素朴ながら安心感のある美人なのでは。すらっと長い手足に女らしい曲線、大人しい服装。うん。想像の中の聖女様は、先輩の隣に立たせてもバッチリはまる。
「ご注文の、腸詰めの盛り合わせとパンになります。お待たせ致しました。」
「お、はじめて見る顔だ。お嬢ちゃん、新入り?」
うんうん肯いている間に、注文していた飯が来た。持ってきたお嬢ちゃんは、見たことがないな。艶のある黒髪に、アーモンド型の瞳はニコニコ笑みを作っているが、活発的で気が強そうだ。将来かなりの美人になるだろう可愛らしい顔立ちの綺麗な少女。
「はい、今日からお手伝いで。よろしくお願いしますね。」
丁寧な受け答えに、随分しっかりしているんだな。と感心する。未成年かと思ったが、成人済みだろうか。
「小さいのに大変だね。頑張って。」
「ありがとうございます。」
一瞬下がりそうになった視線を慌てて戻して、当たり障りなく言葉を紡ぐ。昔嫁に言われたが、ちらっと見たつもりでも、見られた側はわかるらしいからな。
シンジョウさんの答え合わせをしようと、先輩に向き直ったオレは、
「…終わったのか?」
「うん!もう上がって良いって。」
この子に失礼な目を向けなくて良かったと、心の底から自分を褒めつつ、ドッと出る冷や汗を誤魔化して笑った。
「先輩?ご紹介頂いてもいいっスか?」
嬉しそうに笑う先輩を見れば最早明らかだが。え、待って下さい先輩、いくら何でも年の差が、いや、確かにこれだけロリッげほごほ、幼趣味であればあの時誰にも靡かないのは納得できますけども!
「シンジョウ・リンです。はじめまして。」
「アレックスです。よろしくお願いします。」
なんとか返事をするオレに、にこーっと可愛らしく笑う聖女様。に、全て見透かされているようなおかしな感覚が走る。
「ゼロさんのお友達?」
「冒険者時代の後輩というか、弟分というか…。ギルダー先生の三男だ。」
「わぁお。にゃるほろ。私も座ってご飯食べて良い感じ?積もる話があるならその辺にうつるよ?」
「いや、ここにいろ。」
冷や汗をかきつつ、頭が真っ白になっているオレをおいて、話はどんどん進んでいく。聖女様予想像はまるで擦りもしていない。逆に笑えてくる。
「相席しても?」
「勿論っス。」
いい子ッ!ちら、とオレを見て伺いを立ててくれるシンジョウさんへの後ろめたさで、肩がはねる。反射的にした返事と共に大きく息をつき、無理矢理心臓を落ち着かせた。
「それで?何をしたんだ。」
「む、失礼だぞ。私は困っていた人を助けたヒーローなのだからな!」
「手違いで材料が届かなかったという奴か?」
「なんだ、知ってるの?」
「少し聞いただけだ。」
先程の店主の言葉を思い出しながら、先輩とシンジョウさんの邪魔をしないよう会話を聞く。腸詰めの味がわかる程度には、心拍数も落ち着いてきた。
「パンとジャガイモが山ほどあって、お肉少ししか無いって言うから。コロッケにした。」
「なんだそれは。」
「んー、ジャガイモ蒸かして潰して、潰した肉炒めて混ぜて、他の料理で出たクズ野菜細かくして混ぜて味付けして、成形したものに、硬いパンおろして卵と小麦粉パン粉を付けて大量の油で揚げたモノがこちら。」
はい。と出されたのはまだ熱く油の焼ける音がする茶色い塊。どうやらシンジョウさんはマジックリング持ちらしい。軽く説明されただけではよくわからないが、目の前の皿からはとてつもなく美味そうな匂いがしている。
「ゼロさんのお迎え時間がわからないから、晩御飯用に貰っといたんだぁ。アレックスさんも、よければ召し上がって下さい。熱いのでお気を付けて。」
「ありがとうございます。」
ちら、と先輩を見れば促されたので、一先ずフォークを持つ。なんなのかはわからないが、あれだけ列を成して食べようとする者達がいるのだ。食欲をそそる匂いもさることながら、期待してしまう。
「ああ、美味いな。また変わったものを…。」
「ソース無いからお塩か即席マヨネーズで食べると良いかも。」
「あの白いアレか。」
「それ。マヨネーズなんにでも合うからね。まぁ付けるのはほどほどが良いけども。」
食べながら次々改善策、だろうか。話し始めた二人を横目に、コロッケとやらにフォークを刺す。
ザクッと硬い外側に中は柔らかいのか簡単に刺さった。少し切り分けて、口に運ぶと熱を感じる。そう言えば気を付けろと言われたな。軽く冷まして口に入れると、
「うっま…、」
思わず唸った。ザクザクと歯応えの良い食感に、柔らかく熱い中身は肉汁を吸ったジャガイモ。何が入っているのか、料理に詳しくないのが悔やまれる。だがそんなオレでも、これが美味いと言うことはわかる。腹に溜まるなこれは。
「やったー。ソース無いからそのままでも食べれるように中身の味付け濃いめなんだ。」
無言で咀嚼するオレを見て笑うシンジョウさんに、オレの嫁に料理を教えて下さい。と言いそうになって思い留まった。
「それにしても、なんだってこんなに客が来たんだ?」
「お昼時に揚げはじめたから匂いがね?あと、小さい子がお店のために頑張ってる!とかいう話が回ってだな…。」
煤けたように息をつくシンジョウさんに、なんとも言えなそうな顔で先輩が慰めている。
「この辺りは職人街ッスからね。シンジョウさんを見た親方達から話が回ったんじゃないかと。」
「うん…だから片手で食べれるお腹にたまるモノにしたんだ…大当たりだったけどさ…。来る人来る人、『お孫ちゃん頑張って!』とか、『こんな小さいのに偉いねぇ。』っていってくるんだ…。騙してるみたいで罪悪感がヤバい。」
商才もあるんですね、と思いつつ、少し引っかかる。
「騙してる…?」
つい訝しげに見てしまったオレに、テンプレとして言っときますね。と謎の言葉を重ねるシンジョウさんの、続く言葉に絶句した。
「私は三十歳です。」
「…は?」
「はっはっは。」
「いやいやまさか。冗談っスよね?」
疲れたように笑うシンジョウさんに、開いた口が塞がらない。ハッと先輩をみれば、頭の痛そうな顔をしていて。
「本当だ。」
その一言で、ゆっくり視線がシンジョウさんへ向く。確かに声はハスキーだが、艶のある髪にハリのある肌。長い睫毛に厚い唇。どう見ても、15、6歳の綺麗な少女で。この子が、オレより年上…?一瞬、聖女様は不老不死なんだろうか。などと馬鹿げた考えが頭を過っていった。
「もういっそ首から提げておこうかな。30歳超えてますって書いて。」
「やめておけ。」
やさぐれはじめたシンジョウさんに、失礼なことを考えて本当に申し訳ありませんでした。と、心の中で謝罪した。
サスラは月〇アイちゃんボイスで
脳内変換して書いてます。
お月様に先行で上げてしまっているので、
注意書きご一読の上、よろしければお楽しみ下さい。




