黄色い熊は不在ですか。
「いらっしゃい。待ってたよ。」
「こんにちは。」
テイマーギルドの応接室で優雅に紅茶を飲んでいるギル先生。クラージュさんに促されてソファに座れば、お茶菓子と紅茶が出てきた。うーん、良い匂い。お菓子うまし。
「しっかり休めたかな?身体だけじゃなく、心にも適度に休養を入れるようにね。」
「はい、ありがとうございます。」
メンタル最後の一撃は拉致試験だったけど、ジャブ入れてきたのはギル先生だよ?おもわず笑って先生を見ると、輝かんばかりの笑顔で打ち返された。ぐぅう、圧がッ!何も言わせない圧がッ!ちら、と隣のゼロさんを見たら、憐憫と言わんばかりの眼を向けられてしまった。…被害者友の会でも結成する?
「さて、さっそく本題に入ろうか。まずはシンジョウ君についてだね。」
「私ですか?」
はて、何かやらかしたっけ?まじめに勉強して試験を受けて、その後はお休みしていた間にお買い物とかならしたけれども。首を傾げている私とゼロさんの眼が合う。ゼロさんもきょとん顔で面白い。
「シンジョウ君がこの街にきた次の日から、ダンジョンでモンスターの討伐数が減った。ここ最近は特にモンスターの数が増加していてね。強化個体まで現れるようになっていたんだ。普段ならソロで潜れる場所も、危険だからね…パーティーを組んで入る様に規制した。その増えていたモンスターの数が減って、このままであれば規制を解くことができるだろうとの報告が、ここ一週間で来ている。」
ぺらりと紙束…恐らく報告書で在ろうそれに目を通しながら、読み上げられる内容を反芻して呑み込む。一瞬こちらに向いたギル先生の視線に頷いて先を促した。
「サスラを捕まえたダンジョンの様に、消滅するほどの影響はまだない。ただこのままだとこの街の収入源を潰すことになるからね…。そのあたりについては、どう思う?」
探る様な、底の見えない瞳と声色に、居住いを正した。やはり、『命が助かるのだから』と救いを盾に人々の暮らしを、生活基盤を崩すわけにはいかないよね。
「…そうですね。私もこの街を見てから、この世界のモンスターや魔物とのかかわり方を考えて居まして。アルヘイラからはこの世界の浄化を頼まれていますが、そもそも仕組みとしてモンスター・魔物・魔法は切り離せない。どれか一つが欠ければこの世界は回らなくなるのでしょう。生き物に害のない程度に浄化を施し生存数を上げ、魔物とモンスターの数を調整し、乱れがあれば元に戻す。…私がするべきは、『メンテナンス』なんでしょうね。」
「…女神からシンジョウ君に託されていることについて、僕等が口出しすることは出来ない。ただ、もし君が『浄化を遂行するためにダンジョンも魔物も全て消滅させる。』っていうなら、僕は命がけでシンジョウ君を説得しなくちゃならなかったんだけど…。そうならなくてよかったよ。」
はぁあ、と心底安心した。というように大きく息をついて笑うギル先生に、そんな大げさな。なんて、言えなかった。神と聖女は、一般からは同じ枠組みなのだろうか。
「僕達は、なにが神罰にあたるかわからない。女神が浄化の程度をシンジョウ君に一任しているのなら、君が『全消滅』させようとも、『民衆が金品を収める代わりに浄化を施そう』とも、女神の意向とみなされ止められない。それでも僕達は町や国の為に、命を懸ける場所に立っているからね。君に恨みを買われようとも、殺されようとも、神罰を受けようとも、交渉しなければならなかった。…気を悪くしないでね、シンジョウ君とあった時から、実は緊張していたんだ。『話の通じない聖女様』だったらどうしよう。ってさ。」
ギル先生は、疲れを物語る瞳を隠そうともせず誰かを透かし見て。私と目が合うと、肩をすくめて笑った。…実体験だろうか。誰かと比べられている、ような。
「…心当たりでも?」
「ふふ、有名人に偽物はつきものだからね。まぁ、シンジョウ君にはロックスが付いていたし、ウォンカ様からもいい子だって聞いていたから。あとは実際に話してみるだけだったんだけれど。本当に『聖女様』がシンジョウ君でよかったよ。」
偽物。ウォンカさんも言っていたな。少年王の所で暮らしている子の他にも、偽物が出てるって。うーん。これといって私が被害を食い止める云々って言うのは難しいからなぁ。そのあたりは、教会に丸投げしているし。うん、頑張ってもらおう。
「…ダンジョンが安定したか、統計が必要ですよね?循環を切って待機しますので、連絡戴ければ対応します。」
もう少しモンスター減らしたいなぁみたいなのは、言ってくれれば街中散策でもしながら浄化しよう。増やすことは出来ないけど、それは私がいなくなれば勝手に増えるからね。
「そう言って貰えると助かるよ。じゃあ、ロックスはその間ダンジョンの調査をお願いしようかな。」
「…はっ?」
突然話を振られて、鳩が豆鉄砲を食らったような顔になったゼロさんに、噴き出しそうになって耐えた。うん、よく我慢した私。
「俺はリンの護衛で、」
「うんうん、でもそんなに毎日べったりしていないで、シンジョウ君離れしようね。それに、シンジョウ君冒険者登録してからお仕事受けてないでしょう。そろそろ登録延長期限だよ?ロックスも再登録してから放置してるよね。ちょうど良いと思うんだけどどうかな?」
二人とも僕の知り合いから斡旋するから、これ以上無く安心な職場だよ?と捲し立てるギル先生に、ゼロさんは、うっ、とかですが、とか言いつつも最後は折れていて。ギル先生の圧勝だった。心で拍手しちゃったよね。大人の大人はやっぱり強かった。
「それじゃあ、シンジョウ君は明日から招き猫亭で雑用のお仕事。ロックスはダンジョンに潜って各階層のモンスターの動向調査ね。」
はい地図。と準備万端で手渡されたわかりやすい手書きの地図に、初めからこうする予定だったんだろうなぁ。と諦めで笑いが出る。いやいや、とっても有り難いですけどね。安心安全な職場を紹介いただけて。
私は最低ランクな上に、神聖力を切れば回復魔法すら使えない。出来ることと言えば元の世界で培った、接客やら営業、生活力系のことだけだもの。
「じゃ、これでシンジョウ君のお話はお終いね。次はサスラについてだけれど…、」
にこにこ笑っていたギル先生が、ふ、と膝の上に乗って眠っているサスラを見つめて、困ったように考え込む。
「最近よく眠っているそうだけれど…、こちらの資料では『ホーリースライム』について大した情報は得られなくてね。むしろサスラのお陰で増えてるような状態なんだ。力になれなくて申し訳ない。ただ、生活状態を見る限り、一番近いのは『進化の前日』だと思う。」
「進化の前日?」
「うん。例えばゴブリンなんかは出世モンスターで有名なんだけれど、ゴブリン、ホブゴブリン、キングにマジシャンなんてのもいる。スキルの上達とレベルに応じて、一定値を超えると形態変化を起こすんだ。芋虫が蛹から蝶になるようにね。ゴブリン以外にもそういった変化を起こすモンスターや魔物は存在して、そういった行程を『進化』と呼称している。そしてその進化が近づくと、個体によって気性が荒くなったり、過敏になったりと不調を訴える子もいてね。サスラの場合、『睡眠』という症状なんじゃないかな。」
いつもと違う様子や不調を訴える状態を、『進化の前日』というのか。…ポ〇モンみたいだな。Bでキャンセルとかあるのかなぁ。
「あまりにもレベルが一気に上がったから、身体が付いて行っていない可能性も捨てきれないけれどね。」
肩を竦めるギル先生に、ゆるゆる首を振ってサスラを撫でた。
「いえ、起きたら今と違う姿のサスラがいるかもしれない。という心の準備が必要になりますから。教えてくださって、ありがとうございます。…一先ず、病気でないのなら、このまま様子を見てみます。」
「そうだね。出来るだけサスラに合わせてあげるのが良いだろう。」
優しく笑ってサスラを見るギル先生に、そうですね。と返しつつ。姿が変わる、かぁ。竜探求みたいにクラゲの様な足とか生えるのかな。もしくはシンプルに羽が生えて空を飛ぶとか?ワンチャン、同人誌とかネット小説みたいに人型になる可能性もあるか。…できれば、可愛いのが良いなぁ。リクエスト聞いてくれるかな。
そんなくだらないことを悶々と考えているうちに、ギル先生とのお話し合いは終わり。紹介状を持って冒険者ギルドから指名のクエストを受注した。ついでに、採取クエストも。街から出てすぐの森の中にある、蜂蜜蜂の巣を探して、蜂蜜を取るというお仕事なんだけれど…。はい、完全におこぼれ目当てで受注しました。蜂蜜欲しい…。
「採取を先に終わらせるぞ。巣を見つけるまでは時間がかかるが、攻撃してこない大人しい魔物だからな。だからこそ低ランククエストなんだが。」
危険性が低くて時間がかかるからか。なるほど。私にはそんなことはどうでもいいんで気にしないお!何度も言いますが、欲しいのはハチの巣と蜂蜜だからね!んふふふふ。
「…やけにご機嫌だな?」
鼻歌を歌いだしそうな程正直だらしない顔を晒している自覚はあります…。訝し気なゼロさんにも、思いのままに口から滑り出てしまう。
「だって蜂蜜だよ?栄養価が高いし、美容にもいいし食べても美味しい良い事尽くしのお宝だよ!?ああ~何にしようかなぁ?ハンドクリームとかボディークリームにしちゃう?それともリップバーム作る?蜜蠟でカヌレを焼くのもいいなぁ。」
やりたいこと食べたいもの作りたい物尽くしで困っちゃうよ!幸せな悩みって奴ですなへへへ。
「現実から楽しそうに目を逸らしている所忍びないんだがな。『聖物』はどうするんだ?」
「ヒュェッ…。」
ゼロさんからの言葉に、全身が凍り付く。いや、忘れたくて全然関係ない事を考えていたというか、ぬぐぐ。
おあつらえ向きに、森の中で蜂蜜蜂さん探しをしていたから、周りには誰もいない。人目もなければ昼過ぎのちょうどいい明るさ。足元も安全花丸状態。
「アルたんがいうには、神聖力を粘土みたいに捏ねて重ねてれば無駄なく作れるらしくて。あんまり広範囲に神聖力出すと、感知できる人とか教会の人を驚かせちゃうし、そうしようかなって。」
「そうか。」
ふむ、と顎に手を当てて考えているゼロさんに気を取られて、ずるっと足元が疎かな音を立てて滑った。はっはー、やっちまったんだぜ。犯人は木の根だ。
「ッ、大丈夫か?」
「おぉお、ナイスキャッチ。ありがとう!」
強かに臀部または後頭部の好きな方を選んで強打するところだった。後ろから抱き留められたままサムズアップしたら、悩み事は終わったのかふ、と笑われてしまって。なぜかそのまま抱き締められてますなう。
「どうしたの?もう大丈夫だよー?」
「…こんなに注意力散漫で、街中で雑用などこなせるのか?」
「おおん…。心配かけさせて申し訳ないけれどね。元の世界でも社会人として働いていたし、大丈夫だよ?ゼロさんが居るから気が抜けていますがね、一人の時はしっかりしてるんじゃよ。」
「不安だ…。」
日頃の行いが悪い所為で、ゼロさんに多大なるご心配をお掛けしてしまっている。なんてこったい。うーん、本当に大丈夫なんだけどなぁ。
「あ、じゃあ私がやらかしたらゼロさんの言うことを何でも聞こうじゃないか!で、私が問題なくお仕事をこなせていたら、ゼロさんが何でも言うこと聞いてくれるとかどう?」
フンス!と踏ん反り返って提案なう。心配がつきないなら、心配ごと楽しみにしてくれ作戦だ!どうかなどうかな、ナイスな案では。
「…なんでも、か。言ったな?」
「う、うん。」
え、ちょ、なんで腕に力入れるんだい苦しいんですが?カエルばりに内蔵出るよ?逆鯖折りするつもりか?!
「わかった。依頼を達成した場合は俺がリンの頼みを聞けば良いんだな。」
「なんでもだよ!」
重要な部分を忘れてはならぬ!べしべし腕を叩きながら主張すると、なんだか悪い笑い方をしているゼロさんと目が合って。言いえぬ不安にちょっと冷や汗出た。な、なんかやっちゃったんだろうか?いやいや、気の所為だよね、うん。
「ああ、何でも言うことを聞いてやる。…お前も、心配をかけたら言うことを聞くんだぞ?」
「まかせるでゲソ!」
嫌な予感を振り払うように気合を入れて返事をしたら、頭の上に移動していたサスラがポイン!っと跳ねた。お、起きたのかい?
「おはようサスラ。これから蜂さん探して蜂蜜取りに行こうじゃなイカ!」
わっふるしながらサスラに笑いかけると、キラキラとレースの様な触手が伸びてきて。私を通り過ぎて森の中を指し示している。
「ん?どうしたの?あっちになにかあるのかい?」
サスラに促されるまま進んでいくと、前を歩いていたゼロさんがピタッと止まった。え、なになに怖い怖い。緊張しながら同じように止まると、ブブブブ…、と虫の羽音…というか完全にハチの羽音が聞こえてきた。なるほど、この音に反応したのかサスラ。耳がいいね!ただ一点、気になることがある。近づいてくるほど大きな、さながらバイクのエンジン音が近づいてきているのだ。
「あれが蜂蜜蜂だ。」
「…え、小型犬くらいあるんですが?」
サイズが。攻撃してこないおとなしいハチって言ってなかった?フォルムはミツバチだし可愛い感じだけれど、遠近感バグってるよ。5mほどの至近距離を、バイクのような羽音を響かせながらこちらを気にせず横切っていく巨大なハチに、頭が混乱してきた。
「ちょうどいい。このまま追うか。脚にビーポーレンが付いているし、巣まで飛んでいくだろう。」
ビーポーレンってなんぞや。ハチに合わせて駆け出したゼロさんを追いつつ、ハチの脚を確認すると、黄色やオレンジの楕円がくっついていた。あ、花粉団子のことか。あのレベルの花粉団子って、つまり花もすごいでっかいんだろうか。頭の中を極彩色のラフレシアが駆け抜けていく。…今はハチを追いかけることに集中しよう。うん。
小走りしながら五分経ったかな?早々に脇腹にダメージを受けた私は、途中から回復魔法にモノを言わせてゼロさんに並走していた。いや、じゃないと無理だよ。普段ウォーキング程度の有酸素運動しかしていないのに、小走り(異世界基準)のスピードで走ったら腹筋爆発するよ。ヴォイスさんがかけてくれていた魔法は、使い捨てだったからとっくの昔に機能していないし。ということで、自分で走りながら魔法かけてるなう。
「器用だな。」
「体力はないけどね、悪知恵は働くのだよ。」
「悪知恵というほどのことでもないが…、リンは神聖力が無尽蔵だから可能なんだろうな。」
「でもいちいち回復魔法かけるのも面倒くさいから、今度から走る前に飴ちゃん食べることにする。自動回復なら、持久力の補正代わりになりそう。」
「試してみるか。」
「うん?」
話しながら走っていて気が付かなかったけれど、周りの景色が森から岩肌多めに切り替わっていた。立ち止まったゼロさんの視線の先を見れば、追いかけていたハチが急斜面を登っていくところで。頂上には大きな木でも生えているのか、青々とした葉が見え隠れしている。あのあたりに巣があるのかもしれない。どちらにしろ、登らなくては始まらないか。
「どうしよう、これ…。回り道探せばいいのかな?」
軽く辺りを見回しても、視界に入る限り全部斜面だ。うぬぅ…。折角ハチを見つけたのに、また振出しに戻るのもな…。なんとかならないかなぁ。ぎりぎり、両手も使えば登れなくはなさそう?急斜面というか、最後完全に壁だけれど…。大きな岩がむき出しになっているから、上から引き上げてもらえばワンチャン行けそうではある。ロッククライミング、する?
「神聖力の飴を貰えるか?」
「ん?いいよ。」
手を浄化で綺麗にしてから、おにぎりを握るようにぎゅっと手を合わせて飴ちゃんを作る。手の中に転がる四個の球体の一つを、ゼロさんが自分の口に放り込んで。がりっとかみ砕いた音がした。私も食べておこう。これから人生初のクライミングだからね!残った2個はサスラが美味しくいただきました。
「リン、サスラをしっかり抱えていろ。」
「え?」
飴ちゃんを食べさせている間に、ゼロさんが柔軟体操していて。ポイ、とサスラを渡されて慌てて受け取る。と、いきなり視界が回転した。
「おわっ?!」
「口を閉じないと舌を噛むぞ。」
ひょいっとプリンセスホールドされて。ゼロさんは、数度その場で確かめるようにジャンプした後、助走をつけて急斜面に突っ込んだ。
「…ッ?!」
な…何を言ってるのかわからねーと思うが以下略。私を抱えたゼロさんは斜面を跳ぶように登り、最後の絶壁は何が起こったのか、岩を足場に軽々と飛び越えて頂上まで登り切ってしまった。
「…大丈夫か?」
ぶつかると思って硬直した身体と、心臓がバクバクと暴れまわっていて、しがみ付いていた左手が震える。何を思ったのかきょとん顔のゼロさんがなんてことも無げに聞いてきて、返事をしようにもはくはくと空気が抜ける。人間、驚きすぎると声が出ないんだね…。
「驚かせたか?この程度であればまぁ、登れるんだが…。リンの神聖力があった分、疲れもしなかった。」
「…ゼロさん、人間やめたんですか。」
ハッシュタグ付けようか?なんとか平静を保とうと出た声は、がったがたに震えていた。落ちたらどうするのだとか、せめて一言声をかけてもらいたかったとか、登った時に身体にかかった重力とか、今になってフラッシュバックして、ぎゅうと手に力が入る。渦巻いて沸き上がり消えていく思考に、ゼロさんはハッシュタグ?と首をかしげている。
「まって、この世界の人の身体能力おかしいよ。超人?」
「いや、流石に訓練を積まねば無理だぞ。」
「普通積んだって出来ないからね?重力無視してるしパルクールもびっくりだ。」
というか、私抱えてサスラもプラスされてるんだよ?正気じゃないからね。わかってる?震えてゼロさんのシャツを掴んだまま離れない自分の手を見ながら、若干八つ当たり気味にゼロさんに食って掛かる。興奮していて落ち着かないような、それでも頭は真っ白で。反射的に悪態をついてしまいそうになって、唇を噛んだ。ぅぐぐ、運んでもらったお礼も言わずに何たることか。でも凄いびっくりしたんだ。ちょっと文句位言わせてほしい。
「リン。」
「なんで、す、」
怖かった。じんわり滲んできた涙に、開き直ってゼロさんを睨んだら、瞼に口付けられて肩が跳ねた。
「…へぁっ、」
お、お?なにするのだ。脈絡なさ過ぎてびっくりしたんですが。おもわず変な声出た。
「ここまで怖がると思わなかった。すまん。」
困り顔で大丈夫か?次から声をかける。と焦ったようにこちらを窺ってくるゼロさん。が、面白くて口がもにょる。笑うのを我慢しようとするほど、バカバカしくなって余計に笑えて。
「ングッ、ふっ…すみません、大丈夫です。ふはっ…んん、八つ当たりしてごめんなさい。」
驚いて錯乱したでござる。ふがいない。震えの止まった左手を放して口を押えたけど今度は笑いが止まらない。でも、さっきよりは大丈夫だ。なんとか笑いを堪えて降ろして貰おうとゼロさんをみたら、今度は口を塞がれた。
「んぅ…、…は、んっ、」
突然の事に硬直している間に、何度も重ねられて唇を舐められた。我に返る頃には舌が侵入してこようとしていて、
「ーーッ、ゼロさんステイ!」
ゼロさんの口を手で押さえる。君の情緒どうなってるのかね?!人目がなかろうとここはお外ですよ?!叫ぶ私に、
「…つい、な。」
そう告げると、ふ、と笑って。なん、なに笑ってるんだ!色気にあてられてじわじわと顔に熱が集まる。赤面している私が面白いのかご機嫌が麗しいゼロさんに、いたたまれないんでもう降ろしてくれるかなぁ?!と半ギレ気味にサスラをぐいぐい押し付けたら、余計に笑われた。
「ああ、アレが蜂蜜蜂の巣だな。」
「でっか…。サイズがビルじゃないか…。」
なんとかゼロさんに降ろして貰って、見失ったハチを探そうとしたら甘い香りがどこからか漂ってきた。匂いの元を辿ると、大きな岩と木の間にはちみつ色のハニカムタイルビルが建設されていた。ハチ一匹が小型犬の大きさで、それがサイズ以外ミツバチと同じ生態なんだからこうもなる、のかな。羽音が五月蠅すぎて耳がダメになりそう。
「え、これ大丈夫?蜂蜜とっていいの?」
「ああ、この規模なら三枚ほど外しても問題ないだろう。」
いうや否や、垂れ下がっているハチの巣を持ってばこっと外してしまった。えええええ、豪快にもほどがあるんじゃないかい?一抱えある巣には半分くらい蜂蜜が詰まっていて、ハチの子や卵は見当たらない。サイズも他のタナに比べて人が持てるサイズというか…。明らかに小さい。いや、それでも十分な大きさがあるけども。
「蜂蜜蜂は頭がいい。言葉は解さないが、人間が自分たちの蜜を欲していることを理解している。だからこうして、人間に分け与える分をはじめから用意しているんだ。」
「…え、慈悲深っ。」
「代わりに人間は蜂蜜蜂の天敵を始末する。」
おお、持ちつ持たれつの関係だったんだね。あれ、でも採取依頼しか受けていないよ?サクサクと3枚分のタナを解体するゼロさん。コンパクトになった巣を私のマジックポーチにしまいつつ聞くと、
「討伐依頼はDランクからだ。対象は蜂蜜蜂を主食にしている蜂蜜熊。あとはCランクで蜂蜜蜂を乱獲したりする人間を捕まえたり、だな。」
「蜂くん何か使い道があるのかい?」
「魔物は全身が素材、巣は滋養強壮の薬。本来は1年に一度蜂蜜蜂が巣を新しく変える際に、放棄された巣から採取するのが決まりだ。一つの巣から一つしか手に入らないものもある。」
なるほどなぁ。買う以外でほしければ採取依頼を受けて、おこぼれに与るしかないのか。…よかった、おこぼれもらうの違法じゃなくて。
「そう聞くと、タダでもらうのが申し訳ないなぁ。本来討伐とセットだし。」
「適材適所だろう。討伐依頼のほうは、受けた者が素材を手に入れるのだから問題ない。」
「うーん、なんだろう。倫理?気持ちというか。すっきり私が眠るためというか。」
お返ししたい。と顎に手を当てて首を捻る私に、ゼロさんが変わったものを見るような目を向けてくる。ううん。おもてなしとお心遣いの国民性なのだよ。こればっかりは。
「まぁ私が出来ることなんてこれだけなんだけれど。」
大事なのはイメージ!BYウォンカさん。手を前に出して、花…大きい花だな!ハチくん達大きいし。それを神聖力で形作る。といっても、難しくはない。それこそ粘土捏ねているような、折り紙を折っているような感覚なんじゃ。
「できた!」
貰った巣1個分と同じくらいの、一抱えサイズな蓮華を作ってみた。神聖力製だから、透明な花弁の1枚1枚に、薄水色の液体が揺れていて綺麗。飴ちゃんよりもとろみがあるように見える。甘いからハチくん達も食べられるんじゃないかと。いい香りで甘くて美味しくてって考えていたから、蓮華からすごい甘い匂いが出てる。なかなかの出来に満足していたら、
「…これは、随分美しい物を作ったな。だがこのままここに置いてはいけないぞ。」
「え?まずいかな。」
ゼロさんから待ったがかかってしまった。
「神聖力の飴と同じものだろう?」
「ああ~…。」
ギル先生が人にあげちゃダメっていってた。あげるのはハチだからセーフ!には、ならないかな?だめ?折角作ったのに消すのもな。どうしたものか。なんて考えていたら、重厚なエンジン音が響いてきて。
「ッリン、」
「ぉあ!」
ゼロさんに背中へ庇われて、音の発生源を見ると、大型犬サイズのハチがホバリングしていた。う、うるさっ!でかっ!え、もしかしてこれ、
「…女王だな。」
声を潜めて呟くゼロさんに、ですよね、と心の中で同意する。そのまま女王バチを見ていると、おもむろに蓮華を抱え込んで矯めつ眇めつ器用に蓮華を回転させて観察すると、そのまま巣へもっていってしまった。
「お、お気に召した?」
「…の、ようだな。」
どうしたものかとゼロさんと目を合わせるけど、正直笑うしかない。丸々持って行かれるとは思わなかった。取り敢えずお礼は達成したから、いいかな?
「戻ってきたぞ。」
「本当だ。…何か持ってるね?」
冒険者ギルドに戻ろうか、と話していると女王バチが戻ってきて、私の前でホバリングをしながらずいっと何かくれた。
「えーと?ありがとうございます。」
暫く女王バチと見つめ合っていたけれど、一向に退かないので受け取ってみた。バレーボールくらいの、もふもふした毛玉。なんぞこれ。と言うか、蜜のお礼に渡した蓮華だったのに、更にお返し貰うとかいたちごっこ。
私が受け取ったのを確認した後、何処か満足げに女王バチは巣に戻ってしまった。
「…ゼロさん、コレ何か知ってる?」
「さっき言った、『一つの巣から一つしかとれないもの』だな。」
「高級品じゃんッ!」
何故くれたんだ。虫の心わかんない怖い。
「女王だけが食べる特別な食事だったはずだ。」
「ロイヤルゼリーか…。これ、ロイヤルゼリーを花粉で包んでるってことだよね。…もしかしてお裾分けされた?」
「そうかもしれんな。」
ご飯のお裾分けとか可愛いね。そう考えるとちょっとほんわかするぞい。せっかくだから有り難く貰っておこう。
「ハチくん、蜂蜜とロイヤルゼリーありがとう!おいしくいただくよ。」
わしゃわしゃ動き回ってるハチ達ともう見えない女王に手を振った。




