閑話・SAN値0と精神分析
「じゃあ、よろしくね。」
にこにこと人好きのする笑みで、ギルダー先生に見送られ、ドアを閉めた。一次試験である模擬戦闘が終わり、これから受験者には内密に二次試験が開始される。それは戦闘・調教、どちらの受験者も皆受ける、一番重要な試験だ。どれほど一次試験の結果が良かろうと、二次試験に合格できなければテイマーにはなれない。
「はぁ…、先生はいつも無茶を言うな。」
思わず出たため息は、存外重い。受験者はそれぞれの担当教官や先輩テイマーと共に、別室へそれとなく分けられていることだろう。そこで労われ、激昂され、気の緩んだところで転移魔法により二次試験会場に連れていかれる。無論、それはリンも例外なく。
一次試験で受験者全員と従魔を捕縛し戦意を喪失させたときは、頭を抱えた。ギルダー先生の好奇心を刺激しているのがわかったからだ。リンはもともと、言い合い程度の喧嘩しか経験がないと言っていた。それは身体つきや手を見ればわかることで、その場で共に話を聞いていたギルダー先生も、ただ頷いていた。
しかし実際戦っている所を、リンの出している指示を見て興味を引かれたのだろう。サスラのやきもちを刺激したのは不可抗力だったようだが…。その後囁いたそれは、サスラの性質を把握し、矜持を刺激し、戦意の矛先を、望む方へ操作していた。
相手を認め、褒めることで自尊心を刺激し、信じていると期待をかける。言葉一つで結果を生み出す、調教。
「リン。」
二次試験をリンに伝えるわけにはいかない。俺はただ、リンとサスラを労い、控え室に連れていき、警戒が緩んだ頃に貼り出される結果を見に行かせる。だけの筈だったんだが…。
「大丈夫か?」
ぐったりと影を背負っているかのように、青い顔のまま縋り付いてくる。ギルダー先生の悪い癖が、遂にリンの知るところとなった。
先生は好奇心の塊のまま人の姿をとっているような方だ。俺も、いや、俺達も、幼少期には先生から山ほどトラウマを植え付けられた。
ヴォイスの回復魔法の練習台序でだと、虫の息まで訓練をさせられたり、探知の練度を上げるために、身一つで洞穴へ放り投げられたり…。座学の時間の平和で優しい先生とのギャップで、人間不信になりかけていたな。ダズが。
「だいじょうぶ…、安全に予行演習ができたと思えば…、ダイジョウブ…、」
何度も言葉にしては、自分自身に言い聞かせている様が痛々しい。人目も気にしていないところを見ても、かなり限界が近いのだろう。背中に回された腕が震えている。騙しているわけではない、リンの為だという事もわかっている。
「その、止めてやれなくて…、」
罪悪感と、申し訳なさで痛む心臓を誤魔化す様に口を開けば、
「それは大丈夫です。ギル先生態とでしょう。ゼロさん私に甘いから、スパルタ担当ですか。」
青褪めた顔のまま、きっぱり必要ないと否定されて。謝罪すら許されないのか…。思わず気落ちする俺に強く抱き着いてきて、気を使われてしまった。いや、お前の様な者を根性なしとは言わんと思うぞ。先ほど叩いていたリンの頬を撫でる。まだ少し赤いな。
「うんうん。シンジョウ君はほんとにいい子だね。」
楽しそうに笑っている先生は、本当にリンを気に入ったようだ。サスラの処遇の時に、リンが自ら殺すと口にしたことで、気に入ったのは明らかだったが…。むしろリンは威嚇する犬の様に毛を逆立てている。
それすら微笑ましそうに見られ、逡巡したリンは離れて行ってしまった。…もう少し、触れていてくれてもよかったんだが。最近は忙しく、別行動が増えた。サスラが常に側にいる分、前ほど俺の方へ来ることがない。思いが通じる前の方が触れあっていた気さえする。あからさまに落胆した俺に、リンが笑って。
誰が嫁だ。…嫁に来るのはお前の方だろう。一瞬、それもいいと、いや、落ち着け。何とか取り繕うと、持ち直したらしいリンは先生に渡されたサスラと共に、部屋を出て行った。
「…で、いつ結婚するんだい?」
「ごっほッ、なん、」
「はぁ…、ロックスもついに家庭を持つのかぁ、感慨深いね。」
しみじみと、感じ入る様に吐かれた言葉も、気管に入った紅茶に咽て聞かなかったことにしたかった。にこにこと楽しそうに笑う先生と目が合うと、返事を促されて。リンの事は、もうウォンカ様から聞いているのだろう。その上で、俺に確認してきているのだから、誤魔化しも聞かないだろうな。溜息しか出ない。
「…しません。」
「理由は聞いても?」
聞かないでくれれば、どれほどいいか。ギルダー先生は、いつも人や動物の弱い部分を見抜いて、そこを的確に攻めてくる。弱点克服には良いだろうが…、こういったことに関しては、放っておいて欲しいのが正直なところだ。…答えない、という選択が取れない俺も、どうかと思うが。
「リンは、身一つでこの世界に来ました。…俺は、リンが俺以外に頼る者も、信じられる者もいないと解かっていて彼女を捕まえた。」
そして、自分の味方だと分かっている者達とリンを引き合わせた。逃がさないように、逃げられないように囲いを作って。それでも、例外は出たが…。ふと、紫の教皇を思い出して、頭を振る。リンを護ると誓ったのも、幸せにしたいのも、俺のエゴだ。
「もしリンが、これから外を知って、俺から離れるのであれば。…送り出せるように、したいと思っています。」
だから、縛るのは最後だ。もし、リンが俺に言ったように、俺と共に生きてくれるなら、外を知ってなお、俺を選ぶのなら。その時は…。
「うーん。シンジョウ君、そんなにか弱いお姫様には見えないけれど…。どうやら彼女の言う通り、ロックスがシンジョウ君のお嫁さんみたいだね。」
はっはっは!と哂う先生から、眼を逸らす。自分に意気地がないのは、解かっている。正直、すでにリンから離れられる気もしない。これは、もしリンが外に出て行っても、追いすがる様な真似は、したくないと…。そう、思ってはいるんだが。見透かされている通り、難しいだろうな。いや、だがいくらなんでも性急すぎるだろう。恋人になって、まだ数えられる程しかたっていない。
そもそもリンがこちらに来て一年もたっていないのに、囲い込んで我慢できずに手を出している、自分の意志の弱さに驚く。じわじわと羞恥で顔に熱が上がってきて、なおさら見とがめた先生に笑われてしまった。
「まぁ、自分を護るために虚勢を張るのも本能だしね。いいんじゃないかな。」
身も蓋もなく吐き捨てられた言葉が、グサグサと音を立てて心臓に突き立てられ息が詰まる。
「じゃ、そろそろ時間だから見に行ってみようか。ロックスのお婿さんの雄姿。」
そんなことはお構いなしに立ち上がって部屋から出ていく先生の後を、慌てて追いかけた。
「いやぁ~、今回はなかなか優秀じゃないですか?」
「そうだね。魔物が増えてテイマーの需要も上がってきているから、ありがたい限りだ。」
サブマスターと笑いあうギルダー先生の隣に座れば、目の前には長方形の箱。いや、実際は午前中に受験者達が戦っていた場所に、魔道士が簡易部屋を作り、中に幻覚で調度品などを再現している。中の様子は上空に映し出され、受験者達の対応が見られる仕様だ。
二次試験は、『テイマー側の従魔への扱い』『テイマーの対応力』『禁止項目を遵守しているか』など、一次試験とは違いテイマー自身を計る為にある。そのため、一次に落ちてしまっても、二次の評価が高ければテイマーになれる者もいるという。
逆に、二次で落とされれば、テイマーになるのはかなり厳しい。特に禁止項目に触れる場合、一度でも法を犯せば容赦がないのがテイマーギルドだ。魔物やモンスターという人間の脅威を調教し、従魔とする分責も大きい。
「あ、シンジョウ君の番だね。」
上空に映し出された映像。自分の置かれた状況に混乱しているのか、数度瞬きしたかと思うとゆっくり息を吸い込み、
『…だから安易にフラグを立てるのはやめろとあれ程ッ!!』
渾身の勢いで叫んでいた。リンの目の前にいる貴族役の男が呆気に取られている。…思ったより冷静なようで安心した。叫んですっきりしたのか、リンは深々とため息をつくと、怪訝な顔でじっと貴族役の男を観察しだした。
『ホーリースライムはどこで手に入れた?』
『…。』
『そのスライムを渡せば、一生遊んで暮らせる金と共に、すぐに帰してやる。』
『…。』
審査事項である、入手場所や個人の売買を持ちかける男に、リンはなにも答えず、表情すら変わらない。悠々とソファに腰かけ足を組み、頬杖をついて男を見ている。むしろ見られている貴族役の男の方が、少し動揺しているな。
試験というものは、準備にかなり金がかかる。人件費をはじめ、会場を押さえ、日程を組み、その間試験担当者の代理を立てるなど…。それにより、20年ほど前までは一年に一回のペースで試験が行われていた。それを、新しくギルドマスターに就任したギルダー先生が変えた。曰く、纏められる者は纏めましょう。と。
今回の試験、受験者はテイマーギルドだけではない。貴族役の男は、役者志望として劇団へ仮登録されている男。この建物を作り、幻術をかけているのは魔法協会の卒業課題として参加している生徒。部屋の外で指示を待っている破落戸は、この街の憲兵希望の男達だったはずだ。衣装は服飾ギルドで新人が請け負っているんだったか。
つまり、あの建物から中身まで全てが二次試験の受験者で構成され、一次試験よりはるかに多い観覧者が、皆上空の映像や作品の出来を厳しくチェックしていた。
あの動揺してしまっている男も、恐らく劇団から審査されていることだろう。
『一つ聞きたいんだが。』
『なんだ。』
『君は私に顔が割れているわけだけれど…、①私を消すから関係ない。②君が権力者だから、私じゃ手出しができない。どっちかな。』
微笑み、膝にサスラを乗せたまま話すリンに、違和感を感じる。…怒って、いるな。あれは。サスラを売れと言われて、腹を立てているんだろうか。予想外の質問に、何とかそれらしく返した男が足を組むと、それを見てリンが鼻で笑った。態と煽っているのか、判断が付きづらいな。
「シンジョウ君、凄い落ち着きようだね。一次とはずいぶん違う。」
「…以前、『日本人はポーカーフェイスが標準装備。』と言っていました。取り乱し、感情を表に大きく出すのは恥だ。という感覚が昔は深く浸透していたそうで。」
「なるほどぉ。つまり腹芸は得意な方なんだね。」
ふんふんと頷きながら何かを書き込んで、サブマスターと話し込んでいる。その一瞬の間に、リンが動いた。頬杖を止め、両手の指同士を合わせにっこりと、まるで憐れむ様に男に微笑むと、
『君、貴族じゃないな。午前の試合状況を知っていて、ギルドから私が転移したっぽいから、仲間っていうか…金で雇った奴がいるのか。でも人数がいないね。私を拘束すらしない。転移させられる奴が高かった?こんなに宝石に調度品があって、金持ちっぽいのに、破落戸雇う金がない?じゃあこれはなんだ。…魔法か。これ、…幻術だな?』
「わぁ、バレちゃったね。」
「ああ、可哀想に。学園の子、今年の卒業は難しそうですね。」
見ればフィールドで幻術を維持させている少女が、半泣きで震えている。ついでに斜め前の席で書類に何かを書き込んでいるのは、劇団関係者なのだろう。思わず、そっと目をそらした。
『思い上がるなよ、さっさとそのスライムを寄越せ!』
貴族役の男も、自分の状況が拙いと踏んだのだろう。当初の予定より早いが、怒鳴った瞬間にリンの背後の扉が開け放たれて、ぞろぞろと破落戸役の男達が入って行った。
「恐怖で動けないって感じじゃないね?」
「…どちらかといえば、腹を立てているかと。」
しかし、それにもリンは反応せず。ちら、と目線だけ動かすのみで、立ち上がりすらしない。ただ、ジッと貴族役の男を見つめている。微かに動く唇に、魔法協会の試験官が集音の魔法を使い、会場にリンの声が響く。
『激昂するのは、図星を突かれたからの可能性が高い。おっさんの反応から幻術は当たり、金がないのも、破落戸の質からわかる。貴族じゃないのも当たり。なんか違和感があるな、なんだ。なんだ。』
無機質に抑揚なく紡がれる音に、会場が静まり返った。フィールドにある、リン達のいる仮設部屋から、禍々しい圧が出ているのがわかる。映像を見れば、一切視線をそらさずリンに見つめられている男の額に、汗が浮かんで落ちた。…あれは、サスラの威圧だ。
『何をわけのわからないことを…、ふッ、少し痛めつけて、素直にさせてやれ。』
男がぎりぎり震えを押さえた声を発した瞬間、
『ああ…おっさん、演者だな?コレ、試験の続きか。ほーん。なるほど。』
それは、とても美しく微笑んで。
『…見てる奴らがいるなぁあああ?』
ぞわりと、全身に鳥肌が立った。これは、一度経験した事がある。…神聖力による、圧だ。それは俺だけではなく、会場でリンを見、声を聴いたものすべてが漏れなく中てられた様で、隣でギルダー先生が渇いた笑いを浮かべながら腕を摩っていた。
『サスラ、殺すな。全員お仕置きだ。』
唸る様な低い声で、淡々とサスラに指示を出すリンに、待っていたであろうサスラは、嬉々として触手で破落戸達と男を捕縛してしまった。
『はっはっは。いい声で泣けよ。吐くまで回せ。』
「ああ拙い、ロックス止めてきて。」
「…ッ、はい!」
先生の声で我に返り、弾かれるように立ち上がる。そのまま跳躍して階段を飛び降り、フィールド内の部屋へ踏み込むと、高笑いのリンと嬉しそうなサスラ、意識の飛んだまま振り回されている男達…地獄の様な光景が広がっていた。どうしたものかと一瞬遠い目になったが、一先ず座っているリンを持ち上げると、サスラが俺に気が付いて振り回すのを止めてくれた。
「試験は終わりだ。」
「…はぁい。」
ぼんやりと目線の合わない無表情のまま、返事だけ弱く返されてしまった。降ろせばなんともないような顔で外へ出て、辺りを見回すと、
「なるほど。」
と一言呟いて、控えの席へ移動していく。…大丈夫では、ないなアレは。
「合格した。」
「ああ、おめでとう。頑張ったな。」
「うん、…寝る。」
「…わかった。」
宿へ戻ってからも、必要最低限の報告。食事の有無を聞いたが首を振られて終わってしまった。疲労困憊なのがありありと伝わってくる。…無理をさせるべきではないだろうな。
翌日にギルダー先生から話したいと言われていたが、断ろう。暫く療養を挟んだ方がよさそうだ。立て続けにリンの周りで大きな変化があったからな…。せめて、好きな物でも食べさせて、ゆっくり休ませよう。
まずはテイマーギルドか。閉められた扉をそっと撫でて、その場を後にした。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「あー、…大丈夫か?」
「だいじょばない。」
もごもごと、声がくぐもってるけど気にしないよ。至近距離だから聞こえるだろうし。気にかける余裕無いし。ぎゅう、とゼロさんにしがみつく手に力を入れると、背中をぽんぽん叩かれた。むむ、あやされている。
しかし、悪くない!わるくないぞよ!
「むーぐぅー、」
「ふ、…頑張ったな。」
脚の間に座っているから、逃げられないのを良いことに、唸りながら、ぐいぐいゼロさんの胸板におでこを押しつける。くすぐったいのか、笑い声が聞こえて、頭を撫でたり髪を遊ばれている感触がする。
「教会行って、アルたんとマリリンとお話しして、試験があって…。疲れた。」
「そうだな。暫くはゆっくり休めば良い。」
全部、私にとって、必要なことだった。やって当然で、やらなければならない事だった。でも、それでも、疲れるモノはつかれるので。
「部屋から出ない。ひきこもりなる。」
「ああ、食事なら俺が持ってきてやろう。」
「…うん、」
ぐだぐだと、朝からゼロさんを捕獲して、くっついて、唸ったり意味の無いことを言ってるんだぜ。…ゼロさん全然抵抗しないで、私を撫でたり相槌を打ったりしてるけど、鬱陶しくないのかな。
心配になって、ちら、とゼロさんを窺い見た。ら、なんか…でれでれしてた。うん。
目を細めて、口元がゆるゆるで、猫奴隷の友達がお猫様にこんな顔してたの見たことあるぉ。でれでれと言っても過言ではないわこれは。…大丈夫ソウデスネ!
「どうした?」
「にゃんでもないれす…、」
自分相手にそうなっているのかと思ったら、じわじわ顔に熱が上がってくる。多分、ゼロさんから私の顔が赤いのが見えてると思う。だって声が笑ってる。うぬぬ。恥ずかしくなってきた。
「…もういい、」
いや、よくは無いけれど…でも、恥ずかしいし。大分元気になったし、大丈夫だとおもう。ゼロさんに抱きついていた手を離そうとしたら、ぎゅ、と上から押さえられた。
「ぉ?」
今度はぱっと解放されて、軽く持ち上げられたかと思ったら、脚の間で横向きにされた。…なんですか?
「いや…なんだ、もったいないだろう。」
なにが?と思ってゼロさんを見上げたら、目を反らされて。…耳赤くなってるよ?
「リンが甘えてくるのは久し振りだからな…。」
ちら、とお昼寝中のサスラに視線が注がれて、捕獲されている私に戻ってきた。
「…嫌でなければ、」
いくらでも甘やかすんだが。ぽそっと、小さく落とされた言葉に、お口がもにょる。んぁあ゛、この人はッ!尊みが渋滞事故で爆発四散しそう。
「じゃあ、無駄にくっついてることにします。」
ハグはメンタル回復効果があるからね!と注釈をつけると、そうか、と笑って引き寄せられて、頭に口付けられた。ううむ、むずがゆい。おもはゆい!これが世に言う、いちゃいちゃという奴か!わかり易く削れたSAN値が回復して、ついでに発狂も収まってきた。チョロくてすまぬ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
リンはよく本を読んでいる。趣味と言うほどでは無いと言っていたが、興味のある物を端から読んでいる為、結構な冊数を読破していた。
空いた時間には本を読んでいることが多く、集中していると食事も忘れてしまう。
今回も、先程までは赤くなったり目が泳いでいたりと、可愛らしく戸惑っていたが、もう慣れてしまったようで。黙々と読書に勤しんでいる。
邪魔したいわけでは無い。ゆっくり休めとは言ったが、こうも無関心に放って置かれるのは、なかなかにつまらん。悪戯に髪を弄び、口付ける。…全く気が付いていないな。
俺も読書はするが、今手元にあるものは読み終わってしまっている。…さて、どうするか。そう言えば、昨日のうちにリンの好きそうな菓子を買ったな。
「リン、食べるか?」
「ぅ?」
一口も無い小さな焼き菓子を、リンの唇に軽く押し当てる。そうすれば、雛鳥のように口が開いて、パクリと菓子が口内へ消えていった。…可愛いな。
それでも本から視線を外さないリンへ、2個、3個と与えていると、4個目の菓子を口へ近づけた途端、パクッと手を食われた。
噛まれた親指の脇は、歯を立てられて。甘噛みらしく全く痛くはなく寧ろこそばゆい。抵抗せずにいると、漸くリンと目が合った。
「あむあむ。」
「…美味いのか?」
「んー?ゼロさんの味。」
なんだそれは。思わず笑うと、閉じた本を膝に置き、ぽす、とリンの身体が腕の中へ倒れ込んできた。
「ふふ、ゼロさん、寂しいんですか?」
にこにこと機嫌良く笑うリンに、顔が熱くなる。流石に、やり方が子供染みていた自覚はある。思わず目線が泳いでは、結局リンの所へ戻ってきた。
「おかわり下さいな。」
ちら、と見れば、俺に甘えるように、あーん、と口を開けて笑うリン。…いや、甘やかされているのは俺か。
グッと、腕に力を入れて、リンを引き寄せる。そのまま薄く開いている口を食んだ。柔らかい唇を舐めると、甘い菓子の味がする。
「ん、…ちゅ、ふふ、」
「…あまり笑うな。」
「ゼロさんが可愛くて、つい。」
鼻先が触れる近さで、楽しそうに笑って、伸びてきた手が俺の頬を撫でて、髪を梳いている。
集中して反応の無いリンはつまらないが、普段より落ち着いた雰囲気で俺を甘やかしてくるのは、…悪く無い、と。いや、リンを休ませる予定だったんだが。俺が邪魔をしては本末転倒ではないか?
「美味しー…、元気出るぅ。」
きらきらと目を輝かせて、サクサクと旨そうに菓子を頬張っている。いつの間にかリンの手には菓子の袋が握られていた。上下している頬を思わず押すと、柔らかさの奥に菓子の固い感触があって。…あまり詰め込むと喉が詰まるぞ?
「ゼロさんも食べる?」
あーん、と差し出された菓子に口を開けると、嬉しそうに放り込まれた。小さすぎて全く食べた感が無いが、
「美味しいねぇ。」
「ああ。…旨いな。」
リンが満足して笑っているから、…また買ってくるか。
挟まなくてもいいお話を挟むときに閑話にするべきか、ゼロさん視点のみを閑話として、おまけみたいな話は短編に纏めるか悩み中です。おまけとか短編にすると、本編の更新頻度下がるので。どうしたものか。
露骨に書いているのでお分かりですが、
おもちはク〇ゥルフ大好きです。
いあ!いあ!はすたぁ!




