形勢逆転。
「リン、もう少しこっちに寄れ。」
「ア、ハイ。」
「リン、サスラは何を食べるんだ?」
「ええと、私の神聖力ですね…。」
「リン、今日の昼食だが…、」
「……ッ、あのっ、ゼロさん、近い!!」
ゼロさんの膝の上で、思わずわっと叫んだ、午前11時。隣国コールに入りまして、国境近くにある街におるのじゃよ。in宿屋。大型ダンジョンで発展している街なだけあって、とっても大きいし賑わってる。観光楽しみ。うん。で、
ここまでくる間、なんか、なんかもう凄かった。ゼロさんの、甘やかしという名のスキンシップが。隙あらばキスしてくるし、距離感近いというか、私を見てる目が甘い…ッ!思い出しただけでも、じわじわ顔に熱が上がってくる。
というか、今も割とひどい。部屋について荷物を整理して、今日はお休み、明日買い出しとか散策に行こうか。なんて話していたはずなのに、お風呂から戻ってきたら、軽く抱き上げられて膝に乗せられた。←イマココ。
「近いから、離れたまえ。ソーシャルディスタンス!」
「断る。」
「即答!うぐぐ、なんでっ!」
腰に回る手に、がっちり捕まっていて身動きがとれない。ゼロさん、膝上で横抱きにされたことあるかい?どれだけ恥ずかしいか、身をもって知っていただきたいよ。切実に。
「…今までお前が俺にしたことに比べれば、余程マシだろう。」
「身に覚えのない罪過ぎる…っ。」
ジト目で見つめられて、言葉に詰まっちゃうけど、無罪を主張したい所存!どうにか降りられないか、試行錯誤を繰り返しては、撃沈している。うう、沈まない太陽には成りえないのか。七つの海を渡る力が欲しい。
「あ、さっちゃん!さっちゃんおいで、私の癒し!」
ご飯を食べ終わったさっちゃんが、私の声に反応してぽんぽん跳ねながら移動してきた。私の神聖力を食べているから、本当はごはんいらないんだけれど。食べられないわけではないから、疑似的に与えている。皆で食べると美味しいからね。わぁい!可愛い。癒されるぅ。
「あっちょ、返したまへ。」
「…この前まで、俺が癒しだと言っていなかったか?」
ぽすっとさっちゃんを片手で鷲掴みにして、私の届かない高さに掲げるゼロさんは、確実に虐めっ子だった。ううぅ、私の癒しが!というかその話、今関係ありましたか?
「モフモフがいないから代わりに。って、言いました。」
ついムッとして、突っ慳貪な物言いになってしまう。早くさっちゃん返してください。両手を伸ばして取り返そうとしたら、ゼロさんはさっちゃんを無造作に放り投げて。慌てて落ちる前に受け止めようと前を向いたら、
「…散々抱き着いてきたのだから、俺がリンを抱き締めてもいいよな。」
「えっ、」
ぎゅう、と背中から抱きしめられた。お腹にしっかり回る両腕。耳元に聞こえる呼吸音に、密着する背中から体温が移ってきて。
「…っ、よ、良くない、放してッ!」
ぼっと、顔に火が付いたみたいに、熱くなった。なんだこれデジャブか?!前にもやられた気がするんだけども、なんか違うっ!あ、アレが、ゼロさんの色気が…っ。あと、触り方がやらしいッ!
「ふ、大人しくしろ。」
「っ、耳元で喋らないでぇ…っ!」
半泣きである。なに笑ってるんだ!唯でさえ、ゼロさんの声が重低音なのにっ。耳元に小声で話すから、背中がぞわぞわして腰が抜けそうになる。くすぐったがりだから、攻撃力三倍位になってるんだよっ!放してッ!
「リンは本当に耳が弱いな。…性感帯か?」
一瞬、何を言われたのか飲み込めずに。次の瞬間には、ちゅ、と耳にキスされていて。驚いて耳を塞ごうとした手を、ゼロさんに捕まえられて。そのまま、
「んっ、ひゃっ、ちょ…っやだやだ止めッ、」
み、耳舐められたッ!驚いて身体が跳ねても、お腹に回ってる腕に押さえられてビクともしないし、手を掴まれていて塞げなくて、
「まっ、まってゼロさ、」
何度も耳にキスされて、リップ音が耳に響いて、ゼロさんの息遣いに、頭がくらくらして、よくわからなくなって。耳を軽く噛まれ、舐められた瞬間に肩が跳ねて、
「ゃ、んッ!」
あられもない声が出た。…一瞬、なにをしたのかわからなくて。自分から出た声だと気が付いたら、ぶわっと、身体中に熱が走った。恥ずかしくて、昼間から、こんなに明るいのにっやめてって、言ったのに。そう思ったら、腹が立って勝手に涙が出た。
「うぅう゛っ、ゼロさんの馬鹿ッ!」
震える声で、それでも
「リン、まっ」
「サスラッ!!」
渾身の勢いで呼んだサスラは、ゼロさんの死角からとんでもない勢いで飛んできて。重々しい音と共に、ゼロさんの側頭部を弾き飛ばした。無くなった拘束に振り返ると、ゼロさんは完全に伸びて、ベッドに沈んでいて。
「ぜ、ゼロさんが悪いッ。」
ちょっとだけ、罪悪感はあったけど…っ、昼間からはどうかと思う!さっちゃんもそう思うよね?!うん、ぽうんぽうん跳ねてて可愛いね。どうしていいかわからなくなって、とりあえず膝から降りる。舐められた耳を押さえて、顔に集まった熱を、何とか冷ましたくて、扇ぐ。
「うぅ、ゼロさんの色気とんでもないな。いや、わかってるよ。何がしたいかなんて。三十路ですから?」
寧ろ多分めっちゃ気を遣われて、我慢してくれてるんだと思う。いやでも、促されてる感あるな。致したくなる様に。ううう、でも昼間からあれだけ露骨にスキンシップされると、普通に恥ずかしいわい。
「せめて夜にして…っ。」
顔を覆って呻きしゃがみ込む私を、転がってきたさっちゃんが不思議そうに仰ぎ見ていた。
「悪かった。」
「う…ん、はい。」
五分もせずに復活したゼロさんは、視線を泳がせて謝罪した私に、困ったように笑いながら謝ってくれた。
「ええと、ひ、昼間は恥ずかしいので、よろしくない…、」
「……なるほど?」
流石に申し訳なくなって、重要ポイントをお伝えしたら、なんか色気全開で微笑まれた。きらきらがビシバシ当たってる気がする。うう…、にっこにこで笑って私を見てるから、なおさらいたたまれないでござる。
「今夜までは、我慢する。」
「ん、」
態々言わなくていいよ!絶対揶揄うために言ったでしょ!なんて奴だ。とは、物理的に口を塞がれて言葉が出てこなかったけど。
…夜にどうなったかは、察してください。うう、起きたら足腰立たないし、昼だった。
まぁ、そんな話は置いといて!…置いておかせてください。年齢規制センシティブパンチを食らってしまう。朝チュン便利。お陰様で落ち着いた(?)ゼロさんと、回復魔法に足向けて寝れない私と、ニューフェイスなサスラたんで、テイマーギルドとやらに来た。
「ここがあの女のハウスね!」
「どの女だ?」
「ようしきび、様式美。」
木造の大きな建物は、蔦系植物がわっさわさに絡まっていて、ファンシー感あるな。中に入れば沢山のもふもふが!…いるわけではなく。まばらに人がいて、談笑してた。うん?モンスターとかはいないのかな。
さっちゃんを抱えたまま首を傾げていたら、少し離れたところで誰かがこちらを見ていた。ゼロさんはそれに気が付くと片手を上げて、
「リン、少し知り合いと話してくる。いいか?」
「あ、はい。いってらっしゃい。」
おお、隣国だろうとお知り合いがいらっしゃるんですね。…あちらの年齢的にも、冒険者時代の知り合いさんかな?騎士だとどうなんだろう。国の代表として謁見とかになるのかな?まぁ、いいか。
「いらっしゃいませ。本日はどういったご用件でしょうか?」
ゼロさんが戻るまで待っていようかと、うろうろしていたら受付のお姉さんに呼び止められてしまった。んん、どうしよう。いや、登録くらい、ひとりでできるもん!ということで。さっちゃんのご主人様は私だからね!任せたまへ!
「ええと、従魔登録をしたくて、」
「新規の従魔登録ですね。許可証かテイマーギルドカードのご提示をお願いいたします。」
「あ、すみません。テイマーじゃない場合は、どうすればいいですか?」
「え?」
あ、やめとけばよかったかもしれないお。にこにこ愛想よく対応してくれていたお姉さんが、一瞬にして不審者を見る様な、訝し気な視線に変わってしまった。ごきゅり、と鳴った喉の音が耳に響く。あ、あばばばば、エマージェンシー!エマージェンシー!
「クラージュ、その子はこっちだよ。」
「マスター…、畏まりました。お客様、失礼いたしました、どうぞこちらへ。」
「えっ、あっ、はい。」
焦って視線を彷徨わせ、余計に不審者の体を晒していたら、奥のドアから渋いおじさんが出てきて、声をかけられた。ちらっと、部屋の中にゼロさんが見えて、あ、ああああよかった!よかった!
すぐに切り替えて、低姿勢で案内してくれるお姉さんも、ありがとうございます。ありがとうございます。不審者ですみません。うう、一人でなにもできないもんだった。いい歳こいてこれはキツイ。しょんぼりなう。
「失礼します。」
「…どうした、何かあったか?」
「己の不甲斐なさを噛み締めておりますれば…っ。」
露骨に落ち込んでいたせいで、部屋に案内されてすぐにゼロさんに心配されてしまった。ぐぬぬ。次こそは、一人で対応して見せる!気合を入れつつ、促されてソファに座ると、目の前にゴリラ、じゃないわすみません失礼しました。ガッシリした筋骨隆々の、顔中に大きな傷を持った大男が座っていた
「やぁ、こんにちは。こんな見た目で、怖がらせてしまったらすまないね。」
「あ、いいえ。はじめまして、シンジョウと申します。」
「うん。僕はテイマーギルドのマスターをさせてもらっている。ギルと呼んでくれ。」
長い白髪をオールバックにして、眼鏡を押さえながら足を組む。ゆったりした動作で紅茶を飲んで、優しい声色で話すギルさん…。こ、これは凄まじいギャップ萌えをお持ちで…っ!おもわずきゅんと高鳴った胸を押さえると、隣に座っているゼロさんからビリビリ突き刺さる視線が飛んできて、肩が跳ねた。なん、なんだね!?不埒なことは考えてないよ?!
「こら、ロックス。過ぎた束縛は、良くないよ。生き物は自由を好むからね。信じて待つ余裕を持ちなさい。」
「…すみません。」
お、おおお?ゼロさんが諭されている。なんだか珍しい物を見てしまった。というか、このギルさんって、いい意味で本当にゴリラみたいな人だ。繊細で、優しくて、強い。さらに年齢による大人の余裕。そんな雰囲気が、すごく落ち着く。
「ふふ、あまり僕を見ると、ロックスが拗ねてしまうから、本題に入ろうか。テイムしたのは、その子かな?」
「あ、はい。ダンジョンで仲良くなって、サスラって言います。」
笑うギルさんに、バツの悪そうなゼロさんが視線を泳がせている。おおお、ちょっと楽しくなってきた。いやいや、別に昨晩の意趣返しとかではないよ。ほんとほんと。
「うん、名づけも出来ているんだね。珍しいなぁ。あそこにホーリースライムがいるなんて。」
「ギル先生、サスラは元々グリーンスライムです。」
「…、詳しく聞こうか。」
なん…だと…っ先生?!詳細についてKwskっ!と思うけど、いまは大事なさっちゃんのお話が先だ。後で根掘り葉掘り聞こう。
ギル先生にサスラとの出会いをざっくりお話した。…流石にあれやこれは話してないよ。恥ずかしすぎて爆死するからね!うん、で、なんでテイムできたのかって話なんだけれど。
「恐らく捕まえた時点で瀕死だったのだろう。シンジョウ君が上階で待機している間も、浄化はしていた。階下のモンスターごとダンジョンが消滅していたのなら、上階のモンスターが生き残れるわけがない。あそこのダンジョンコアは、上階にあったのだろうな。コアの影響の弱い階下から消滅し、残った上階では、サスラがリスポーンしてすぐにロックスに捕まり、シンジョウ君が回復させた。その後、ロックスが予想していた様に神聖力を食べて、ホーリースライムに変化したと考えるのが妥当だ。」
「ま、マッチポンプやないかっ!ごめんねサスラっ!」
無意識にとんでもない外道プレイかましてて、ドン引きでござる。思わず青褪めてサスラを抱き締めて頬擦りすると、さらさらぷにぷにで、むしろ私が癒されてしまった。うう、さっちゃん有能。頬擦りをやめると、ほっぺにぐにぐに擦り寄ってきていてカワユイ。ふふふ、こやつめこやつめ。
「はは、仲良しだね。いいことだ。シンジョウ君がやったことは、完全に調教の手順だ。倒し、服従させ、施す。だからサスラは、シンジョウ君の従魔になったんだろう。テイマー達はみんな、調教の技術を持っている。さらに基礎知識なんかを学んで、初めて許可証が発行されるんだ。いくら仲良しでも、周りからはわからないからね。お互い、住み分けは大事だ。」
困ったように笑うギル先生。そうだよね、モンスターや魔物は人に害がある。許可証は、危険物取扱免許みたいなものなんだろう。それを持っていない私が、モンスターを連れている。…うん。
「…基礎知識があれば、サスラと居られますか?許可は得られるでしょうか。できれば、一緒に居たいです。もしダメなら、」
ちら、と膝の上のサスラをみる。大人しく撫でられているサスラ。まだ数日なのに、すごく懐いてくれた。ゼロさんに続いて、私の大切な味方に、笑って。
「私が殺します。」
それが、責任を取るという事だ。ね。と、サスラを突いていたら、ギル先生は、ふ、と微笑んで。
「良かった。シンジョウ君がいい子で。」
「えっ、んん?」
「講習会は上でやっているよ。念のため、ここで能力検査もしよう。もしかしたら、テイマーになれるかもしれない。クラージュ、持ってきて。」
「畏まりました。」
三日位あれば、基礎知識は大丈夫で、実地で先輩と一緒にモンスターをテイム。その後、従魔登録をして、その子と試験に参加。受かればテイマーとして仕事が受けられるという。私の場合、基礎講習と試験だけ出れば大丈夫なんだとか。そんな説明をサラっとされて、
「え、あれ?い、良いんですか?私、」
「うん。大丈夫だよ。」
混乱する私に、大丈夫。と、ギル先生は優しく繰り返す。ぱ、とゼロさんを見ると、
「基礎講習でも、リンには初めての事だろう。わからないところは俺が教えるから、安心しろ。」
「…っ、頑張る。」
笑うゼロさんに、やっと言われたことの意味が飲み込めて。うわわ、やった、じゃあ、私が頑張ればサスラと一緒に居られるんだ!やった!講習会も楽しみ!基礎知識は調べないととおもいつつ、余裕がなくて後回しにしていたし、それを講師に教えて貰えるなんて、一石二鳥だ。
「ああ、ありがとう。さて、話は聞いているから、安心してね。聖女様。」
クラージュさんから何か受け取って、ギル先生が私を呼んだ。ぐぬぬ、あんまり私は私を聖女としたくないんだよなぁ。それっぽい事している時とか、教会関係者ならいいけれど、ずっと聖女様では疲れるし。
私の中で、聖女はこの世界での『仕事』だと思っているから。それにギルさんは、ゼロさんの先生だしね!
「…名前で呼んでほしいです。ダメですか?」
ギル先生に提案した途端に、ガシャンと大きめの音がして、肩が跳ねた。驚いて音のした方を見ると、ゼロさんが紅茶を飲むポーズで固まっていて。なのに、手には真っ二つの取っ手。ソーサーには砕けたカップの破片が乗っていた。
「うぇえ?!大丈夫かいゼロさん!怪我してない?」
「…もんだいない。」
また力加減間違えちゃったのかい?あんまり大丈夫じゃなさそうだよ。テンションどん底っぽい。破片を片付けようとしたら、制止をかけられてしまった。行き場の無くなった手を右往左往させていると、
「ふふ、ロックスは心配性だね。じゃあ、シンジョウ君はクラージュに鑑定してもらって。」
「あ、わかりました。」
ここで座っていても仕方ないもんね。クラージュさんが準備してくれたテーブルに向かうと、私の座っていた場所にギル先生が来て、なにか話し始めてしまったし。
「よろしくお願いします。」
「はい、ではこちらに右手を乗せてください。」
小さなテーブルの上には、魔法陣の様なモノが描かれた羊皮紙。その上に大きめの透明な綺麗な石。これで鑑定するのかな?言われた通りに、羊皮紙の上に右手を置く。すると次第に石が輝き出して、何か文字が浮かび上がった。おお、カッコいい。液晶みたい。
「…っ、凄いですね。大聖女様…、少々お待ちください。」
なにに驚かれたんだろう…。大人しく待っていると、クラージュさんがもう一枚羊皮紙を持ってきて、石に翳した。途端に光と文字が紙に吸い込まれて。浮かび上がった文字は、紙に並んでいた。
「わぁあ、魔法だ…っ!」
「…っふふ、驚かれましたか?」
「はい!かっこいい…。きらきらして綺麗で、幻想的。」
「私も、初めて見た時は、とても感動しました。興奮して寝られないくらい。」
そう言って、パチンとウィンクを飛ばしてきたクラージュさんに、ついつい胸が高鳴る。いや、仕事ができる有能秘書って感じの女性が、こんなにお茶目だと、世の男性がほっときませんよ!冗談に笑いあってると、
「どうですか?」
「はい、シンジョウ様は、『大聖女』以外の職は就けられないようで…。ですが、技術項目に『懐柔』があります。」
「かいじゅう…。」
なんだろう、調教って言われると躾っぽいのに、懐柔って入れると悪代官が想像される。でも、退路を断っている辺り、選択肢なんてあってないもんだし、やっぱり懐柔なのかなぁ。
「ですから、このまま基礎講習と試験の予約をお入れしますね。試験は早くて来週ですが…。」
「よろしくお願いします。」
頑張って覚えますので!早くサスラと堂々と街を歩きたい。そう言うと、クラージュさんも頷いてくれた。そのまま、おススメのごはん屋さんなんかを聞いていたら、ゼロさんとギル先生がきて。手には同じような羊皮紙と石。
「次はサスラの鑑定をしようね。得意なことを伸ばすか、苦手なことは何か。知ってあげることはとても大事だ。何より、ホーリースライムは希少だからね。前例が少ない分、気にかけてあげて。」
「はい、ありがとうございます。サスラ、おいで。」
私の鑑定をしている間、部屋の中でコロコロ転がって遊んでいたサスラを呼ぶと、嬉しそうに跳ねながら腕の中に戻ってきた。…クソかわ案件。にやにやしてしまう…っ!でも我慢して、羊皮紙の上にサスラをそっと乗せる。すぐに石が輝き出した。
「うん、シンジョウ君と同じ、神聖属性の色だね。光属性だと黄色なんだけれど、どう見ても白だ。レベルやステータスはどうかなぁ~?」
ウキウキわくわく。そんなオノマトペが付きそうなギル先生に、ゼロさんがそっと教えてくれた。
「先生は動物好きが高じて、テイマーになっている。神聖属性のスライムなんて、一生に一度会えるかどうかだからな。」
「なるほど。」
頷く私の目の前では、鑑定結果を写し取って、うんうん唸ったり感心しているギル先生。さっちゃんそんなに珍しいのか。…誘拐とか、大丈夫かな。悪い奴に連れていかれたりなんてしないかな。
「ああ、サスラは随分強いんだね。どうしてだろう。」
「えっ、強いんですか?」
もういいよ。と先生に言われて、私の腕の中に一跳ねで戻ってきた。よしよし、偉かったね。撫でながら訊ねると、うーん。と首を傾げている先生。
「あのダンジョンのモンスターは、完全リスポーン型でね。死んで一からやり直しじゃなくて、強いまま再スタートなんだ。つまりレベル5で死んだら、リスポーン時には最初からレベル5。そうやって強くなったら、下層に移動していくんだよ。」
「強くてニューゲームかぁ…。サスラ、成り上がり系の転生主人公みたいだね。」
説明を聞きながら呟くと、ふるりとサスラが震えて。…え、違うよね?もしそうだったら、サスラが可哀想すぎる。それに、あれやこれやをサスラに見せてることに…っ、いや、勘違い!気の所為!そんな恐ろしいことあってたまるか。
「六か月で四層に居るのは問題ないんだけれど、それでも階層内では弱い。ロックス達に拾われてから強くなったんだと思うけど…、何かした?些細な事でもいいんだけれど。」
「ううん?ほとんど私が抱えて移動させていて…。ゼロさんがモンスターを倒していたので、サスラは何もしてないと思うんですが…。」
何度思い出しても、それは変わらない。何度かサスラを置いて行ってしまったけど、どんどん移動スピードが上がって、抱えるか一緒に居るかになっていた。でも戦闘なんてさせていない。
「シンジョウ君がサスラを抱えた時点で、従魔として仮登録。パーティーに数えられて、ロックスの倒したモンスター分の経験が、レベルを上げたのかな?それでもレベルが高すぎるんだけれど…。」
経験値でレベルが上がるのか。そうだよね。ううん、そう思うと、ゲームとかならパーティーにいるだけで途中で仲間になったキャラクターがレベル爆上がりするよね。
「あ、」
「思い当たる事、何かあったかい?なんでもいいよ。」
「最初は動きが遅くて、ゼロさんにすぐ捕まっていたのに、二回目はすでに動きが機敏になっていて。なかなか捕まってなかったよね?」
その時にはコボルトとゴブリンの経験値が入っていたんだね。ゼロさんに確認すると、そうだな。と頷いて。
「…ああ、リンがサスラを俺にけしかけたりしていたな。」
少し意地悪な顔で、笑うゼロさん。ううう、あの時はね、あんなことになると思ってなかったからね!そっと目線を外して、サスラを撫でる作業に戻る。でも、笑ってる気配があるのはわかってるからね。笑い過ぎだよゼロさん。
「うん?じゃあ、ご主人様の敵とみなされたロックスと、戦闘。攻撃や回避をしていたなら、安全に格上との経験値が大量に入るね。」
ゼロさんの言葉に、ギル先生がなるほど。とつぶやいて。え、ゼロさん敵だと思われてたの?それで、私を守ろうと頑張って、自分より強いゼロさんに挑んでた?なにそれサスラカッコいい。
というか、そう考えると、何度かゼロさんとサスラってやりあってるね…?戦うだけで、勝たなくても経験値が入るなら、それは強くなるよね。
「それで三回目にとんでもない勢いでゼロさんに突っ込んで、昏倒させたのか…。」
「ああ、勝っちゃったのかい?なら相当レベルが上がっただろうね。なるほど。」
昨日の奴が決め手だった。ちょっと居た堪れなくて、口元がもにょる。ちら、とゼロさんを見ると、思い当たっていて、含みのある顔で笑われた。あ、ある意味よかったのでは?!サスラが強い分には、何も問題が無いのだから。
「はっ!ということは、このメンツで最弱なのは私かっ!」
なんてこった。新人のサスラにまで、あっという間に追い抜かれてしまった。このままでは、四天王の面汚しになってしまう…っ!いや、三人しかいないけども。由々しき事態に戦慄していると、
「大聖女様は面白い子だね。」
「否定できません。」
なんて、先生とゼロさんが談笑していた。ええい、憐みの眼を向けるんじゃない。同情するならチートをくれ!…いや、聖女専用断罪執行生物いらないデス。
「さて、シンジョウ君。サスラのステータスだ。従魔登録をすれば、変動があるたびにカードに詳細が出るから、これは仮で持っておくといい。」
渡されたカードには、仮登録の文字とサスラのステータス。これがどれだけすごいのかは、基礎講習に出たら理解できるようになるんだろう。ありがたく受け取って、マジックポーチにしまう。
「じゃあ、明日からよろしくね。」
ギル先生とクラージュさんに挨拶を済ませて、私達はテイマーギルドを後にした。
「で、なんでギルさんを『先生』って呼ぶんですか?」
夕飯を教えて貰ったお店で購入して、宿屋まで戻ってきた。お外で食べたいくらい、良い天気だったけれど、まだサスラは仮登録だから念の為ね。
ついでに、気になってた事を聞いてみる。あ、このパン凄い甘い。美味しい!さっちゃんも食べる?今日はお疲れさまだったねぇ。
「…リンは先生が気になるのか?」
「ん?え、聞いたら拙い話だった?」
少し眉間に皺を寄せて、む、っと不機嫌顔のゼロさん。おおう、何か黒歴史か、重い話だったのかな。それは、よろしくないね。
「無理に言わなくていいよ。ゼロさんの昔の話が聞けるかな?って思っただけだから。」
お気になさらず!そう言うと、ゼロさんはきょとんとしていて。うん?どうしたんだい?
「…んん、ギルダー・バンズ先生はウォンカ様の知人で、俺やヴォイス、ダズに勉強を教えて下さっていた。それで、今でも先生とお呼びしている。」
ちょっと頬を染めて、気まずそうに話す辺り、黒歴史の方だったのかな。でも教えてくれるんだね。ありがとー!
「なるほど。というか、やっぱりそこ三人なんだね。」
「言ってなかったか?」
「明確には聞いてないかな。なんとなく察してたけども。」
王道はやはり王道だったか。スリーマンセルは基本だもんね。感慨深く頷くと、ゼロさんが首を傾げていて。
「ふふ、基礎講習楽しみ。頑張るから、待っててね。」
半分に割った甘いパンを、さっちゃんに差し出すと、パンがずぶずぶと取り込まれて無くなった。ううん、何度見ても面白い。
「リンが講習を受けている間は、冒険者ギルドに行ってくる。暫くぶりだからな。勘を取り戻さないと。」
残っていたパンを、全部さっちゃんに食べさせてしまった。つい…。でもゼロさんは食べ終わっていたようで、ほっとした。危ない危ない。
「うん、気を付けてね。怪我したら治すよ!」
任せたまへ。そう言って胸を張ると、ふ、と笑われて。んん、あのですね、あんまりそんな目で見ないでいただきたい…。色気飛ばしてこないで…。
「講習は午後からだったな?」
「え、うん。毎日午後に、ギルドの二階でやってるって。」
「そうか。」
にっこー!って効果音がつきそうなぐらい、輝く笑顔で微笑まれた。その様子に、なんだか寒気がする。か、風邪かな?なんて。嫌な予感がして、思わず椅子から立ち上がると、パシッとゼロさんに手を掴まれた。
「ひぇっ!なん、なんですか。」
「どこに行くんだ?」
「お、お散歩でもしようかなぁと!」
「こんな時間にか?そんなことより、することがあるだろう。」
くん、と手を引かれて、気が付いたら向かい合わせon膝の上。…いやいやいや!
「えっ、ちょ、」
「もうすぐ暗くなる。問題ない。」
降りようとしたら腰を押さえられて、しかもそのまま、腰を撫でさすられたっ。なんて奴だ!それに焦ってゼロさんの手首を掴んで止める。
「何の話か、わかりませんねぇ!離して下さい。」
「わかるようにしてやろうか?」
「結構で、…ッ、」
後頭部にゼロさんの大きな手が触れて。噛み付くように口を塞がれ、物理的に黙らせられた。うぐぐ、このエロテロリストめ!
「ちゅ…、ん、」
「明日の講習には、間に合うように手加減する。」
「っ、昼に目覚めるのを、手加減とは言わないのだよ!」
何を言っているのかね君は。思わずそういうと、ふむ、と態とらしく何か考え込んで。
「それは、好きにしていいと言うことか?」
「違うってわかってて言ってるよね?!」
昨日好き勝手したから、怒ったばっかりでしょう!反省してないんですかッ!ぅう、顔が熱い。赤くなっているだろう私を見て、目を細めて、愉しそうに笑うゼロさんは、最近とても押しが強いというか、いじめっ子というか、
「ぐぬぬ、前の方が優しかった!」
「我慢していたからな。」
「我慢して下さい。」
「している。かなり。」
あれで?!と、思わず叫びそうになって。でも、ゼロさんの真剣な瞳に、言葉が出てこなかった。
「リン。…お前が嫌なら、しない。」
余裕たっぷりに、優しく微笑むゼロさん。そんな言葉とは裏腹に、伸ばされた手が、髪に触れて、耳を撫でてくる。…っ、目の奥がギラギラしてるんだよぉお!肉食獣じゃないかっ!
「意地悪だ…っ、」
吐き出した私の唇を撫でて、触れるだけの軽いキスをされて、促されている。決定権を私にくれているように見せて、実際はまるで選択肢がない。狡い。
「…今度はちゃんと、手加減してね。」
「任せろ。」
今日一番と言うほど、ご機嫌なゼロさんの返事に、やっぱり翌日、嘘つき!と叫ぶ私がいた。
書き溜めも何もしないまま、スタートさせてしまった愚か者です。
皆さんブックマークや(・∀・)イイネ!!ありがとうございます。
折角くっつけたので、初回は糖度高めでお送りしております。
どこまでぼかすか未定ですので、怒られたらごめんなさい。
大人の恋愛なんて、爛れてるのよー。
お月様にて同じ作者名で、お話が上がってます。
こちらの更新がない時は、お月様が上がってるやも。
では、引き続きよろしくお願いします。