余裕のない奴等の、戯れ。
「コボルト氏、見た目が狂犬でマッチョだと思わなかったよ…。」
ゴブリンさんがお亡くなりになった後。二階・三階はなぜか何にも出てこなくて。変だなぁと、どんどこ先に進んでいたら、細菌兵器の犬みたいな感じの、眼が充血して血走っている犬が走ってきた。驚いて固まっている間に、ゼロさんに後ろにそっと庇われた。と思ったら、犬がすごい勢いで壁に叩きつけられて絶命してしまった。音に驚いて、肩が跳ねるしスライムくんを落っことしてしまった。私、あ然。何が起きたかわからなくてゼロさんを見たら、小首を傾げていて、一言。
「ああ、つい蹴ってしまった。」
ぞっとしたよね。そんな気軽に生物を蹴ってるのもだけれど、身長140㎝体重目測50㎏はありそうなのに、見えない速さで蹴りつけた上に、一撃で絶命させる衝撃を出せることに。
「し、シンジョウ?」
「ごめんちょっとまって、ゼロさんは何も悪くないんです、でもちょっと待って。」
気持ち後退った私に、ゼロさんが動揺している。イヤ、ほんとごめんね。護ってもらっておいて、なんですが。ちょっと怖いんです。ゼロさんが。
ゴブリンさんの時もそうだけど、まずゼロさんの初撃が速すぎて見えない。気が付いたら相手が一撃死している。さらに、やっぱり戦いなれているから、当たり前だけど普通に命を奪っていく。うん。いやね、想像はつくんだよいくらでも。
殺さなければ、殺される。甘く考えていれば、焼き土下座では済まない目にあうだろう。冒険者で高ランクになれるくらい、何度も命の危機に見舞われて、沢山辛い思いもして、努力して、騎士団長になっているんだ。冒険者時代は、モンスターや魔物を殺して。騎士団なら、国や人の為に人を殺したんだろう。
それは、時代として、環境として仕方ないことだ。話し合えば分かり合えるなんて言う奴は、話が通じる相手としか会話していない証拠だ。何の理由もなく、平気で他人を殺す奴だっている。わかってる。ただ、頭と心が離れすぎて、心がついて行けなくて。
「無理を、しなくていい。」
私が、何を思っているかなんて、簡単にわかるだろう。それでもゼロさんは、困ったように笑って。伸ばされた手に、死んだコボルトが浮かんで、肩が跳ねる。
「…気にするな。」
伸ばされた手は私に触れずに戻されて。一瞬躊躇した後、悲しそうに笑って、私の心配をするから。…思いっきり、自分の顔を叩いた。乾いた破裂音が、通路に木霊して。想像よりも強く襲ってくる痛みに、涙がにじんできた。うぐぐ、痛い。
「お、おい?!何してるんだ、大丈夫か?!」
ああ、やっぱり優しいんだこの人は。無様に赤くなっているだろう私の両頬を、おろおろと見つめながら、手を伸ばしてはひっこめている。この人が、人を殺すのも、モンスターや魔物を殺すのも。優しいのも、人を守るのも、真面目なのも。全部この人を作る一面でしか無くて、全部本当で、背負っているもので、大切な物だ。
想像でしかないけれど、必要があって殺すのだろう。護るために殺すんだ。戦って、傷ついて、その分人に優しい人だ。うん。私もいつか誰かを傷付けて、殺す日が来るかもしれない。そしてそれを、私が死ぬ日まで、背負って生きる。その時の為に、惑わない為に少しずつでも慣れるんだ。ゼロさんみたいに、強くてカッコいい大人になるのだ!
「んへへ、…思ったより痛かったでござる。」
「お、お前なっ…!」
決意も新たに、困惑しているゼロさんに飛び掛かってみる、なう。案の定というか、驚いてはいるけど受け止めてくれるし、動揺はしてるけど嫌がらないよね。あと、たぶん本当は余裕で避けれるよね?
試しにぎゅうぎゅう抱きしめて、おでこをぐいぐい押し付けてみるてすと。さっきビビってしまったからな!もう大丈夫なんだぜ。触られても平気。気にしないで、構ってくれていいよ!ほれほれ!
「撫でてくれていいよ!」
「うっ、…ぐ、しかしな…、」
「へいき!だいじょうぶになった!」
手を上げろ、さもなくば撃つぞ!な感じに両手を上げたまま、私に触れないようにしているゼロさんがめっちゃ面白い。へっへっへ。ボディががら空きだぜ。…そういえば、ゼロさんって軽装だよなぁ。シャツにスラックスとベルトにボディバックみたいなの。胸当ても皮っぽいし。強いから要らないのか、バフ付き防具なのか…。後者かな?ヴォイスさん辺りがご提供してそう。
あと、ゼロさん体温高い。あったか稲荷。筋肉の方が発熱するもんね。防寒具要らないのかも。折角だからここぞとばかりにボディチェックしてたら、ゼロさんの身体がビクッと跳ねた。…お?
「…っ、」
くっついたまま見上げたら、耳を赤くしてるゼロさんと目が合った。隊長!愉快な気配を察知しました!
「ゼロさん。…くすぐったいの?」
「お前な…っ、!」
へっへっへ!ゼロさんの弱点を発見してやったぜ。ニヤニヤ笑いながら背中を撫でたら、焦ったように逃げ始めてとっても楽しい。さっき揶揄われたしね。仕返しじゃ!やられたら、やり返すでござる。ほうふく報復ぅ!
「っ、この、やめんかっ。」
「おあっ!」
追撃、成らず。高い高いみたいに持ち上げられて、地に足すらつかぬわ。んぐぐ、三日も天下持たなかった。三分天下。下剋上ならず。
「ひきょうだぞ。」
「こっちのセリフだ。」
宙ぶらりんのまま文句をいったら、笑いながら言われてしまった。確かに、ゼロさん私に反撃できないもんね。というか、これあれだ。叱られてる時の猫。
「解放を要求する!」
「しばらくこのまま反省しろ。」
「鬼畜!反省してます隊長!」
「どこがだ。」
くっ、ダメか。宙ぶらりん飽きてきた。そのまま移動している辺り、周りにモンスターとかいないんだろうけどさ。あ、スライムくんが付いてきてる。一生懸命移動してて、かわいい。わかるよ、ゼロさん足長いから一歩が大きいよね。頑張れ応援してるぞ。さて、どうやって降りるか。ふむ。
「ゼロさん、胸に手があたってるー。えっち。」
「!?」
騙されるかは五分だけど、真面目だからワンチャンあるかな。と思ったんだけど。ビックーッ!って面白いくらいゼロさんの肩が跳ねて、すぐに下に降ろされた。やったぜ。
「嘘だよ!解放、なう!」
「お、まえ、ーーっはぁあ…。」
スチームポットみたいに真っ赤になっているゼロさんに、ピースしてたら、えっちらおっちらスライムくんが寄ってきた。愛いやつめ。このこの。スライムくんを撫でまわしている私に、ゼロさんの深いため息が降ってくる。
「おやおや、大丈夫かい?」
「誰の所為だ。」
「間違いなく私だな!」
ドッヤァ。と胸を張ると、目の据わったゼロさんに、髪の毛をぐしゃぐしゃに掻き混ぜられてしまった。おおん。しかもそのまま頬を横に伸ばされた。痛くないあたり、手加減されている。くそうくそう。
「あにすふんふぁ!」
「五月蠅い。」
ほっぺ痛くないのに、ゼロさんの手首引っ張ってもビクともしない。どういうことなの。ぼさぼさの髪を直しながら文句をいっても、放してくれないんだお。凄い悪い顔で笑ってらっしゃる。ヒドス。スライムくんでぐいぐいゼロさん本体を圧しても、ふらつきもしない。体幹ぇ…。
「ふっ、く…、」
「うむぅうう。」
抵抗虚しくされるがままの私に、声を押し殺して笑ってるけど。漏れてるからね?むにむに頬っぺたを押されて、諦めずに手首を引っ張っていたら、ゼロさんがふ、と真顔になって。ほっぺが釈放された。
「お?許され、」
左手が後頭部に回って、頬に添えられた右手の親指で唇を撫でられて。鼻先が触れる程、ゼロさんの顔が目の前に近づいて。あ、と思った時には、
「ぐっ、…コイツ!!」
ゼロさんの横っ腹にスライムくんが体当たりをかましていた。おお、何か見えないゴングが、戦いの火蓋が切って落とされたのを、幻視できた。
「ゼロさん、スライムくん処しちゃダメだよ?」
スライムくんもしかして、さっきまでは舐めプだったのかい?ってくらい、スライムとは思えない機敏な動きだ。聞こえているのかいないのか、ゼロさんは逃げ回るスライムくんを捕まえようとしていて、こっちには目もくれませんね。うむ。
「…びっくりした。」
じわじわと、顔が熱い。たぶん、今赤くなってる。はよ冷めろはよ冷めろ。いやいや、だってさ、ゼロさん顔がいいんだよぉ…っ。あんな真剣な顔で、至近距離にいたら誰だって緊張するし、照れるよね?!…ちゅう、されるかと思った。んんん、大丈夫勘違いとかしてないデス。あれでしょ、漫画とかによくある、ゴミついてたから取ろうとしたとか、そんな奴。わかってますとも!
この間も、似た様な事があったから…。あの時もあれ?ちゅうされた?って思ったけど、ゼロさんその後いつも通りだったし。むしろ何か悩んでて、上の空だったし。だからあれも、私の勘違いなのだろう。お陰でだいぶ恥ずかしかった。勝手に期待してそわそわして、でも何もないから、悶絶してのた打ち回ってた。おああ、うぬぼれんなよぉ!馬鹿じゃん!馬鹿じゃん!
…うぬぬ。頑張れスライムくん。もう少しゼロさんを翻弄しててくれ。それまでに、
「はやく、さまさねば…。」
自分から行くのは平気なんだけどなぁ…。来られると、困る。ぐにぐにほっぺをマッサージして、ほれ、早くなかったことにするのじゃ。散々、子供っぽいと言われて、騎士だって、アルたんに強制的に、やらされているのに。そんな保護対象に惚れられるとか、迷惑じゃないか。
「迷惑行為良くない!」
「っ、はぁ、なんの、ッ話だ。」
「あ、ゼロさんおかえり。」
よっしゃー!と手を上げたら、ゼロさんがスライムくん小脇に抱えて戻ってきた。おかえりんこ。スゴイ息がきれてるけれど、大丈夫かい?
「スライムくんご存命でよかった!おかえりぃ。」
ゼロさんから救出して、お顔…あるかわからないけれど、同じ高さに持ち上げる。うんうん、元気だね君は。いいことだとおも
「んむぅ、」
ちゅう♡
おお?寄ってきたスライムくんにちゅうされた。いや、ちゅうというか、ぺとっとくっつかれたら、私の口だったって感じなんだが。なんだね。消化器官から侵入して捕食する気かね?でも今、ハートマークが見えた気がする。捕食する気だったんか。本当のこと言いなさい先生怒らないから。なんて、スライムくんと見つめ合ってたら、
「殺そう。」
ゼロさんにスライムくんを上から鷲掴みにされた。え、ぞわぞわするんですが、殺気出てない?
「いやいやいや、ダメだよ?!何言ってんの?!」
スライムくん凄いブルブルしてるよ?なんでそんなに怒ってるの。でも一瞬で握り潰されないあたり、話せばわかると見た!
「スライムくんは連れて帰ります。」
「テイマー職以外は、ダンジョンからモンスターを連れ出せない規則だ。」
淡々と正論や新事実を話されて、焦る。テイマー職しか連れ出せないなんて聞いてないよっ!でもそれより、今すぐ始末されそうなのを阻止せねばっ!
「うう、じゃあ、帰るまででいいから!」
「いま捕食されそうになっただろうが。」
「捕食されてない!」
「結果的にだろう。」
「違う、と、思いたい…。うーん、ええと、そう、ちゅうしてただけ!愛情表現!セーフ!」
むしろ、こっちを事実にすれば良いと思いついて、ね?とスライムくんに同意を求める。いや、これで無反応だったら恥ずかしいけれど、追ってきてくれたし、多少懐かれてるのでは?
「あ、ほら懐かれてるよ?お友達です!」
未だ鷲掴みにしているゼロさんから、逃れるためだとも思えるけど、私の方に向かって進もうと動いてる。か、可愛い!いい子だね、かわいいね。ついつい頬が緩んでしまう。
「…か、」
「うん?」
「表現であれば、誰が口付けてもいいのか。」
ゼロさんが鷲掴みにしていたスライムくんが、ポーンと宙を舞って、後方に跳んで行った。す、スライムくーん!?思わず受け止めねばと駆けだそうとして、足が空を蹴る。
「えっ、へっ?!」
下を見たら足が地面に着いていなかった。ひょい、とゼロさんに抱えられて、おおお?向かい合わせで抱っこされてます、なう。反射的に、両肩に手をついてしまう。え、なんですか、どういうことなの。斜め下に不機嫌顔のゼロさん。眉間に皺が寄ってますよ?ゼロさんより背が高いの、久しぶりだね?
「いいんだろう?」
なんだっけ、何の話だっけ?スライムくんを仲間にしたそうに、私がゼロさんを見ている話しじゃなかった?バウンドしているスライムくんが気になるし、至近距離のゼロさんはなんだか怒ってるし。
「は、え?そう、で」
すね、と、続く言葉が出なかった。ゼロさんの口に、塞がれて。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
膝裏を抱えて、シンジョウの髪に指を差し入れて、後頭部を押さえる。やってしまった。このスライム、俺の邪魔をしておいて、自分はしっかりシンジョウに近づいて…。ただでさえ、腹立たしいのを、関係ないと言わんばかりにシンジョウが庇うものだから、カッとなってしまって…。
「ちゅ、んッ…はぁ、あの、まって、」
「は…うるさい。」
「ん、ぅ」
…もうどうでもいいか。混乱しているのか、上手く息継ぎできていないシンジョウが、可愛い。抱き上げて正解だったな。両手で肩を押されているが、力が入らないのか意味を成していない。
だんだんと状況がわかってきたのか、赤面し始めたシンジョウに、何度も口付けた。…柔らかい。甘い。可愛い。もっとしたくなるな、これは。寝ているときに勝手にしたが…、
「っ、ふ…はぁっぁ、の!ゼロさんっ?!」
「なんだ。」
「なんだ?!なん、なにごと?!」
「愛情表現であれば、口付けてもいいんだろう。」
意識がある時の方が、反応がいい。当たり前か。当然の事に、自分でも笑ってしまって、笑われたと思ったのか、シンジョウが心配になるほど赤くなって、瞳に涙が溜まっている。その様に、ぞくぞくと背中がざわついて。手の中に納まっている頭を引き寄せると、簡単に空いていた隙間が埋まる。
「ちゅ、んん…はぁ、…っ、」
漏れる吐息と、混ざるシンジョウの甘い声に、脳が痺れて止まらなくなってきた。んん、まずいな。そろそろ我慢するか。額に、瞼に口付けて、絶対に勘違いが起こらないよう、先手を打つ。それから…耳が、弱いんだよな。
「リン、好きだ。」
耳にも口付けて、そのまま囁く。小さく跳ねて、震えている身体を抱き締めた。よし、聞こえたな?聞こえていないとは、言わせないからな。それから、逃がす気もない。
「大丈夫か?」
「だいじょうぶじゃない…っ、」
蚊の鳴く様な声で、返事が返ってきた。全身赤くしたまま、顔を両手で隠しているリン。に、こう、悪戯心が擽られるというか、…いや、待つが。流石にここで下手は打てないからな。
「うぅ、こしぬけた…、」
言いながら、俺の肩に額を付けて呻いている。…可愛い。これは、すぐに返事をもらうのは難しいだろうか。まぁ、つい先程迄と違い、かなりすっきりした。早く伝えればよかったな。過ぎたことだが。
暇になってしまった手で、リンの髪を梳いて弄んでいると、ぽす、と足元で衝撃がはしり、見ればスライムが跳ねては主張を繰り返している。またお前か。…お前に煽られて、この状況だとおもうと、殺し辛いな。どうするか。
「…あの、」
「ん?どうした。」
「本気です?」
ぼそぼそと小さな声で話すリンに、一瞬、ここで抱き潰してしまうか。という考えが頭を過って、すぐさま捨てる。が、少し強く出ても許されるだろうこれは。
「…もう一度、初めからやるか。」
「結構ですっ間に合ってますっ!!」
「そうか。俺は一向にかまわんぞ。」
右肩に顔を埋めているリンの片手を取って、手の平に口付ける。ビクッと身体を跳ねさせて、手を引き抜こうとする勢いを引き返し、リンを抱え直すと、今度はしっかり顔が見えた。頬に赤みを残して、困惑している顔が。
「リン、返事は。」
「…っ、私、何もできませんよ。」
「そうか。俺が出来る事なら俺がしよう。何もかも、自分で片付ける必要はない。」
息苦しそうに吐き出された言葉に、ふ、と笑いが漏れてしまう。一人で生きられる奴などいるか。俺はお前ほど旨く飯を作れんし、回復魔法も使えんぞ。
「子供っぽいでしょう、私は、」
気にしていたのか。幼稚という意味ではなかったんだが…。これから挽回させてくれ。
「可愛いとしか思わんが。何か問題があるのか?それに、現実を知って前を向き、傷つくと分かっていても戦い、自分の足で歩こうとする者を、大人と呼ぶんだ。リンは大人だろう。」
お前はいつも一人で覚悟を決めて、歩いていこうとするだろう。もう少し、頼ってくれ。この手で初めて命を奪った日を、未だ夢に見る。傷付ける不快感も、わかってやれる。今日、お前が俺を理解しようとしたように、俺もお前にしてやれることがある。
「神聖力なんて、大聖女なんて、きっと後々面倒ごとがたくさん起きますよ。」
リンが抱える必要のなかったものだ。この世界の人間が、俺達が背負う物を、勝手に押し付けられたんだ。嫌がって拒絶して、文句を言うのに。唇を噛み締めて、不安に瞳を揺らして、逃げ出さず向き合うお前は、それがどれだけ難しい事かわかっているのか?
「それでもお前は、この世界の為に、ここで生きると決めたんだろう。俺が隣にいるのは、迷惑か?」
起こるかわからない不確定な物より、今、生きる為に必要な物を選べ。…早く、俺を受け入れろ。揺れる瞳と視線が合って、
「…いいえ。私も、ゼロさんが好きなので。」
諦めたように、困ったように笑うリンを引き寄せて、口付けた。高揚感と満足感に、浮足立っている気がする。啄む様に何度も口付けていたら、焦ったように手で口を押えられた。
「っ、あの、ここダンジョンなので!危ないからね?!」
「索敵ならしている。問題ない。」
「ええっ、どういう事なの…。」
話す度にリンの柔らかい指が触れて、くすぐったいのか身をすくめている。…これはこれで。甘そうなんだが、流石に舐めると怒らせる気がするな。
「そういう技能を持っている。というだけだ。…口付けてもいいか?」
「だっダメです!降ろしてっ!」
「何故。」
落ちてきた髪を耳にかけて、赤くなっている眦を撫でる。このスライム以外にモンスターが居ないのは本当だ。恐らく、リンがいるからだろう。本人が全く気が付いていないが。
「なん、だから、」
「危なくなれば、判る。問題ない。」
「っ問題あるから!恥ずかしいから降ろしてっ!」
…なるほど。何か聖女にしかわからない問題でもあるのか、と思ったんだが。そんな理由なら、もう少しこのままでいるか。
「今まで散々煽られたんだ。これくらい我慢してくれ。」
俺を意識して慌てていると思うと、気分がいいな。上がる口角に気付いたリンが、ムッと口を引き結んで悔しそうにしているのも可愛い。
「なんで私が窘められてるのかな?!」
「それとも、俺に口付けられるのは、不快か?」
散々口付けておいて何を。という話なんだが。リンの唇を撫でてジッと見つめると、言葉を詰まらせ、うろうろと目を泳がせていて面白い。逃げ場も、助けもないぞ?
「そ、ういう事じゃなくてっ、うう、す、スライムくん!!」
「っ、この、お前はまたか!」
まるで、指示を待っていた。といわんばかりに、スライムが突っ込んできた。来ると分かっていれば避けられる。が、何度も絶え間なく来られると、抱えているリンが危ないだろう!一瞬、蹴り飛ばしてしまうか。と頭を過ったが、折角リンと通じ合ったというのに、泣かれるのも嫌われるのも御免だった。
渋々リンを降ろし、体当たりしてくるスライムを叩き落す。そのまま地面で跳ね上がり、落ちてきた所を捕まえた。中々の速度で動いているが…こいつは本当にスライムか?低レベルの階層にいるスライムより頑健なうえ、速度も知能も高すぎて可笑しい。本来スライムは、分裂と捕食を繰り返すだけのはずだ。
「スライムくん、生きてる?生きてる?」
俺の手からスライムを受け取ったリンが、すぐに回復魔法で治療を施しているが、…そもそもこいつに外傷はない。いや、まて。なぜ外傷が一つもないんだ。
「リン、少しいいか。」
「うん?なんだい?」
マジックリングから、薄いカードを取り出してリンの抱えるスライムに翳す。一呼吸程で、カードに簡単な鑑定結果が浮かび上がった。
「…ああ、やはりか。」
「え、なにごと?」
表示された鑑定結果に頭痛がする。いや、リンは喜ぶだろうが…。黙っているか?いっそ鑑定結果が間違っていればいいのだが、ウォンカ様のお手製だからな…。間違いなどないことは、わかっている。カードを覗き込んできたリンは、次第に嬉しそうに顔を綻ばせて。
「スライムくん、私のものって書いてるよ?!」
「そうだな、リンの従魔になっている。」
種族・スライム、名前・未登録、生後6ヵ月など、簡単な鑑定結果と共に、『光属性・希少種』『大聖女の従魔』と書かれていた。緑のスライムは元々風属性のはずだ。それが、リンに懐き、浄化の余波を浴びながら行動を共にしたことで、光属性になったのか。希少種、は神聖力の事だろうか。あの移動速度や頑健さは、しっかりした鑑定を受ければわかるだろう。
しかし、なぜ従魔になっているんだ?モンスターは、テイマーの持つ調教や服従の技術が無ければ、従魔にはならないはずだ。…いや、ここで考えても仕方ない。ここを抜けて、隣国にいこう。国境近くに大きい街があったはずだ。そこならテイマーギルドがあるだろう。
「リン、コイツに名前を付けた方がいい。名前がないと、ダンジョンの外へ連れていけない。」
「名前?!ええ、えっと、うーんっ…。『サスラ』!」
逡巡したかと思うと、思いついたと言わんばかりの満面の笑みでスライムを呼び、すぐにやってしまった。と言わんばかりに青褪めだした。何をしたか知らんが、もう遅いぞ。
名前を認識したスライムが発光したかと思うと、緑だった身体は真白に変わり、ひし形の核が正面と思われる位置に固定されていた。…お前それは、弱点がむき出しになるんじゃないか?
試しに核に触れると、バチっと結界に弾かれて、爪がはがれた。ああ、なるほどな。人差し指を見ると、指が潰れたり切断されたりという事はなく、爪が半分無くなっていた。じくじくした痛みに、毒などは無い様で、単純に弾き飛ばされたことがわかる。今のレベル帯がどれほどかはわからんが、強くなれば自分の身だけではなくリンも守れそうだな。…ふむ。
「ぜ、ゼロさん?!」
考えることに意識を向けすぎて、怪我を放置してしまった。いや、これくらいならなんともないんだが。そう、伝えようとして、シュル、と何かが指先に巻き付いてきた。みればスライムから光の粒が帯の様に伸びてきて、負傷箇所をくるくると器用に包み込んでいく。
そして包み終わった途端、光が弾けて消えた。霧散した光に指先を確認すると、しっかり傷口は無くなっていて。それどころか爪まで生えてきていた。
「さっちゃん天才では?!」
「さっちゃん…。」
固唾を飲んで見守っていたリンが、嬉しそうにスライム…、サスラを抱えてくるくると回っている。サスラもどこか得意げだ。ペットが飼い主に似る。と言う奴だろうか。
「というか、そいつは雄じゃないのか?」
「え、不定形に性別ってあるの?」
リンの言葉に、お互い首を傾げてしまう。そういわれるとそうだな。確か分裂で増えるのだったか?すっかり忘れていたが。というか、
「お前が『スライムくん』と呼んでいただろう。」
「語感がいいから…。さっくんよりさっちゃんの方が言いやすい!」
胸を張って言いきるリンの額を小突く。本当にこいつは…。誤解を引き起こしても、結果的に見れば悪くないのがまた問題なんだが。
「なぜ『サスラ』なんだ。思い入れがあるのか?」
青褪めていたのを思い出した。碌な理由ではない気がするが、今のうちに聞いておくか。
「う…。ええと、架空の神様の名前からとりました…。」
「…、良いのかそれは。」
想像の斜め上を行く理由に、つい呆然と呟いてしまった。
「アルたーん!問題あったら言ってねぇ!!」
虚空に向かって叫ぶリンに、笑いが込み上げてくる。創造神、女神アルヘイラの愛娘が、架空とはいえ神の名を従魔に付けるのか…。
「くっ…、ふ、」
「うん。嗤ってくれていいよ…。でも認証されている辺り、アルたん気にしてないと思うし。」
何とか笑いを押し殺して、煤けているリンに手を差し出すと、不思議そうに見つめられた。
「このダンジョンは、もう10階まで存在していないだろう。2階・3階を索敵したが、モンスターがほぼ消えていた。浄化で消滅した可能性が高い。」
「え、そうだったの?」
「ああ。だから、ここから出て次は隣国に向かう。そうすれば、一つの街に少しは長く留まれるだろう。」
テイマーギルドでサスラの登録もしないとな。そう言えば、嬉しそうに微笑んで。握られた小さな手を引いて、転移陣へ向かった。
国からオサラバまでかけて、満足です。
政治とか挟むと更新遅くなるので省きまくりですみません。
さて、大人がくっついたらやることは一つだけれど、どうしようかな。
折角なのでこのまま濁しながら続けますかね。
致してるのはお月様で短編にでも。お月様更新したら、活動報告に乗せますね。
沢山のいいねやブックマーク・感想ありがとうございます!
励みになっておりました。今もニヤニヤしながら見てます。
一週間に二回更新位でしたが、一万文字だとそれくらいの速度ですね。
受信制なので、遅かったらネタを受信できてないせいです。すみません。
一時完結という事で、
気長にお待ちいただけると嬉しいです。これからもよろしくお願いします。




