大人の初恋は大体こじれる。
「『聖女様』は随分と騎士殿にご執心のようで…。聖女たるもの、騎士と言えども男性へみだりに触れるのはいかがなものか。いえ、もちろん、私の様な者が聖女様へ進言など烏滸がましい事なのですが、どうか一つ、お聞き入れくだされば、と。」
なら黙っててくれませんかねぇ。って言えたらどんなにいいか。いや言ってもいいんだけれどね。私この人の事よく知らない…。知っているのはドン〇バチョに似てるってこと。名前は忘れた!はっはっは。
うーん。言い負かしたり、権力で首を切るのは簡単なんだけれど、別に暴君になったり独裁者になったりするつもりはない。そもそも、もう回復魔法使えるから、ここにいる必要ないしね。ということで、追っ払おう。
こういう時の対処法で一番いいのは、同じことを聞き続けることだよ。無視すると延々と話しかけられるし、下手に出ると調子に乗られるし、高圧的にすると嫌味を言ってくるからね。
どういう事かって?よーし皆でやってみよう☆
「なぜ私が、貴方の言う事を聞かなければいけないんですか。」
「いえいえ、滅相もない。私のいう事を聞く必要などないのです。ただご一考下されば、」
私が珍しく返事をしたから、嬉しそうだね。今のところ一日最低三回来るんだよねぇ。全部無視したけれど。だって私、無礼者なんだもん。礼儀とかわからないんだ申し訳なし。
「なぜ、私が、貴方のいう事を聞かなければいけないの。」
「ですから、ご一考いただければ、」
「なぜ、私が、いう事を聞かなければいけないの。」
「…っ、ですから、」
「なぜ。」
「…聖女様のご機嫌を損ねてしまったようですね。今日の所は、失礼いたします。」
はい、皆上手にできたかな?上手にできると帰っていくから、皆も頑張って練習しよう。普通に会話すると1時間は拘束されるから、55分の短縮だね。偉いね。ポイントは、一切表情筋を動かさない事だよ。
帰っていくドン〇バチョに心で手を振りながら見送る。さらばじゃ。もう二度と会うことはないだろう。…フラグじゃないよ?え、大丈夫だよね?不安になってきた。
「シンジョウは、自由でいればいい。女神も、妖精王すら、それを望んでいる。」
心の中で小石を蹴っていたら、心配そうな顔のゼロさんに、頭を撫でられた。
「うん。ちゃんとお仕事はするから、ご安心を!…ゼロさんに負担かけてごめんね?」
私が神官さん達に何か言われても、絶対に反応したりしないでね。とお願いしているから、ゼロさんは返事はおろか微動だにしていない。たまに相手に殺気みたいなのが飛んでるから、遂行できているかは怪しいけれど。
「俺は何もしていないが…、いや、そうだな。何もできないのは、歯痒いな。」
ふ、と困ったように笑うゼロさんに、頬を撫でられた。…あの、物憂げな色気出すのやめてもらえませんかね。被弾しそうになるので。まったくまったく、これだから顔の良い奴は。
「ウォンカ翁が知りたかったことは、たぶん知れたんじゃないかな。アルたんについて聞いてきた人と、私に言い寄ってきた人、こっそり罵倒してきた人、礼儀正しい人、色々いたけれど、全部ウォンカ翁に報告しておいたし。」
「三日のうちに随分な来客数だな。」
「ふふ、当店は最新のバズ店なもので。」
勉強時間前にウォンカさんに報告していたけど、なんか目がギラギラしていて、嬉しそうな楽しそうな…ヴォイスさん思い出すような、愉悦って感じの顔だった。だから、もう役割は果たせていると思う。この後がどうなるかなんて、私は興味がないから、無関係でいたい。叩いた後の虫は、ウォンカさんにお願いする約束だし。
「はぁあ、心配事が一つ片付いてよかった。」
そんな政治とかのことより、いつ怪我をして、それが悪化するかとドキドキしてた。でもこれからは私が治せるから、モーマンタイだお!
「次はどうする?ダンジョンにでも行くか?」
「ダンジョン!」
そういえば、前にゼロさんが話していた。モンスターがいるんだよね。ここからちょうど国境辺りにダンジョンがあるのか。ほうほう。この国、端から端まで二週間あれば横断できるって言ってたもんね。あっ
「美味しいお肉がゲットできるのか!いかねばっ!」
あの不思議食感の美味しいお肉。思い出しただけでよだれが垂れるぜ。待ってろお肉!ガッツポーズではしゃいでいたら、ゼロさんに笑われたでござる。むむ。
「ふ、…ニホンジンは食いしん坊だったな。なら、丁度良い。ダンジョンのある街は、観光で賑わうから各地の料理が出店で立ち並んでいる。冒険者ランクを上げつつ、食事は外でとればいい。」
ランクが高くないと入れない土地があるんだっけ?我々、というか私のランクが低すぎるし、ゼロさんの同行でもBランクまでだから、浄化先限定されるもんね。
「食べ歩きだね。俄然やる気が出てきたっ!」
「…食べ物に釣られて、人攫いにあうなよ?」
顔は笑っているけれど、結構真剣な雰囲気で言われた。心・外!!
「ゼロさんは、どれほど私を子ども扱いすれば気がすむんだい。」
ムッと眉間に皺が寄る。うむむ、言動かね?あの格好がいけないのか?心当たりしかありませんけどね。子供身長の男の子顔ですみませんねぇ。
「そういう意味じゃ無いんだが…。」
「言動は無理だから、手っ取り早く見た目を変えれば…。露出するとか。」
おっぱいでも出せばいいのか。最低でも男の子には間違われないはずだ。服の上から胸を押さえて唸る。ここの世界の人達のばいんぼいんに比べたら、慎ましやかかもしれないけどね。前の世界では平均よりはあるんだからな!
「あの時は古着屋さんで急いで揃えたけど、今度はちゃんと選んで買う。ウォンカ翁が新しく聖女宛のお布施くれたから、金ならあるんや!」
「ダメだ。今のままでいい。」
お、おう。なんでそんな不機嫌。めっちゃお怒りになるじゃないか。でもビキニアーマーで冒険者するお姉さんとか見たし、あんまり恰好関係ないのでは?ドレス着るわけでもないし。動きやすさは譲れないから、防具とかをちゃんとしたの…女性向けデザインに取り換えるくらいかな。
「変な奴が寄ってきたらどうするんだ。」
ぷんぷこしてるのは、手を煩わせるなよってことか。だが断る!
「ゼロさんがいるから、大丈夫。」
THE☆他力本願。でも、ゼロさんは思う所があるのか押し黙った。そうだそうだ!君のお仕事の範疇だぞ!黙ったって事は、これはOKって事かい?勝った。やったぜ。
あとの問題は、この中世なんだかよくわからない世界で、好みの服がみつかるかなぁ。ってこと。服屋さんに階級とかあるんだもん。貴族用!みたいな。どこから探せばいいかなぁ。
と、私の世話係についてくれている女性神官三人組に聞いてみた。右から清楚なアリアさん、元気なデイジーさん、ほんわかアンネさん。
実はここに来てすぐ、教会にいてね!とウォンカ翁にお願いされて、何処に泊まるんだろう。ご飯はどうする?なんて考えていたら、女性の神官さんが現れて、恭しく挨拶されたのだ。
「大聖女様のお世話をさせていただきます。どの様なことでも、お申し付け下さい。」
そんなことを言われたと思う。けど、正直ひびりすぎて声がでなかったよね。私も敬語で挨拶を返したら、敬語も頭を下げるのもダメですよ。と慌てられた。権力者ェ…。通された客室も、一番上等なお部屋ですと紹介された。それに違わぬ煌びやかさだったよ…。
こう、ギラギラしてる感じでは無く、白中心に、上品で清潔感あるお部屋だった。あとね、ベットがふっかふかだった。最早これだけあれば良いくらいのふかふか具合で、ちょっとぽうんぽうん跳ねて遊んだよね。こっそりね!怒られたくないからね。
後はもう、下にも置かぬ!ってあつかいです。ご飯美味しいし、お風呂で人に身体洗われるなんて赤子ぶりだよ…。でも最高でした。
昨日は、お願いしたら柑橘系の香油入れてくれたり、マッサージしてくれたり。え、それ神官のお仕事ですか?!ってサービスで至れり尽くせりのくてんくてんにされた。お陰で揺らいでいたお肌がピッカピカだぜ!
とまぁ、ここ三日の話は置いておいて。
「お召し物は此方になります。いかがでしょうか。」
「お、おおう…。TPO…。」
お洋服の相談をしたら、ちょうどウォンカ様からドレスが届いておりますので、お召しになられませんか?と言われひん剥かれた。丁寧な言葉と笑顔の圧って、荒くれ者より怖いよね。
真っ白なドレスは、デコルテ全開でオフショルダー。それにドレープが繋がっていて…エンパイアとか言うのじゃないかなこれ…?中世かと思ってたけれど、違うのかな…。うん。ま、いっか。魔物とかいる時点でよくわかんないし。
ちなみに着こなせてないよ。ここテストに出るよ言わせんな恥ずかしい。
髪が短くても器用にまとめられて、恐ろしく繊細な見た目の割に、頑丈な髪飾り差し込まれた。
「大聖女様の黒髪に、白が良く映えますわ。」
「ええ、本当に!ドレープのレースがまるで羽のよう。」
「とてもお似合いです!」
最初はなんとも思ってなかったんだけどね。この美人さん達めっちゃ褒めてくる…!場に相応しい格好ってあるけど、このドレスも全部真っ白。神聖さ演出したいのかな。
でも青色と金色で刺繍とかワンポイントが入っているのは、ウォンカさんのカラーが青だからだろうなぁ。言外に派閥表明させられている。うむ。お世話になっているし、それくらいはしますとも。
「ゼロさんみてみて、『なんちゃって聖女』から『それなりに聖女』へランクアップした。」
プロにメイクされ、シンプルなのに上品なドレスを着せられ、髪も飾り付けられて、美人な神官さん達に褒めて貰って。もうここまで改造されたら流石に『聖女感』出るよね。だから、廊下で護衛しているゼロさんに、見せびらかしに行ったんだが、
「そう、…だ、な。」
ゼロさんは私を見て、動かなくなった。電池切れたのかな。って暫くウロウロしてたけど、一言発してから、何にも反応してくれない。
洋服の相談に行って、ドレスを着て出てきたから驚いたのかと思ったけれど、反応なさすぎじゃないかい?むぐぐ、…つまらない。
やっぱり馬子にも衣装というか、豚に真珠というか…似合っていなかったようだ。煽てられて調子に乗った。反省。なかなか良きなのではと思ったんだけどなぁ。…褒めて貰えなくて、ちょっとがっかり。
「ゼロさん、こういう時は嘘でも『似合ってる』っていうものだよ。」
「っ、す、すまん!よく似合っている!」
「うん。ありがとー。」
指摘されたのが恥ずかしかったのか、再起動したゼロさんの顔が真っ赤だ。わかる。こう言う、空気読みみたいなのって、失敗すると恥ずかしいよね。
…でも、なんかムカムカするから、ゼロさんに近づくのは止めておくのだ。ATフィールドなう。ふーんだ。美人な神官さん達に沢山褒めて貰ったから、ゼロさんに褒められなくてもいいもん。あんなに時間をかけてセットしてもらったからね。
ゼロさんをチラ見したら、ばっちり目が合った。でも視線が泳いで逸らされたでござる。眉間に皺よっちゃう。ムッとしてしまうから、私も顔をそらす。そんなに見るに堪えないかね?
楽しい事考えよう。うむむ、メンタルの安定を図るのだ。これからウォンカさんにご挨拶だから、案内されて部屋に向かう。ドレスのお礼と、でも使い道がないぜって相談と、回復魔法が使えるようになった報告でっすん。
「シンジョウ、」
「なんですか?」
「…っいや、その、」
呼ばれて振り返ったら、未だ眦を赤くして、視線を泳がせて言葉に詰まっているゼロさん。さっきの感じ的に、服装とか褒めるの慣れてないのかな。無理しなくて良いのに。うーん。
「ウォンカ翁、お待たせしちゃうんで。行ってきまっしゅ。」
「ああ、…わかった。」
うむぅ、ダメだ。不機嫌が顔に出ていた気がする。不可抗力だから許してほしい。ゼロさんが思っていたのと違う反応をしたからって、不機嫌になるのはよろしくないよね。大人ですしお寿司。八つ当たり良くない。むむ、切り替えねば。
ウォンカさんは、アリアさん達より柔らかい表現で沢山褒めてくれた。こう、お爺ちゃんに褒められてる気分で、なかなか良き!んへへ。私は単純だから、褒められるとすぐに機嫌が治るぞ。安易に褒めて頂きたい!
このドレス、ウォンカさんがアリアさん達と準備してくれたものだった。私に合わせて仕立てたといわれて、あの短時間でアリアさん達にスリーサイズを把握されたのかと空恐ろしくなる。ぷ、プロ凄い…。
「…そもそも、何故ゼロさんの反応を気にしてるんだろうか私は。別に好きな恰好でいいじゃないか。」
ふと、自分でもよくわからなくなった。褒めてって言って、褒めてもらったから、もうミッション達成してるじゃないか。割り当てられた自室で、お店の候補を上げてくれていたアリアさん達が顔を見合わせている。おもわず一緒になって首を傾げちゃうよね。
「あの、大聖女様と騎士様は、お付き合いなさっているのではないのですか?」
「んぇ?違うよ。うーん、上司と部下…いや、保護者と保護対象だよ。」
そわそわしながら聞かれて、即答したら、なにやらこしょこしょと内緒話が始まってしまった。え、なんですか気になるぅ。でもなんだか楽しそうだから、終わるまで待ってるね!良い上司になりたいから、割り込んだりしないのだ。
お店の名前や詳細が書かれている候補を見ていたら、わふわふ興奮した感じで三人が戻ってきた。おお、どうしたの?
「大聖女様、こちらのお店になさいませんか?!」
「もしくは、こちらがお勧めです!」
読んでいた紙束が回収されて、代わりにお店の広告?を渡された。広告には、新しくできたお店だよ!斬新なデザインで流行っているデザイナーだよ!サイズ展開豊富だから皆来てね!みたいなことが書いてある。
もう一つの方は、女性冒険者専用のお店だった。おお、専門店とかあるんだね。知ってることの方が少ないから、とっても助かる。
「わ、ありがとう!明日行ってみようかなぁ。」
「ぜひ!楽しんでいらしてください。」
今日回復魔法が出来るようになったから、今日出ていきますね。とはならないわけで。早くて明後日になった。明日は暇だから、折角だしここに行こうかな。あ、そうだ。
「皆と行けないかな…?だめ…?」
「それはもちろん、喜んでお供いたします。」
「ご一緒させていただけるなんて、光栄ですわ。」
「明日が楽しみですわね。」
やったぁ!こっちに来て、初めて女性とショッピングですよ。これはテンション上がる!お友達とかではないけれど、歳も近いと思うし、もっと仲良くなりたい。
「と、言うことで。ゼロさんはお留守番じゃ。」
翌日、朝ご飯を頂いて、身支度もバッチリ整えて貰った。聖女服だと目立つし大変だから、一般的な服ですよ。
ラウンドネックにバルーン袖で、コルセットにスカート。民族衣装みたい…これあれだな、ゼロさんと初対面の時に着ていたものに似てる。宿屋の娘さんのお洋服を借りていたときの。
ゼロさんも部屋に入ってきて、目が合った時に一瞬固まっていたから、多分同じ事を考えていたんだろうなぁ。
まぁそれは置いておいて。不満げなゼロさんを説得しなければならぬ。
「いや、一緒に行くぞ。」
「…女性用の下着屋さんとか行くよ?」
「ぅぐっ…、」
「選びたいのかい?」
「なんっ、何故そうなる!?」
護衛に就くだけだ!と、ゼロさんが吼えていて、とても愉快。だって顔が赤いから。照れてる?
「ウォンカ翁が、女性騎士を連れてきてくれたから大丈夫だよ。ゼロさん、休みが無いんだから今日はゆっくりするのだ!」
腰に手を当てて踏ん反り返って言ってみた。上司命令ですぞ!休みたまへ。というか、気分転換に行くのに元凶か来たら意味ないでそ!言わんけども。
「…わかった。」
えええ、なんでそんなしょんぼりするんだい。久しぶりの休みなのだから喜びたまえよ…。というか、『大聖女の騎士』って護衛含まれるのかな?有事の際とかに限定で来るんじゃないの?
っは!まさかワーカーホリックか?!働いていないと、身体が落ち着かないのかな…。うむ、これからは休みをしっかりとらせて、ワーホリの毒気を抜かなければ。
「よし、ちゃんと休んでね。」
一応、念押ししておく。ごめんよ。流石に外で待つにしても、女性下着屋さんの前で熊が仁王立ちしてたら、営業妨害もいい所だ。あとまだちょっともやもやしてるから。幼稚ですまぬ。
◇◇◇◇◇◇◇◇
突然降って沸いた休日に、教皇様に充てていただいた部屋で、使っていない防具の手入れをすることにした。
シンジョウに休みを言い渡された。と言うよりも、若干避けられているような気がするのは、俺の気のせい…だと、思いたい。
「はぁ…。」
いや、わかっている。昨日、着飾ったシンジョウに動揺して、…怒らせてしまったんだろう。見惚れていて、反応できなかった。と、すぐに本当のことを言えば良かったんだ。
シンジョウは、真逆に解釈することが多々ある。今回も、俺が促されてから褒めたことで、良くない方向に察した可能性が大きい。
次こそはしっかり自分の言葉で伝えなければ、と意気込んだ矢先に、あの時と似た服で談笑しているものだから、心臓が止まるかと…ッ。
「いや、やはりこのままは拙い。」
防具を拭いては、ため息と共に手が止まる。まるで整備が進んでいない。自業自得だが、避けられるのがここまで堪えるとは思わなかった。実際は避けると言うほど、大袈裟な拒絶では無いだけましだが。
目が合っても反らされ、先を歩き、話しかけようと思っても他の者と談笑している。ついには護衛を外されてしまった。
心臓が脈を刻む度、ズキズキ痛む。内臓を鷲掴みされているような不快感が湧き上がる。確かに、この程度のことで此処まで身体に不調が出るなら、『惚れた方の負け』等という話も出るな。と、納得できる。
シンジョウに俺を意識させるどころか、自分が深みに嵌まっているのだから笑えない。
『選びたいのかい?』
不思議そうに首を傾げるシンジョウを思い出して、顔に熱が集まる。何故そうなるのか。女物の下着の善し悪しなど、わかるわけが無い。
シンジョウにからかわれたのは、わかっているが…っ。いや、今まで他人の服装に関心が無かった上、女を口説いたり褒めたりと言うことがほぼ無かったように思う。…ほぼ所かまるで無かったな。
ヴォイスやダズなら、俺が気が付かないような細かい変化にも気付いて、上手く褒めるのだろう。ふと、シンジョウを口説いていたヴォイスを思い出して、気付くと手に持っていた油瓶を握り締めていた。
「はじめに見たときは、随分サイズの大きな服だったな…。それから、髪も長かった。」
シンジョウが『ジャージ』ど呼んでいたそれは、薄ら体型がわかる程度で、まるでサイズ感の合っていない暗い色の服だった。たぶん、上下が揃いなのだ。
それから、髪が腰までと長く、黒髪が艶々と月明かりを反射していた。肌は白すぎず健康的で、それでも黒髪に映える白さだった。思い出しては、肯きながら、自分の記憶を呼び起こす。
その後は、吐いてしまってミランダに着替えを…、ボッと自分の顔が熱くなる。今も楽しげに笑っているか、真面目な顔は稀に。泣いているのを見たのはあの時だけだが、…その、可愛かった。こう、弱く庇護欲をそそる感じが…。
あの時を思い出してしまって、今朝も硬直してしまった。街中でよく見るタイプの服だというのに、シンジョウが着ているだけで、何か特別な感じがして、ダメだ。
「その後は、…髪が、」
ダズの所為で、シンジョウは綺麗な髪を切ってしまった。似合ってはいるが、理由が彼奴だと思うと胃の底が煮立ってくる。絶対に会ったら1発入れよう。2発でも良い。
王都を出る事を優先して、急いで最低限を揃えた。シンジョウは一般的な女より背が低い。その為に、服が揃えられなかったと本人が言っていた。子供用の男物を着ていたしな。
それでも身体の要所は華奢で、触れると柔らかく、甘い爽やかな香りがしていた。綺麗好きなのか、宿も風呂付きを望んでいたな。
服の下がまさかあんなことになっているとは思わなかったが…。よく考えなくても当たり前だ、シンジョウは女なのだから。あの時も、犬の時に見てしまったのも黒だった、のは、本人の好みだろうか。白も似合うと…いや、馬鹿か。変なことを考えるな!
今回の買い物は、女神官達がついている。今頃、楽しんでいるだろう。…教皇様と女神官達でドレスを準備したと言っていた。あれだけシンジョウに似合う物を用意できるのだから、目利きなのだろう。
「…美しかったな、」
白く品のあるドレス。白地に這う金の蔦模様と青薔薇が優雅で、女らしい曲線を拾うのに、下品にはならない、格を見せつけるような。
纏めた黒髪に映える花飾りも、細い指を隠すレースも、見上げてくる瞳を縁取る朱も。…薄く色づけられた、唇も。
『大好き。』
微笑む、記憶の中のシンジョウ、に、息が詰まり、バキッと手元で鈍い音が鳴る。
「何をしてるんだ俺は…。」
磨きすぎた防具達を転がしたまま、二つに割れてしまったバックルを見つめる。予備を壊してどうするんだ。というか、いつの間にこんなに磨いたんだ?
窓の外を見れば日が傾いてきていて、そろそろシンジョウが戻ってきても可笑しくない時間だ。…何とは無く落ち着かず、手早くリングへ防具と道具を片付ける。
…迎えに行くくらいなら、いいだろう。駆け寄ってくるシンジョウを思い出して、口元が緩む。
難産で何時もより短いです陳謝。
後から加筆することがよくあるので、
前頁もわかりやすくするため少し加筆されてます。




