第45話 ヘルバッファロー
夜の空を駆ける私達の眼前に近付いてきた山岳地帯のシルエットが月明かりだけに照らされ、大きくなってくる。
山の麓付近に所々、草の生えていない広い草原も見えてきた。
「イスネリ!そろそろ目的地が近いから、低めに飛んでくれるかな?」
イスネリは頷くと、次第に高度を下げて少し速度を落として、飛び続けた。
「アイシャ。このぐらいの高さなら大丈夫?」
私に声を掛けられたアイシャは目を開けて、少し周りを見回した後、
「はい、このぐらいでしたら、大丈夫です。ありがとうございます」
そのまま私達はだだっ広く広がる草原を月明かりだけを頼りに飛び続けた。
「イスネリ! 疲れてない?」
「全然大丈夫ですの。このまま辺りを飛び回ってみますので、皆さん周りを探してみてくださいですの」
そう言ってイスネリはその高さのまま、大きく旋回を繰り返した。
そうして何度か旋回した時、クウネが一方を指差し、声を上げた。
「ラフィーネ! あれっ! 何かな?」
クウネが指差す方を見てみると、草原のその一帯だけ不自然に黒い霧が立ち込めていた。
「イスネリ! あの黒い霧の方に近付いてくれる?」
その黒い霧は上空から見ると、直径十数メートルほどの大きさで、この草原に不自然に発生していた。
「アイシャ。明らかにおかしいよね?あの霧」
「はい。間違いなく、異形の気配がしますね」
「とりあえず私が矢で威嚇する?」
「いえ、少しお待ちください。イスネリ! 羽を羽ばたかせて、風であの霧を散らせる事は出来ますか?」
「わかりましたの! やってみますの! しっかり捕まっててくださいの!」
そう言ってイスネリは霧に近付いて、大きく羽を羽ばたかせ、風を黒い霧に向かってぶつけた。
すると黒い霧は夜の草原に散って、その霧の中心だった場所に太い四肢で悠然と立っている、漆黒の巨体が見えた。
その巨体のモンスターの頭には私の腕よりも太い角が二本あり、真っ赤な眼と地面につきそうなぐらいの長い髭があった。
「あれがヘルバッファロー…」
思わず私は呟いた。
空からでもその大きさと、威圧感は充分伝わってきた。
ヘルバッファローは真上ぐらいにいる私達にまだ気付いていないが、突然霧が晴れた事が不思議そうに辺りを見回している。
「ねえ、アイシャ。ここから三日月で角だけ狙ってみてもいい?」
「止めといた方が……って、もう用意してるじゃないですか!」
私は鞄から三日月を一枚出して、宙に浮かせた。
「もう!! どうなっても知りませんよ! イスネリ! 危なくなったら、すぐにあのモンスターから離れてくださいね!」
アイシャがイスネリにそう言っている間に、私は三日月を高速回転させて、ヘルバッファローの真上から角を狙う。
こないだ作って貰った少し大型の三日月だ。
私の飛び道具の中では、一番威力があるこれを角に目掛けて放った。
ガキィィーーン!!
高い金属音のような音を立てて、三日月が角に当たる。
しかし、三日月は角に食い込んだ所で止まり、切断出来なかった。
「グボァーー!!」
攻撃されたヘルバッファローが吠えながら上を向き、私達はその真っ赤な眼と目が合った。
「イスネリ! 離れてください!」
アイシャがそう叫んだと同時にヘルバッファローが、イスネリに向かって黒いブレスを吐き出した。
「ゴブァーッ!」
イスネリはとっさに身を翻して、そのブレスをかわしたが、その拍子に私とクウネが、イスネリから振り落とされてしまった。
「きゃーっ!」
「しまったですの!」
それほど高さがなかったので、クウネは上手く着地できたが、私はお尻から落ちて声を上げてしまった。
「ラフィーネ! 大丈夫?」
「だ、大丈夫だよ。ヤバい! クウネ! 槍をあいつに投げて!」
ヘルバッファローは落ちた私達に向かって、突進してきていた。
武器を出すのが間に合わない私は、クウネが背負っていたイスネリの槍を投げるよう、叫んだ。
慌ててクウネがヘルバッファローに向かって槍を投げつける。
私はすぐに念動で槍を操り、突進してくるヘルバッファローの前で槍を高速回転させて、牽制する。
ズザザーーッ!
目の前で槍が高速回転するのが目に入ったヘルバッファローは、突進を止めて急停止した。
ヘルバッファローの片方の角には三日月が深く食い込んでいるのが見えた。
惜しいー。あとちょっとだったのになー。
上からアイシャの声が聞こえた。
「お嬢様! 一旦離れて立て直しましょう! イスネリ! 二人を掴んで安全な所まで飛んでください!」
「ご、ごめんなさいですの。すぐに掴みますの」
うーん、角もあとちょっとで折れそうなのにな……。
「分かった! 一旦離れよう! イスネリ! お願いできるかな?」
私がそう叫ぶとイスネリが高度を下げ出す。
ヘルバッファローは高速回転している槍の向こう側でこちらを睨み付けている。
イスネリが私とクウネに近付いて来るのを見たヘルバッファローは再び、私達に向かって突進を始めた。
「ボフゥォーー!」
低い咆哮を上げて走りだしたヘルバッファローは頭を下げ、角を突き出して、回転している槍とその角がぶつかる。
キィーーンッ!!
大きな音を立てて槍が弾け飛ぶが、走る勢いは落ちない。
「ラフィーネ!!」
クウネが私の体を引っ張り二人で横に跳び、イスネリもアイシャを乗せたまま、その反対側にかわす。
間一髪のところでヘルバッファローの体当たりをかわした。
再び向き合った私達とヘルバッファローが睨み合い、私は目線をヘルバッファローに向けたまま、叫んだ。
「アイシャ! ダメだ! このまま戦うよ!」
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