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第2話 周回

人の数が多くなり住む場所を追われていた魔の者達。

人の体に乗り移り、彼等は人に成ることを選んだ。

ルージュは身を寄せている海神の次男と出掛けることになった。


 1

 ルージュは玄関の扉を開けた。

 溜息をひとつ。

「あら。おかえりなさい、ルージュさん」

 顔を上げるとそこにはお付きの者を伴った海神がいた。

「調子はどうかしら」

 首を少し傾げて言う。

 真っ直ぐの髪、優雅な仕草。

 これぞ、上に立つ者の見た目という感じである。

「体に不具合は起きていない?」

「あ、それは、大丈夫です」

「それは良かったです」

「お母様―、と」

 玄関ホールの更に奥から来たのはこの海神の三番目の息子であった。

 ここに来ているなんて珍しい。

 ルージュは話しかけはせず、目礼だけした。

 明るい髪の色、可愛がりたい者を刺激しそうな素直で快活な性格が滲み出ている顔。

 よくもまあそんな似合った体が見付かったものだ。

 それとも、内面の影響で外側が変わったのだろうか?

 そこへ二番目の息子がやってきた。

 三男とは違い静かな空気が流れている。黒い髪、特徴のない服。

 柔和ではあるが何者も寄せ付けない静かな笑顔。

「アキは?」

 三男が海神である母親に聞いた。

「用事が終わってからだそうで、外で待ち合わせの予定です」

「そっか。楽しみだなー」

「これからお食事に行こうと思っています。カイトはどうしますか」

「あ、アキからだ。今終わって向かってるって。早く行こうよ」

「用事があるので」

 次男は少しだけの笑顔のまま首を横に振った。それで会話は終わったとばかりに皆の足が動き出し、ちょっとした集団は玄関を出て行ってしまった。

 ルージュは心の中で一息ついた。やはり緊張していたようだ。

 さてやっと自分の部屋へ戻れると思ったとき、カイトと目が合った。

「ね、ところでルージュはこのあと時間ある?」

「え」

「どこか一緒に出掛けない?」

「さっき用事があるって・・・」

「用事は終わった。ルージュは、暇?」

「ええ、まあ・・・暇かな」

 ほんの気紛れだ。暇なのは本当で、だからこの不可思議な扱いをされている海神の次男を観察してみようと思った。

「よし、じゃあ外で合流! 待ち合わせというものをやろう」

「何、意味わかんない」

「時間は二時間後がいいかな? 場所は携帯端末に送るから。山登りはしないけどたくさん歩くから歩きやすい靴と服装がいい。じゃあ後で」

 清々しい笑顔ときれいな流れで予定は決まり、さっさと行ってしまった。

 ルージュには相変わらず考えが読めない性格の持ち主だった。


 2

 この体に魂を移してからまだ数年。

 人の数が多くなり、魔の者と呼ばれる人ではない生き物の生存圏が無くなりつつあった。そこで人の体に魂を移し、乗り移ろうと考えた者がいた。人の中に溶け込むのに抵抗がある者、人に成るのがそもそも抵抗のある者・・・。賛否両論あったものの、ともかく技術は確立し、魔の者は人へ乗り移って行った。

 科学が進み、陸地に居ては捕まるのは時間の問題となった。魔の者たちは海へと追いやられ、そこが最後の地となっていた。海神はもともと海を統率していた者だったため、海へ逃げて来た者たちに諍いが起こらないようにしたり場所を作ったりとしていた。自身も乗り移り、陸へ上がってからも乗り移った者たちが人の世に溶け込めるよう手配する役目をそのまま担って今に至る。

 ルージュも乗り移った者だ。人の体はどこから手配しているかは不明だが、死体を使っているらしい。乗り移る順番はまちまちで、見た目と精神が似通った体のほうが上手く馴染むらしい。今も順番を古くから待っている者達がいるらしい。

 らしい、らしい、という噂や技術の話ばかりで、実のところルージュも詳しくはわからない。知っているのはこの組織が「館」と呼ばれている事だけだ。


 どこに行くのか見当も付かないまま待ち合わせの駅前に到着。

 既にカイトは待っていた。先程よりは明るい色合いの服装でどこにでもいる人間の若者という出で立ちだ。

 海神の次男であるカイトとは、館の敷地内に住んでいるので当然顔は知っているし話したことはあるのだがいつも挨拶程度。あとは誰かを探していたりのときで、二言三言交わした事があっただけだった。だから今回の誘いは珍しい。

「やあ、待ちくたびれちゃったよ。もしや来れないと思って不安になっちゃった」

「二時間ここに居たんですか」

「まずは電車に乗ろうか。・・・乗り方はわかるね?」

「はい。勿論」

 そう返すと満足したように頷き改札へ続く階段のほうへ向かった。

「最初の目的地は住宅街にある雑貨屋さん。なぜか人気がある。特に大きい最寄駅でもないし駅から少し遠いのに、だよ。気になる」

「はあ・・・」

 電車が来るまでの会話がこうだ。降りる人を待ってそのあと乗り込む。電車内は比較的空いていた。ドアの近くに二人は居場所を決め、ルージュは外を眺めた。ふとやや後ろにいるカイトが気になって覗いてみると、あちらもこちらに気付き「ふっふっふ」という声は出ていないものの、そういう顔付きをしてきた。どういう反応なのかはわからない。

 小売店が駅前に少しだけあるという、住宅街の普通の駅だった。そこからまた歩いて目的の雑貨屋へ向かう。カイトは携帯端末を確認していたがすぐに行く方向が決まった。事前に調べていたようだ。

 線路と平行するようなまっすぐな道だった。隣の駅との真ん中あたりまで歩いただろうか。そこに雑貨屋はあった。建物は白く、少しの植物で彩られていた。反して中は暗く、雑貨がひしめき合っていた。どれも非日常を演出する変わった物ばかりだった。具体的には魔法道具みたいな。創作物の中にしか登場しないような華やかで煌めいていて、日常には全く必要のない物。でも人の心が躍るのだろうというのはルージュにもわかった。

 店内に品物は多いものの狭いのですぐに見終わってしまった。気が付くとカイトは外にいた。何も買わなかったようだ。良いなと思った物はあったが買うまでは行かずルージュも店を出た。

「次はどこに行くの?」

「次はね・・・」

 例の謎の笑みを浮かべて次の行き先を告げられた。


 次も電車で移動して駅からまた歩いた。大昔の偉人の首を祀っている場所だった。誰でも入れるしちょっとした観光スポットだ。旗が道に沿って沢山立っていた。暗い気配は全然しない。

「首を? 人間は変な事をするなあ」

「昔の話ね。人の頭部、頭脳かな? それはその人そのものだと考えられていて、まあとても価値がある。今でもなかなかに治療も復元も難しい」

 というわけで敷地内を回り、目玉スポットも一通り見終えた。滞在時間三十分過ぎたところ。

「よしでは次――」

 敷地を出たところでカイトがまた宣言した。

 駅にまた戻りまた電車に乗り、今度は海のほうへ向かう。観光地から帰ると思われる人々で駅は少し混み始めていた。ルージュ達は反対行きなので電車は空いていた。

 海岸から道が伸びていて一キロメートルくらい離れた所に島がある。この辺でも有名な観光地だ。砂浜が終わると両側が海になる。橋から波が漂うのを見たが何も泳いでいなかった。

 島に着くとそこはもう観光地だった。緩い坂道に土産物屋や食べ物屋がずらりと並んで客を待ち構えている。帰りにもここを通るので後回しにして通り抜けることになった。信じられないくらいに人が多い。今の時代に観光地に生身で行くという事も珍しいのに。暇だし豊かなのだろうなとルージュは思った。

 林の中の道を上り薄暗い突き当りまで来たところで人工物が登場した。

「エレベーター? え、凄いね。これで簡単に昇れるわけだ」

 薄暗い木々の間に機械があるのはとてつもない異物に見える。

「そ、誰でも上へ行くことが出来るわけなんだけど」

 カイトはどうやら土の道の、つまり山道を登りたいようだ。今日の外出は彼の言う通りにしようと決めていたので渋々だがそちらを容認した。

 ルージュに宛がわれたこの体は彼女自身の精神よりだいぶ若かった。けれど外の世界に出て、何も知らない者と接すると外見の年齢のように扱われるので精神もそちらに引っ張られている、と感じていた。

 だからといって子供のように振る舞う事はさすがに出来ないし、そぐわない言動をすると不審がられる。これは絶対に避けなくてはならない。だから相手が「同じ」境遇の者だと少なからず安心する。ルージュは元々群れる習性はないので仲間意識というものはないが気を遣わないで済む。

 山道は思ったより急で暗く湿った道だった。さすがに無言で歩く。登り切ると目の前には広場があり奥には古めかしい建物があった。奇妙な形の生物を祀っている。

「昔暴れたやつ?」

「こういうものでは我々は鎮まらないね」

 そこをささっと見てカイトはすぐに別の方向に歩いていた。島自体が小さいので歩ける頂上部分はもっと狭いと思われるが、もう少し見て回る所があるようだ。ルージュも後を追った。

 低木が植わられた間の道を行く。一番見晴らしのいい所に簡素な鐘があった。恋人が一緒に鳴らすと幸せになれるとかなんとか、という説明書きがあった。二人とも鐘を見上げる。

「へえ・・・」

 紐が垂れているので本当に音が鳴るようだった。景色はとても良い。

 カイトがまたすぐに歩き出して今度は頂上部分の周りを囲む大きな木が生えている所に入って行った。カイトの身長だと枝が低いのでやや屈んでいる。暗いので地面にあまり草は生えておらず、土が固い地面になっていた。あの先は恐らく島の端になるだろう。すぐに崖だろうか?とルージュは思った。

 彼女がそんな事を考えているのも知らないであろう、カイトは木を見上げたり根本を見たりどんどん先へ進んでいる。

「ねえ、いつもこんな事しているの」

「時々。割とちゃんと計画しているよ」

「今までどんな所へ行ったの」

 おや、という顔を一瞬された。それはそうだろう。だってこういう一歩踏み込んだ話をする間柄ではない。今までもそうだったしこれからも多分そうだが、今日は気紛れだ。ルージュが誘われたのも気紛れだろうと思っている。あちらが観察に値するものが自分にあるとは思えない。

 彼は、うーんそうだなあと考える仕草をしてから、

「言う程たくさん行っているわけではないよ。そうだね、飛行機は楽しい。空港がとにかく大きいし楽しい場所だった。船も楽しかった。乗っていると速度が感じられなくて面白い。これからさらに科学が進んで調査が進んで、もうじき海にも人間がたくさん来る」

 それは魔の者共通の認識だ。カイトの表情はいつもの無表情に近い。ルージュもこれといってその事実を悲観しているわけではない。だって人のほうが頭が良いのだ。力が弱い代わりに頭脳を駆使する。物を生み出せる。どこへでも行く。歴史も宇宙も読み解こうとする。その貪欲さは魔の者から見ても驚嘆する。

 そしてルージュもカイトもどちらかといえばそちら側に近い精神の構造を持っていた。だから乗り移ることを許された。弱い体に成っても大丈夫だろうと。

「よし次」

「え、もう終わり?」

「うん」

「ちゃんと見てる?」

「見た。次はね」

「ちょ、ちょっと。待って。まだ行くの。どこかで休まない? なんか食べたりとかないの? どこか座りたい。疲れた・・・」

 ルージュの言った言葉を理解していないようにカイトはちょっと驚く顔をした。

「なるほど。他者がいるとこうなるのか」

「はあ・・・え、何? いつもはどうしてるの? 食べないとか?」

「食べない。そこまでお腹は空かない。もしくはパンでも買ってベンチで食べる」

 海の近くにある「館」と呼ばれるに相応しい外見のあの建物に海神親子は住んでいる。同時に、乗り移った者の体調管理や研究などもしていて、人の世界へ出て行く前の訓練中の者を住まわす寮もある。

 同じ敷地内で数年住んでいればどんな風に思われているか周りから聞こえてくる。カイトはもちろん変わり者だった。ルージュはそこまでとは思っていなかったが今日はそう思ってしまった。

「食べるのが目的の時は食べるけど、その時間でもっと沢山見たいしなあ」

 帰りはエレベーターに乗って山を下りた。エレベーターは景色を魅せるためにガラス張りであった。すぐ目の前に広大な陸地が広がっていた。

 次の目的地は島の裏側にある岩場だったらしい。そんな話を聞きながら土産物屋の通りを過ぎる。島に入る前にあったファミレスに入ろうという事になった。

 島と陸を繋ぐ橋の風が気持ちいい。

「そうか。あれは・・・を象ったものか」

「え、何?・・・ええと。荒れた海を鎮める祈祷なんかに使う物じゃないの?」

 鎮まるわけのない魔の者を祀る、なんて事を人間はしないだろうと思ったからだ。

「うん、それもある。あとは大漁祈願。ああ、地元だから、あっても不思議ではないか。あの古さからすると」

 待っていたが、続きの言葉は一向に来ない。どうしたのかと顔を覗き見ると全然違う方向を見ている。この話題は彼の中では終わったようだ。店に着いたことによってルージュはこの話題のことは忘れてしまった。

「はあ・・・疲れた」

 時間がずれていたこともあってレストランは空いていた。奥の窓側の席に向かい合わせで座る。

「奢るよ。今日は連れ回してしまったし。好きな物選んで~」

 間延びした声は紙のメニューの向こうから聞こえた。テーブルに備え付けの端末がありそれぞれ注文出来る。好きな物って、凄い額を注文されたらどうするのだろうと一瞬考えたがこちらにメリットが無さ過ぎたので実行には移さない。

「じゃあこのグラタンで・・・」

「はいはい~」

 あちらが端末を操作する。

「飲み物は? 俺はホットコーヒー」

「・・・じゃあアイスコーヒーで」

 コーヒーが先に来た。二人は飲み始める。やっと一息つけたと思えた。向かいのカイトを盗み見ると窓の外を見ていた。

 ルージュも見てみたが歩道を歩く人、走っている人、道路の向こうの浜辺で犬の散歩をする人、これといって変わった風景ではない。ごく普通のこの世界の風景だ。

 二人にとっては異質な世界だが馴染まないといけない。

 料理が来た。カイトはなんとフルーツが乗った小さなパフェを注文していた。

「食事じゃないの!? なんでいきなりデザート?」

「デザートを先に食べて何がいけない? でも食事はこのあと食べないけど」

 意外にも美味しそうに食べる姿を見てしまってルージュは自分の食事を始めた。

「おいしい?」

 カイトが聞いてきた。

「おいしい。普通においしい」

「それは、良かった」

 そういえばカイトは携帯端末をあまり見ていなかった。地図を確かめる為に取り出したりはしたものの、電車を待っているときや乗っているときも、レストランに入ったこの時間でも見ようとする仕草は無かった。ルージュはこの機械が好きだ。とても面白い。しかし今日はカイトを観察する目的としていた為、意識して見ないようにしていた。もしかして単に好きではないのかもしれない。見ようとする用事がないだけなのかもしれない。

 カイトが何の仕事をしているかルージュは知らない。乗り移った魔の者は人の世界を理解しやすいということで、人間社会の何かしらの仕事に就くのが習わしだ。わからない事も新人、ということにしておけば誤魔化すことが出来る。

 彼は自分より格上の魔の者で、生まれ落ちてからの年齢も乗り移ってからの年月もずっと上だ。だから友達にはなれない。けれど話は出来る。人に成ったのだから。話すだけに関係性の名前は要らない。

「カイトは趣味とか・・・ってある?」

「オタク。人間の文化ではこれが最高だと思う」

 早口だった。脳内で意味がぐるぐる回る。

「この世界で生きるのに必要か必要でないかといったら全く全然必要でない。なのにこの必要でないものに精神を癒される作用がある、生きる目的みたいなものすら生まれる。生きる目的? なんだそれ? 我々にはない概念だ。そんなわけのわからないものまで生み出した人間達、それが存在するという事実。我々は生きている状態を「考えない」。獲物を狩る、食べる、寝る、交尾する、死ぬ。それだけ。どちらかというと虫や動物に近い習性だ。本質的の精神も。だけども人間はそれを超える。生き物だという大元は同じでありがなら文化を生み出す。新しいものを考える。生きていることが前提だからこそ「考えない」という状態は同じだけど、だからこそ生まれた文化だね。平和な時代になった為に延びた寿命、長期的な精神の安定を図る為に取り込む、というのは論理的だ。本や作品で手軽に他者の精神構造を見ることが出来る、生まれてからの歴史を知ることが出来る。この手軽さはとても素晴らしい」

「あ、うん」

「紙の漫画とかたくさんあるから貸すよ。人間との交流の話の種になるかもしれない」

 館まで歩いて時刻はなんと午後の三時。一緒に帰るのを見られるとか考えない風に普通に館に入った。「今日は楽しかった。どうもありがとう」と言い、さっさと自室の方向へ行ってしまった。他者とのこの関わり方は、館内での自分の評価と一緒にいる者をどう思わせてしまうかの配慮かな、と勝手に想像していた。単に面倒なだけかもしれないが。ルージュは館を通り抜け、敷地内にある寮へ帰った。



 3

 ふと音がしてルージュは目を覚ますと、窓の外をガヤガヤといかつい音がした。まだ夜明け前の時刻。カーテンを少し開けて見てみる。薄暗いなか複数の者が歩いていた。話し声は小さく聞こえる。見知った声が聞こえた気がした。

 確かあいつはいつも朝帰りだ。普段何をしているかは知らなかった。



 4

 カイトが死んだ。

 その日ルージュは仕事が休みで、何をするでもなく過ごしていたが館がふいに騒がしくなった。それは寮のほうにも伝わってきた。

 良くない事が起きたのだろうことは皆の顔を見ればわかった。ひそひそと話し、でもどれも予想や噂の範囲を出ないようだ。しかしカイトが死んだというのは確かというのはわかった。皆の落ち着き具合から他者に殺されたのではないということも察せられた。

 夕方前、何気ない風を装って館に行ってみると出口にほど近い廊下から、話声が聞こえてきた。その廊下に曲がる直前、声が聞こえたので止まった。顔なんて見なくてもわかる。海神とその長男と三男だ。声を潜めているので断片的にしか聞こえない。

「・・・いうことを・・・ない・・・」

「まあでも・・・だし・・・とか」

「いつか・・・と思ってた」

「何それ。・・・・・・とか言いたい・・・」

 弾んだ言い方や皮肉といった普通の会話が続いた。

 ルージュは見えない位置から移動した。

 何度か行った事があるので迷わない。

 カイトの部屋。

 鍵が掛かっていると思ったが開いていた。

 ここが死んだ場所かもという考えは不思議と彼女には無かった。

 扉を閉める。

 薄暗いが電気は付けないでおいた。

 部屋はいつものように見える。

 積み上げられた本。積み上げられた段ボール。やはりその上に本。何かの箱。それが部屋中に広がっている。薄暗い中で見ると黒い建物がそびえ立っているようだ。最初に来た時は驚いたものだ。これが噂のオタクなのかと。移動するにも一苦労。歩ける場所がない。物の間を歩くのだ。足や膝がぶつかる度に彼が顔を向けるので気まずい。何度か来るうちに居る位置が決まった。入口近くの箱なら座ってもいいと言われた。

 本を選ぶために読んだり感想を少し言い合ったりした。

 その時のカイトは、楽しそうに見えた。


 一歩踏み出してやはり箱にぶつかる。

 早速やってしまった自分に嫌気がした。

 少し奥まで歩いてみる。カイトは慣れていたのでひょいひょい移動していたがルージュはそうもいかず足がそこかしこでぶつかる。

 そこで気が付く。

 箱が動いた。乗っている箱と共に倒れそうになったのを慌てて直す。

 軽いのだ。

 中身が入っていない。開けてみたがやはり何も入っていない。

 隣の箱も持ち上げてみる。

 持ち上がった。

 いくつかは中に数冊入っていたりしたが、大半の中身が空だった。

 奥のデスクまで行ってみる。

 カイトはいつもここに座りパソコンを見たり本を読んでいた。

 パソコンは電源が入っておらず真っ暗な画面を見せている。

 当然ロックが掛かっているだろう。

 あるいは、中身は無いかもしれない。

 さきほど聞こえた会話。

「いつかやると思っていた」とはなんだ?

 どういう意味だ。

 自殺をいつかやると思っていたのか?

 周囲が思っていたのか?



 皆にそう思われていた?



 カイトと出掛けた日から半年以上経っていた。


 もうここにはいられないと思った。



 館を出るには許可が要る。

 まずは人という複雑な生き物を理解出来ているか、人間社会に入るための訓練が終わっているか。言葉や習慣や物の名前、交通ルールなどあらゆるものを勉強する。

 次は長期的に生活するための仕事に就かなくてはならない。

 館が斡旋している仕事とそうでない仕事があるが、自ら就職活動をして就職しなくてはならない。

 住む所も探さなくてはならない。

 ルージュは何も考えず作業した。






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