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穀物戦争

 黄金離宮ドムス・ソフィアに滞在しているタルキウスは、落ち着かない様子で部屋の中をうろうろと歩き回っていた。


「タルキウス、落ち着きなよ」

 見かねたフェルディアスが声を掛ける。


「だ、だってよ、フェル。もう日が暮れたってのに、リウィアが帰ってこないんだぜ」

 タルキウスはいつまで経っても帰ってこないリウィアが心配でならなかった。


「ひょっとしたら朝帰りになるかもねえ~」

 長椅子に寝そべっているパンドラが楽しそうに笑みを浮かべながら言い放つ。

 フェルディアスは必死にタルキウスを安心させようと試みるも、パンドラは適度にタルキウスの不安を助長するような発言をしてタルキウスを弄んでいるのだ。


「あ、朝帰り……」

 鈍器で頭を殴られたような衝撃がタルキウスを襲う。


「そうよ。リウィアだって年頃の女の子だからね。良い男がいたら、何の不思議も無いわ!」


「……」


「だ、大丈夫だよ、タルキウス! リウィアさんはタルキウスの誰よりも大切に思ってるんだから、タルキウスを放って勝手にどこかに行っちゃったりなんてしないよ!」


「で、でも……」


 最初は藁にも縋る思いでフェルディアスの言葉を鵜呑みにしていたタルキウスだが、次第にパンドラの話術に呑まれて不安が抑え切れなくなっていく。


「……こうなったら、ダヴィニスを出し抜くしかない!!」

 ただ不安に呑まれてしまうだけではない。その不安を力でねじ伏せる。それがタルキウスという少年だった。


「だ、出し抜くってどうやって?」


「穀物の値を暴落させてやるのさ!」


 ダヴィニスは自家生産した穀物を売りに出す事で、莫大な利益を上げていると予想される。

 しかし、銀一千タラントも稼ぐ場合、ダヴィニスの農園の生産能力から計算すると、これまでの相場では中々難しいだろう。

 狙うなら今も上がり続けているこれからだ。


 つまりダヴィニスはまだ銀一千タラントを保有しているわけではなく、銀一千タラントに化けるであろう穀物を保有しているという事。


 そこでタルキウスは、ダヴィニスが穀物を売り払って設ける前に穀物の値を下げてダヴィニスに銀一千タラントを稼がせないようにしようと考えたのだ。


 しかし、問題が二つある。

 一つ目はそもそも品薄で値上がりしている物を一体どうやって暴落に持ち込むのか。これについては先日タルキウスを訪ねてきた商人ポロティウスを頼るしかない。


 そして二つ目は、ここまでの事は全て推測に過ぎないという事。ダヴィニスの懐具合や動向は全てタルキウスがローマを出発する前にマエケナスが調査した資料に基づいた推測だった。

 もしかしたら、もう既に銀一千タラントを持っている可能性だってある。

 そうなると、今更相場をいくら操ったって無意味だ。


「どちらにせよ。ローマを飢えさせないようにするためにも、穀物は必要だ。こうなったら一か八かやってやるぜ!!」


 ローマを飢えから救うため。そしてリウィアをダヴィニスに渡さないためにもタルキウスは戦意を燃え上がらせるのだった。



◆◇◆◇◆



 それからしばらくして、タルキウスの呼び出しを受けた商人マルクス・ポロティウスが黄金離宮ドムス・ソフィアを訪れた。


「お呼びでしょうか、陛下」

 茶髪の青年は、国王直々の召集に良い商売の話の臭いを嗅ぎつけたのか、期待に胸を膨らませた様子でいた。


「先日の穀物の件だが、どの程度手配できそうか進捗を聞かせてもらいたい」


「やはりその件でしたか。入荷はまだ先になりますが、既にローマを半月は食べさせるだけの穀物の手配が既に着いております」


 ローマを半月分。

 それは朗報ではあるが、ローマの飢饉を鎮めるには明らかに不充分だ。

 これではヴェネツィアの穀物の相場を崩す事も不可能だろう。


「足りんな。せめて二月分は欲しい」


「に、二ヶ月ですか? それはいくら何でもご無理なご相談かと……」


 確かに無理を言っているという自覚はタルキウスにもあるが、ここで引き下がるわけにもいかない。


「では相場の倍の額を出しても構わん。それならどうだ?」


「ば、倍ですか!?」

 ポロティウスの目の色が変わり、顎に手を当てて考え込む。

「……恐れながら、どれだけお金を積まれても一月分が限界ではないかと思われます。勿論、ボスポロスの商人にはこの件はお伝えして重ねて商談に及びますので、今しばらくお待ち頂きたく存じます」


「良かろう。ではまず、その半月分の穀物の証書を貰いたい」


「仰せのままに。今日中に用意してお渡し致します」


 品物の証書は、市場では現物と同等の価値があり、いざとなれば売りに出して大金を得たり、相場を変動させる材料にもなる。


「うむ。……時にそなたの腕を疑っているわけではないが、もしも残り一月半の穀物を確保できなかったとして、他に良い入手ルートに当ては無いか?」


「当て、でございますか? ……一つ手があります。ただ、」


「構わん。申せ!」


「カルタゴから穀物を買うのです」


「な!」

 タルキウスは絶句した。

 カルタゴはエルトリアと地中海の覇権を懸けて争う大国。

 たが、カルタゴはエジプトに次ぐ農業大国でもあった。

 確かにカルタゴなら有り余るほどの穀物を有しているだろう。


 しかし、戦争状態にはないとはいえ、エルトリアとカルタゴは犬猿の間柄。

 タルキウスとしてはカルタゴに借りを作るのは外交戦略的にも好ましくない。

 そして何よりカルタゴがこちらの要求を呑んでエルトリアの危機を救ってくれるとは限らない。


「陛下の御懸念は分かります。ですが、これはエルトリアとカルタゴの双方にとって利益のある話です」


「というと?」


「かつてカルタゴと交易を行なっていた国々の多くはエルトリアによって征服されました。これにより、カルタゴは商売相手を次々と失って輸出用に生産された品が余って破棄せざるを得なくなったという事例が多数あると聞きます。穀物もその一つです」


「そうであろうな。それが亡き先王から続くエルトリアの政策だ」


 先王トリウス王の治世からタルキウスの治世に掛けて、エルトリアは軍備を増強して領土拡大政策を実施していた。

 しかし、それはただ領土を広げているのではなく、カルタゴと交易を行う地中海沿岸都市を征服してカルタゴの商売相手を潰していき、経済大国カルタゴを経済的に追い詰めるという狙いがあった。


「ですが、おかげでカルタゴは多量の穀物を抱えています。陛下がカルタゴとの交易にご許可を頂ければ、エルトリアは穀物を入手でき、カルタゴは商売相手を得る事ができます。宜しければ、私めが商談を引き受けますが。人を二、三人ほど挟めばカルタゴ商人との伝手がありますので」


 流石は商人だ。とタルキウスは心の中で感服した。

 ちゃっかりエルトリアとカルタゴ双方を繋ぐ交易の仲介役を買って出る事で、事実上大国間の交易を牛耳ろうとするとは。

 オスティアに根を下ろす内諾を取り付け、更には新たな商売の話まで得ようとしている。

 貿易商としては理想的な環境が整いつつあると言って良いだろう。


 普段のタルキウスであれば、何やら利用されている様であまり良い気分はしないのだが、今回は状況が状況だ。


「……良いだろう。その商談、そなたに任せる」


「ありがたき幸せ!」


「だが、任せる以上は相応の成果を出してもらわねば困るぞ。分かっているな?」


「勿論です。必ずや陛下のご期待に応えてみせます!」

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