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ハイエナ商人ポロティウス

 タルキウスが壊したテーブルの片付けを終えたタルキウスとそれを手伝ったフェルディアスは、共にリウィアが淹れたホットミルクを飲んでいた。


「ところでリウィア、あの花束はどうしたの?」


「え!? あ、あれ、ですか!?」

 いつになく動揺するリウィア。

 その様は彼女をよく知るタルキウスの触覚が敏感に捉えていた。


「あ、あれはダヴィニス様より頂きました」


「ダヴィニスから? ふ~ん。それで、あいつは何か言ってた?」

 タルキウスは目を細めて、頬っぺたを軽く膨らませる。


「え!? そ、それは、その……。えぇと、プロポーズを受けました」

 顔を真っ赤にして恥ずかしそうに言うリウィア。


「プロポーズ!?」

 目玉が飛び出すような勢いで目を見開いたタルキウス。それは驚いたというのも勿論あるが、その一方でショックを受けたかのような感覚も感じていた。


「……」

 一方、フェルディアスは何を言ったら良いのか分からずに気配を消して黙り込む。


「そ、それでリウィア、リウィアは何て答えたの?」

 動揺で声が震えるタルキウスは、縋りつく様にリウィアに近付く。


「……まだ何とも。あまりに急な事でしたので、私も動揺してしまって」


 そう言うリウィアの話を聞いた途端、タルキウスの頬っぺたはまるで風船のように更に膨らんだ。


「ふ~ん。俺だったら即答で断ってやるけどね~」


 プロポーズを断らなかった事にご立腹の様子のタルキウスは、頬を膨らませたままプイッとそっぽを向いてしまった。


「た、タルキウス様、確かにすぐに断れなかった事は謝りますから、どうか機嫌を直してくださいよ」

 完全にへそを曲げてしまったタルキウスをどう攻略したものか悩むリウィアは、兎にも角にも誤ってご機嫌を取ろうと試みる。

 しかしその一方、頬を膨らませて怒るタルキウスの仕草に愛らしさすら感じており、その口元は僅かに緩んでいた。


「ふーんだ! どうせリウィアはダヴィニスがけっこうカッコいいから、それで心が揺れちゃったんでしょ!?」


「私はタルキウス様の方がずっとカッコいいと思いますよ。何と言ってもタルキウス様は世界最強なんですからね!」


「……本当に?」

 膨らんでいた頬は一瞬にして萎み、不機嫌そうだった先ほどまでの様子とは反転して、弱々しい子犬のようになるタルキウス。


「はい! 勿論です!」


「じゃあどうして、プロポーズを断らなかったの!? やっぱり俺みたいな子供よりもリウィアはあぁいう男の方が良いと思ってるんじゃないの?」


「違いますよ! 本当にビックリして断り損ねてしまっただけですから!」


「……本当に?」


「本当です!」

 目元を涙で濡らしているタルキウスの不安そうな顔に、リウィアは今すぐにでも抱き締めて安心させてあげたくなるような感覚を覚えるが、ほんの少しだけ意地悪をしてみたいという気持ちが芽生えてきた。

「ひょっとしてタルキウス様は、私の言葉が信用できないんですか?」


「え!? ち、違うよ! そんな事、……ごめん、リウィア。でも俺、不安になるんだよ。だって俺、いつもリウィアに迷惑ばかり掛けてるし、まだまだ子供だし。やっぱりリウィアもダヴィニスみたいな大人の方が良いのかなって、……ん?」


 タルキウスが正直に本音を白状している時、ふとリウィアに視線を向けると、彼女が下を向いて肩がピクピクと動いている。

 笑いを堪えているのは誰の目にも明らかだ。


「リウィア!! 俺をからかったな!!」


「ふふふ。すみません。何だかついッ」


「ついッ、じゃないよ! もう!」

 再び頬っぺたを膨らませてそっぽを向いてしまうタルキウス。


「今のは私が悪かったです。謝りますから、機嫌を直して下さいよ~」


「ふーんだ! リウィアなんて知らないもんねーだ!」


 完全にへそを曲げてしまったタルキウスは、そのまま両手で耳を塞いでしまう。

 鉄壁の要塞の中に閉じ籠ったタルキウスの機嫌を取るのは至難の業。

 リウィアは長期戦の覚悟を決めるのだった。



◆◇◆◇◆



 ご機嫌斜めのタルキウスだが、それでも王としての職務を怠る事は無かった。

 ヴェネツィアに行幸した黄金王のご機嫌を取って今後の商売の糸口を掴もうと考えるのは商人であれば当然の事。


 今日もヴェネツィア商人マルクス・ポロティウスが謁見を求めて黄金離宮ドムス・ソフィアへとやって来た。


「私、ポロティウス貿易船団の頭領を務めます、マルクス・ポロティウスと申します。主に黒海沿岸国家のボスポロス王国を相手に毛皮や奴隷の売買をしております」


 そう言う茶髪の青年は、床に額を擦り付ける勢いで平伏していた。


「面を上げよ。で、その貿易船団の頭領が余に一体何の用だ?」


「ははッ! 陛下は穀物をお求めとの事で、僅かではありますが私どもが取り扱っております穀物を陛下に献上致したく参りました」

 顎鬚こそ生やしているが、肌艶もよく二十代半ばの若さと老練さが見事に融合しているという風貌だった。

 そんな彼の申し出はタルキウスにとって何よりの朗報である。


「何? 穀物だと? それはありがたい話だが、穀物の値が高騰しているこのご時世。損得勘定に目敏い商人が、その穀物で何を余に要求する気でいるのか些か怖い気もするな」


「いえいえ。陛下に要求とは、そのような畏れ多い事など考えもしませんでした。ただ、一つもし差し支えなければお願いがあります」


「ふん。やはりな。で、何だ? 申してみよ」


「オスティアの保険組合セクルス・コレギウムに加盟したいと考えています。そこで陛下に御口添えを頂きたく」


 海では海賊や嵐となった災難に見舞われる危険が高い。そこでそうした時に損失分を補填する海上保険制度がエルトリアには存在する。

 元々は海の覇者カルタゴが創設した制度をエルトリアが真似る形で誕生したものだが、今ではエルトリア最大の貿易都市オスティアやヴェネツィアなどの貿易が盛んな都市に海上保険を専門に取り扱う保険組合セクルス・コレギウムが建っていた。


「ヴェネツィア商人であれば、既にヴェネツィア保険組合セクルス・コレギウムに加盟しているであろう。なぜわざわざオスティア保険組合セクルス・コレギウムに入りたいのだ?」


「ヴェネツィア保険組合セクルス・コレギウムは会費が高過ぎるのです。私のような新参者の中堅船団では、とても払っていけないほどに。それに近頃の海賊騒動で、保険組合セクルス・コレギウムは多額の保険金を払って大赤字になっています。このままでは月々の保険料が値上がりするのも時間の問題です」


「それでそうなる前に、ヴェネツィアからオスティアに乗り換えようってわけか。随分と都合の良い話だな」


「恐れながら商人というのは狩猟民族なのです。獲物があるうちはともかく、獲物がいなくなれば別の場所へと移動する」


「つまりお前にとってもうヴェネツィアは獲物が取れない地というわけか?」


「平たく言ってしまえば、そういう事ですな。今のヴェネツィアはエジプトやパルティアとの交易に力を注いでおり、黒海方面にパイプのある私はきっとお役に立てると思いますが」


「では聞くが、穀物の手配はどの程度できるか?」


「黒海沿岸部は穀物の産地です。生産量はエジプトには及ばず、元々輸出用向けに生産されているわけではないので、原価及び私どもの手数料はエジプトのものよりは割高になるかと存じますが」


「なるほど」

 ここでタルキウスはポロティウスの意図を理解する。

 彼は黒海沿岸部の手付かずの穀物を以って自分に取り入ろうとしているのだと。

 この自信満々の様子から見ても、おそらくは既に穀物の買い付けに当てがあっての事に違いない。


「良かろう。金に糸目は付けぬ。できる限りの穀物を用意してもらおうか。その成果次第では、お前をオスティアに迎えるように余が口利きをしてやる」


「ありがたき幸せ! 必ずやご期待に応えてみます! ……あぁ、それから、一つ御忠告致しき事があるのですが、宜しいでしょうか?」


「許す。述べてみよ」


「ダヴィニスにはお気を付け下さい。彼は目的のためなら何でもする男ですので、敵に回すと陛下と言えども厄介な存在になるかと」


「ほお。余が商人相手に後れを取るとでも言いたいのだ?」

 殺気に満ちたタルキウスの鋭い眼光がポロティウスの身体を射抜く。


「い、いえ、決してそのようなつもりは、」


「ふん。まあ良い。忠告はありがたく受け取っておこう」

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