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アドリア海の大掃除

 ヴェネツィア近海の海の上。


 二隻の小さな船が、夜空の下で接触していた。

 片方の船に乗るのは、ネプトゥヌス神殿の守護神官にしてヴェネツィア最強の魔導師オルソス・イパルトス。


 もう片方の船に乗っているのは、柄が悪く如何にも悪党という風貌の男だった。


「おいおい。急に呼び出して、一体どういうつもりだ? 今回の収穫の分け前はちゃんと渡したはずだぜ」


「その事ではない。黄金王がヴェネツィアに乗り込んで来た。ラヴェンナの海軍も動き出すらしい。しばらくは活動を控えろ」


 イパルトスが会っているこの男は、貿易船を襲っている海賊船の船長である。

 彼はラグナ六世から貿易船の航路などの情報を得る事で、安全かつ確実に貿易船を捕捉して襲撃していた。

 そしてラグナ六世は、強奪した穀物の半分を対価として受け取る。これにより無償で膨大な量の穀物を入手していた。


 表向きには穀物の流通量が減った事で、穀物の値段は高騰する一方。

 そこへ海賊から得た穀物を裏市場で流して、莫大な利益を得る。


 これがラグナ六世の策略だった。


「活動を控えろだと? 何を生温い事を言ってやがる! これはお前達の方から持ち掛けてきた取引だ。ヤバくなったからって、はいそうですかって引き下がれるか! 女王さんには、これまで通り取引を継続してもらわんと困る! そう伝えてくれ」


 海賊からみれば自分達の生業を差し止められたも同然。海賊活動を止めて今後どうやって生計を立てていけば良いのかと思わずにはいられない。


 危なくなったから、はいそうですか。

 と休業できるようなものではない。


 そもそも頭ごなしに命じられた事が海賊の神経を逆なでた様子だった。

 ヴェネツィアとは利害が一致しているからこそ協力しているだけで、主従関係にはない。

 それが海賊側の言い分であり、イパルトスの用件は言い方も内容も到底受け入れられないものだった。


「そうか。……残念だよ」

 そう言った直後、イルパトスは右手を海賊に向けて軽く振った。


 その途端、船は突然真っ二つに裂けてしまう。


「な、なんじゃ、こりゃあああ~!」

 海を荒らし回る海賊も、船が壊れてしまってはどうにもできない。海に落ちて、そのまま波に浚われて海底へと沈んでいく。


「すまないな。大総督ドゥクスより言うことを聞かなければ処分しろとのお達しが出ていたのだ」


 この世界に海賊はいくらでもいる。

 思い通りにならないような連中は、即刻切り捨てて他を探す。

 ラグナ六世にとって海賊との裏取引は、その程度のものでしかなかった。



◆◇◆◇◆



 ラヴェンナ軍港。

 エルトリア海軍最強のラヴェンナ艦隊が駐留している港である。

 ここでは今、エルトリア屈指の名将と呼ばれるアグリッパ将軍が海賊討伐のために出撃しようとしていた。


「海賊如き、この私が一捻りにしてみせますよ。黄金王タルキウス陛下のご威光を海の彼方にまで見せつけてやりましょう」


 綺麗な金髪をした美男子は、そう嬉しそうに意気揚々とした声を上げる。

 彼はアグリッパ軍団の最高司令官インペラトルにして、エルトリア最優の将軍ルキウス・ウィルサニウス・アグリッパ。


 彼は、エルトリアの名家ウィルサニウス氏族の出であったが、先王トリウス王の御世に父親が権力争いに敗れて没落貴族の烙印を押されたという過去を持つ。

 一時は、その日の食事にも困るほど困窮する程の零落ぶりだったという。


 しかし、タルキウス王の御世になると彼の運命は一転した。

 彼の指揮官としての統率力と戦略眼に目を付けたタルキウスによって将軍へと引き立てられた過去を持つ。


 今では、複数の軍団を指揮下に置き、前線にて戦闘全般の指揮、さらに外交交渉や戦後処理といった幅広い分野を国王から任される最高命令権インペリウムを与えられ、アグリッパ軍団の最高司令官インペラトルとして数々の戦場で勝利を勝ち取っている。


 今回の海賊討伐は、いずれ起きるであろう、三強国の一つカルタゴとの大戦を前に、地中海の大掃除をするという目的も含まれており、アグリッパの意気込みは並々ならぬものがあった。


 出港予定の時刻。

 港にラッパの音が鳴り響き、五百隻もの軍船が港を出港した。


 エルトリア最強の大艦隊を、エルトリア最優の将軍が指揮して。


 それと前後してアグリッパは、アドリア海の四方八方に偵察船を派遣した。


「アグリッパ将軍、こちらがラヴェンナ司令部の入手した本日の貿易船の予定航路表です」


 幕僚が数枚の資料を、上官のアグリッパ将軍に手渡した。


「よし。ではまず、この航路表に沿って艦隊を展開。海賊の索敵に当たりましょう!」


「しかし、アドリア海は広大です。その中から海賊を見つけ出す事など可能でしょうか?」


 エルトリア軍は、陸上戦闘を専門とする軍団で、海上戦闘はあまり得意ではなかった。

 それこそがカルタゴに地中海の覇者の座を譲る大きな要因となっている。


 今回の任務は、海賊と討伐して穀物の貿易路の安全を確保する事。

 しかし、それだけではない。

 今、アグリッパが指揮している艦隊は、対カルタゴ決戦を想定して建造された新艦隊であり、開戦時の実戦訓練も兼ねていた。



◆◇◆◇◆



 ヴェネツィアに滞在しているタルキウスは、黄金離宮ドムス・ソフィアにてラヴェンナ艦隊が出撃したとの報告を聞いた。


「アグリッパに任せておけば、ひとまず海賊どもは大丈夫だろう。だけど、問題はこっちだな」


 タルキウスの言葉にフェルディアスは頷くと、ラヴェンナ艦隊出港の報ともにもたらされた報告書を読み上げる。

「マエケナス様がヴェネツィアに潜ませた密偵からの知らせだと、ヴェネツィアの穀物事情はローマほど困窮している様子は無いみたい。やっぱりタルキウスの読み通りローマに渡る予定だった穀物船ばかりが襲われているようだ」


「だろうな。ローマみたいに飢えた民衆の悲鳴がここじゃあ聞こえないし」


 タルキウスのヴェネツィアと海賊が裏で繋がっているという予想が確信に変わった時、リウィアはふと思った疑問を口にする。

「今回の失態の責任を取らせるという事で、穀物船の取引全てをタルキウス様の管轄下で行なうようにはできないのでしょうか?」


「できなくはないよ。でも、それには問題も多いし、時間も掛かっちゃう。その間にローマが飢えるかもしれない。ここはやっぱりヴェネツィアに穀物を引っ張り出させるのが一番良いんだけど……」


 タルキウスが頭を悩ませていたその時。

 ダヴィニスが黄金離宮ドムス・ソフィアを訪れた。


「今日は慣れない地でもお寛ぎ頂けるようにと思い、果物を持参致しました」

 離宮の玄関先で応対したリウィアにそう話すダヴィニスの口調は雄弁さが求められる商人とは思えないほどぎこちなく、年相応の少年のようだった。


 ダヴィニスの後ろには彼の部下と思われる大柄の男性が手綱を握る馬車があり、その荷台には大きな袋が幾つも積まれていた。

 その全てがタルキウスのために用意した果物なのだろう。

 王のご機嫌取りのためにここまでするとは、流石はお金の流れに鋭い商人だなとリウィアは内心で感服する。


「ありがとうございます。陛下も必ずや喜ばれると思いますわ」

 食欲旺盛なタルキウスであれば、食べ物の贈り物はどんな財宝よりも喜ぶ事をリウィアはよく知っていた。


「あ、あの、それから、これをリウィア様に受け取ってもらいたく」

 そう言ってダヴィニスは薔薇の花束をリウィアに贈る。


 突然の花束に一瞬固まってしまうリウィアだが、我に帰るとひとまずその花束を受け取った。

「……あ、ありがとうございます。ですが、なぜ私のような者まで、わざわざこんな贈り物を?」


「リウィア様は、とても清楚で、お美しい女性だからです! あなたのような素晴らしいお方はイタリア、いえ、世界中を探してもいないでしょう! リウィア様、どうか私の船に乗っては頂けないでしょうか!?」

 頬を赤く染めつつ、ダヴィニスははっきりと宣言した。


 “船に乗っては頂けないでしょうか”


 それは船商人が女性にプロポーズする際に決め台詞のようなものだった。

 その事を知るリウィアは今、手にしている花束の意味をようやく理解して顔が一気に赤くなる。


「あ、そ、その……す、すみません。あまりに急な事でしたので、驚いてしまって」


「い、いえ。こちらこそ突然このような事を言い出して、申し訳ありません。お返事はまた後日でも構いませんので、どうかご一考下さい」

 腹を括ったのか、ダヴィニスは先ほどのような緊張したような雰囲気は消えて、落ち着いた面持ちでいる。


 今度は逆にリウィアの方が動揺のあまり逃げるようにその場を後にするのだった。



 部屋に戻ると、リウィアの視界には腕相撲をしているタルキウスとフェルディアスの姿が移った。

 おそらく考える事に疲れてしまったタルキウスが気分転換に腕相撲をやろうと誘い、フェルディアスがそれに応じたのであろう情景がすぐに思い浮かんだリウィアはクスリと笑う。


 総合的な戦闘能力ではタルキウスの方が圧倒的に実力は上だが、純粋な筋力勝負であればフェルディアスの方に分がある。

 タルキウスの手が徐々にテーブルへと近付いていく中、フェルディアスの怪力にテーブルが軋んで音を立てた。

 その音を耳にしたフェルディアスは驚いて手の力を一瞬だけ弱めてしまう。


 その僅かな隙をタルキウスは見逃さず、一気に全力を開放してフェルディアスの腕をテーブルへと叩き付けた。


「うわッ!」


 それだけに留まらず、勢いあまってテーブルを粉砕してしまった。


「あちゃ~。やっちまった~」

 アハハ、と笑って誤魔化そうとするタルキウス。


「イテテ。もう酷いよ、タルキウス」


「悪い悪い」


「タルキウス様!」


「ひぃ! ……り、リウィア!」

 テーブルを片腕で粉砕してしまうほどの怪力を披露したタルキウスは、リウィアの声を聞いた途端、脅える子犬のように弱々しい姿を露わにする。


「まずはお掃除をしましょうね。はい、箒と塵取りです」

 どこから持ってきたのか、リウィアは箒と塵取りを手渡した。

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